欠片の軌跡⑥〜背徳の旅路

ねぎ(塩ダレ)

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第九章「海神編」

三本の矢

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俺の肩に、剣のようにライオネル殿下の手が添えられる。
椅子もなくなった空間で殿下は姿勢を正し、跪く俺を見つめた。


「……やっと、やっと私の下に来てくれましたね……。私の騎士……。」


そう言った殿下は涙を浮かべて微笑んだ。
でもその顔は不思議とそこまで嬉しそうじゃない。
どこか諦めたような寂しさが含まれている。

「……殿下?」

その表情は意外で俺はどう対応していいのかわからなくなった。
自我を取り戻したようで、まだまだ欠けていたりするのだろうか?

「……えいっ!!」

「アイタっ?!」

よくわからなくて困って見上げていた殿下は、気持ちの区切りをつけるように大きく深呼吸した後、パチンッと俺にデコピンしてきた。

な?!なんで?!
なんでデコピン?!

意味がわからず俺は額を押さえて動揺する。
そんな姿をライオネル殿下はクスクスと笑い始めた。

「え?ええっ?!ライオネル殿下?!」

「も~!遅い!!遅いぞ!サーク!!私がどれだけ待ったと思っているのです?!」

「ご、ごめんなさい?!」

さっきの複雑な表情は見間違いだったのか、殿下はいつものように明るく笑った。
いつも俺を困らせ振り回す、明るいたんぽぽの花が戻ってきた。

「全く!私が選んだ私の騎士なのに!!あちこち浮気して!!こんな所まで来ないと私の所に来てくれないなんて!!騎士失格ですよ!!サーク!!」

「も?申し訳ございません、我が君……。」

う、浮気って、どういう意味だろう……。
不安になって目を白黒させる俺を、殿下はまたおかしそうに笑う。

「本当に全く……。私の…私だけの下に置いておきたかったのに……あなたときたら……。」

笑いが一段落すると、ライオネル殿下はやはり寂しそうに微笑んだ。
諦めたような不思議な顔で俺を見ている。

「……ライオネル殿下??」

俺はあの日をやり直して、きちんとその意味を理解した上でライオネル殿下に騎士の誓いを捧げたのに、こんな顔をされるとは思わなかった。
やはり恋愛的な意味を持たない俺の答えは、殿下に取ったら満足のいくものではなかったのかもしれない。

「……遅い……遅いんですよ……サーク……。」

「殿下……。申し訳ございません。仰っている意味がわからないのですが……何が遅かったのでしょうか……??」

仕方ないとばかりに笑うライオネル殿下を見つめ、俺は首を傾げた。

何か今回の計画でまた落ち度があったのだろうか?
俺は真剣に考えを巡らせた。

そんな俺をやはりライオネル殿下は、仕方なさそうに笑う。

「今回の件ではないですよ。」

「なら、どこに問題が?!」

「本当、周りの感情に鈍い人ですね、サークは……。そこが放っておけないのですけれど……。」

「えぇっ?!どういう意味です?!」

慌てふためく俺を殿下はおかしそうに笑うばかりだ。

な、何か俺、知らぬ間にやらかしていたのだろうか……。
そんな事はないと言いきれない自分が恨めしい……。

ライオネル殿下は全てを受け入れ、悟ったような表情でじっと俺を見つめた。
その悲しさや寂しさを含んだ瞳を、俺は戸惑ったまま見返す事しか出来ない。

「殿下……何が遅かったのですか……?」

「私の下に来てくれるのがですよ。」

「……遅すぎたのですか?俺は……?」

「ええ……。だって……。あなたはもう、私だけの騎士ではいられないではないですか……。」

「……え??」

意外な言葉だった。

え?どういう事だ??
俺は今、殿下に誓いを再度誓ったのに、殿下だけの騎士ではいられないってどういう意味だ??

