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第2章 「『冒険者』エイリアス」
第十五話 「後日談」
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「───ぁいっ!!!終了ーーーーーーーっ!!! 瞬き厳禁の、走り抜けるような激戦の末、勝ったのはエイリアス・シーダン・ナインハイトだぁぁぁぁ!! 新人杯団体戦!! なんと個人が制したぁぁぁぁぁ!!!」
世界が鮮やかに色付き、消失していた音が戻ってくる。
加速していた感覚はなだらかになり、疲労感が急に体を襲う。
焼き鏝を押し付けたような激痛。
見ると、脇腹を深々と傷が走っている。
傷口が黒く変色し、流れる血も、動脈血なのにも関わらず黒々としている。
【ドウジマ】の腐食は人体にまで及ぶらしい。想像以上に、恐ろしい能力だ。
いやしかし、本当に痛い。
ここまで痛いのは、前世を通しても初めてかもしれない。いや、初めてだ。
ちょっと泣きそうだが、そんなのはちょっとみっともないので、我慢する。
──相変わらずの歓声が喧しい。
競技場には三人が血を流しながら倒れていて、死屍累々といった趣だ。
カムイさんのお腹には大きな穴が開いているし、ナナさんのお腹には一本の剣が生えるように刺さっている。
アヤトさんに至っては、右腕が半ばでちぎれたようにして落ち、紅く丸いその断面から血を吹き出して気絶している。落ちた右腕は闘志をそのままに、力強く刀を握っていた。
じきに、神官たちが駆けつけてくる。
試合時間は、特にカムイさんが倒れてからはそれほど経ってはいないはずなので、まあ死にはしないだろう。神官の魔法は万能で、四肢欠損程度なら瞬く間に直してしまうし。
歓声に応えようと、腕を上げようとしたが──そこで、身体から力が抜けた。
がくんと膝が折れ、地面が急速に接近してくる。
不意に、どすんと何かにぶつかった。
「お疲れさまでした、エイリアス様」
「…………ガルマか……本当、感心させられてばかりだな…………」
全く、何処から湧いて出たのやら。
そのまま、疲労感に任せて意識を闇に落した。
勝った。その達成感だけを胸に残して。
◇◆◇◆◇◆◇◆
表彰やらなんやらといった、面倒な手続きとかは僕が寝ている間に全て終わったらしく。
気づいたら僕は、馴染みの自室のベッドに転がっていた。
日にちを聞くと、どうやら大会から三日ほど経って居るらしい。
「起こしてくれなかったの?」
とガルマに聞くと。
「大変気持ちよさそうに寝られておいででしたので、自然にお目覚めになるのを待つのがよろしいかと」
とのことだった。
十年間欠かさず積んできたものを、精一杯駆使出来たのは嬉しく、その達成感は高校受験成功にも勝るものだったのは事実だが、こう。
頑張りすぎて、怠けたと知ると急に落ち着かなくなってしまうのだ。ワーカーホリックという奴だろうか。
生前はそんなこともなかったのだが、やはり生まれ直しただけあって、いろいろとこちら側に引っ張られているようだった。
「そういえば、アヤトさんたちは?」
「あの試合で『銀』級冒険者にふさわしいと認められ、一足先にデビューを。彼らは傷が治るや、飛び起きて悔しがり、表彰式に出られていましたよ。今頃、何処かの森で動物退治でもされているのでは?」
「…………僕は?」
「冒険者組合からの書類は此処に置いておきました故、御目通りください」
「……流石ガルマ」
何回言っただろう、流石って。
正直この瀟洒な従者にだけは何度言っても足りないと思う。
「そうか……終わったんだな」
「ええ。失礼を承知で申し上げますと、勝つ見込みは薄いと思っておりましたので。一対一に持ち込んでからは安心してみていられましたが」
