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第六章「副隊長編」
守りたいもの
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昼食を終えて、俺達は別宮に戻った。
飲み慣れないのに昼間から酒を飲んだせいで、若干顔も赤いしふわふわしているので、俺はギルの隊長執務室にいた。
別にサボってる訳ではない。
今後の相談と、もう1つの計画の為だ。
シルクはさくさく飲んだ割には、平然と武術指導に行ってしまった。
むしろ、ちょっと汗かいて酒、体外に出してくるわ!的なノリがあった。
飲めるヤツの考えることはわからん。
「大丈夫か?」
「ん~?平気だけど、仕事する気にはならないな。」
「働け。減給するぞ。」
「ひで~。これ以上減らさないでくれ~。」
ギルの方も普通に机に向かっている。
羨ましい限りだ。
「でさ~、例の計画だけど……。」
「……やめないか?」
俺がそう口を開くとギルが即答した。
俺は驚いてギルを見た。
「何で!?」
「計画そのものの事じゃない。お前がやると言う部分だ。」
「そりゃ俺でなくてもいいけどさ、すんなり代われる人間じゃないと困るんだよ。何の文句もなく、気持ちよく代われる人間。ライルさんだとサムも微妙だと思うし……。他の奴なら、はじめは納得してても、やっぱり代わる時にもめると思うぞ?」
「揉めるだろうな。そういう約束だったとしても、一度手にしたものを手放せと言われても、それまでやって来た自分の成果もある、簡単にはいかない。」
「だから俺がやるって言ってるんだよ。」
「今はやめた方がいい。」
「何で!?今回の王宮会議で俺、それなりに実績見せてきたぞ?副隊長代理になっても、大丈夫な実績だったと思うんだけど?足りなかったか?」
「……むしろ逆だ。」
ギルは深くため息をついた。
サークの言う計画は、サムの産休の間、サークが臨時的に副隊長代理をすると言うものだ。
臨時でサークが立つとなればサムも安心する。
戻って来たときの交代も、サークは役職に興味がないので代わりの役職を寄越せとも言わずにあっさりサムに立場を返すだろう。
ギル自身、サークは少し政治をかじった方がいいと思っていたので、いい勉強になると思い承諾していた。
その為には臨時とは言え副隊長代理になれるだけの実績が必要だった。
だから王宮会議まで動かなかったのだ。
なのに、だ。
サークの残した実績は大きすぎた。
それは権力者達の危惧を買うほどに。
ギルは自分の読みも甘かったと思った。
考えてみれば規格外のこの男が残す実績が普通であるはずがない。
規模が大きすぎる。
シルクを見つけ出し、いい武術指導員を定着させ全体の実力を上げた、くらいの実績で十分だったのだ。
だが、そのシルクは演舞の使い手で、使いようによっては暗殺だってできる事を示した。
おまけに本人は、竜の血の呪いを人知れず解決に導き、国規模の危険を除外した。
どちらも表には出せない実績ではあるが、これほど大きな実績がある事を国の核心が知っている。
今や彼は、国の重鎮達にその存在を危惧されるのだ。
「……サーク。お前はやり過ぎた。ここで下手に役職に就くと、お前を快く思っていない連中への刺激になりかねん。代理は他の者にやってもらう。いいな?」
ただでさえ目をつけられたところで、副隊長代理の役職につけばさらに危機感を強めるだろう。
そうなれば政治の世界で何が起こるかなど目に見えてる。
ギルにとって、サムの産休明け交代時に揉める事など、それに比べれば何とでも対応がきく問題だった。
サムもそのくらいは覚悟しているだろう。
そう思った。
だが……。
ダーンッ!!と強く机が叩かれる。
ギルは少し驚き、顔を上げた。
目の前に、怒りを噛み殺したようなサークがいた。
「……俺がやる。」
ただ一言、そう言った。
その覚悟と気迫の籠った双眸をギルは黙って見つめた。
その覚悟が何なのか、ギルにはわかりかねたからだ。
「……お前、結構、甘く考えてるだろ?」
「そうは思わない。」
「いいや、甘く考えてる。」
「何がだ?」
「代わる時、多少揉めたって平気だ、サムだってその覚悟があるとか思ってんだろっ!?」
「……思っている。」
「だから甘いんだよ!てめえ、それでも第三別宮の隊長か!?第三別宮の双璧の片割れか!?てめえの相棒が何に苦しんでるかもわからねぇのか!?」
「…………。」
ギルにはサークが何にそこまでの怒りを感じているのかわからなかった。
だが、ここまでこの男を怒らせる理由をわかろうと思った。
