欠片の軌跡③〜長い夢

ねぎ(塩ダレ)

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第六章「副隊長編」

勝てない相手

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「たのもーっ!!」

俺はノックもせずに、ギルの部屋のドアをぶち開けた。
それを無表情なギルが固まって見ている。
俺は魔術を使って思考停止状態のギルをソファーまで無理やり引っ張ってきて、ドスンと下ろした。
バタンカチンと魔術でドアを閉め鍵をかけ、室内に音消しを行う。
そして、無表情だが目が白黒しているギルを力任せにソファーの背に押し付けた。

「お、おい……サーク……。」

「たのもーーーーーーーーーーー!!」

「……それはさっき聞いた……。」

俺の奇行に鬼の黒騎士が硬直している。
普段なら表情の読めない黒い瞳が動揺してどこを見ていいのか右往左往していた。

「俺の目を真っ直ぐ見ろ、ギル。」

「見てるだろう……。」

俺はじっとギルの目を覗き込む。
泳いでいた目が、困惑したまま俺を見つめた。
俺は言った。


「サムが妊娠した。」


その言葉を最後に、暫しの沈黙が流れる。

ギルは何を言われたのかわからなかった。
いや、サムが妊娠したことはわかった。
相手はおそらくライルだろう。
それはいい。
だが何故、自分がサークに押し倒されるような状況になっているのかがわからなかった。
落ち着いているように見えて、サークは明らかに混乱している。
こういう一見冷静そうな奇行が一番厄介なのだ。
ギルは無意識にいつでも反撃できるよう身構えていた。

「だ・か・ら!副隊長のサムが妊娠した!」

「あ、ああ……?」

「サムは出産後、復帰を希望している。」

「なるほど……?」

「よってぇ!これより作戦会議に入るっ!!」

状況はわかった。
わかったのだか……。

サークはそう言いながら、ぐいぐいとギルの肩を押してくる。
いったい何なんだ……!?
覆いかぶさるというか襲われる五秒前のような状況に気恥ずかしくなり、ギルは少し頬を赤らめ顔を背けた。

「サーク……。事情はわかったから……この体制はやめてくれないか……?」

「………………。」

「……サーク。やめてくれ……。」

「……そんな顔されても、俺はお前に突っ込めるモノはないぞ?……とりあえず、今日は。」

「……は??」

今日はって何だ、今日はって?
今日じゃなければあるというのか?何か??

ギルはサークという人間を考えてみて少し青ざめ、それからそれ以上、考えるのはやめた。
今は動揺のあまり奇行に走っているだけだ。
多分、明日には覚えてすらいないだろう。
そう思うとどっと疲れて肩を落とす。

しかしこの体制は恥ずかしすぎる……。

サークを押し倒したいと思った事があったことは認めるが、逆に押し倒され(たように見え)る日が来るとは思わなかった。
もじもじするギルに対し、頭のネジの吹っ飛んでいるサークはすんと真面目な顔つきのまま奇行を続けている。
ギルは頭を抱えてため息をついた。
混乱のあまりサークの脳内のバグ具合が酷すぎる。

「いいから……、普通に座れ……。」

「……わかった。」

目が座っていたが、隣に座るよう促せばサークは素直に従った。
それにひとまず安心する。

妙に興奮状態にあるサーク。
それに振り回されるギル。

おそらくどうしてこっちにいたのかは知らないが、サムに会ってそれを打ち明けられ、頭が混乱したままここに突撃してきたのだろう。
少しは落ち着いたのか、ひとまずおとなしく隣に座ったサークだったが、何かを少し考えた後、機械的にぐりんとギルに顔を向けて言い放つ。

「……ギル、お前、俺に押し倒される方でもOKなのか?」

「やめてくれ……。」

「俺は何か今日ならイケそうな気がする!!」

「いい加減、正気に戻れ、サーク……。」

落ち着いたように見えてバグはまだおさまっていないらしい。
どれだけ混乱しているんだ、こいつは……。
ギルの心臓はドクドクと嫌な音を立て続けていた。
確かにサムに妊娠を打ち明けられたのは衝撃だっただろうが、だからといってこのぶっ飛び具合は何なのか……。
サムの妊娠以上に心臓に悪い。
とにかくこのまま奇行状態にしていては危ない。
他の事に目を向けさせ、少し気を紛らわせて分散しなければならない。

「……食べたがっていた期間限定プディング買ってやるから、まずはその混乱をどうにかしろ……。話し合いにならん……。」

「はっ!そう言えば昼飯まだだった!!」

「なら俺の分も含めて飯を買ってこい。好きなだけ奢ってやる。」

「……プリンは?」

「プディングも買っていいから!」

子供か、お前は……。
ギルは頭を抱える。
しかし読み通り、食べ物の話を出した事で気が分散したのか、サークはようやく正常の範囲内に戻ってきたようだ。
代金を渡すと上機嫌で鼻唄混じりに部屋を出ていく。

