欠片の軌跡⑥〜背徳の旅路

ねぎ(塩ダレ)

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第九章「海神編」

小さな反発

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コーディ書記長は思わぬ話を俺達にもたらしてくれた。

「……仮想精神空間論??」

「はい、その様に言われていますね。現時点では理論的にそれが可能であろうと言う議論をされている段階で、実際それを裏付ける実験などはされておりませんけれどもね。」

正直言って目から鱗が落ちるような話だった。
俺だけでなく、医療魔法のトップであるファーガスさんも、医療魔術に精通しているブラハムさんも知らなかった話だ。

コーディ書記長は俺から話を聞いた後、精神魔術・魔法に変わる研究がなされていないか徹底的に調べたようだ。
そこで最新の研究として、現精神魔術のトップである西の国のガファール・アブリヤゾフの研究チームが出した論文に突き当たった様だ。
この論文はノルの住む学術都市の学会で発表予定だったのだが、今回の国同士のイザコザによって本人含む研究チームの入国が認められず、目立たないポスター発表と西の国の雑誌掲載にとどめられた為にあまり広く知れ渡っていなかったのだ。

要約すると魔力装置を用いて仮想精神空間を人工的に作り出すと言うものだ。
理論的には可能であると結論付けられた研究のようで、もしもそれを用いる事ができれば人の精神を人工的に生み出した仮想精神空間に移す事など様々な活用が期待できる。

今回の場合、この仮想精神空間をライオネル殿下の精神と繋ぐ事ができれば、個人の濃密な精神深部に潜るという極めて危険な状況を緩和する事ができるし、海神と言う一人の中に入れておくには大きすぎてライオネル殿下の精神を圧迫し疲弊させていた圧を緩める事で、殿下への精神的負荷を下げる事も可能だ。
義父さんが空になった身代わり人形で行おうとしていた事と似ている。

「……もしもそれが実現できれば……今回の殿下の精神内部への接触の危険度も、殿下自身の精神負荷の軽減もできるという事だな……。」

「ええ。ですがこれはまだ理論的見解に過ぎませんし、それを可能とする技術の開発が必要になってくるかと……。」

「理論上可能であっても、実際やるとなれば予測できていない危険がおこりえるだろうしのう……倫理的な問題等も考えられる……。」

俺は皆の話を黙って聞いていた。
頭の中で、その論文について、そしてフーボーさんの知識、それを可能とする技術について考えていた。

「…………巡りって、怖いな……。」

思わずボソッと呟く。
俺の横で黒猫の人工精霊のぬいぐるみにミルクを飲ませていたアレックが顔を上げた。

「何だよそれ??」

「ん?あまりに状況が揃いすぎると、かえって気持ち悪いって話だよ。」

俺は本当にそれが気持ち悪くて少し胸焼けを起こしていた。
俺の魂の封が外れてから、いや、義父さんを含めて考えれば、俺がこの世界に生まれてから今まで歩んできた軌跡。
殆どが偶然のように積み重なってきたのに、今、その偶然の積み重ねが一つの方向に向かって集結した。

「どういう事だい?サク?」

義父さんが穏やかな声で聞いてくる。
俺は観念したように苦笑して口を開いた。

「その理論、今回の件で実践する事が可能かもしれません。」

「何と?!」

「だが理論的に可能でも、技術的にはまだ不可能ではないかな?サーク君?」

「……この王都に今、古代科学技術研究の第一人者、ノックス・リー・バンクロフト博士が来ていると言ったら?」

「バンクロフト博士が?!」

場がざわりと揺れた。
当然だ。
渡りに船と言うには都合が良すぎる。
俺は自分で言っていて、本当に何がなんだかわからなくなってきていた。

この街に、精神魔術を使えるラニがいる。
技術研究で右に出るもののいないノルがいる。
ライルのお父さんであるコーディ書記長が仮想精神空間の研究の情報を持ってきてくれ、その理論の補足が可能なフーボーさんの知識を俺が引き継いでいる。
何よりも精霊のプロフェッショナルである義父さんがここにいる。
まだラニの事は明かす気はないが、何もかもが揃いすぎている。

