欠片の軌跡③〜長い夢

ねぎ(塩ダレ)

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第五章「さすらい編」

託された想い

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「竜の谷に行きます。わかる事があったら教えて下さい。」

森の町、いや魔術本部の重鎮の面々を前に、俺は言った。

「場所はわかってるのかい?」 

「いいえ、でも行きます。」

「あそこもここと同じで、場所は愚か入り方すらわからんからの~。」

「そこがあると言われていたのも、わしの子供の頃の話じゃし。」

「でも竜の血の呪いが起きたなら、竜はいます。いるなら竜の谷があるはずです。」

「何でそこに行くのかしら?サーク?血の呪いの話を聞いたから?」

「いえ、そこにいなくなった恋人がいます。」

「恋人!?サークちゃん!恋人がいたの!?」

「はい。俺はその人を迎えに行きます。」

「やだ!ロマンスじゃない~!!」

「何故、竜の谷だと?」

「メッセージがありました。竜の谷と。痕跡を綺麗に無くされた中、懸命に残してくれた、唯一の手懸かりです。」

どうしても、行かなければならない。
ウィルが危険を承知で残したメッセージなのだから。

「……きっと君は、竜の谷の民に会ったんだろうね。」

それまで黙っていたロイさんが静かに言った。

「竜の谷の民……ですか?」

「ああ!竜達と暮らすと言われている彼らかい?でも交流ははるか昔に途絶えただろう?まだ彼らがいると?」

「いますよ。秘密裏にごく稀にこちらを偵察に来るんです。」

「何だか会ったことがあるような口ぶりだね?ロイ?」

「ええ、会いました。とても昔の話です。」

「そんなこと、1度も言わなかったじゃないか?」

「明かさない約束でしたから……。」

ロイさんはそう言うと目を閉じた。
きっとその人を思い出しているのだろう。

「サーク、君の巡りの強さには本当に驚かされるよ。でも場所は知らないんだ。すまないね。」

ロイさんが困ったように笑った。
俺はじっとロイさんを見つめる。

「どうして約束を覆してまで教えてくれたんですか?」

「君がその人を恋人だと言ったからだよ。」

そう言って薄く微笑んだロイさん。
俺は何かを感じた。

「ロイさんも……その人を愛していたんですね……。」

「……昔の話だよ。」

ロイさんは静かにそう言った。
その途端、ガタンと師匠が勢い良く立ち上がった。

「それって……?もしかして?!噂の一夏の君ですか!?」

妙にテンションの高い師匠。
いや、師匠の変なテンションはいつもの事だけどさ。
俺は突然場の流れをぶった切って変えた師匠に少し引きながら首を傾げた。

「一夏の君?」

「ああ!そう繋がるのか!!」

俺にはわからなかったが、師匠の「一夏の君」という言葉で、他の皆はわかったようだ。
物凄く納得したように顔を見合わせ笑っている。
取り残された俺はますます何だかわからない。
そんな俺を気遣って、フレデリカさんが教えてくれる。

「ロイはね?一生涯の恋をその人としたのよ。ね、ロイ?」

「やめてください。昔の話です。」

「その後、誰に言い寄られてもロイはその人への想いを守ったんだよ。ただ一度の夏の思い出のその人に。」

どうやらロイさんは、物腰穏やかな人物像とは裏腹に、かつてたったひと夏の大恋愛をしたようだった。
そしてその人への想いを未だに守り続けている。
皆に突かれ、ロイさんは観念したように話し出した。

「……不思議な女性でした。そこにいるのにいないような。会いたくなっても、どこにいるのかいつもわからない。そんな人でした。」

「なんか、俺の恋人に似てます……。」

「だろうね。彼らは秘密が多いから……。やっと気持ちが通じあってもその事も極秘扱いで。紆余曲折の果にどうにか結ばれたのに、あの人は消えてしまった……。」

「………………。」

昔話なのに、ロイさんの言葉は昨日の事を話しているように聞こえた。
きっとその時からロイさんの時間は止まっている。
そのせいか、その話はまるで自分の話をされている気がした。

「彼女は歌が上手かった。いつも不思議な歌を歌ってくれた。彼女がいうには魔力を乗せて歌うと、竜を呼べるんだと言っていた。あの歌声が今でも耳に残っているよ……。」

瞼の裏に鮮明に残る記憶を懐かしむように、ロイさんは目を閉じて語っていた。

俺はロイさんを見つめた。
恐らく俺と同じ想いをしたその人を。

幾許かして、ロイさんは目を開いて俺を見た。
その目の中の色を俺はじっと見つめる。

「サーク、君は見つけてあげなさい。私にはできなかった。でも君は強い巡りを持っている。手を伸ばせば届くはずだ。」

「はい。必ず見つけます。」

ロイさんが、自分の想いを託すように俺の肩を強く握る。
それに応えるように強く頷く。

「なら、ますますどうにかしてやらんとな。ロイの為にも。」

「肝心な場所、もしくは入り方だけど、何か記録はないのかしら?」

「ロイが探して見つからなかったとなると、かなり難しいのう。」

「あれはどうだ?」

「あれ?」

「どこかに竜がいただろう?単独で?」

「あ~!いたな?いたらしいな?」

「それに聞いてみたらどうだろう?」

皆が皆、立ち上がって、調べ始めた。
ありがたくて涙が出そうだった。








今、わかっていること。

・ウィルは竜の谷にいる可能性が高い。
・ウィルは竜の谷の民だと思われる。
・竜の谷はロイさんが調べ尽くしてもどこにあるかわからない。
・東の国の湖に竜がいるらしい
・その竜に聞けば、何かわかるかもしれない



俺は荷支度を済ませた。

腕を出した武術用の服を着て、ローブを羽織る。
腰のベルトに小刀とナイフと杖をつけた。
ベルトのポケットに小瓶が2つ。
もうひとつのポケットに金銭やらを入れた。

鞄には着替えや日常品、保存食。
筆記用具と地図。

まぁ、いつでもここには帰って来れるのだが、覚悟を決めた以上は、ほいほい帰るのはやめるつもりだ。

「サーク、お弁当。」

「サーク、これ、お薬と救急セット。」

リリとムクが渡してくれる。
ふたりの頭を撫でた。

「ありがとう。ふたりとも。」

「後ね、サーク?」

「これ。」

ふたりは何か小さな石を渡してくれた。

「なんだい?この石は?」

「これは迷子の石だよ。」

「迷子の人、見つかるといいね。」

お守りのようなものらしい。
俺はありがたく、ベルトのポケットにしまった。

「さ、おいで。ハグしよう。」

俺はしゃがんで両手を広げた。
ふたりが腕に飛び込んでくる。

「サーク、鍵持った?」

「持ってるよ。」

「リリとムクはずっと一緒だよ。」

「うん。わかってるよ。」

「気をつけてね?」

「うん。」

「大好きだよ、サーク。」

「俺もリリとムクが大好きだよ。」

ぎゅっと強く抱き締める。

「行ってらっしゃい、サーク。」

「行ってらっしゃい、サーク。」

俺は立ち上がった。


「うん、行ってきます。」


そして俺のあてどない旅が始まった。
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