欠片の軌跡⑥〜背徳の旅路

ねぎ(塩ダレ)

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第九章「海神編」

握り返した小さな手

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シルクはテイクアウトしてきた料理を口に運んだ。
植物の種みたいなパスタに無水鍋で煮込んだスパイシーな肉と野菜を絡めて頬張る。

「ん、美味し~。」

ここしばらく、野宿でその辺の動物を捕まえてその辺の野草と食べていたシルクはにっこにこだ。
師匠の変な目論見からとはいえ、街で過ごせている事はとても快適で幸せだった。

もぐもぐと口を動かしながら、テーブルの料理を見やる。
明らかに二人分の料理だ。
代金を払おうとしたら、もう貰っていると言われチップだけ渡してきた。

律儀というか、紳士的というか……。

連絡手段で利用したテイクアウトなのに、適当に何か一品ではなく、一食分、しかもシルクだけでなく師父の分まで用意して支払いまで済ませてあるなんて、あの人は本当、はぐれ者のようでスマートな人だ。
豆のデップをチップスに絡めて口に運びながらシルクはそう思った。

「師父~?食べないの??食べないなら俺、全部食べるよ??」

離れた窓際に立ち、本来の目的であった連絡メモを黙って睨んでいるレオンハルドにシルクは声をかける。
二人分だろうと思ったが、別に食べられない量じゃない。
何しろ久しぶりに口にした好きな料理ばかりだ。
無言で考え込んでいた師父の目が、ギロリとシルクを睨む。

「……なら、私はお前の腕をもぎ取って食うから気にするな。」

「怖っ!!普通にダメって言えばいいじゃんか!!」

レオンハルドの言葉にシルクはムスッと口を尖らせた。
ブー垂れて自分を睨んでくるシルク無視して、レオンハルドはやっとテーブルにつく。

「……とりあえず、全部に口はつけてあるな。」

「はぁっ!?……あのさ?!師父!?もしかして毒味させてたの?!俺に!?」

「当然だろう。」

さも当たり前の事のようにそう言うと、レオンハルドはもりもりと食事を始めた。
それは王宮で見せていたエレガントな仕草ではなく、砂漠の民にありがちなワイルドさで豪快に口を動かしていく。

「ちょっと師父!俺の分まで食べないで!!」

「知らん。そもそも先に食べ始めていたのはお前だ。残りを私が食って何が悪い?」

「も~!!」

シルクは慌てて負けじと食べ始める。
やっぱり中央王国で見せていた澄ました執事顔なんか嘘っぱちだ。
師父はやっぱり師父だと思った。
だがどこかそれに安心したような気もした。

「……あの男も存外、見栄っ張りだな。」

大半を食べ終え落ち着いてきた頃、レオンハルドがそう呟いた。
何の事かわからずシルクは首を傾げる。

「それって、レッドさんのこと言ってる??」

「他に誰がいると言うんだ?」

「え?自分の事でも言ってるのかと思った。」

「……お前はどうやら、中央王国に帰りたくないようだな?」
 
「何でそうなるんだよ!この悪魔!!」

何でも暴力での解決をほのめかす己の師匠に、シルクはムキーッと食ってかかった。
その瞬間、ザッと手が伸び首を掴まれそうになったが、シルクも慣れたものでそれを紙一重で交わすと逆のその腕を掴みにかかる。
だがレオンハルドは素早くテーブの下に身を滑らせ、足を攻撃しようとしてくる。
察したシルクは反射的に椅子の上に飛び乗ったが、その椅子をレオンハルドは容赦なく蹴っ飛ばした。

「~~っ!!やめてよ!師父!!まだ食べるもの残ってるんだからね!!」

「……まぁ、そうだな。食べ物は粗末にしてはならんからな。」

「俺の命も粗末に扱わないでよ!」

椅子をふっ飛ばされた事でテーブルに手をついて曲芸よろしくバランスを取っていたシルクは、攻撃の意思をそがれた師父を確認してから、ため息をついて椅子を戻して座り直した。
レオンハルドもレオンハルドで何事もなかったように椅子に座る。
二人にとったらそれは別に普通の事だったからだ。

「で?レッドさんが何だって??」

「レッド・ジャッカルともあろう者が紳士ぶっていておかしくてな……。お前には余程いい顔をしていたいようだな。」

「………………。」

それって主の前の師父じゃん、と喉まで出かかったが黙っていた。
そんな事を言ったらすぐさま表にほっぽり出され、今夜は安心安全なベッドで眠る事ができなくなる。
夜明けまで野外で死の追いかけっ子をするのはごめんだとシルクは思った。

