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第一章

転移

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 目が醒めると、そこは異世界だった。
 さて。何を言っているのかわからないと思うが、俺にもわからないので一旦落ち着いて状況を整理しよう。

 まず、俺のことだ。
 俺の名前は東雲しののめかえで。女のような名前だが、一応男だ。年齢は十七歳の高校二年生。所謂雑食系オタクであり、アニメや漫画にラノベ、ミリタリーに果ては電車などなど、何にでも手を出すが故に少し人より心底どうでもいい雑学に秀でている以外は、至って普通の高校生だ。頭は勉強が出来るわけでも特別回転が速いわけでも無く、運動は出来ると言うほどではないが苦手と言うほどでもない。容姿は端麗と言うほどではないが不細工でもなく、特別裕福ではないが切り詰めるほど貧乏でもない家庭に生まれ、幸せ過ぎることはなく、かといって不幸過ぎることもなく、生きてきた。
 しつこいくらいに普通である事を強調したがつまり何が言いたいのかと言うと、何もこんな異常事態に巻き込まれるほど俺は変わった人間では無かったはずだ、ということだ。

 目の前の風景。耳長で背が高く容姿端麗なエルフや、ずんぐりとした樽のような低身長の丸い体に髭が特徴的なドワーフ、全身を鱗で覆いその体躯は二メートルに及ぶだろうリザードマンが平然と闊歩するその街道。
 街並みも近代的な家屋が連なるそれとは違い、白が基調の木造建築が主である幻想的なそれだ。
 つまり如何にもなファンタジー。
 俺の顔も思わず( ゜д゜)こんな感じ

 記憶を辿ると、どうにも俺は寝ていたらしい。睡眠時の俺のスタイルである青いジャージに身を包んでいる事からもそれは明らかだ。で、うとうとと目を覚ましたら俺は立っていて、目を開けてみれば異世界だったというわけ。夢かと思ったが、目の前のリアルにそんな思考は粉砕される。ここまで明瞭な夢があるとは思えない。

「……しかしまさかこんな、ラノベみたいな事が本当に起きるとはなぁ」

 特に焦るわけでもなく、昂ぶるわけでもなく俺は淡々と呟くと、足を動かして歩き始めた。通りを歩いて店を見て回ったり、通りで話す人々の話に耳を傾けてみたり。驚きがないわけではないけれど、なんだか未だに現実感がなく思考がふわふわしている。後で反動が凄そうだな、なんて虚ろな思考で思ってしまう程度には。
 歩きながら自分に刺さっている視線は、珍奇なものを見るようなもの。しかし当然といえば当然。何せ、周りには黒髪のものも、ジャージのものもいないのだ。髪は金髪銀髪が当たり前だし、着ているものだって飾り気のない布服はともかく、少し見渡せば白銀の鎧や、全身を隠す真っ黒なローブ。珍しいものだと薄いレースを頭にかけて中にビキニタイプの下着を着た踊り子衣装などが我が物顔で跋扈するカオス。当然どれも日本だと一瞬で職務質問を受けるだろう。寧ろ俺が彼らに向ける視線の方が、珍奇なものを見るそれに違いない。

 しばらくアテもなく散策した結果、やはり夢とは違うようだと確信する。俺が知らないような建物や知識がわんさと溢れているのに、『情報の整理』である夢である筈がない、と。そして、今ブームの異世界転移というやつだろうと考えが至り、さてどうしようかな、と今後に考えを巡らせる。

 まずは日銭を稼ぐことだ。生活基盤を築かないことには動きようもない。世界に慣れる必要もあるから世界に関する情報を集めるとかは優先順位も高いが、それよりは食料と寝床の確保は急務だろう。

「しかし、日本語は通じるんだよな……」

 ポツリとこぼす。
 異世界転移ものではよくある事だが、現実に直面してみると明らかに外国人という風体の人達(というか人間でない人すらいる)が、流暢に日本語をら操るという光景は違和感がとてつもない。そのうち慣れるだろうが──まぁ、通じなければその時点で詰んでいたのでありがたいといえばありがたい。因みに、字は読めなかった。だからそこら中に軒を連ねる店々の看板は読めない。

 問題の稼ぎ方だが、異世界モノでありがちな所だと冒険者ギルドに行って依頼を受けるとか、ちょっと変化球だと誰かに恩を売って保護してもらうとかだろうか? しかし、どちらも達成は難しそうだ。

「チートとか持ってると楽なんだけど……なぁ」

 唸る。気づいてないだけで持っているのかもしれないが、持っていないかもしれない。少なくとも確認が取れるまでは危ない目に自分を投じる気はない。それでしか生活基盤が得られないなら話は別だけど。

「うしっ! じゃあ取り敢えず、色々話を聞いてみるか!」

 ぱん、と頰を叩いて自分を鼓舞し、決意を新たに歩き出す。手っ取り早く稼げる方法、安く泊まれる宿。そういうものの情報が得られれば御の字だ。
 そう意気込み、この一歩こそがこの異世界最初の一歩だと気合を入れ一歩を踏み出そうと──

「待ってください!!」

 突如背後からかけられた大声によってそれは遮られ。驚いた俺は思わずずっこけた。

「台無しだよ!!」

 抗議しながら慌てて立ち上がり背後に首を向ける。其処に立っていたのは、女の子。多分俺とそう変わらない歳だ。まぁこれはかけられた声でわかっていたことなんだが──服装がこのおかしい。異世界に似つかわしくない。
 黒い革で仕立てられ、襟の部分に光り輝く階級章を幾つもつけ、至る所にポケットをつけたそれは、紛れも無い軍服だった。頭には帽子を被っている。
 何の用だ、とかその服はなんなのか、とか。色々な聞きたいことが浮かんでは消え、結果俺が何も言えないでいる間に。紅い髪を腰まで伸ばしたその少女は、真剣な表情で俺に言った。

「軍に……軍に入りませんか!?」

 ──なんだって?
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