欠片の軌跡⑥〜背徳の旅路

ねぎ(塩ダレ)

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第九章「海神編」

暗い影

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緊迫した異様な状況の中、ウィルはそれを見ている事しか出来なかった。

夜の宝石の力を出せるようになってきたとはいえ、それは無自覚の場合に過ぎない。
だから魔法師でも魔術師でもないウィルには、この状況で何か手出しができる訳ではなかったのだ。

ただ、鍛え始めた感覚で状況を見る事はできる。

地獄の門の結界を破り、何かとてつもなく不吉なモノがこちら側に出てこようとしている。
それをボーンとサーニャが防ごうと藻掻いている。

何もできないのに、状況だけは読み取れるのだ。

これほど歯痒い事はない。
ウィルは奥歯を噛み、槍を強く握りしめた。

何もできない。
今のウィルには何もできないのだ。

夜の宝石の力が自在に扱えたなら、せめて浄化の力が多少なりとも自分の意志で扱えたなら、この場を大きく好転させる事ができる。
なのに何もできない。
その力は持っているのに、今のウィルには何もできないのだ。

あの時と同じだ。
ウィルはそう思った。

サークが呪いと戦っているのに、その身に呪いを宿してしまったのに、ウィルには何もできなかった。
ただ見ている事しかできなかった。
そんな思いを二度としないようにとボーンを頼って力の使い方を学んでいたと言うのに、ここでもまたウィルは何もできずに見ている事しかできなかった。

「~~~ああぁぁぁっ!!」

魔術を使って壊れかけた結界魔法陣の強化をしていたサーニャが声を上げた。
物理的な力と魔力は違うものではあるが、魔力対魔力の押し合いになれば、それは物理的な力の押し合いと同じ事が起こる。
押し負けないよう渾身の魔力を練りだしたサーニャ。
サーニャの魔力を受け結界が強化され、出てこようと藻掻く何者かはダメージを受けたのか叫び声を上げた。

「ググオォォォォッ!!」

その雄叫びは結界の穴を通じてこちら側にも響きわたった。
地を這うようなその声に、ウィルはゾッと背筋を凍らせる。

だが、相手も相手だ。
苛立ちの混じった雄叫びと共にバチンッと大きな音が響き空間が揺れた。
そして続け様にそれが繰り返されていく。
狂った何かがそれを怒りに任せて引き裂こうとしている。

「グアァァッ!!ガアァァァァッ!!」

「クッ……ッ!!」

「サーニャ!!無理すんな!!」

倍返し宜しく何度も何度も打ち破ろうとする相手の魔力に晒され、サーニャは苦しげに呻く。
ウィルにはわかった。

駄目だ、押し負ける……っ。

サーニャは並外れた魔術師だった。
ボーンの補佐と言う形とはいえ、地獄の門の結界を壊して出てこようとする魔物に対抗できるほどの魔術師だ。
本人は自分は出来損ないだと思いこんでいるが、長年ボーンの元でそのありとあらゆる補佐をしてきた実力は、名だたる冒険者魔術師に引けを取らないほとだった。

だがウィルにはわかった。
サーニャがこの押し合いに負けてしまうであろう事がわかってしまった。

「……きっ…きゃあぁぁぁぁっ!!」

サーニャの使っていたロットタイプの杖が砕け散り、バンっと弾き飛ばされた。

「サーニャ!!」

「サーニャさんっ!!」

術を使っていて動けないボーンの代わりに、ウィルは走った。
そしてどうにかサーニャを受け止める事に成功した。
受け止めたは良いが、勢いが強すぎウィル共々倒れ込みそうになる。
そこにすかさずヴィオールが飛んできて、二人を受け止めた。

「……ありがとう、ヴィオール。」

「キュ~。」

ヴィオールは心配そうにサーニャの顔を覗き込み、そして飛び立って行った。
ヴィオールとてこの状況ではできる事は少ない。
叫び声で威嚇し、結界から何か出て来ようとした時に物理的に攻撃を仕掛けて牽制するぐらいしかできない。
それでもヴィオールはその場に留まり続けた。
精霊化しているとはいえ、竜がそこにいるというだけで威圧の効果はあるのだ。