「…………気持ち悪い……。」

俺は久々に胃の中が逆流しそうになっていた。
そんな俺の背に、トンッとアレックが手を置いてくれた。
暖かな感覚から魔法を使ってくれているのがわかる。

「……よくわかんねぇけどさ??それって、やるべき時が来たって事なんじゃねぇの??」

俺を回復させながら、アレックはつっけんどんと言った。
やるべき時が来た。
その言葉が俺の中にストンと落ちる。

その時が来たのだ、と。

長い長い間、王族の中に隠されてきた世界の一柱。
それを開放すべき時が来た。


「そうか……その時が来たのか……。」


風の主が言っていた。
物事にはその時がある。

どんなに急かそうとも、準備が間に合わず慌てようとも、その時が来る。
それはその時以外ありえないのだ。

今がその時なんだ……。

それがわかると妙にざわついた胸焼けしていた気持ちは治まり、俺はアレックに礼を言った。

「ありがとな、アレック。」

「何だよ?アンタがお礼を言うとか気持ちわりぃ……。」

「……しばくぞ?!」

そうか、その時が来たなら仕方がない。
気持ちや様々な準備が間に合わなくても、その時が来て結婚を決めたライルとサムの気持ちが今ならわかる。
それを決めてしまうまでは、とても不安でゾワゾワする。
だが、その時だと腹を括ってしまえば妙に冷静になる。

「……覚悟が決まったようだね、サク。」

「はい。どうやらその時の様なので。」

そんな俺を義父さんが穏やかに笑って見守ってくれていた。
何だか得体のしれないものに操られてここに来てしまった気分だったが、だとしたって今がその時なのだ。
だったらもうやるしかない。

俺がそんなふうに一人でぐるぐるして覚悟を決めている間に、コーディ書記長とファーガスさん、ブラハムさん、そしてヘーゼル医務官長で対応の話し合いが進んでいた。

「………確かに、バンクロフト博士がいるのなら、ひょっとするやもしれん。」

「だが肝心な部分が抜けておる……。」

「はい……たとえ仮想精神空間を作る魔力装置ができたとしても、ライオネル殿下の意識がない以上、その精神に入り繋ぎ合わせる精神魔術師か精神魔法師が必要でしょう。」

「殿下と海神はとても深い場所にいるという事ですから、やはりそれ相応の精神魔術・魔法師がいなければこの方法も難しいかと……。」

こちらの話も少し行き詰まっているようだ。
だが俺にはそれを解決できる方法がわかっていた。

アレックが調べてきてくれた精神保護系の防具と、ファーガスさんの中身のない身代わり人形でワンクッション作れれば、安全はかなり確保できる。
仮想精神空間を魔力装置で作るのであれば、外部から魔力の補充ができる為、術者本人の魔力切れによる負担を削減できる。

俺は一度目を閉じ、そして開いた。


「……その精神魔術師、俺が連れてきます。」


皆が、えっ?!と言った顔で俺を見た。
そりゃそうだ。
今までそれが見つからなくて大事になっていたのだから。

「サーク、それは……。」

「はい。以前、お話していた子です。」

「いや…しかし………。」

「私はその子の安全が確保できないと判断したので断りました。でも、精神保護の行える防具の存在、空の身代わり人形や仮想精神空間を用いる方法等から、危険はかなり下がったと認識しました。ただ、危険がゼロになった訳ではありません。ですので本人の意思を尊重します。話してみて、できないと言われた場合はさせません。」

俺の言葉に、皆が複雑な表情で顔を見合わせた。
子供を持つ親の年齢もしくはそれを経験した年齢の皆には、小さな子に負担をかける事に躊躇いがあり、だがそれ以外、殿下を救う方法が今はない事もわかっていたからだ。

「待てよ、サーク!そいつって俺より小さいんだろ?!やめろよ!!可哀想だろ!!」

しかしここで一人だけそれに反発した奴がいた。
勢い良く立ち上がり、ギロリと俺を睨む。
小さいって言ってもさほどお前と変わらないんだけどな、アレック?

