欠片の軌跡⑥〜背徳の旅路

ねぎ(塩ダレ)

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第九章「海神編」

愛のメモリー

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「仮想精神空間ねぇ~。やっと世界がフーの思考に少しだけ追いついてきたな。」

荘厳な図書室の読書テーブルの上、ウニが置かれた論文を読みながら偉そうに言った。

何なの、このハダカデバネズミ?!
なんだってそうも常に上から目線なんだ??
俺はハイハイそうですか~と言う心境で、ウニが論文を読み終わるのを待っていた。

俺はラニと話した後、眠りについた。
でもただ眠るのではなくウニの鍵を使った。
仮想精神空間の論文を読んだが、何かしっくり来なかったのだ。

悔しいが、フーボーさんに多少の事は教えてもらったが、まだまだ俺には精神世界の仕組みはわからない。
だからたとえ生意気なハダカデバネズミであろうと、その知識を得る為には奉りお伺いを立てるしか術が無いのだ。

ちなみにこの論文をどうしたかというと、ウニが俺の精神の中から引っ張り出した。
いきなり頭の中に顔を突っ込まれた時は、これが夢の中だという事を忘れて悲鳴を上げてしまった。
何でもアリだよな、夢って……。
とりあえずその取り出し方は二度としてくれるなと頼んだ。

しばらくして論文を読み終わったウニは、乱暴にそれを足蹴にするとフンッと鼻を鳴らした。

「いい線まで来てっけど、駄目だな、こりゃ。」

「え?!」

話しにならないと言いたげに、ウニは論文をぐしゃぐしゃにしてから俺の頭に戻した。

「だから!その取り出し方も戻し方やめろよ!!」

「うるせぇなぁ~。手っ取り早いんだからいいじゃねえかよぉ~。」

「夢とはいえ!頭の中にハダカデバネズミが手や頭を突っ込んでくる俺の身にもなれ!!」

「小せぇ事でギャーギャーうるせぇ男だなぁ~。金玉ついてんのか?!」

「ついてるよ!!……ただ、何の意味があんのか謎だけどな……。」

いきなり俺にとって一番ナイーブな部分に触れてくんじゃねぇ……。
思わず落ち込んだ俺を見て、ウニも何か察したのだろう。
あわあわした後、なかった事として流す事に決めたようだ。

「とにかくだ!!この考え、フーはすでに魔術本部に来る前に出してたぜ?!それでも臨時疑似空間といえどなかなか実現できなかった事なんだよ。」

「おい!ちょっと待て!!それじゃ装置を作れたとしてもその臨時疑似空間…つまり仮想精神空間は作れないのか?!」

「作れねぇよ。当たり前だろうが??」

さも当たり前の事の様にウニは言った。
ウニにとって当たり前なのかもしれないが、こっちはそれどころじゃない。
確かに読んでいて違和感を感じた。
フーボーさんの話と何かが合わない気がしたからだ。
でも多少の欠点があるくらいだと思っていた。
なのにまさか、ここまで完全に否定されるとは思わなかった。

「そんな……!!それならどうしたら……?!」

順調すぎるほど順調に進んでいた計画が崩れていく。
仮想精神空間が作れないのなら、安全性はグッと下がってしまう。
使えるのは空の身代わり人形だけだし、魔力を補填する事もできない。

これではラニの負担が大きすぎる。

だが話してしまった以上、仮想精神空間が作れないと言っても、ラニはやると言うだろう。
そして他に方法が見つからなければ、ラニに頼るしか方法がない。
ライオネル殿下の体だって限界が近いのだ。
別の方法を探していられる時間はほとんど残っていないと考えた方がいい。

「でも……!!」

安全が確保できないなら、あの子にやらせたくない。
ただでさえ危険なのに、そんな事はさせられない。

俺はバッと顔を上げ、立ち並ぶ本を見上げた。
フーボーさんの知識の全てがここにあるなら、ここに必ず変わる方法もあるはずだ。
落ち込んでる暇があったら、その方法を探さなくては!!