ただ相手は、竜がいるとわかっていても結界を破り出てこようとしているような魔物なのだが……。

ボーンが魔法陣を使い始めた。
光る蔦が地獄の門の周りから穴を塞ぐように伸び、模様を作っていく。
元の結界を修復しながら、新たな結界をかけているのだ。
サーニャの補佐がなくなった事で、ボーンはやり方を変えたようだった。

「……う…っ。」

「サーニャさん!!」

サーニャは魔力を一度に放出しすぎ、また相反する巨大な魔力に晒された事で一瞬、気を失っていた。
ウィルの腕の中で目を覚ましはしたが、軽い脳震盪を起こしているのかぼんやりしている。

「ウィル!!サーニャとここを出ろ!!」

「ですが!!」

「こいつが出てきちまったら終わりだ!!そんぐれぇわかんだろうがっ!!」

ウィルは言葉を詰まらせた。
それぐらいわかるだろうと聞かれれば、わかる。
わかってしまう。
今のウィルにはそれがわかってしまった。

これが出てきてしまえば……この門の結界が破られてしまえば終わりだ。

地上での政治がなんだ国同士の戦争がなんだなど、どうでも良くなる。
これが出てきてしまえば、そんな人の世界のゴタゴタなどどうでもいい事になる。

世界が冥界からの侵略を受ける事になるのだ。

生と死の秩序が崩される。
この世の理が崩れさるのだ。

何でこんなモノが王宮都市の目と鼻の先にあるのに、誰も注意を払っていなかったのだろうと今更ながら思う。
それだけ大昔に封じられ、そしてそれを守ってきたのだ。
だからこれが危険な遺跡である事なんて、もう誰も覚えていなかったのだ。

「サーニャを連れて地上に出ろ、ウィル。そしてこの遺跡ごと、ここを封印するんだ……。やり方はサーニャがわかってる……。んでもって国王とババアに知らせろ……。」

だが、その守人であったボーンは知っていた。
そしてもしもの時の対策はされていたのだ。

ボーンはどうするのか?

喉まで出かかったその言葉をウィルは飲み込んだ。
聞くべき事ではないし、聞いてはならない言葉だ。
それがわかっていたから、ウィルはグッとその言葉を飲み込んだ。

そして黙ってボーンの背中を見つめる。

小さなドワーフ。
しかしその背はとてつもなく大きい。
たった一人で地獄の門の前に立ち、何も語らず己の仕事を遂行している。

行かなければならない。

ウィルは覚悟を決めた。
そうしなければ、誰がこの無骨な男の生き様を外に伝えるというのか?

ここにいても自分にできる事は少ない。
ならばたとえ憎まれたとしても、彼の大切な人を安全な場所に連れて行くぐらいはやらねばならない。

「……ウィル。」

「わかりました……。」

「すまねぇな……。」

ウィルはヴィオールを見た。
ヴィオールもその場にホバリングしながらウィルを見た。

ヴィオールは精霊だ。
ここが封印されない限りは、すぐに外に出てくる事ができる。
ギリギリまでボーンの側についている事が可能だろう。

ウィルの言いたい事が伝わったのか、ヴィオールはヒューと言う鳴き声を上げた。
谷で竜に指示を出した際、了承の返事として竜が上げる鳴き声だ。
ウィルはそれに頷いて応える。

