欠片の軌跡⑥〜背徳の旅路

ねぎ(塩ダレ)

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第九章「海神編」

陰陽説と悪魔の本分

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朝のひと悶着を終えて朝食を取っていると、徹夜明けらしいノルが顔を出した。

「サーク!聞いてくれ!!例の装置なのだが!!」

テンション高くまくし立てるノルをトーストを噛っていたラニはぽかんと見つめ、リアナはまだ不機嫌そうにジャムの瓶からもりもりとジャムを出していた。

あ、うん、いいんだ。
たっぷり乗せると美味いもんな……。
それで機嫌が直るなら安いもんだ……。

でもそれ、ウィルがあの高い茶葉専門店で買ったジャムなんだよなぁ……。
帰ってくるまでに買い足しておかないと……。

俺はノルの怒涛のトークを聞きながら、そんな事を思っていた。
カレンがすかさずノルの分の朝食をセットし始める。
何か本当、カレンのメイドさん技術がめちゃくちゃ高くてびっくりする。

どこでそんな事を学んだのか聞いてみた所、まず、お母さんであるこの家に残っている前の家族のメイドさんの情報を取り込み、さらに周辺の家々の意識と交流して、優れたメイドさんとはどういったものなのかを学んでいるらしい。

カレンは別にメイドさんではないのだから、家族として好きにしてくれていいのにと言ったら、メイドとしてバキバキ技術を身に着けて俺達の世話をするのが楽しくて仕方がないのだと言った。
前のご主人様と奥様には何もしてあげられなかったから、実体化できた今、こうして皆の為に何かできるのが嬉しいのだと。
本人が楽しいのならそれでいいんだけど、程々にねと言う事と、他にやりたい事ができたら遠慮なく言うんだよと伝えた。

「わかったわかった。ありがとう、ノル。とても助かるよ。俺もその事は少しノルと話を詰めたいんだけど、聞いた感じだと結構、物が入り用だよね?」

「そうなんだよ!!この辺で用いる……」

「とりあえずご飯を食べよう?ノル?それとも風呂かシャワー浴びる??」

「…………。言われてみれば、お腹、空いてるかも……??」

「うん、なら座って?カレンが用意してくれたからさ。」

「おや、どうもありがとう、カレン君。」

「いえいえ。お飲み物は何にされますか?」

「コーヒーを濃いめでもらってもいいかい?」

「畏まりました。」

そう言ってカレンはノルの前にベーコンと目玉焼きと茹で野菜の皿を置いた。
焼きたての匂いが食欲を誘う。
ノルは子供のように嬉しそうに目玉焼きをトーストに乗せた。
俺も席に座り直し、野菜を口に放り込む。

「……サーク、ミルク取って。」

「あ、はい……。」

座れたと思ったら、今度はリアナがツンっとそう言った。
今は逆らってはいけない。
俺は立ち上がって冷蔵庫を開けた。

「ヤギミルクで良いんだろ?そうだ、ノル、冷蔵庫作り直してくれてありがとう。やろうと思いながら中々時間が取れなかったから助かったよ。」

「冷蔵庫ぐらいたいした事じゃないし、別に良いよ。僕にもミルクもらえるかな?」

「ヤギミルクと牛乳、どっち?」

「悩むな~。朝だしヤギミルクにするよ。」

おっと、ノルもヤギミルク派らしい。
ヤギミルクの方が少数派だと思っていたのに、何かこの家では肩身が狭いなぁ、牛乳派。

「全部飲んで良いわよ?後で売りに来たら買っとくから。」

「悪いね、リアナ君。」

リアナからヤギミルクを受け取り、ノルが微笑んだ。
人見知りするノルだけど、子供とは打ち解けるのが早いみたいだ。

「ねぇ!サーク!皆、ヤギミルク飲むから、おじさんに定期契約頼んでも良いわよね?!冷蔵庫もできたんだし、定期契約の方が安いし、確実にいつももらえるし。」

一度売り切れでヤギミルクが買えなかった日があったようで定期契約していいか聞かれたが、まだ冷蔵庫を直していなかったので直してからと言っておいたのだ。

「そうだな、良いよ。」

「なら、後で販売員さんが来た時に契約をお願いしておきますね?」

「色々任せて悪いね、カレン。よろしくお願いします。」

「任せて下さい!」

頼まれて嬉しそうにカレンが笑う。
こんな顔をさられちゃうと、メイドじゃないんだからそんな事しなくて良いと言えなくなってくる。
と言うか、もうすでにこの家はカレンなしには回らなくなっている気がする。