「ウニ!頼む!!俺は殿下も救いたいが、あの子も守りたいんだ!!これを補える方法を探すのを手伝ってくれ!!」

俺が真剣に頼むとウニは事の他驚いた顔をした。
目をパチパチさせ、きょとんと俺を見上げる。

「ウニ!!」

「……あ~、悪りぃ悪りぃ。ちょっと変な事を思い出しちまって……。」

「それはいいから協力してくれ!!」

「協力はいいんだけどよぉ~。お前、色々探す前にもう一度あの論文、読んでみろよ?」

「論文を??」

「テメェは何に違和感を感じた?どこがおかしいと思った?そこをはっきりさせねぇで闇雲に探したって仕方ないだろ??」

頭に血が登っていたが、言われてみれば確かにそうだ。
俺はあの論文を読んで、何に違和感を覚えたんだ??
どこがおかしいと感じたんだ??
どうしてどこがこの論文は変だなと思ったんだ??

頭の中で論文をもう一度考え直す。
ウニがぐしゃぐしゃに丸めたそれを広げて、もう一度読んで見る。

何だ??
何をおかしいと思ったんだ??

論文自体はおかしな所はない。
あえて何かを隠して書いてある感じではない。
内容もしっかりしている。
しっかりしているから、ノルがこれを読んで装置作りに取り掛かったのだ。
何か欠損があったなら、ノルはそれを見つけて作れないと言っただろう。

だったら何だ??
俺は何に違和感を覚えたんだ??

ノルはあの時、俺に何て言った??
装置を作れないじゃない。
これを作れても、仮想精神空間ができるのかは自分にはわからないと言ったんだ。

「………………あ……??」

じっと頭の中で何度か論文を読み直し、ノルの言った事を反芻して俺はふと気づいた。
この論文って……??
そんな俺を見上げて、ウニがニヤッと笑った。

「気づいたか??」

この論文におかしな所はない。
故意に何かを隠して書いてあったりもしない。
はじめから終わりまでしっかりした論文だ。

でも……。


「……これ……外側からのアプローチ方法しかない……。精神世界の方の事が何も書いてない……。」


そう、論文はさすがは現・精神魔術師トップが書いたものと言えるしっかりした内容だった。
現実世界から精神世界にアプローチする方法は、フーボーさんから聞いたものとほぼ同じだった。
だから俺は装置を作れれば大丈夫だと思ったのだ。

ただ何となく違和感があった。
何となく不安に感じた。
だから何かおかしいなと思ったのだ。

「ご名答。この論文は現実世界から精神世界へのアプローチ方法しか書いてない。肝心の精神世界の方の事が書いてないんだ。多分まだ、そこまでしか考えが及んでねぇんだろうよ。」

「なら……。」

「確かにコイツを書いた奴はフーのいない今、最高の精神魔術師なんだろうよ。時代のずっとずっと先を歩いていたフーの考えに追いついた奴だからな。だがコイツはまだまだ精神世界を知らなすぎる。外側からしか精神世界を見れてねぇ。むしろ、今ならお前の方が知ってるんじゃねぇのか?!サーク??」

ふんぞり返ってウニはニヤリと笑った。

俺の方が知っている??
どういう事だ??

俺は必死に頭を働かせた。
フーボーさんから聞いた話。
ここであった出来事。
もしも俺にガファール・アブリヤゾフよりも精神世界の知識があるとしたら、この論文に何を書き足して完成させる?!

「……仮想精神空間……。」

そう、この論文にはそれについての記述がない。
理論的にそれを作れるとは書いてあるが、それそのものについての記述がない。
ウニが満足げに頷く。

「この論文のアプローチ方法は間違ってねぇ。そしてこの装置で魔力を送る事で空間を作る為のエネルギーはある。だがコイツは現実世界からしかモノを見てねぇ。精神世界の方からモノを見てねぇ。現実世界と精神世界が尽く違うものだって認識が低いんだよ、わかるか??」

俺は頷いた。
精神世界は現実とは違う理論で成り立っている。
あまりに違うから俺には理解しきれない。
でも、知っている事はある。

「…………力……。精神世界に空間を作る為の力がない?!」

俺はバッと周りを見渡した。

フーボーさんが作り出したこの空間。
元々あった精神空間に切り開かれたここと、一時的にゼロから生み出す疑似空間、仮想精神空間では多少の違いはあるだろう。

だが、原理は同じはずだ。

空間を作るには力がいる。
つまり情報だ。

情報こそが精神世界における力だ。

この空間を作る為にフーボーさんは自分の全てを情報にし、その情報を使ってこの空間を切り開いた。
だとしたら仮想精神空間を作る為にも力がいるはずだ。

「……そう。この論文には外から精神世界にアプローチする方法も、作る為のエネルギーを与える方法もある。だが精神世界という場所に空間をこじ開ける力がない。魔力エネルギーは力ではあるが精神世界ではむしろ維持する為の力、つまり時間に近い。物理的な力に近いものは情報だ。」