「……夜が開ける前にここを発つ。準備しておけ。」

「えええぇぇぇっ?!また野宿?!」

「またとは何だ?お前は遊びに来たのではなかろう。」

「そうだけど~っ!」

どうやらほっぽり出されなくとも、快適な宿屋暮らしは今日までの様だ。
シルクはそれならばとばかりに、しばらくおあずけになりそうなベッドにダイブしたのだった。














レオンハルドの宣言通り、シルクは日付けが変わってしばらくしたら叩き起こされ、街を後にする事になった。
人間らしい文明的な寝食もここまでかと名残惜しく思い、シルクは離れていく街を名残惜しげに振り返った。

「……何を見ている。さっさと歩け。」

「は~~い。」

足を止めた事を咎められ、シルクは引率の先生に注意された学生のように気のない返事をして歩き始めた。
それをチラリと見やり、レオンハルドはため息をついた。

何だってこの愚弟子は自分の前ではこんなにも子供のように振る舞うのかと思う。
それを叱りとばしたところで、さらに変な癇癪を起こすだけなので面倒になる。

「ねぇねぇ~、どこに行くの~?師父~??」

「ジャッカルに指定された場所だ。そんな事もわからぬのか……。」

「ふ~ん。」

だが、レオンハルドにはわかっていた。
おそらくどこに行くか聞いたのは、別に行き先が知りたかった訳ではない。
ただ歩いているのがつまらなくなってきたからに過ぎないのだろう。
本当に幼い子供のようだと思った。

あの頃と何も変わらない。
体は大きくなったのに、レオンハルドの心にあるのはいつだって幼いあの頃のシルクのままだ。
自分がそういう感覚を持っているから、いつまでも子供の様に振る舞うのだろうかと思え、レオンハルドは小さくため息をついた。

シルクを最後に見たのは10年以上前だ。

西王国がカイナの村を執拗に探り始め、遊牧民達に危害を加える事を見過ごせない状況となった事で、村の長老達と話し合い、レオンハルドはオルグとして決断した。

村の事をこれ以上探らず遊牧民達に危害を加えない事を条件に、オルグである自分が西王国にその身を差し出すと。

王国に演舞の技術を渡す事はできない。
だが、取引で相手を納得させられる程のものと言えばやはり演舞しかない。
だからオルグを差し出す事で村への不必要に高まる懸念を下げ、また、それを教える事はないが使い手を1人差し出す事で満足させようとしたのだ。

西王国は演舞を扱える者を欲し、同時に恐れた。
その代々の王族を何度となく窮地に追いやったのは、他でもないカイナの民達だったからだ。
時には復讐の為に王族を抹殺し、時には雇われる形で暗殺を行い、時には国軍の進撃をたった数名の演舞の踊り手のみで止めた。
それ故にその時代時代に王族とされていた者達は、カイナの民を、演舞の踊り手を恐れた。
同時にその驚異的な武術を心底欲した。

それがあれば西の国のみならず、多くを支配できるとわかっていたからだ。

だが、カイナの民は俗世間から距離を取ってきた。
自分達が操る武術の側面を理解していた。
100人の兵と渡り合えるその武術は、政治的なパワーバランスを崩す事をよく理解していたのだ。
カイナの誓いが生涯一度きり、一人に対してのみ行われるのもその為だ。

始祖様が最終的に行き着いた答え。

自分を穢し一族を滅ぼした王族を根絶やしにするつもりでいた始祖様は、同じ様な目に合ってきた人々をを見、そして王を殺しても変わらぬ世の中を知り、盲目な多くの国民の現状を目の当たりにし、長い長い旅の中で演舞を完成させると共に、その桁外れの力をどう使うかの答えを出した。

それが隠れ里を作り、その中で仮初めとはいえ平穏に暮らしながら、演舞を密かに受け継がせていく事だった。

王族の横暴を放置しては多くの民が人知れず絶望に落とされるが、無闇矢鱈に王を殺してもかえって戦を生む事で悲しみは大地に大きく広がる。
政府の嘘に彩られた偽りの平和とはいえ、その中で盲目的に暮らす国民たちが絶望に侵食されていく事を食い止める術は演舞にはなかった。

