欠片の軌跡⑥〜背徳の旅路

ねぎ(塩ダレ)

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第九章「海神編」

あの日からのリスタート

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レッド・ジャッカルが指定してきたのは、使われなくなった鉱石採掘場の跡地だった。
穴の中を夜目で進み、外から明かりが見えない位置に来てから元兵士に渡されたランタンを使って進んだ。
分かれ道はいくつかあったがスルスルとレオンハルドは進んでいく。
シルクはその都度、その場をチラリと確かめた。

「……なんで、大地の印があるの??」

「さぁな。」

大地の印と言うのは、カイナの村で使っていた目印だ。
ぱっと見はそれが道標の印とはわからないものである上、基本的にはそこに書かれているのは次の分岐の指示になる。
だからその印を読み取る事ができ、そのルールを知らなければ正しく進む事は不可能なのだ。

「元々、大地の印は太古に滅ぼされた遊牧部族のシャーマンが使っていたものだ。その末裔など知っている者がいてもおかしくはない。」

「そうなんだ?」

「可能性は限りなく低いがな。」

「ふ~ん??」

レオンハルドはシルクのその気のない反応に深々とため息をついた。
印にきちんと気づいた点は褒めてやれない事はないが、それがどういう意味を持つことなのかヒントを与えてやったと言うのに全く考えが及んでいない。
シルクの主であるサークなら、恐らく直ぐにいくつかの仮説を導き出し警戒に入っただろう。

「……お前の愚かさには呆れ返って言葉も出ぬ。」

「はぁ?!」

「サーク様もこの様なうつけ者が片腕では、さぞご苦労されておろうな……。」

「何だよ!またバカにしてっ!!」

「馬鹿を馬鹿にして何が悪い?」

「ムカつく!!師父なんか大ッキライ!!」

いい年の若僧が、子供みたいにブー垂れて悪態をつく。
苦境を生き抜いてきた割にあまりに短絡的で、レオンハルドは頭を痛めた。

だが、恐らくこれがシルクの生き抜いてきた術なのだろう。
レオンハルドが知る限り、シルクは本当に頭が悪い訳ではない。
そうでなければ、演舞を完全に継承する事は不可能だし、自分を困らせるほどの悪態をつき続けられる訳がないのだ。
ただ、誰かと一緒にいる時はあまり深く考えない。
そうやって愚か者のふりをする事で相手を出し抜いてきたのだろう。

「人が違えば生存戦略も変わる…か。」

とは言え、相手に何の疑いも持たせないほど自然な愚か者を演じるなど、自分には難しいとレオンハルドは思った。

鉱山跡はだいぶ奥まで続いている。

やがて隠される事のない人の気配がし始めた。
ずっと自分達がどう進むかを観察するよう気配を殺していた監視役は消え、もう、目を瞑っていてもどう進めばそこに行けるかわかるくらいになった。
終点は近い。
レオンハルドはシルクにランタンを渡した。

「……いいけどさ。」

シルクはムスッとした。
レオンハルドが何故ランタンを渡してきたかわかっていたからだ。

暗い鉱山跡、もしも奇襲をかけられたならば明かりを持っている方が危険になる。
敵は明かり目がけて襲ってくるだろうし、直ぐに暗がりに隠れる事もできない。
そしてランタンを持っているという事は、片手が自由ではないと言う事だ。

やはりシルクは馬鹿な訳ではない。
無自覚なのか何なのかはわからないがその事実を確認し、レオンハルドは複雑な心境になった。

やがて見張りらしき男が立つ場所に来た。
会釈をされ、無言でそれに返す。
先に見える明かりの漏れる場所が約束の場所らしい。

「武器を。」

そう言われ、レオンハルドはチラリと視線を投げる。
特に睨んだりはしていないが見張りはたじろいだ。
ランタンと明り取りの魔光石の明かりだけに照らされたその陰影に、歴戦が見えたからだ。

「おはよ。」

「え……あっ!!」

妙な緊張が走ったその場に、シルクの脳天気な声が響いた。
ストールを外したシルクの顔を見て、暗がりでも相手が誰かわかったのだろう。
見張りの者はあからさまに嬉しそうな声を上げた。