腕の中のサーニャを見た。
幸か不幸か、まだ意識がはっきりしていない。
連れて行くなら今しかないだろう。

「……サーニャさん、しっかり。」

「……え??」

「少し移動します。立てますか??」

「……え?……あ……はい……??」

ウィルはサーニャを支えて立ち上がった。
目眩がするのか、サーニャは俯いて額を押さえている。
時間がない。
「失礼」と声をかけ、ウィルはサーニャを抱き上げる。

ウィルはもう一度だけボーンを見た。

ボーンは振り向かなかった。
ウィルを信用しているから見届ける必要がなかったのだ。

それがわかり、ウィルはグッと奥歯を噛み締めたのだった。















採掘場の小部屋に入ると、そこには数人の男達がいた。
岩をくり抜かれた空間に最低限の灯りだけが灯されている。

物はさほど多くなく、臨時的な隠れ家と言った感じだった。
だが、そこここにそれなりの武器が隠しおいてある。
あまり歓迎された状況ではなさそうだとシルクは感じた。

でも、俺でもわかる場所に武器を隠すのはやめた方が良いのになぁ~。
これじゃたとえ師父から武器を取り上げていても何の意味もないよ……。

そう思い、あの時レッドが何故そのままで良いと判断したのか理解した。

レオンハルドの力量を正確に読んだから、持っていてもいなくても同じ事だと判断したのだろう。
だとするとレッドの目も相当なものだ。

置かれた簡易テーブルの奥座、司令官よろしく座るレッド・ジャッカル。
レオンハルドは誰に聞くでもなく、その向かいの椅子に座った。

シルクの方はどうしようかなぁとその後ろに突っ立っていたが、軽く武装している男達がいそいそと椅子と飲み物をもって来てシルクを座らせコップを手渡した。

「ありがと。」

「いえいえ。」

「どういたしまして。」

にっこりと微笑むと、男達は嬉しそうにそわそわしていた。
可愛いなぁ、と思わず笑う。
あの時の兵隊さん達の何人かだろうとシルクは思った。

「……チッ。」

レオンハルドそっちのけでシルクに浮かれ始めた部下を、舌打ちをもってレッド・ジャッカルが諌める。
途端、元兵士達がキリリと姿勢を正した。
シルクには甘い顔しか見せていないが、レッドも存外、他の者にはエラく手厳しいようだ。

「お互い、手駒はあまり頭が良くないようだな。」

「いや?アンタのお連れさんはウチの馬鹿共よりずっと切れ者だろう。」

「そうでもない。そちらが愚弟子をどう見ているかは知らんが、これは見てくればかりのバカ者だ。」

「……師父、酷くない?!俺がいなきゃレッドさんと会う事もできなかったのに?!」

「別に会おうと思えば会えた。血を見ずに会う事が出来なかったに過ぎん。」

「……怖っ!!ね~!聞いた?!このジジイ、トチ狂ってるよね?!」

レオンハルドの言葉に呆れ、シルクは足をパタパタしながら近くの兵士に声をかけた。
声をかけられた男は困ったように笑うばかりだ。

「……まぁ血を見せずに済んだ事には感謝する。見ての通り、ウチは規模が小さいんでな。」

レッドは落ち着いた口調でそう言った。
レオンハルドの話では何度となく接触を試みた感じだった。
その度に逃げられ、花や色を送っても避けられていたと。
先程の判断といい、確かに師父が気にかけるだけの人物だ。

シルクは離れた場所からレッドを見つめた。
初めて見たのは踊り子最終試験の食堂の隅だ。
目立たない位置に目立たない様に座っていたが、主もすぐに目をつけた。

蛇の道は蛇と言うか、何かしら抜きん出た才を持つ者は、無意識にお互いを見つける事ができてしまうのだろう。
そう思った。

用心深く、抜け目ない。

じっと目の前の男をレオンハルドは見つめた。
それがレオンハルドのレッドに対する心象だった。

その男は何かを隠す事もなく、けれど何一つ明かすこともなくそこにいた。

「……これが全てではなかろう、レッド・ジャッカル。」

レオンハルドは無感情にそう言った。
その問いにレッドは造作も無く答える。

「対して差はないが、まあそんなところだ。……で?そちらは随分と俺を知っている様だが、俺はアンタを知らない。」

「だろうな。」

「何者だ?何と呼べばいい?」

そう言われ、レオンハルドは何故かシルクを振り返った。
何なんだとシルクは首を傾げる。

「……シルク、何と呼べば良いか聞かれてるぞ?」

「は??師父がでしょ?!」

シルクは素っ頓狂な声を上げた。
何を言い出すかと思えば、そんな訳のわからない事を言う。
そのやり取りを見て数人の兵士達がぷっと吹き出した。

「……だそうだ。」

シルクの返答を受けレオンハルドは顔を戻す。
笑った兵士たちとは裏腹に、レッドは無表情だった。

ああこれ、腹の探り合いなんだ、とシルクは思った。

下手に名前を言わなくて良かった。
もしも何か名を上げていたら、馬鹿者だとまた罵られていた。

それに気づき、シルクは小さくため息をつく。
レオンハルドはいかなる名前も明かすつもりはないのだ。
それが何故なのかはわからなかったが、王様から何らかの密命を受けている事を考えれば、そういうものなのかもしれないと深く考える事はやめた。