「……勘弁してくれ。」

思わず呟く。
シルクはよく好き好んでこんなのとずっといられるな、と思わずにいられない。
ギルは顔を両手で覆い、ソファーの背もたれに深く沈み、暫く動けなかった。










「シルク。頑張ってるな。」

隊長執務室を後にしたサークは、鍛練場でそう声をかけた。
しかし指導を受けに来る隊員は段々減るはずなのに、どう見ても前より多い気がする。
見掛けたことのない顔が多いのは、他の部隊から指導を受けに来た人達だろう。
話には聞いていたが、シルクはしっかり実績を築いて評価されているようだ。
それはシルクの居場所を確実なものにしている。

「あ!主!!」

声をかけた事で、それまで指導者の顔をしていたシルクがこちらに顔を向け、急にふにゃんと笑った。
その場にいた隊員に指導を任せると、俺の方に走ってくる。

「……いいのか?」

「うん。本人の希望で長く続けててセンスもいい人には、回りに指導していい事にしてる。教えることで学ぶことも多いからね。」

「すっかり、指導者が板についたな。」

「主には感謝してる。」

「何だよ、あらたまって。」

「はじめ指導をやれって言われた時は、なんとも思わなかったんだけどさ、やってたらなんか村の皆で武術をやってた時みたいで、ああ、こういう暮らしをしてたよなって思い出した。」

「シルク……。」

「だからありがと。」

シルクは屈託なく笑った。
そんな風に思われていたとは知らず、何だか申し訳ない気分になる。

「俺の方こそありがとな。お前が残って頑張ってくれたから、ここに残れる事になったよ。」

「本当!?」

「うん。3ヶ月減俸だけどね。」

「大丈夫!主は俺が養ってあげる!」

「いや、大丈夫だよ。それより、王宮議会に出ることになりそうだ。」

「何?それ??」

「要するに、王宮のお偉方さんの欲望渦巻く会議に、生け贄として召喚されたってこと。」

「主、食われるの!?」

「食われないけど、下手を打つと減俸じゃ済まなくなるな。逆に言えば、上手くやればいいものが手に入るチャンスだとも言える。」

「大丈夫?それ??」

「だからお前にもついてきて欲しいんだけど、大丈夫か?」

「行く!俺、主についていくよ!!」

「ありがとな。」

シルクはガバッと俺にハグしてきた。
ちょっと人目が気になったが、強くハグし返す。

「本当、よく頑張ったな……。」

「ん~ん。俺は主が帰って来るための布石だったから。ちゃんと役にたって良かった。」

体を離すとシルクは少し涙目だった。
今回の事はシルクにとって不満も不安もあったはずだ。
それでも俺の言う事を守って頑張ってくれたのだ。
俺は頭をぽんぽんと撫でる。

「ありがとな。」

「えへへ。」

「それで……。帰ったばかりで悪いけど、今後の対策として色々準備もあるから、明日、森の町に行ってくる。」

「わかった。」

「だから今日も向こうの家に帰るな。」

そう言ったとたん、スンッとシルクの顔色が変わった。
あ、何でかわかんないけど、怒っていらっしゃる……。
俺は少し怯えた。
そんな俺に冷たい眼差しが向けられる。

「ふ~ん……自宅謹慎だからって、ずっと向こうの家でウィルさんと過ごしておいて……。謹慎が終わったのに、今日も寮じゃなくて向こうの家に帰るんだ……?」

「え?だって、森の町に行くから……。」

「別に明日の朝に行ってもいいよね?これまではいつもそうしてたんだし??……って言うか!それってウィルさんにも鍵の事、教えるって事だよね!?」

「そうだな。」

何だろう……俺、凄い地雷を踏んでる気がするんだけど……。
笑ってはいるが人を殺せそうな笑顔。
俺はどうすればいいのかわからずタジタジになる。
シルクの猫目がニッコリと笑いかける。

「わかった……。いいよ、向こうの家に帰れば?それより主?旅に出てて全然、鍛練出来てないよね??体訛ってるんじゃない??これから時間あるよね??特別に俺が個人指導してあげる……。」

「シルクさん…!?なんか怖いよ!?」

「遠慮はいらないよ?だって、主は俺の主だもん。譜術指導者である前に俺は主のものだから♡さぁ~!たっぷり個人指導してあげるね?主?」

逃げる間もなく、俺はシルクに首根っこを捕まれてしまった。
愛情と殺気たっぷりな死神の微笑み……。
これは……覚悟を決めるしかない……。

その後、俺は個人指導の名目で、さんざんシルクに床に叩きつけられたのだった……。
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