「ごめんね~、怖いでしょ?このジジイ?」

「ふふ……。いえ、うちの大将と変わらないさ。それより本当に踊り子さんが一緒なんだな?」

「腐れ縁??て言うか、師父から武器なんか取り上げても仕方ないよ?素手で十分、大量虐殺するし。基本その場にある物は何でも武器として使うから。」

「……銃も?」

「銃は使わないかな??」

「別にあれば使っても構わんが、トロくて敵わん。」

「確かに~。鈍器として使った方が早いよね~。」

「?!?!」

さも日常会話をする様にそう言われ、見張りの男は目を白黒させた。
どこの世に銃をトロい武器だと言う人間がいると言うのか、全く意味がわからなったのだ。

「ナイジェル、立ち話はその辺にしろ。」

「頭……。」

ふとそんな声がかかる。
視線を向けると、レッドが紙タバコを咥えて明かりの漏れる場所の横の壁に寄りかかってこちらを見ていた。
レッド・ジャッカルとレオンハルドの視線が無言のままかち合う。
短い間の後、レッドはマッチを擦って煙草に火を付けた。
狭い坑内に特徴のある匂いが漂う。

「……そのまま入ってもらえ。どうせ俺達の敵う相手じゃない。」

「頭?!」

「とんだ怪物を招き入れちまったみたいだ。これじゃ袋小路のこっちが不利だ。おとなしく帰ってもらえる様、努力するしか無さそうだ。」

レッドはそう言うと、スッと明かりの漏れる方に去って行った。
どうやらそこにたまり場があるらしい。
レオンハルドとシルクは軽く視線を合わせた。
何も言わずに足を進める。

見張りの男はレオンハルドが前を通るのを強張った表情で見つめていた。
自分達が恐れる頭が敵わないと宣言した男が目の前にいるのだ。
当然の反応だろう。
シルクは思わずクスッと笑った。

「大丈夫だよ。師父が馬鹿な事しだしたら、一応、俺が止めるから。」

「え……えぇっ?!踊り子さんが?!」

「うん。即座に抑えられるかは微妙だけど、時間稼ぎにはなるからさ~、その間に逃げれば良いよ。」

「……えっ?!え?!」

何でも無い事のようにそう言われ、見張りの男は混乱した。
無理もない。
彼の記憶にあったのは、妖艶で美しい踊り子としてのシルクだ。
しかし目の前にいるその人は、明らかにそれとは異なっていた。
以前と変わらず美しく悩ましい色香を漂わせてはいるが、その存在の重さが全く違った。
そして血の臭いがする。
見た目が変わらないのに、本当に同じ人物なのかと思えたくらいだ。

それは仕方のない事とも言える。
彼らがシルクのステージを見たのは、まだ欠片を取り戻す前だった。
不完全なシルクしか知らないのだ。
自分を取り戻し、その後、主を持つカイナの民として生きてきたシルクを彼らは知らない。

シルクは微笑んだ。
その美しすぎる笑みに、男は興奮と同時に恐怖を感じとった。
それは彼が師父と呼ぶ男に感じた恐怖と同じものだった。

「……貴方はいったい……?!」

「踊り手だよ。今も昔も変わらない。俺は踊り手だよ。」

何の、と言う言葉が喉まで出かかった。
しかし言葉は出なかった。
やすやすと音を発していい相手ではない。
彼は本能でそう感じていた。

そんな彼に、シルクはただ笑ってレオンハルドの後を追った。















『……えっ?!お、お兄ちゃん?!』

サークがライオネルに引っ張られてどこかに連れて行かれると、そんな声がした。
明るいその場所に来て、あちゃーと頭を抱える。

「あ~ラニ……。これ……俺、抜けられるのか?!」

『えええぇぇぇ~っ?!』

「……ラニ??」

サークの精神体を掴んで離さなかったライオネルは辺りを見渡した。
明るくしっかりしたその空間は、自分自身だと自覚できた。
しかしそこには自分とサークしかいない。

『ええと……はじめまして、ライオネル王子様。僕はラニです。精神魔術を使って、今、王子様や仮想精神空間等を繋げてます。』

サークの登場に若干戸惑ったラニだったが、気を取り直してそうライオネルに声をかけた。
どうやらサークはライオネルの意識を取り戻す事に成功した様だが、そのライオネルに引っ張られ、ライオネルの自己意識の方にまで来てしまった様だった。
どうしたものだろうと少し頭を悩ませる。

だが、無秩序な世界意識の中の個人の無意識にいるよりは安全で扱いやすくなったかもしれない。
ラニは良い方に考える事にした。

精神世界の対処方法は本来多くの要因を鑑みなければならず予測不可能な部分も多い為色々複雑なのだが、予測できないなら前向きに考えればいい。
精神世界の知識が少ないサークが咄嗟に編み出した方法だが、とても理にかなっていると思った。
ラニが状況を把握してこの先の処置を考えている間に、サークはさっとライオネルに説明をする。