レッドはジッとレオンハルドの顔を見た。
そして吸っていた煙草を灰皿に押し付ける。

「面白い冗談だ。確かにアンタはシルクさんの師父の様だが、それで俺がアンタを師父と呼ぶのはおかしかろう?違うか?」

「俺もこんな老けた弟子を持った覚えはない。」

名前を聞かれて答えない割に、レオンハルドは平然としている。
周りの兵士たちは困惑気味に顔を見合わせるばかりだ。

「……で?」

レッドは特に気にもせずそう言った。
テーブルに両肘をつき、試す様にレオンハルドを見つめる。

「そうだな……。子猫の師父ゆえ山猫とでも呼んでくれ。」

「山猫……。」

師匠の口から出た言葉にシルクは思わず呟く。

百歩譲って自分を子猫と言った事を許すとしても、山猫は無いだろうと思った。
どこにこんな凶悪で性格の悪い山猫が居るというのかと思う。

それはレッドも同じだったようだ。

「随分と血に飢えた大猫だな?」

「犬猫、共に仲良くやろう。」

その瞬間、ザッと場の雰囲気が変わった。

兵士達が苛立って武器に手をかけたのだ。
おそらく自分たちの頭でありレジスタンス組織を示す「レッド・ジャッカル」を「犬」に例えられた事に反感を持ったのだろう。

ふ~ん、単なる荒くれ者の集まりって訳じゃないんだ~。

シルクは冷静にそれを黙って見ていた。
組織名を愚弄されたと感じていきり立つと言う事は、それだけ組織の思想がしっかりとひとりひとりに根付いていると言う事だ。

そしてもう一つ。

たとえ腹が立ったとしても、彼らの誰一人として武器を構えなかった。
すぐ行動できるよう武器に手をかけはしたが、誰も攻撃態勢には入らなかった。

これはいかなる状況下でも統率が取れている事を意味する。
彼らは感情のまま動いたりはしない。
指揮官の指示を待ったのだ。

顔色一つ変えず、大猫とジャッカルが向かい合っている。

やがて……。
レッドが片手を軽く上げた。

兵士達は気に入らないという顔をしながらも、武器から手を離した。

「……あまり仲良くできそうにない組み合わせに思えるが?」

「そうだな。難しいやもしれぬ。」

シルクはそのやり取りを見てため息をついた。
この組織の結束力・統率力を見るなら、もっと別のやり方だってあっただろうに何でこんな喧嘩を売るような方法を取ったのかと思う。

確かにそれが手っ取り早いけどさ~。
仲良くするのを難しくしたの、師父じゃん……。

シルクはむくれて足をパタパタ動かした。
近くにいた兵士がそれを見てちょっと笑った。

「ねぇ!俺!喧嘩させるために師父をレッドさんに会わせた訳じゃないんだけど?!」

「そうだったか?」

「そうだよ!だいたい、師父は何でレッドさんに会いたかったの?!」

「そうだな、アンタが何者かはひとまず置いて置くとして、俺もそれが聞きたい。」

一連の流れで、レッドもレオンハルドがどういったタイプの人間かはよくわかったようだ。
それを踏まえ、そろそろ本題に入ってもいいだろうと先を促す。

だがここに来て、レオンハルドはさらに訳のわからない行動に出た。

それまで一応おとなしく椅子に座っていたというのに、突然横柄な態度になり、足を靴のままバンっとテーブルに乗せてふんぞり返った。

「貴様っ!!」

「よせ、お前が銃を抜く前に頸動脈を斬られる。」

「しかし!!」

「よくわかっているな、ジャッカル。」

「全く……とんだ怪物がいきなり出てきてくれたもんだ……。」

またもいきり立った兵士をレッドは冷静に止める。
シルクは大げさにため息をついた。

せっかく自分が緩衝材の役割をして場を和ませたと言うのに、これでは元の木阿弥どころか悪化している。
シルクはぷうっとふくれ、己の師匠の後頭部を見つめた。

も~、このジジイ……頭カチ割ってやろうかなぁ~?!