「なら仮想精神空間を作るのに魔力はいらないのか??」

「いるに決まってんだろ?!ボケ!!」

「ボケとか言うなよ!俺は精神世界初心者だ!!そんなにスラスラ詳しくわかるか!!」

「なら聞くが、臨時疑似空間つうか仮想精神空間ってやつはここに作った空間と大きく異なる部分がある。何だかわかるか?」

「異なる点……ん~……たしかここは夢と現実の狭間……眠りに落ちる際、一瞬、誰もが通る切り替えみたいな場所だよな??元々、そこに空間と言うか時間というか……とにかく元々、何らかの場所があった所に無理矢理情報を押し込んで時間を与えた事によってこじ開けて作った空間だったよな??……そうすると……仮想精神空間は元々何もない所に作る空間って事か??」

「そういう事だ。そこに元となる物もなく、いきなり0から空間を作ろうとしてんだよ。だから莫大なエネルギーがいる。最低でもそれを保つ持続的なエネルギーとそこを切り開き支えるパワー的なエネルギーが必要なんだ。」

確かに一瞬通り過ぎるだけの場所であったとしても、ここは元から夢と現実の狭間に存在している場所だ。
だが、仮想精神空間はどこに作るとかの場所指定みたいなものがない。
ただ、精神世界へのアプローチとしては正しく、そこにいきなり空間をぶち込む様な感じだ。

「精神世界には現実世界で言う時間は存在しない。だが時間のエネルギーがなければその場にとどまる事はできないし、現実世界に影響も与えられない。時間がなければ精神世界の事は現実世界では0時間となり認識できなくなる。要するにな?精神世界では、維持エネルギーとして魔力や霊力もしくは意識、現実世界への影響力であり認識させるエネルギーとして時間、空間というかスペースを生み出すエネルギーとして情報がいるんだ。まぁ時間も突き詰めれば情報の流れなんだけどそれはおいといといて。この三つの力によって立方体つまり精神空間が作られてんだよ。この論文にはそれがない。だからいくら現実世界から精神世界へのアプローチ方法が正しくても、この論文の通りに仮想精神空間を作ることはできない。」

俺は唖然としてウニを見ていた。
この論文は間違っていない。
だが、空間を作る力、つまり情報を用いる部分が無いのだ。

「……このままでは空間は作れないと??」

「一時的な疑似空間でも力、つまり情報がなきゃ駄目だ。力である情報がないと、魔力エネルギーで一瞬は膨らむけど空間を保てずに潰される。情報があるから時間が生まれ潰されないんだ。わかりやすく言うなら、ここの本みたいに情報が積まれることによって空間が維持されるんだ。風船は膨らんでも直ぐに萎むだろ??一時的とはいえ元々ない空間を作るんだぜ?!一瞬膨らんだって押し戻されて潰されちまう。だからそれを縮まないように支える力がなきゃ意味がない。」

ウニの言う事は最もだ。
もしも魔力エネルギーだけでそれを持ちこたえさせようとするなら、この論文の何十倍もの魔力が必要になるだろうし、何よりそれでは空間が不安定すぎる。

「……だったら情報があれば空間が作れるのか?!」

そう、理屈で言えばそういう事だ。

この論文に足りないもの、情報という力を足せば作れるはずだ。
しかしそれにウニは飽きれたようにため息をつく。

「お前なぁ……。この空間を見てみろ。ここを作るのにフーの全てが情報になってるんだぞ?!普通の人よりめちゃくちゃ知識のあったフーひとりでやっとこの空間なんだぞ?!だいたい仮想精神空間ってのは仮想なんだよ。一時的なもんだ。ここと違って本来不必要な無意味な場所で保てるもんじゃない。保つ為には無理矢理エネルギーを送り続ける必要があるし、エネルギーが送られなくなったら消えちまう。そんな一時的な空間の為に、情報を無駄にするのかよ?!だいたいどこから情報を持ってくる?!何人かの記憶を奪うのか?!やべぇだろ?!それじゃ?!」

確かにその通りだ。
だが、仮想精神空間が作れなければ、ラニの危険度が格段に上がってしまう。
だからと言って他の人を犠牲にする訳にはいかない。
それじゃ本末転倒だ。