「参ったなぁ……。」

ありがたくて、申し訳なくて、でも嬉しくて。
東の国の実家とも違う、俺の家。
ウィルと二人で慎ましやかに暮らすはずだったこの家は、気づいたら家族が増えてきて、思っていたよりずっと騒々しく賑やかだ。

でも、ここが俺の家。
これが俺の家族。

入れ替わりは多少あるけど、いつでもここには家族と呼べる人がいる。
その騒々しさが妙に心に馴染んで安心する。

「旦那様?コーヒー、おかわりいかがですか??」

「ありがとう、カレン。」

俺はそう言ってくれたカレンにニッコリと微笑んだ。












王宮に着くと、ノルがちょっとだけ人見知りを発揮した。
俺の後ろにピタッとくっついて、挨拶してくる兵士やらに引きっつた笑顔で答えている。

「ノル、大丈夫だから……。」

「でも……。」

「お、来たな?話はつけといたぜ?」

しばらく中を歩いていくと、途中で待ち合わせた人物が待っていた。
フンッとばかりに俺を見る。

「ガスパー君!!」

見知った顔を見つけて、気を緩めたノルが半泣きでガスパーに飛びついた。
そして俺を引っ張ると、ガスパーと俺の間に自分を隠すように立たせた。
思わずガスパーと顔を見合せ、苦笑する。

「悪いな、ガスパー。」

「いや?博士を連れてこっちに帰ってきて状況を聞いた時、こうなるんじゃねぇかとは予測が立ってたしよ?」

「そっか。」

「グレイ執事長を通して話はつけてある。概ね許可が出てる。ただ、金の問題も絡むから、そこはこれから事情のわかっている叔父さんとコーディ書記長と話し合いだな。まぁ、何だかんだ、事情が事情だからよ、駄目とは言われねぇだろうけどな。」

「叔父さんて……ルードビッヒ・ラティーマー宰相だよな??」

「そうだけど??何か問題あんのか??」

「いや~。あはは、特にないよ??」

「??」

う~ん、ルードビッヒ宰相かぁ~。
ただでさえ、ヘビ顔中のヘビ顔な上、現宰相だからか迫力が違うからなぁ……。
俺でもちょっと怖いのに、ノル、大丈夫かなぁ……。
俺は挙動不審になりかけているノルをチラリと見て苦笑した。

だが、それは杞憂だった。

会議室に通された俺とノル、そしてガスパー。
待ち構えていたルードビッヒ宰相にノルは初め予想通りビクッとしていたが、ガスパーの叔父さんである事を話すと少し落ち着いてくれた。

そして装置の話になると、人が変わったようにノルは雄弁だった。
必要な物について話し出し、難色を示されても必要だと言って頑として譲らない。
研究やその開発において、ノルは真剣であり、絶対に妥協しないし、その熱意は常人のそれを遥かに上回るのだ。
あのルードビッヒ宰相が若干、たじろぐのを初めて見た気がする。

何か心配いらなそうだ。
俺は安堵のため息をつく。
ふと、扉が開き、グレイさんが俺を呼んだ。
ノルも大丈夫そうなので、俺はこの場をガスパーに任せて会議室を後にした。













「だいぶ話が纏まってきたね?」

「はい。お陰様で。」

王様が話したいと言っていると言われ、俺はグレイさんの後を歩いていた。
その間、軽く会話を交わす。

「君のお陰でずっと抱え込んできた大きなこの問題も片が付きそうで、我々も肩の荷が一つ降りるよ。」

「まだどうなるかはわからないですよ。相手が相手ですし。」

「とは言え、東の国最高機密である名のない神仕えがいて、国とギルド、双方からビショップの称号を得ている変人がいて、エアーデの愛弟子がいて、魔術本部の全面協力も得ている。そして技術者として古代科学技術研究の第一人者、バンクロフト博士までここにいる。これ以上の条件を揃えるのは不可能と言っても良いくらいだからね。」