力と知恵が揃ってこそ、真の革命が平和をもたらす。

戦う事に全てを置く事で究極の力となった演舞だが、力だけでは単に新たな争いを生み出し広げるだけとなり、西の国に本当の意味で平和をもたらす事はできないのだと始祖様は悟ったのだ。
国民の間に知識と知恵が広まり、その心に盲目的に信じている偽りの平和に対する疑問を持たない限り、どれだけの力があってもこの国に真の平和をもたらす事はできないのだと。

それ故、その時が来るまでこの絶大な力を守り、行き過ぎた権力が民に牙を向く事から人々を影から守り、横暴な権力への抑止力とする事にした。

権力者にその武術を渡す事なく、目に余る状況を無に返す事が可能な力として後世に残す為に始祖様は隠れ里を作った。
だからオルグであるレオンハルドも、始祖様の思想に従い、その為に全てを捧げる覚悟があった。

恐らく王族の所に行けば、まずは演舞の秘密を明かせと言われるだろう。
だが、どんな拷問にあっても口を割る気はなかった。
兵士を鍛えろと言われても、演舞を教える事はないだろう。
やがて演舞を知る事ができないと悟れば、殺されるか使い捨ての駒として使われる事になる。

わかりきった事だ。
だがそれも運命なのだろう。
その時はそう思っていた。
それで村が守れるならそれでいいと。

西王国の人身御供となれば、少なくとも自分の目の黒いうちはおおっぴらに村に何かする事はないと思っていた。
そんな事はさせない為にも、その渦中に飛び込む必要があった。
中側からなら相手の動きや考えもよく見える為、手立てはある。
怪しい動きがあるのなら、カイナの民としての役割を果せばいい。
そう思っての事だった。

それはちょうど、シルクに演舞の全て継承させた頃だった。

精霊の力を借り、シャーマンが継承の入れ墨をシルクに施すのをレオンハルドは見届けた。
今までで一番若い完全継承者だとシャーマンは言った。

精霊の入れ墨を施されたシルクは痛むのかはたまた熱のせいか、珍しく弱々しい顔をしてレオンハルドの手を握ってきたのを覚えている。
いつもなら振り払って叱咤するレオンハルドも、これから西の王族の所に生贄として出向く事もあり、最後になるだろう幼い自分の後継者の手を握り返した。

「師父、まだここにいてね……。」

「ふっ、お前にしては随分可愛い事を言うな?いつもの小生意気さはどこに落としてきた?」

幼いながらも演舞継承者だ。
何か起きている事、そして恐らく自分がいなくなる事を察していたようだった。

レオンハルドはそんなシルクの頭を撫でてやる。
確かにまだ幼い。
だが、自分の中でこれ程まで演舞を舞う為に生まれたと思える者もなかった。
最後まで見届けられ、ホッとしていた。

「……お前は本当に小生意気で手が焼けたが、遠い日のいつか、私を超えるだろうと思えた弟子もお前だけだった。」

「……それ、師父がおじいちゃんになる前に越えられる?」

「さぁな?何故、そんな事を聞く?」

「だって……俺が師父を超えないと……おんぶできないじゃん……。」

何を言われているのかレオンハルドはわからず首を捻る。
自分をおぶるとはどういう事だろう?そう思った。
不思議がるレオンハルドに、シルクはムッとした顔をして続けた。

「……俺の事……師父がいつも背負ってくれて……だから……師父がよぼよぼになったら、おぶってやるねって言ったら……師父、そう言うのは自分を超えてから言えって言ったじゃんか……。」

そう言えばそんな事を言ったなと思い出す。

シルクは幼い事もあり、はじめのうちは修行中に馬鹿みたいな怪我をしたり子供ながらの熱を出す事もあった為、普通は修行中はそう言った健康管理も含めて自己管理させるのだが、致し方なく背負って村まで運ぶ事があったのだ。

他の継承候補者はされない事を自分は子供だからされる事が、小生意気なシルクは気に入らなかった。
だから背負われながら、口だけはいっちょ前にブツブツと文句を言っていた。
子供だけに、子供扱いされるのが気に入らなかったのだ。

うるさい黙れと叱りつけると、自分に貸しを作ったのが嫌だったらしく、レオンハルドが年老いて動けなくなったら背負ってやると言い出したのだ。
本当に小生意気な奴だと呆れ、レオンハルドは確かにそう答えたのだ。