「うん、正直僕も。なんで勝てたのかよくわからないや」
まぁ、自分の修行の成果が、あの反射的に防いだ一撃に集約されていたからこそ、だろう。
存外に諦めやすい性格の僕を、諦めなくさせたのは紛れもなく、あの出来事だからだ。
「ところで……優勝賞品も当然送られてきておりますが、どういたしますか?」
「ん、あぁ…………せっかく、自分で手に入れたものだから、冒険には持っていこうと思う。家の金を使うのは好きじゃないのに、武器がなかったからちょうどいいし」
優勝賞品は確か、割と贅沢に金を使った優秀な武器だったはずだ。
強い武器はあった方が、当然いい。
才能を使えば一瞬でそれ以上のものを作れるけど、なんて邪念を振り払う。
ただでさえ、勝ちたかったとはいえ才能を使ってしまったのだ。
別に強い武器を作ったわけではないのだが、勝利の過程にアレを巻き込んだのは正直いただけない。今となっては、だが。
故に、あんなものは最早使うまいとさらに固く胸に誓う。当然だ。
まぁ、最終的に繰り出したあの技は、僕の努力からなるそれであるし、そこまで後悔することでもないかもしれないが。
「では、そのように。エイリアス様の他の武具と合わせて、管理室に飾っておきましょう」
任せる、とだけ言うと、ガルマはしめやかに退室した。
しばらく、ぼうっとしていると、コンコンと扉が叩かれた。
「どうぞ」
声を返すと扉があき、そこには父が立って居た。
年老いたのに、初めて会った十年前よりもさらに活気づいて見えるのはいつものこと。
「起きた、とガルマから聞いてな」
「何か、御用でしたか?」
「用か、などと聞いてくれるな。父として、息子の栄光を祝わずしてどうする。──頑張ったな、エイリアス。私は、誇りに思う。迷惑でなければだがな」
少し照れくさそうに父がそう言って、僕は胸を張った。
うん。いつだって、褒められるのは嬉しくて。
このために頑張ったような気になるから、不思議だ。
こうして、僕は後にきちんと書類を提出し。
アヤトさんに少し遅れる形ではあるが、『冒険者』エイリアスとして生きていくことになったのだ。
世界が鮮やかに色付き、消失していた音が戻ってくる。
加速していた感覚はなだらかになり、疲労感が急に体を襲う。
焼き鏝を押し付けたような激痛。
見ると、脇腹を深々と傷が走っている。
傷口が黒く変色し、流れる血も、動脈血なのにも関わらず黒々としている。
【ドウジマ】の腐食は人体にまで及ぶらしい。想像以上に、恐ろしい能力だ。
いやしかし、本当に痛い。
ここまで痛いのは、前世を通しても初めてかもしれない。いや、初めてだ。
ちょっと泣きそうだが、そんなのはちょっとみっともないので、我慢する。
──相変わらずの歓声が喧しい。
競技場には三人が血を流しながら倒れていて、死屍累々といった趣だ。
カムイさんのお腹には大きな穴が開いているし、ナナさんのお腹には一本の剣が生えるように刺さっている。
アヤトさんに至っては、右腕が半ばでちぎれたようにして落ち、紅く丸いその断面から血を吹き出して気絶している。落ちた右腕は闘志をそのままに、力強く刀を握っていた。
じきに、神官たちが駆けつけてくる。
試合時間は、特にカムイさんが倒れてからはそれほど経ってはいないはずなので、まあ死にはしないだろう。神官の魔法は万能で、四肢欠損程度なら瞬く間に直してしまうし。
歓声に応えようと、腕を上げようとしたが──そこで、身体から力が抜けた。
がくんと膝が折れ、地面が急速に接近してくる。
不意に、どすんと何かにぶつかった。
「お疲れさまでした、エイリアス様」
「…………ガルマか……本当、感心させられてばかりだな…………」
全く、何処から湧いて出たのやら。
そのまま、疲労感に任せて意識を闇に落した。
勝った。その達成感だけを胸に残して。