全くわかっていない俺に、再度殿下はデコピンしてきた。

「痛っ!!」

「でも……。こんな所まで来てくれて……。ちゃんと私の騎士になろうとしてくれたから、これで許してあげます。」

そう言って殿下は笑った。
でも全く俺には意味がわからない。

落ち着いて考えてみよう。
俺は額を押さえながら状況を整理してみる。

まず、殿下は俺を自分の下に置きたくて騎士にした。
でもその時は俺は「騎士になる」と言う事の意味をちゃんと理解していなかった。
だから殿下が「私の騎士」と俺を呼んでも意味がわからなかった。

第二に、殿下が俺を警護部隊に入れたのは自分の下に置きたかったからであり、早く直接警護に着かせ、いずれは自分専属のロイヤルガードにしたかった。
だが俺は下っ端仕事をしながら殿下襲撃事件の重要人物の口を割らせたり、警護部隊の模擬戦で血の魔術を使うなどして魔術本部に引っ張られたりして中々直接警護に来ないどころか、あちこち行っては武術指導者として貢献するシルクを拾ってきたり、知らぬ間に竜の血の呪いの問題を解決していたりと功績を積んでしまった。

第三に、南の国への友好訪問で臨時とはいえ、やっと俺をロイヤルガードにする事ができたと言うのに、その後、色々な問題を抱え、最終的には国の危機を救う中心人物(単に祭り上げられた生贄)になり、国に対して大きな業績を残した形になってしまった。

その為、おそらくあちこちで俺に何らかの役職を与えようと言う動きがあったのだろう。
その辺は軽くガスパーから話を聞いている。
ライオネル殿下はそうなっても俺を譲らなかったんだけど、警護部隊では臨時とはいえ副隊長の役職を持っていたし、魔術本部では宮廷魔術師総括の役職についていたし、王様にも目を掛けられ家を贈られるし、新米貴族に成り上がって領土はもらうし、その領土管理等後見人には唯一残った古参貴族で代々宰相を出しているラティーマー家のガスパーがついたし。
そんなこんなで俺はどうも、ライオネル殿下でも一存だけで側に置くには難しい相手になってしまったのだ。

「……つまり?そういう事ですか??」

俺は功績や役職を持ちすぎてしまった。
そしてライオネル殿下の部下である以上に多方面の重要拠点と関わりが深い人間になってしまった。
その上個人的にだが、殿下の父親である国王陛下ともなんだかんだ親しい感じになってしまっている。(これは単に王様がマダムとの繋がりを切りたくなくて俺をつつきまわしているだけなんだけれども。)

「……何もない、誰にも手出しのしようのない真っさらな状態で、私の……私だけの騎士にするつもりだったのに……。」

少し拗ねたようにライオネル殿下は口を尖らせ、ため息をついた。

なるほど、やっとわかった……。
ライオネル殿下から見ると俺はもう、自分一人がガチガチに保有できる状態の人間ではないと判断せざる負えないのだ。

「そんな……。役職も業績も一時的な形だけのものです。殿下がお気になさる程ではありませんよ??」

「本気で言っているんですか?サーク?」

「えぇ??だって……え??そんな大層な役職なんて持ってないですし??爵位だって一番下の男爵ですよ??領土だって多分、貴族の中で一番小さいんじゃないですか??」

「本当……サークは自分の事がわかっていないんですね……。」

呆れたようにため息をつかれる。
うぅ……そんなに俺って、自分の状況を理解していないのか?!
よくわからない。

ふと、殿下が上を見上げた。
俺も釣られて上を見る。

「……誰か、私を呼んでいます……。」

「ラニです。今回、殿下をお救いする為に降りてくれた精神魔術師です。」

「……精神魔術師?……そう言えば!海神はどこに?!」

唐突に自分の状況を思い出し、ライオネル殿下が表情を硬くした。
俺は立ち上がり殿下の手を握る。

「大丈夫ですので落ち着いて下さい。ライオネル殿下。海神は殿下のご負担を減らす為に、一時的に作られた空間の方にその殆どが納まっています。」

「作られた空間……?」

「はい。そこで東の国の神仕えである私の養父と話をしています。」

俺はそこで簡単に今回の計画の事を話した。
海神の事を思い出してからの殿下の表情は堅い。
それでも俺の説明をしっかり聞き、深く頷いた。

「……私がいない間に、皆、計り知れぬ努力をして下さったのですね……。」

「はい。俺は……俺達は、殿下一人を犠牲にする結末なんて望んでいません。我々には……いや、王国にはあなたが必要です。ライオネル殿下。」

「そんな事は……。」

「それこそライオネル殿下はご自分の事をわかっていませんよ。確かにガブリエル王太子殿下は優れた次期国王の素質がおありです。ですが人間は完璧ではありませんし、どんなに優れた人物でも一人で抱えきれる量も限られているんです。南の国の政治的侵略を防いだのはガブリエル王太子殿下お一人のお力ではありません。そのサポートにライオネル殿下がいてこそ成し遂げられたものです。」