思わずそんな事すら思った。
シルクの軽い殺気に気づいたのか、レオンハルドは軽く振り向き一睨みする。
シルクはそれを無視してツンっと顔を背けた。
レッドは子供のように振る舞うシルクを見て思わず笑う。

どうやらこちらの師弟の統率は取れていないようだ。

それが自分達にとっていい事なのか悪い事なのかの判断できないが、こんな風にあのシルクが駄々っ子よろしく振る舞うという事はシルクにとってこの男は本当に師父なのだろうと納得できた。

「クククッ……。随分と子猫の扱いに困っているようだな?山猫?」

「何、所詮は子猫だ。あまりに目に余るようなら首根っこを噛み切ってしまえばよい。」

「酷っ!!本当、師父嫌いっ!!」

またもむくれて足をバタつかせるシルクに、周囲の兵士たちも思わず和んだ。
確かに大山猫と可愛い子猫だと妙に納得していまう。

「……で?そっちも何か困っているようだな?ジャッカル?」

そこに来てやっとレオンハルドから話を振る。
それにレッドは慎重そうにレオンハルドを見据えた。

「何故、そう思う?」

「何故も糞もあるものか。お前が愚弟子に話したのではないか?ここで足止めを食らっていて身動きできぬと。」

「そうだったか?単に踊り子さんにまた会えないかと思ってそう言ったにすぎないんだがな?」

「とはいえ、ここが本拠地とも思えんが。」

「アンタみたいなのと会うというのに、わざわざ本拠地に招くほど俺は馬鹿じゃない。」

「まぁ、そうだろうがな。」

レオンハルドは話に飽きたとばかりに机に乗せた足を組み換え、上を見上げた。
くだらぬ前置きはいらぬとばかりの態度に、レッドは観念してため息をつく。

この男をどこまで信じるか?

それに自分の力量がかかっている。
一歩間違えば組織全体に影響が及ぶ。
下手をすれば何も成し遂げぬうちに崩壊させられかねない。

今までの流れで、相手がどう言う人間かはわかった。

シルクとの関係もわかった。
何より、自分たち程度が束になったとしても敵う相手ではない事は一目でわかった。

この男はシルクとも違う世界の住人だ。

死を招き、同時に死に取り憑かれ、死に場所を探している。
その感覚に覚えがあった。

「……クルの使者を知っているか?」

ボソリとつぶやかれた言葉。
レオンハルドは態度を変えなかった。
だが、瞬時にして物凄い集中力が発動されたのを、レッドとシルクは感じた。

クルの使者って??
クルって冥界の王様の事だよね??

突然話の流れが代わり、シルクは首を傾げた。

この世界に精霊の王がいるように、冥界にも王がいる。
それがクルだ。

その使者とは何だろう??
魔物の事だろうか?それとも例えとしてクルが使われているのだろうか?
初めて聞くその言葉の意味をわかりかねた。

レオンハルドは態度を変えなかった。
横柄に机に足を掛け、ふんぞり返ってゴツゴツした採掘場の天井を見上げている。

だがその目の奥は、強い意志と例えようの無い暗い光が宿っていた。

「……相手はクルの使者か?」

「ああ。向こうもこれ以上、俺達が表立つ前に終わらすつもりらしい。」

「何人だ?」

「五人。当初は六人だったが、一人は何とか潰した。だがその為の犠牲に見合ったものじゃない。」

「……六人……ならば全部か……。王族は本気でお前を潰す気だな。」

「……アンタ、奴らに詳しいな……?」

「ああ。個人的な因縁だ。」

レッドとレオンハルドの会話に、誰一人、口を挟めなかった。
シルクですら何か言葉を発する事が出来なかった。
いつの間にか呼吸すら困難なほど緊迫したその場。

その中でレオンハルドは椅子から足を下ろし、レッド・ジャッカルを重く見据えた。


「……奴らは俺が仕留める。」


そしてそう言い切った。

因縁があるとレオンハルドは言った。
だがそこに憤怒の類は感じられなかった。

あったのは、無限とも言える虚無の闇だった……。
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