「先程お話した精神魔術師です。ラニは今回、道としての役割に特化している為、姿は見えませんが私達を全てと繋げてくれています。」

「そうだったのですね……。ありがとう、ラニ。」

『いえ。驚きましたけど、王子様がお兄ちゃんを連れてきて下さって助かりました。僕がお兄ちゃんから抜けた事で仮想精神空間の維持が難しくなって、制御管理する為に魔力を多く消耗してたんです。』

「え?!ラニ、大丈夫か?!」

『うん……今のところね。でも仕方ないとはいえ思わぬ消耗だったのは否めないかな。けどお兄ちゃんが世界意識の無意識からこっちに戻ってくれたから、だいぶ楽になったから大丈夫。』

「無理すんなよ?!負担をかけて悪いけど、この件はどうしてもお前が要になってしまうんだから……。状況が厳しくなったら、早めに言ってくれよ?」

『うん、ありがとう。お兄ちゃん。』

そんな風に呼びかけ合う二人を、ライオネルは微笑ましく思った。
サークは孤児だったはずだから血の繋がった兄弟ではないはずだ。
だがお互いを思い合うそれは本当の家族のように見えた。
そしてそれは、自分の家族を思い出させた。

王族である以上、普通の家族の様に常に仲睦まじく寄り添いあってきた訳ではない。
だが父親である国王の人柄もあり、王族でありながらライオネルはとても家族に大切にされてきた自覚があった。
末っ子だからと言うか、父親にも母親にも可愛がられた。
幼い頃は兄達もとても大切にしてくれた。
大人になってからは目に見える触れ合いはなかったが、それでも心のどこかで家族と繋がっていた気がする。
貴族の家庭でもそこまで心のつながりがある家は少ない。
むしろ、親子・兄弟であってもいがみ合う事も珍しくなどない。

「……帰りたいな……。」

思わずそんな言葉が出た。
海神をその身に宿してから、あまりそういった事に気持ちが向かなかった。
大きすぎるもう一つの意識に追いやられ、そこまで気が回らなかったのだ。

ライオネルは掴んだままになっていたサークの手をギュッと握った。
きっと、サークに出逢わなかったらそれを思い出す事も出来なかった気がしたからだ。

この人に惹かれたのは自分の意志だ。

はっきりとそう、自覚できる。
この人が、自分の失ったものを取り戻させてくれるとどこかで知っていたのだ。

本当は甘えたかった。
この人に抱きしめて欲しかった。
そうやって全てを与えて欲しかった。

海神を宿す事で失われた全てを。
忘れていた全てを。

与えてくれるなら、取り戻させてくれるなら、その腕の中で取り戻したかった。
暖かく力強い腕の中で穏やかに与えて欲しかった。
その腕の中に包まれて甘えていたかった。
一国の王子としてではなく、一人の人間として。
この人の腕の中に居たかった。

「……殿下??」

「ふふ……何でもないです。私の騎士。」

強く手を握られ、サークは戸惑ったように振り返った。
困ったようなその顔にライオネルは微笑むしかない。
自分の想いが叶わぬ事だともうわかっていた。

サークがライオネルの想いに対して出した答え。
跪き、誓ってくれたその答え。

騎士であるという事。

とても嬉しかった。
だってずっと待っていたのだ。

彼が自分の騎士となってくれる事を。

けれど同時に、あぁ、とライオネルは心のどこかで思った。
サークは自分の愛に応えなかった。

彼の答えは忠義。

それは心の底から嬉しくもあり、決定的な失恋でもあった。
それについてサークを責める事はできない。

仕方のない事だ。
だって自分でも言ってしまっていた。

『私の騎士』

ずっとそう言ってしまっていた。
だからサークはそのままそれに応えたのだ。

ライオネルがサークにきちんと愛を伝えたのは、自分の精神を肉体から切り離すその時が初めてだった。
おそらくサークはライオネルの想いに前々から気づいていただろう。
けれど、ライオネルはきちんとそれを口にした事はなかった。

だって仕方がなかったのだ。

一国の王子である以上、おいそれと愛を口にする事が出来なかった。
だから代わりに言ったのだ。
全ての想いを込めて「私の騎士」と。

そもそもそこが間違っていた。
それが状況をややこしくした。

サークが自分に対して対応に困ったのは、ライオネルが王族だったと言うのが一つの要因だ。
その自分に「私の騎士」と言われた。
なおかつ愛された。
だからサークは「私の騎士」という言葉に混乱していた。
「忠義」を問われているのか「愛」を問われているのか判断できなかったのだ。