「私は何も……。ゲイブ兄上の様に優れてもいませんし、体も弱い……。私はただ、サークを守りたかっただけで……。」

「殿下の体が弱いのは海神をその身に宿していたからです。海神を海にお還しできれば健康問題は解決します。それに、俺はガブリエル王太子殿下とライオネル殿下はよく似ていると思っています。」

「……ゲイブ兄上と私が?!むしろ私はランス兄上に似ていると思うのですが……?」

「ん~。俺はガブリエル王太子殿下の事も、ランスロット第二王子殿下の事もよく知らないので何とも言えませんが……。俺がガブリエル王太子殿下に持った第一印象は、ライオネル殿下がこうと決めたら絶対に揺るがず必ずやり遂げる時の強さを固めたみたいな人だなと言う事でした。つまり、ライオネル殿下みたいな人だなぁと思ったんですよ。」

「……そう、なんですか??」

「ええ。それにガブリエル王太子殿下からも頼まれているんです。自分は未熟だから王政にはライオネル殿下のサポートが必要だと、だから必ず助けて欲しいと。ガブリエル王太子殿下が一人で抱えきれない部分をライオネル殿下がサポートされていたのは紛れもない事実です。俺は先の事はわからないけれど、今回この国の三王子を見ていて、この国は安泰だなぁと思いましたよ?ガブリエル王太子を精神的にランスロット第二王子殿下が支え、王政的にライオネル殿下が支える。そんな光景が見えました。」

「……ゲイブ兄上が……そんな事を……。」

「もちろん王様と王妃様、ランスロット第二王子殿下にも言われました。代われるものなら代わってあげたいのに、自分達にはどうする事もできないって、だからどうかライオネル殿下を助けて欲しいって。俺の君主は王族とはいえ、家族に凄く愛されているんだなぁって思いました。」

ライオネル殿下は驚いたようで、口元を押さえて黙ってしまった。

ハクマ家のいざこざを知っている俺は、貴族とか王族は、立場などの様々な事情から普通の家族みたいに接し合う機会を持つ事が難しい関係なのだと思っていた。
けれどライオネル殿下を想う中央王国の王家に接し、それでも想い合う事はできるんだと知った。

多分、こんな風に殺伐とならず慈悲深い家族の形になっているのは、王様のお花畑……いや、人柄が影響しているのだと思う。
それはとても珍しい事だ。
それを嬉しく想いながら、どこかでハクマ家の悲劇を哀しく思う。

「……東の国にね、三本の矢って話があるんです。」

俺は思わずそう言っていた。
殺伐とした親子兄弟関係を見てきた分、いつまでもこの国の王族、クインサー王家にはそのままでいて欲しいと思った。
俺の言葉にライオネル殿下は不思議そうな顔をする。

「三本の矢?」

「ええ、一本一本なら矢は簡単に折れてしまうけれど、三本重ねると中々折る事ができないって話なんです。だから兄弟結束して、強く有りなさいという教えです。……普通、跡取り問題になると周囲を巻き込んで兄弟で揉めます。時には殺し合いになります。王族ともなるとそんな事は日常茶飯事な事だと思います。俺はそういうものを見てきましたし、実際、そうなっている国も知っています。……なのに、この中央王国の王子達は違った。お互いを想い合い、譲り合って揉めないようにしていた。俺は三本の矢の話って、所詮理想論だと思ってました。けどライオネル殿下たちを見ていて、この国の王子達ならそれができるんじゃないかなと感じたんです。」

本当にそうだ。
もし三本の矢がお互いを想い合い支え合えるのなら、そう簡単に折れる事はないだろう。
それが単なる理想論ではない事を、この国の王子達なら示してくれる気がした。

王様は世継ぎの事を気にしていたけれど、そんな先の事は後で考えれば良い。
まずは今であり次の王政が安定し、人々が安心して暮らせる事が大事なのだ。
今が安定すれば、後に何かよい方法が出てくるかもしれない。

しかも今回ガブリエル王太子殿下と話してみてわかったのだが、実はガブリエル王太子殿下は、王族の血筋より能力のある者が国を治めるべきだと考えている。
王政を否定する訳ではないが、王族に生まれた者だけが国の決定権を握り支配し続ける事には疑問を持っていた。
王宮内で言ったら確実に大問題になる理想だ。
そしてそれを実現するなら、三王子が結束していなければならない。
それぞれの個性を持ち、互いを想い合い支え合える三王子がこの国には必要なのだ。

