欠片の軌跡⑥〜背徳の旅路

ねぎ(塩ダレ)

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第九章「海神編」

うちの小さなお姫様

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俺は椅子の上、頭を下げて身を縮めていた。

怖い……。
メチャクチャ怖い……。

「もう一度、聞かせてくれるかしら??サーク?!」

「ええと……申し訳ございません……。」

「申し訳ないで全て許されると思わないでっ!!」

「ひいぃぃぃぃ~っ!!」

もうヤダ……ここ、俺の家なのにぃ~っ!!
俺は泣きたい気持ちでリアナの怒号に耐えていた。

家に帰ってきて、俺はとりあえずカレンと話がしたいからと言って、二人には部屋にいてもらった。
ノルは家についたらすぐにニ階のサブダイニングに行ってしまったので、多分、作業をしているのだろう。

で、拍子抜けするほどあっさりカレンとの話が終わって今度は二人にその話を始めたのだが、ラスボスはカレンじゃなくてリアナだった。
何となくそんな気もしていたんだけどさ、やっぱりこうなる訳ね……。

リアナは俺の前で腕組みして仁王立ちしている。
体は椅子に座っている俺よりもちっちゃいのに、水神様に会った時みたいな威圧感を感じた。

「朝!!あんなに揉めたのに?!帰ってきたら何?!海様が入っていらっしゃる方を!この家に連れてくるですって?!」

「はい……状況的にそれが一番、安全なので……。」

「て言うか!!私!!ラニにやらせるなんて言ってないわよ?!」

「お姉ちゃん、僕やるよ。」

「ややこしくなるから!今は黙ってて!ラニ!!アンタとの話は後で!!」

ピシャリと言われて、ラニもビクッとして義父さんにひっついている。
ヤバい……朝の100倍、怒ってる……。
リアナ最終形態ってとこなのだろうか……。
う~ん、どうしたらいいんだろう??

「リアナ……確かに勝手にほぼ決めて来ちゃったのは悪かったけどさぁ……。」

「サーク、アンタ、あの子の呪いとやり合って勝ったからって!!調子に乗ってんじゃないわよ?!確かに竜の血の呪いは恐ろしいものだけど!海様はそれ以上の存在なのよ?!わかってるの?!」

「わかってるよ……。でも、ライオネル殿下も海神も、俺は助けたい。一番皆がいい方法を模索して、その為に努力したい。でもその為にこの街の人達を危険に晒す事もしたくない。もしもの事を想定した時、この国の安全を考えたら、カレンのいるこの家が一番いいんだよ……。」

「なら家の中の人はもしもの時、危なくないの?!そうじゃないでしょ?!」

「確かに海神が表面に出てきて暴れた場合カレンが魔力を否定してくれるけれど、それがどこまで通じるかはわからない。魔力がなくても海神ほどの精霊なら霊力等もあるだろうから安全とは言い切れない。実体化もできるだろうし、魔力を抑えても海神の姿で暴れられたらどうなるかわからない。……リアナが身の危険を感じるって言うなら、どこか一時的にいられる場所を考えるよ。だから……。」