「あれはちょっと大げさに言ったんだ。あの時はやらせるつもりがなかったから。」

「でも俺より下なんだろ?!」

「一つかニつだ。まぁ、あの子は歳の割に体が小さいから、もう少し小さい子に見えるかもしれないけど。」

そう、俺ははじめ、ラニが小さいのでリアナとラニは双子ではなく姉弟だと思っていた。
女の子の方が育ちが早いってのもあるが、体だけでなく精神的にもリアナは大人ぶっていたし、ラニは自分に自信がなくて小さくなっていたので、二人に言われるまで双子だと思っていなかった。
言われても暫く頭に入らなかったが、再開したラニは自分に自信をつけた事もあり、確かに双子だと思えるようになった。

「……だったらなおさら!!」

「でもな、アレック。その子は精神魔術が使えるんだ。だからすでにこの件を感づいている。俺に遠回しに言ってきたよ、何か自分に頼みごとがあるなら言って欲しいって。」

「……!!」

「それに、アレックはいつからいっぱしの魔法師として一人で活動してるんだ??」

「俺は、関係ないだろ……。」

「そうだな。だがあの子も幼いながら、いっぱしの精神魔術師なんだ。そんじょそこらの大人顔負けのな。あの子の才能と魔力については、俺が保証できる。今、俺の知る限り、あの子ほど優れた精神魔術師はいない。そして本人も精神魔術師としての確たる自覚がある。才能だけがあって無自覚な子供ではないんだよ。」

「……でも……でも!!実戦経験はあるのかよ?!」

「あるよ。あの子は俺がある呪いに当てられた時、俺に潜って助けてくれた。呪いに当てられた人間を冷静に救えるほど、技術も経験もあの子にはある。立派な精神魔術師だ。」

「……でも……。」

俺にそこまで言われて、アレックは俯いた。
歳の近いアレックには何か思うところがあるのだろう。
少しだけわかる。
才能があると周りを大人に囲まれ、年齢よりも先に一人、進んだ道を歩かざる負えなかったその表現のしようのない感情。
俺にも少しだけ覚えのある感情だ。

「わかってるよ、全部じゃないけどさ。」

俺はそう言って、ポンッとアレックの頭を撫でた。
人口精霊のぬいぐるみがぴぃぴぃ鳴いて、アレックの肩によじ登り、頬ずりしている。
それを片手でアレックが撫でた。

「だから三段階、挟むつもりだ。まず俺が本人の意思を確認する。それが一段階。それから皆に顔合わせをする。そこで皆がこの子にはさせられないと言うならやらせない。それがニ段階目。三段階は実際問題、装置などが出来て本人が出来そうか難しいかで判断する。それでいいか?アレック?」

俺の提案にアレックは俯いて悩んだ後、黒猫のぬいぐるみを手に乗せてから顔を上げた。

「……わかった。その三段階の一つでも欠けたら駄目だ。それならいい。」

おそらく二段階目で反対しようと決めたのだろう。
少し俺を睨むようにしてそう言った。
ファーガスさん達は、他に方法も見つからなかったので、少しホッとした表情をしていた。
何にせよ、ラニの意思を確認してからの話になる。

「では、俺はその子とバンクロフト博士にこの件を話に行きます。明日、その結果をお伝えします。それで良いでしょうか?」

皆、無言で頷いた。
アレックだけがまた俯いて黙っていた。
そんなアレックに義父さんが近づき、そっと寄り添ってくれた。

「行っておいで、サク。後は気にしなくても大丈夫。」

「うん。ありがとう。義父さん。」

いつもと変わらぬ、穏やかな微笑み。
義父さんはどこまでわかっているのだろう?

「では、後の話し合いはお願いします。」

俺はそう言って部屋を出た。
義父さんの事を少し考えながら俺は家に急いだのだった。
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