落ち着いて考えろ、サーク!
何か手がある可能性はゼロではないはずだ。

一つ一つ、確認していこう。

まず、あの論文は間違ってはいない。
だからノルは装置を作れる。

でもあの論文は足りない部分がある。
精神世界から考えた部分が不足している。

精神世界では情報が力みたいなものだ。
だから空間を作る為には情報がいる。
情報がなければ時間も力も生まれず空間は保たれず潰れてしまう。

装置で魔力をエネルギーとして送っても、それは維持エネルギーにすぎず空間を作るような力、パワーじゃない。
だから一瞬、風船の様に膨らむが、直ぐに潰されてしまう。

だからそれを支える骨組みとして情報が不可欠なのだ。

だが、空間を維持させる程の情報となるとそれをどこから持ってくるかと言う問題が出てくる。
この空間はフーボーさんの全てを情報として作られている。
つまり、人一人分の情報あってこの空間と言う事だ。

いくら仮想精神空間を作るのに情報が必要とはいえ、そのために誰かの全てを情報に変えるなんて事はできない。
だが、情報がなければ小さな空間すら維持できない。

情報がどうしてもいる。

皆からいらない記憶を少しずつもらうとか??
いや、それも難しいだろう。

情報。
なくなっても困らない大量の情報。

そんなものあるか??


「……………あ……?」


俺は思わず声を上げた。

いや……でもな?
どうなんだろう??

「あのぉ~、ウニさん??」

「何だよ??」

「情報って~、何でもいいの??」

「どういう意味だよ??」

「いやだから……情報の種類とか質とか関係しているのかなぁって思って~。」

俺が恐る恐る聞くと、ウニは物凄い変な顔をした。
そして後ろの本棚の薄い本を見ろとか言われた。

俺は振り返って数札並んだ薄くて大きな本を1冊手に取った。
それは絵本の様だった。

「………5月20日のウニ……??」

表紙にはそう書かれていた。
そしてピンクのパンダ模様の可愛いうさぎが、細っこい人参を畑から引っこ抜いている絵が書かれている。

「オマッ!!よりによってそれかよ?!」

絵に気づいたウニが慌てているが、俺は無視して中身を見た。

『5月20日。
可愛い私の弟は、私が研究をしている間にストーンさんが畑で育てていた人参を全部引っこ抜いてしまいました。
直ぐにお詫びをして、人参を魔術で元通りにした私は、悪戯には悪戯で返すのがよかろうと思い、白黒の斑の黒の部分をピンク色に変えました。』

「ぶっ!!」

「笑うな!!見るな!!」

『私は微笑ましく可愛いと思ってピンク色にしたのですが、弟は物凄くショックを受けたようで、3日間、部屋から出てきませんでした。
これからは色を変えるとしても、ピンクだけはやめようと思いました。』

「うはははははっ!!」

「チクショウ!チクショウ!!何でそれを選んだんだよ?!アホ~ッ!!」

「フーボーさん!!最高~!!」

「チクショウ!チクショウ!!」

自分で見てみろと言った癖に、めちゃくちゃ怒っているウニ。
それにしても、ウニって元々はパンダうさぎだったんだな?
でもそれをピンクにするとか……フーボーさん、面白すぎる!!

俺が机に突っ伏して肩を震わせて笑っていると、ウニはムキィーと怒って俺の髪の毛をぐちゃぐちゃにしていた。
いやでも夢の中だしね、やられた所で現実には影響ないし。

「あはは!!わかったわかった!!情報は何でも良いんだな?!可愛いウニちゃんコレクションでも?!」

俺は顔を起こして、怒り狂うウニを手で押しのけた。
ウニは多分、俺がどういった情報の事を言っているのかわからなかったので、どんなつまんない情報でも情報は情報だから大丈夫だと教えたかったのだと思うが、セレクトが秀逸すぎた。
俺はウニちゃんコレクションと言いながら、ぶっとまた吹いてしまった。

「ムカつく~!!よりによってなんでその本なんだよ~!!」

「え~?!めちゃくちゃ最高じゃん!!フーボーさんのウニへの愛を物凄く感じたし~。て言うか、この可愛いウニちゃんコレクション、全巻読んでも良い?!」

「駄目に決まってんだろ?!二度と読ませないからなぁ!!」

毛がないので普段からピンク色の体を真っ赤にして、ウニがキーキー叫んでいる。
何か見るからにピンク色なもので、俺は我慢できなくて盛大に笑い転げたのだった。
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