「ラニがここに残るでしょ?!だってこの子!やるって言ってるんだもの!!だったら私だけ逃げたりしないわ!!」

「ならどうして欲しいんだよ?!リアナは?!俺にどうして欲しいんだよ?!」

「わかんないわよ!!わかんない……わかんないわよ……っ!!」

リアナはそう言いながら、ぼろぼろ涙を溢した。
その涙を見て俺はハッとした。
そしてすぐに椅子から立ち上がり、跪いてリアナを抱きしめた。

「……ごめん……ごめんな?リアナの気持ちに寄り添ってやれなくて……ごめんな??」

俺が抱きしめると、リアナはしがみついてきてわんわん泣いた。
俺はその背中を擦りながら、俺は駄目な大人だなぁと反省した。

「サークのバカァ~っ!!」

「うん。ごめん。リアナはずっと頑張ってきたんだよな?ずっと無理してきたんだよな?ごめんな?不安にさせてごめんな??」

「うわぁぁぁぁっ!!」

「辛かったな……ごめんな、気づいてやれなくて……。不安だったよな?ごめんな??」

突然、堰をきった様に大泣きし始めたリアナ。
俺はそれを申し訳なく思いながら抱きしめた。

やっとわかった。
リアナは怒っていたんじゃない。
不安だったのだ。

なのに不安があるのに、俺がろくに話もせずどんどん次から次へと新しい不安の種を持ってくる。
それに文句を言っても、仕方ないだのなんだの言われて相手にしてくれない。
話したくても俺は毎日忙しくしていて、そんな余裕もない。
俺を困らせたくない。
だから気を強く持つしかない。

そしてリアナの不安はどこにも出口を見つけられず、ただただ溜まっていってしまったのだ。

理屈じゃないんだ。
こういう理由だからと説明すればいいってものじゃないんだ。
ただ、この子の気持ちが追い付くまで待ってやらなければいけなかったのだ。

リアナはしっかり者の反面気の強い子だから、不安を上手く表現できない。
なのに俺はその不安に気づいてやれず、この子の心が納得する為の時間も与えず、かと言ってその気持ちに寄り添って抱きしめてやる事もしなかった。

だからリアナの不安は爆発してしまったのだ。

「ごめん、ごめんな?」

「……いい。わかってくれたなら、もういい。」

「うん……。」

抱きしめながら思った。
リアナって、思ったより小さい。
いつもラニの方が小さいと思っていたし、リアナは態度がデカイから、もっと大きい気がしていた。

こんなに小さかったんだなと改めて思う。

なのにしっかりしてるから、頭のいい子だから、お姉ちゃんだから、怒ると怖いから、色々理由をつけて、この子は大丈夫と決めつけていた。

そんな訳ないのにな。
リアナはこんなに小さな女の子なのに。

俺にしがみついてくる手はとても小さい。
こんな小さな手で、一生懸命、不安を押さえ込んで戦っていたのだ。

竜の谷を離れる決断をした事も、俺を探してさまよった事も、やっと出会えた事も、新しい生活も、何もかも不安があったんだ。
確かに不安だけじゃなかったとは思う。
でもその他の感情を表に出し、不安には蓋をして、この子は溜め込んでいたんだ。

もっと早く気づいてやるべきだった。
この子がこんなに不安で震えていた事に。

俺はごめんねの代わりに、泣き止むまでぎゅっと抱きしめていた。
たくさん頭をなでてやった。













その日の夕飯はお詫びも込めて俺が作ることになった。

料理なんて、しかも自分一人で食べる適当な料理じゃないものなんて久しぶりかもしれない。
義父さんもいるしなぁ……。
ノルにも上手く食事をさせたいし……。
時間は結構あるし、ちょっと頑張るか。
俺は冷蔵庫やらを覗き込みながら、そんな事を思った。

リアナとラニは二人で風呂に入っている。
二人で話しておきたい事もあるだろうから、ゆっくり浸かってくればいい。

義父さんは家の中や敷地内を回って何かしている。
海神をここに入れるからその対策をしているのだろう。
主に多分、場を浄めてまわってるんだと思う。
少しでも海神が居心地がいい方が刺激にならなくて済むもんな。

なんか本当、今回の件は義父さんがいなかったら大惨事になっていたと思う。
俺はそんな事を思いながら料理をしていった。

そして何とか苦心して料理を終えテーブルに並べていると、何故か一番乗りでテーブルについたリアナが物凄く不審そうな顔をして料理を見ている。

「……このご飯……腐ってるの??」

「人聞きの悪い事を言うな!!」

あまりの言葉に俺は思わずツッコんだ。
確かにリアナは初めて見る料理だろうけどさ?!
腐ってるは流石に酷すぎないか?!

「だって、酸っぱい匂いがする……。」

「酢飯ってんだよ!!腐ってねぇ!!」

匂いを嗅いで顔を顰めるリアナに、俺は軽く憤慨した。
いくら見た事のない料理だからって酷すぎるぞ??
これはお前の為に作ったようなもんなのに!!
腐ってるとか言うなよ!!
確かに東の国の料理だから知らないだろうけどさ~!!

