欠片の軌跡③〜長い夢

ねぎ(塩ダレ)

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第六章「副隊長編」

その時

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………マジか。

話を聞き終え、俺は固まっていた。
副隊長は真っ赤になって涙目になっている。
俺はため息をついた。

「……それでこの前、酒飲んでなかったんですね……。」

今考えれば、酒豪の副隊長が会議があるからと飲まないのはおかしかった。
量をセーブすることはあっても、飲まないという選択をしている時点で気にかけるべきだったかもしれない。

「どうしよう……サーク……。」

………。

つかそれ、俺に始めに相談することじゃないでしょう……。
いや、言う前に誰かに相談したかったのか……。

「どうするも……副隊長…いや、サムはどうしたいんだ?」

俺はあえて愛称で副隊長を呼んだ。
サムは口元を押さえながら考えている。

「さっくり言えば、やりたかないけど、今なら俺がなかった事にはできると思う。」

「うん……。」

「でも、サムはそういう訳ではないんだろ?」

「うん……。」

「ぶっちゃけ、どうなの?産みたいの?」

遠回しにしていても仕方がなかったので、俺はストレートに聞いた。

そう、サムがいきなり俺を捕まえて、副隊長室に音消しの魔術を使わせて相談してきたのは、妊娠だった。

喜ばしい事だけど、とてもデリケートな問題だ。

「わかんない……。」

「うん。」

「下ろすのは嫌よ。でも……どうしたらいいかわからないの……。」

まぁ、付き合っていることは公認の事実だが、まだ結婚も婚約もしてないもんな、ライルさんとサム。

「下ろさないって事は、産むって事だよね?」

「…………。」

「なら、ライルさんと話し合わないと。」

「ライルが嫌だって言ったらどうしよう……。」

「いや、言わないでしょ?あの人。」

「わからないじゃない!産むってなったら、すぐに私と婚約して結婚しないといけないのよ?」

「何が駄目なの?喜んで結婚してくれると思うけど……。」

「立場的な問題があるのよ……。仕事上も私が副隊長でライルは隊員のひとりよ?家の事もある……。立場的にうちの家の方が階級が上だから、もし伝えたら断ったり出来ないのよ、ライルの方からは。」

立場と言われて、正直納得できなかった。
確かにそれはあるだろうし、俺には理解できないけど、筋を通さないとならないものなのだろう。

「ライルさんが断ると思う?」

「でも、ライル、言ってたのよ……家柄はともかく、せめて仕事では対等になってからプロポーズしたいって……。」

「う~ん。」

ライルさんも考えてなかった訳じゃないんだな。
でもそんなに大事なのか?立場って?
俺の認識が低いのはわかってるけど、釈然としない。

「ちゃんとライルが納得できる形で結婚したいの……。」

「う~ん。」

「それに…私も不安……。」

「どういうところが?」

「仕事のこと。この仕事が好きよ。誰に何を言われても、女だからって言われても、頑張ってきたわ。なんかそれが壊れてしまいそうで……。」

「出産後に復帰したいって事だよね?でも、出産で離れたら、戻れなくなりそうで怖いって事でいいかな?」

「うん、そう……。」

「ん~~。そこはちょっと俺が預かっていい?ギルと相談して、上手くやれると思うから。」

「どんな風に?」

「ん~まだ確証がないから、俺とギルを信じて預からせて?いいかな?」

「わかった……。」

「これで仕事の不安はとりあえず俺が預かったよ。後はライルさんとの件だね。」

「うん……。」

「ごめん、俺には立場とか家柄とか、どれだけ大事なのかわからないで話させてもらうよ?」

「うん。」

「それはそんなに大事かな?確かに筋は通さないといけないよ?そこはわかるよ。でも今、一番大事なのは、サムの気持ちと、ライルさんの気持ちだと思う。家柄とか全部取っ払って、サムはどう思うの?ライルさんと結婚したい?」

「したい……ライルと結婚して、ちゃんと赤ちゃん産みたい……。」

「それが答えだよ。」

「でも…。」

「俺さ、旅の中でこんな事を言われたんだ。」

「何?」

「その時だって。」

「その時?」

「何か凄い難しい話をされてさ、俺もよくわからなかったんだけど、物事にはみんな、その時ってのがあるんだって。だから急かしてもその時が来ないと仕方ないって。」

「その時……?」

「うん。サムの場合、今がその時なんじゃないかな?もっと準備して、完全な形で迎えたかったんだとは思うよ。でも、その時が来ちゃったんだよ。」

「どうすればいいの?」

「サムの答えは決まってるだろ?ライルさんと結婚したい。結婚して赤ちゃんを産みたい。そうだよね?」

「うん……。」

「なら、まずしないといけないのは、ライルさんに打ち明ける事だよね?」

「………。」

「その結果、もしサムが納得いかない状況なら、また話を聞くし。内容によってはライルさんぶん殴るし。」

「何よ、それ……。」

サムが少し笑った。
その顔を見て俺も少し安心した。

「何か懐かしいな~。」

「何がよ、サーク?」

「ふたりが付き合うきっかけになった時の事が。」

「あの時もサークとふざけて結婚の話をしてたら、ライルが入って来たのよね。」

「そういうこと。」

「そういうこと……??」

俺はドアの方を振り返った。

「ライルさ~ん、もう入っていいですよ~。」

「ちょっと!!嘘でしょ!?音消しは!?」

「内容が内容で、状況が状況だったんで、途中で解きました。」

「嘘っ!!嘘でしょ!?」

慌てるサムを他所にドアがガチャリと開き、固い顔のライルさんが入ってきた。

「サム……俺ってそんなに信用ないの?そんなに頼りないかな……?」

「違うの!!ライル!!そんなつもりじゃ……!!」

「俺は嬉しいよ?赤ちゃん。それじゃ答えにならない?」

そう言われてサムはぼろぼろと涙を溢した。
ライルさんがそれに寄り添って、サムを抱き締めた。

「サークの言う通りだよ……。その時なんだ。……ちょっと俺たち、準備が足りなかったけど、サムも俺も、答えは決まってる。そうだよね?」

「ライル……いいの?」

「いいも悪いも、サムが嫌がっても外堀埋めて、絶対そうするつもりでいたし。」

「何気に怖いこと言いますね、ライルさん……。」

「だって、絶対、逃がさないつもりだったし?」

「ライルさん、サムの事になると人が変わりますよね……。」

「サークだって、ウィルの為に全部投げ出したじゃん?そういうもんしゃないか?」

「そういうもんですね、確かに。」

「ねぇ、本当にいいの?私、赤ちゃん産んでいいの?」

「もちろんだよ、サム。」

そこまで言って、ライルさんがサムの前に跪いた。

「サム、俺と結婚して下さい。結婚して、俺とサムの赤ちゃん産んで下さい。」

サムが号泣しながらライルさんに抱きついた。
それを抱き止め、ライルさんが俺にウインクする。

あ~あ、もう好きにしてよ、全く……。

俺は降参のポーズをして見せる。
後はふたりで話し合えばいい。
俺は笑って部屋から出ていった。
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