それをこんな時に……と思って思わず笑ってしまった。
そしてそんなつまらない事を律儀に守ろうと覚えていると言う事もおかしかった。

「私がお前に背負われる事などありえん話だ。」

「……わかんないじゃん。」

「いいから少し寝ろ。そして禊を忘れるな。」

「わかってるよ……。」

レオンハルドにそう言われシルクは口を尖らせた。

最後もこの不貞腐れた顔か。
そう思った。
そしてそれが何か変に嬉しかった。

シルクが継承の禊を終える頃には、自分はもうこの村にいないだろう。
この小さな愛弟子に会うのは恐らくこれが最後になると思った。

「……お前に背負われる日が来ない事を願うばかりだ。」

シルクも随分とひねくれているが、自分もたいがい捻くれ者だ。
そう言って頭を撫でてから手で瞼を閉じさせた。

背負われる日は来ない。

自分はこれから暗く光のない場所に行く。
だからもう出会う事はないのだ。

それが死なのか、死よりもどす黒く暗い場所なのかはわからない。
だが未来あるこの者がそこに来る事はない。

やがて、握られていた手が緩んだ。
呼吸音が規則正しくゆっくり響いている。

レオンハルドは少しの間だけその手を握っていたが、区切りをつけるようにそれを離すとその場を離れ、振り返る事はなかった。


「……師父?」


声がした。
はっと我に返る。

あの頃とは少し声変わりしていたが、誰の声かはわかっていた。

「何だ。」

「いや……何か、心ここにあらずって感じで歩いていたからさ~。」

「だったら何だ?」

「~~もう!心配しただけなのにっ!!」

「お前に心配されるほど、私は落ちぶれておらんがな?」

「も~っ!!師父!嫌い!!大嫌いっ!!」

「何度も言わせるな。別にお前に嫌われても私は痛くも痒くもないから好きにしろと言っておろうが?」

「も~っ!!バカ!アホ!!大嫌い~っ!!」

あの様に別れた愚弟子と再開を果たすに至ったが、何故これだけ月日が流れたはずなのに、あの頃のままシルクはシルクのままなのかとレオンハルドは思った。
キィキィと怒るシルクにはぁ…とため息をつく。

「うるさいぞ、シルク。少し黙れ。」

「何なの?!何なのその態度!主に言いつけてやる!!」

「いいから黙れ!」

少し強めの口調で言い放つ。
シルクはムスッとして黙ったが、やがてその理由を理解した。

「……あれって……。」

「あぁ。」

離れた物陰に人が隠れている。
随分と上手に隠れているので、普通の人間なら下手をしたら気づかずに前を通り過ぎるだろう。

レオンハルドとシルクは特に何をするでもなくそちらに歩いていく。
だが相手も自分を認識している事を理解していたようだ。
近づくと灯りを隠す為に使っていたランタンカバーを外し、どこかに向けて合図を出した。

「この先、足場が悪い所がありますので、どうぞお持ちください。」

そしてカバーがついたまま、ランタンを渡してくる。
レオンハルドは無言でそれを受け取った。

シルクはいつも通りニッコリと相手に微笑む。
フードと砂よけで顔を隠しているが、相手が顔を赤らめたのをシルクは見逃さなかった。

「ふふっ、レッドさんについてきたの??」

「……い、いや、自分は元々……大将の理念についていくつもりで入隊していましたので……。」

やっぱり、とシルクは思った。
軍を抜けたのはどうやらレッド一人ではないようだ。
合図を送った先の動きもとても軍人的だった。
そういう事か、とシルクは思った。

カリスマ的な人物というのは、こういう所が厄介なのだ。
その者が去ると言い出すと、周りもごっそりついて行く。
敵に回すと面倒な相手だ。
西王国と敵対する勢力はいくつかある。
その中で師父がレッドに目をつけた事もこれで納得した。
規模はわからないが、恐らくレッドはすでに自己の軍隊を持っているのだろう。

「……なるほどね。あの人らしいや。」

クスリとシルクは笑う。
軍を退役したと聞いた時はらしくないと思ったが、もうそこにいる必要がなくなったからやめただけだった。
そして今はレジスタンスの頭なのだ。

やっぱり、自分の人読みは間違っていなかった。
あの人はつくづく戦場から離れられないタイプなんだなぁと思い、シルクは笑ってしまった。
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