「この国の未来には三人の王子が揃っているべきです。それをガブリエル王太子殿下もランスロット第二王子殿下も望んでおられます。」

「兄様達が……。」

「だから、勝って帰りましょう。我が君。」

俺がこう言うと、ライオネル殿下はしばらくぽーっとした後、俺の顔を覗き込んだ。
その顔はやはり少し淋しげで悲しげだったが、急に真顔になってムギュッと俺の両頬を抓った。

「?!?!いひゃいれふ?!れんか?!」

「……ぷっ!!ははっ!あははっ!!」

「えええぇぇぇ~っ?!」

いきなり抓られ、そして大笑いされた。
意味がわからなくて俺は目を白黒させる。

「本当にもう……サークは……。」

「えぇ?!どういう事ですか?!殿下?!」

「だって……。知らぬ間にゲイブ兄上にもランス兄上にもその様に頼りにされて……。父上とも飲み友達ですし……。本当にサークは勝手です。」

「えぇぇぇっ?!」

「私が選んだ私だけの騎士だったのに!」

「俺は殿下の騎士ですよ?!」

「ですからもう、あなたはそれで収まらないじゃないですか?自分でもわかっているでしょう??」

……そうなのか??

殿下が気にし過ぎなだけだと思うんだけど??
別にギルだってそう言う話はされるだろうし……??

いや?
あれ??

ガブリエル王太子殿下にも、ランスロット第二王子殿下にも、王様にもそう言う話をされるとなると……あれ??
もしかして……俺だけ??
全員の話を直接、本人から聞いているのは??

「……あれ?!」

「ようやく自分の立場がわかりましたか?私の騎士??」

「え?!でも……?!」

「兄上達だけではないです。魔術師本部に本気で守られている魔術師が他にいますか??ギルドが所在地政府離脱権限を施行してまで協力してくる冒険者が他にいますか??……上げたしたらきりがないんですよ、サーク。」

「……え?」

「だから言ったでしょう?遅すぎです、サーク。私だけのもので納まらなくなってから来るなんて!!私の騎士なのに!!騎士失格です!!」

「……ご、ごめんなさい?!」

俺はやっと殿下の言いたい事を理解した。
いや??したのか??俺??
確かにわかるけれど……全部たまたまで一時的な事で……そこまで気にする事でもないような……??
いや、気にする事なのか……??

「……まだ半ばわかっていなそうですが、良いです。サークはそういう人ですから……。」

「す、すみません……。」

叱られた子供のように俺は縮こまった。
そんな俺にため息をつきながら、ライオネル殿下は言った。


「それでも……、今は……今だけは、私だけの騎士でいてくれますか?」


顔を上げ、殿下の双眸をまっすぐ見返す。
その瞳は不安げに揺れていた。

俺は再度跪き、頭を垂れた。


「俺は誓いを立てました、我が君。俺はあなたの騎士であると……。」


スッとライオネル殿下の手が俺に伸された。
俺はその手をとり、指先に口づけた。

今は精神体ではあるが、流石にちょっと恥ずかしい。
よくギルは毎回毎回これをやってたな?!
俺は顔から火が出そうだよ……。

ライオネル殿下は、いつも真似事しかしなかった俺がきちんと指先に忠誠を示したので満足げに笑った。
今日一番の笑顔だった。

「よろしい、私の騎士よ。」

「ありがとうございます。我が君。」

「では、その誓いを示してくださいね?サーク??」

そう言うと、ライオネル殿下はガシっと俺の手を両手で掴んだ。
どういう事かわからず俺は困惑する。

物凄く嫌な予感がした。
だって、この無邪気な笑顔……。

ライオネル殿下がこうと決めて、何がなんでもそれをやり通す時の顔だ……っ!!

俺は冷や汗が吹き出すような感覚に囚われた。
何か不味いと思うのだが、それがもう間に合わないとも感じていた。

「殿下?!ライオネル殿下?!何をする気ですか?!」

「何って……?サークに騎士の務めを果たしてもらおうと思っているだけですよ??」

騎士の務めって何?!
笑顔が怖いよ!ライオネル殿下!!

両手でしっかり俺の手を掴んで離さない。
何が起こるのかわからず、俺は慌てふためいている。

「殿下?!ライオネル殿下?!」

「さぁ!行きますよ?私の騎士??」

「へっ?!行くって?!行くってどこにですか?!」

ニッコリと笑うライオネル殿下。
そしてそのまま物凄い力で俺は引っ張られ、よくわからないうちに無意識層を離れる事になったのだった。
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