「ふ~ん……見た目は凄く綺麗なんだけど……なんか食べるの怖い……。」

「……一口食ってみて駄目だったら、余ってるご飯でおにぎり作ってやるから!!」

怒るに怒れず、俺は頭を抱えた。

なんかこんなに頑張ったのに、俺、泣きそう……。
色々総合して考えた結果、これにしたのになぁ……。
そんな事を思っている所に義父さんが戻ってきた。

「おや?!ちらし寿司かい?!嬉しいねぇ~。これはリアナに作ってあげたのかい??」

そう、俺が作ったのはちらし寿司だった。
まぁ材料は揃わないからそれっぽい感じに仕上げたものだったけど。
ちらし寿司を見た義父さんは、思うところがあったようでくすくす笑ってリアナの頭をなでている。

「……私に??」

「ち、違うって!義父さんが東の国の料理が食べたいかなって思っただけだから!!」

「そうかそうか。それはありがとう。サク。」

意地を張って思わず否定してしまう。
そんな俺の言葉に、心なししゅんとするリアナ。

うぅ、俺も素直じゃないよな……。
そんな俺を、義父さんはおかしそうに笑ってい見ている。
そしてリアナの隣に座り優しく語りかけた。

「リアナ?これは東の国の料理で、ちらし寿司って言うんだよ?」

「そうなんだ?」

「お祝いの時なんかに作るんだよ。東の国のには、その家に生まれた男の子を祝う日と女の子を祝う日があってね?」

「誕生日以外に??」

「そう。うちに生まれてきてくれてありがとうって、これからも無事に元気に過ごせますようにって、その子と神様にご馳走を振る舞うんだよ。」

「へぇ~。変なの。」

「そうだね、変かもしれないね。で、その女の子のお祝いの時にね、よく作られるのがこのちらし寿司なんだよ?その子の無病息災を願って、ご馳走としてその日に家族皆で食べるんだ。」

「…………。そう、なんだ。」

義父さんの話を聞いて、リアナはじっとちらし寿司を見つめた。
混ぜ寿司の上に、菜の花畑みたいな錦糸卵と彩りのラディッシュが乗っている。

「お花畑みたいで綺麗だね?リアナ?」

「うん……。」

俺は他の準備をしていて、話を聞いてないふりをした。
じゃないと恥ずかしくてその場から逃げ出してしまいそうだったからだ。
義父さんも皆まで言わなくてもいいのに……。
リアナもそれ以上、何も言わなくなってしまった。
なんか気まずい……。
義父さんだけがにこにこ笑っている。

「それにしてもよくちらし寿司なんて作れたね?サク?」

「ちらし寿司っていうか、ちらし寿司っぽいものだよ。デンブもないし、レンコンもないし、油揚げもないし、干瓢もないし。錦糸卵でそれっぽく見せてるだけだよ。」

「何を入れたんだい??」

「きゅうりとハムと人参、炒め煮にしたきのこ、辛味抜きにさっと湯通ししたエシャロットを薬味に少しと、彩りにラデッシュ。後、チーズ入れた。」

「チーズ??」

「そ、酢飯なんかリアナとラニ、多分ノルも食べた事ないだろうから、食べやすくなるかなって。そのきゅうりと人参みたいにコロコロの小さいブロックになって酢飯に混ざってるよ。」

「ふふふっ、中央王国風ちらし寿司だね?食べるのが楽しみだ。ね?リアナ?」

そしてここでいきなりリアナに話を振る。
リアナは少し俯いてじっとちらし寿司を見つめたまま、小さな声で言った。

「……うん。ありがと、サーク……。」

いつもと違っておとなしくそう言ったリアナ。
何?!それ?!
待って、俺、動揺するから!
結構、テンパってるから!!
なれない事をした上リアナがこんな調子だから、嬉しいやら恥ずかしいやらで体中がむず痒い。
照れ隠しに下手な事を言わないよう少し間を取る。
そして一度深呼吸してから口を開いた。