◇◆◇◆◇◆◇◆
表彰やらなんやらといった、面倒な手続きとかは僕が寝ている間に全て終わったらしく。
気づいたら僕は、馴染みの自室のベッドに転がっていた。
日にちを聞くと、どうやら大会から三日ほど経って居るらしい。
「起こしてくれなかったの?」
とガルマに聞くと。
「大変気持ちよさそうに寝られておいででしたので、自然にお目覚めになるのを待つのがよろしいかと」
とのことだった。
十年間欠かさず積んできたものを、精一杯駆使出来たのは嬉しく、その達成感は高校受験成功にも勝るものだったのは事実だが、こう。
頑張りすぎて、怠けたと知ると急に落ち着かなくなってしまうのだ。ワーカーホリックという奴だろうか。
生前はそんなこともなかったのだが、やはり生まれ直しただけあって、いろいろとこちら側に引っ張られているようだった。
「そういえば、アヤトさんたちは?」
「あの試合で『銀』級冒険者にふさわしいと認められ、一足先にデビューを。彼らは傷が治るや、飛び起きて悔しがり、表彰式に出られていましたよ。今頃、何処かの森で動物退治でもされているのでは?」
「…………僕は?」
「冒険者組合からの書類は此処に置いておきました故、御目通りください」
「……流石ガルマ」
何回言っただろう、流石って。
正直この瀟洒な従者にだけは何度言っても足りないと思う。
「そうか……終わったんだな」
「ええ。失礼を承知で申し上げますと、勝つ見込みは薄いと思っておりましたので。一対一に持ち込んでからは安心してみていられましたが」
「うん、正直僕も。なんで勝てたのかよくわからないや」
まぁ、自分の修行の成果が、あの反射的に防いだ一撃に集約されていたからこそ、だろう。
存外に諦めやすい性格の僕を、諦めなくさせたのは紛れもなく、あの出来事だからだ。
「ところで……優勝賞品も当然送られてきておりますが、どういたしますか?」
「ん、あぁ…………せっかく、自分で手に入れたものだから、冒険には持っていこうと思う。家の金を使うのは好きじゃないのに、武器がなかったからちょうどいいし」
優勝賞品は確か、割と贅沢に金を使った優秀な武器だったはずだ。
強い武器はあった方が、当然いい。
才能を使えば一瞬でそれ以上のものを作れるけど、なんて邪念を振り払う。
ただでさえ、勝ちたかったとはいえ才能を使ってしまったのだ。
別に強い武器を作ったわけではないのだが、勝利の過程にアレを巻き込んだのは正直いただけない。今となっては、だが。
故に、あんなものは最早使うまいとさらに固く胸に誓う。当然だ。
まぁ、最終的に繰り出したあの技は、僕の努力からなるそれであるし、そこまで後悔することでもないかもしれないが。
「では、そのように。エイリアス様の他の武具と合わせて、管理室に飾っておきましょう」
任せる、とだけ言うと、ガルマはしめやかに退室した。
しばらく、ぼうっとしていると、コンコンと扉が叩かれた。
「どうぞ」
声を返すと扉があき、そこには父が立って居た。
年老いたのに、初めて会った十年前よりもさらに活気づいて見えるのはいつものこと。
「起きた、とガルマから聞いてな」
「何か、御用でしたか?」
「用か、などと聞いてくれるな。父として、息子の栄光を祝わずしてどうする。──頑張ったな、エイリアス。私は、誇りに思う。迷惑でなければだがな」
少し照れくさそうに父がそう言って、僕は胸を張った。
うん。いつだって、褒められるのは嬉しくて。
このために頑張ったような気になるから、不思議だ。
こうして、僕は後にきちんと書類を提出し。
アヤトさんに少し遅れる形ではあるが、『冒険者』エイリアスとして生きていくことになったのだ。
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