『私の騎士』

ライオネルは王族としての立場からそう言った。
つまり、ライオネルは王族としての立場を捨てられなかった。

でも……。

サークの心を射止めた婚約者。
彼は違った。

あの時、王子という立場を振り切って会いに行ったあの日。
最終的に自分を城まで送り届けてくれたのは、サークの婚約者であるウイリアムだった。

何も言わず何も聞かず、城を抜け出した自分を帰そうとするサークに協力した。
下手をすれば自分の立場が危うくなるにも関わらず、何も言わずに協力したのだ。

サークが自分の名前すら知らないと知りながら、何も聞かず黙って同じ危険にその身を曝した。
自分の事を何一つ知らなくても、サークを愛しいたから彼はそうしたのだ。

そこに見返りなど何一つなかった。
彼は、ウイリアムは、その愛の為に共に危険を背負い、サークに何も求めなかった。

敵わないのだ。

何の見返りも求めず、自分の愛の為に行動したウイリアム。
全てを捨てその身一つでサークの胸に飛び込む覚悟が出来なかった自分。

比べるまでもない事だった。

海神を宿しているから、王族としての役割があるから、この立場だからサークの為にできる事があるから、そう何かと理由をつけて立場を捨てる事が出来なかった。
その想いの為に生きる事が出来なかった。

サークの気持ちが自分に向いていなかったからと言うのは言い訳だ。
相手が答えてくれる保証がないからと立場を捨てなかったと言う事は、自分勝手な損得感情であり単なる自己都合だ。

ウイリアムとは違い、たとえ応えてくれなかったとしてもその為に全てを捧げる覚悟が自分にはなかった。
それは同じ土俵に立つことすら自分から放棄したようなものなのだ。

確かにそれは別に間違ったことではない。
確率が低いものに全てをかければ自滅する事になる。

問題は何を選ぶかというその選択であり、選択をした事への自己責任だ。
自分はその選択をしなかった。

だからこれは自分の責任なのだ。
その腕の中に行く為に全てをかけられなかった。
そしてその選択をしたのは、他でもない自分自身なのだ。

『私の騎士』

一人の人間として愛して欲しかったのに、ライオネルはサークをそう表現し続けた。
その言葉に含まれている「愛」をサークは知っていた。
だから言葉通りの「騎士」として応える事もできず、躊躇させてしまったのだ。

サークが中々ライオネルに応えなかったのではない。
自分が自分の気持ちをきちんと形にせず、「私の騎士」と言う言葉で表したせいでサークは応えられなかったのだ。
「騎士」として応える事と「愛」に応える事が同一視されていたから、サークは答えが出せなかったのだ。

ライオネルは諦めてため息をついた。

今ならわかる。全ては選択だ。
自分の行動から招かれた結果だ。
海神に圧迫されて正常な判断ができなかった訳ではない。
愛するが故に臆病になり、判断を誤ったのだ。

そしてやっと愛を口にした事で、サークは答えてくれた。「騎士」として応えてくれた。

だがそれすら遅かった。

サークはもう自分一人の騎士ではいられない。
本人には自覚がないが、彼はもう、ライオネル個人の騎士という器をとうに超えてしまっていた。
多くの人に求められ、そしてそれに応えられる程に成長してしまった。

自分がはっきりと気持ちを伝えなかった事で「愛」だけでなく「騎士」としても、サークを捕まえている事ができなくなってしまった。

ライオネルは笑った。
そうするしかなかったからだ。

だが、気持ちはどこかスッキリしていた。

あの日。
サークと出会ったあの日。

自分を呼び戻す為に、サークはあの日を選んだ。
どこか気持ちのすれ違い続けた自分とサークの始まりの日。

そこから自分達はやり直した。

あの頃のサークは貴族や王族を毛嫌いしていたところがあった。
ライオネルは外で働く者たちの事を実際には知らず、自由で羨ましいとすら思っていた。

偏見と偏った情報で相手を見ていた。

お互いを知らず、自分の勝手な想像だけで見ていたあの日。
そこからからやり直したのだ。

だからまた、あの日から始めればいい。

思えば随分と遠回りをした。
ライオネルはサークの手を握りながら、少しだけ感慨に浸っていた。
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