「あ~……うん。どういたしまして……。でも本当、口に合わなかったら言えよ??おにぎり作るから。」

「うううん、食べる。」

目元を少し赤くしながらそう言われ、俺もちょっと食らった。

なんか……不器用なお父さんになった気分だ……。
あかん、涙腺が馬鹿になりそう……。

そんな所にノルを呼びに行っていたラニと、引っ張られたノルがダイニングに入ってきた。

「遅くなってごめんなさい。博士が後ちょっと、後ちょっとって言って、全然終わらなくて~。」

「ごめん、ラニ。俺が行けばよかったね……。」

ノルとラニの登場で俺は何とか切り替えた。
ラニはテーブルをも見て、わぁ~と歓声を上げてリアナの隣に座った。
ノルの方は、心ここにあらずと言った感じだ。
多分、迎えに来たのがラニだったから無下にも出来ずひとまずダイニングには来たものの、ちょっと摘んで仕事に戻るつもりなのだろう。

「そんな一食ぐらい食べなくて、も……??これはなんだい??サーク??」

しかしそんなノルもラニの歓声につられてテーブルに目をやり、見慣れない料理に興味を持ったらしい。
ふふふっ、ノルの性格は把握している。
これで食べないという選択肢は奪ったも同然。
しっかり食べて貰おうじゃないか!
バンクロフト博士!!
俺の作戦勝ちで、ノルは興味津々でテーブルにつく。

「ちらし寿司……ぽいものだよ。東の国の料理。材料がないからアレンジしてあるけど。」

「ほう!ほうほうほう!!東の国で花の節句と言われる女児のお祝いで出されるものだね?!」

「うっ!」

「なるほどなるほど、これはリアナ君の健康を願って作ったのかい?サーク??」

しまった……ノルは無駄に博識なんだった……。
何も状況を知らないノルに無自覚に蒸し返され、俺は恥ずかしくなってしまった。
リアナの方も赤くなって俯いてる。

勘弁してくれ。
確かにリアナに作ったんだけどさ!
そういうのバレないようにちらし寿司にしたのに!
何でバラす人物が二人もいる訳?!

義父さんはにこにこしているだけで何も言わない。
何となく状況を察したラニが、アワアワしながら場をとりなそうとしてくれる。

「凄いね!綺麗だね!お姉ちゃん?!」

「そうね……。」

「こっちは何?フライドチキン??小さいね??」

「う~ん、似たようなものだね。これは東の国では竜田揚げって言うヤツだけど。」

「ふふふっ、ちらし寿司に竜田揚げ。煮物があったら最高なんだけどなぁ~。」

「義父さん、時間も材料もないんだからそこまでは勘弁してよ。」

「サーク!まだ食べたら駄目なのか?!」

「いや揃ったし、食べよう。」

俺が席につくと、義父さんが「いただきます」と手を合わせた。
ノルが真似して言うと、リアナとラニも不思議そうにしながら真似をする。
俺はそれを面白いなぁと見ながらいただきますと言った。

流石に箸は使えないからリアナ達はスプーンでちらし寿司を食べ、思ったより美味しかったらしく好評だった。
やっぱりチーズを入れたのがよかったみたいだ。
義父さんはこれは子供は喜ぶだろうから、今度教会でも作ってみると言っていた。
特にノルは気に入ったみたいで、研究中はあまり飲食をしないけれど、これはサッパリしているから食べやすいと言って自分の皿の分を食べきってくれた。
とりあえず今日はノルに食事をさせる事は成功した。

「……ねぇ、サーク??」

気づくとリアナが俺の袖を引っ張っている。
ちょっと言いにくそうにしているから、おにぎりが食べたいのかなと思った。

「おにぎり??」

「うううん、違う。」

「ならどうしたんだ??」

「……おかわりある??」

そう言って差し出されたのはちらし寿司の皿。

俺はちょっと感極まって、思わずリアナを抱きしめてしまいそうになったのは秘密だ。
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