「……ファーガスさんだけ何か酷い言われようですけど……。でもそうですね。現時点でこれ以上のチームを用意するのは難しいでしょう。」

「君には精神系魔術師の件も当てがあるみたいだしね。」

「あるにはありますが、それについては色々、こちらの求める条件を飲んで頂かない限りは説明できませんよ。」

「そこは大丈夫だよ。ここまで完璧な武陣を組んだ君に、条件を飲めないなんて言う者はいないさ。君が無意味な条件を出すとも思えないしね。」

「王様がそうでも周りまではわからないでしょ??」

「ふふっ、そこはこのグレイを信じて頂けますか?アズマ男爵??」

俺の顔を覗き込み、グレイさんはニヤッと悪戯な笑みを見せた。
俺はその顔を見て一瞬固まり、そして苦笑してため息をついた。

なるほど、この人がいたか。

純粋培養されたジョシュア国王のお花畑は、何だかんだこの人によって守られている。
この、人の感情の奥底まで見透かしてしまう悪魔のような完璧な執事長によって。

「……何か、レオンハルドさんが殿下の執事長をされてた頃、王宮内で悪魔と陰で恐れられていたって聞きましたけど、本当に恐れるべき悪魔は別にいると思うんですよね、俺。」

「彼は自分を不必要に偽ろうとはしなかったからね。いついかなる時でも、必要があれはその牙を剥く事を隠さなかった。だから昔話を小耳に挟んだ程度の色々な話と混ざって尾ひれがつき、噂が大きくなってただけだよ。そしてホロウはそんなつまらない話に反応する様な小さい器の男でもないしね。」

「なるほど。陰で勝手に話が独り歩きしてたんですね。あんなに穏やかな所作なのに何でだろうと思ってたんです。噂話好きそうですもんね、王宮の人たち。」

「お陰でいい隠れ蓑にもなった。」

「……その根も葉もない噂の一端を担いでたんですね……。」

「僕は彼ほど強くも純朴でもないからね。目の前に利用できるものがあれば何であれ利用する。悪目立ちはジョッシュを危険に晒すからね。」

「本当の悪魔はそこにいても誰も気づかないものなんですね。」

「気づかれる様な悪魔なら、その程度って事だろ?違うかい??」

「……なるほど。勉強になりました。覚えておきます。」

光あるところに影あり。
その輝きが強ければ強いほど、その影は色濃くなるだろう。
だが光を浴びている人間は、そこに影がある事に気づく事はない。
影とはそういうものだ。
そしてそうでなければならない。

「さて、もっと話していたい所だが時間切れだ、サーク。今度また、レッティやエアーデも交えて食事でもしよう。僕もたまには素に戻りたいからね。」

「……食事は楽しみですけど、グレイさんの素は怖いからあんまり見たくないです。」

「ふふふっ、遠慮しなくてもサークならいつでもイジメてあげるよ?まだ泣かせられてないからね。」

「だから!!怖いですって!!」

本気で怯えモードに入った俺に、楽しげなグレイさんは優雅に微笑んだ。
正体知ってる人間に見せるこの執事長モードと素の中間の対応も、結構、怖いんだよねこの人……。
本当、何で王宮の人たちはこの悪魔の存在に気づいてないんだろう??
俺はげっそりしながらグレイさんの後ろに控えた。
国王執務室の隣の休憩室の前、グレイさんが執事長の顔で警護のロイヤルガードに軽く会釈する。

「何か問題はありませんか?」

「特にございません、タガード執事長。陛下は少し前にこちらにお入りになり、休憩なさっています。」

「ありがとう。……ジョシュア国王陛下、グレイです。アズマ男爵を連れてまいりました。」

グレイさんが大きなドアをノックして声をかけると、メイドさんが扉を開けてくれた。
そしてメイドさんにお茶を持ってくるよう指示を出し、入れ替わりでグレイさんが室内に入ってドアを開けてくれる。

「どうぞお入り下さい、アズマ男爵。」

「ありがとうございます。失礼致します。」

本当この優雅で控えめな綺麗な所作と微笑だけを見ていると、かっこいい執事さんなんだけとね、グレイさんて。
素や本性を知っているだけに、残念というか怖いというか複雑な気分になる。

まさかこの人が、この国を照らす太陽と対をなす黒々とした影だなんで誰も気づかないだろう。

部屋に入り王様に頭を下げながら、俺はそんな事を考えていた。
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