「妊娠したから仕方ない?復帰するにあたって仕事を離れていたんだから揉めるのは仕方ない?サムだってそれぐらいわかってる?」
サークは自分が押さえられないのを感じていた。
酔っているせいなのか何なのかわからなかった。
「ああ!わかってるよサムは!!ずっとそういう世界であいつは一人で戦ってきたんだからな!!女の癖にって常に言われながら!必死に食らいついてきたんだよ!!たった一人で!もがいて!のたうち回って!それでも負けずに己の足で立ってきたんだ!!いつでも明るくて豪快だから!そんなことサムは気にしてないと思ってるんだろ?!お前は!?」
「………。」
「そんなあいつが!泣くほど悩んで苦しんでいたのは!!わかってるからだ!!例え仲間でも!相棒のお前でも!!そうやって仕方ない事だと!!自分が妊娠したから仕方ないだろって!!そう言うだろうってわかってたから!!だからライルさんにも話せないほど!あんなに苦しんだんだよ!!」
ギルは何も言えなかった。
サークの言った甘いというのが、どういう事なのか理解した。
「妊娠したから仕方ない、それを他でもない仲間に言われるのが怖かったんだよ、あいつは。そしてそう自分も言い聞かせて……今まで血反吐吐いて頑張ってきたものを捨てる選択しかないって、わかってたからあんなに苦しんだんだよ……。」
自分の前で机に置いた手を震わせながら俯くサークに、ギルは何を言っていいかわからなかった。
自分が全くわかっていなかった事を、サークはわかっていた。
サムが何を恐れ何に苦しんでいたか、サークだけが正確に理解していた。
「……妊娠するって悪いことなのか?違うだろ?大昔、ナグラロクが起きて世界が一度滅んで、人間だってほとんどいなくなった。でも、滅びないで今があるのは、その奇跡が積み重なった結果なんだよ。今や同性でも普通に結婚するし、俺もウィルと婚約したから言えた義理じゃないけど、同性では子供は出来ないんだよ。なのに何で妊娠したから仕方ないって言えるんだよ?サムみたいに必死に仕事してきた女性は、妊娠したからいけないのかよ?外野が何言ったってどうでもいいけどさ、仲間の俺らがそれを言ったら終わりじゃないか……。」
サークが何故そこまでの考えに至ったのか、ギルにはわからなかった。
だがサムが本当に不安に思っていたのがそれだと言うことははっきりとわかった。
ギルは立ち上がって机を回り、サークの前に立った。
「……すまん。俺が甘かった……。」
俯くサークの顔をこちらに向けようと手を伸ばしたが振り払われる。
だが、少し無理矢理に引き寄せハグをした。
「……勝手にすんな。」
「すまん。」
何でハグする必要があったのか、ギルにはわからなかった。
でもそうしなければならないと思ったし、頭よりも先に体が動いていた。
サークは受け入れはしなかったが、抵抗もしなかった。
そうしてできた沈黙の後、サークは言った。
「……俺が何とかするってサムと約束した。だから俺がやる。」
「わかった……。」
顔をあげないのでギルはサークの表情を見ることはできなかった。
微動だにしないサークを一方的に抱き締めて、ギルは自分も覚悟を決めた。
何か起こるなら出来る限りの事をするしかない。
サムの事も。
サークの事も……。
飲み慣れないのに昼間から酒を飲んだせいで、若干顔も赤いしふわふわしているので、俺はギルの隊長執務室にいた。
別にサボってる訳ではない。
今後の相談と、もう1つの計画の為だ。
シルクはさくさく飲んだ割には、平然と武術指導に行ってしまった。
むしろ、ちょっと汗かいて酒、体外に出してくるわ!的なノリがあった。
飲めるヤツの考えることはわからん。
「大丈夫か?」
「ん~?平気だけど、仕事する気にはならないな。」
「働け。減給するぞ。」
「ひで~。これ以上減らさないでくれ~。」
ギルの方も普通に机に向かっている。
羨ましい限りだ。
「でさ~、例の計画だけど……。」
「……やめないか?」
俺がそう口を開くとギルが即答した。
俺は驚いてギルを見た。
「何で!?」
「計画そのものの事じゃない。お前がやると言う部分だ。」
「そりゃ俺でなくてもいいけどさ、すんなり代われる人間じゃないと困るんだよ。何の文句もなく、気持ちよく代われる人間。ライルさんだとサムも微妙だと思うし……。他の奴なら、はじめは納得してても、やっぱり代わる時にもめると思うぞ?」
「揉めるだろうな。そういう約束だったとしても、一度手にしたものを手放せと言われても、それまでやって来た自分の成果もある、簡単にはいかない。」
「だから俺がやるって言ってるんだよ。」
「今はやめた方がいい。」
「何で!?今回の王宮会議で俺、それなりに実績見せてきたぞ?副隊長代理になっても、大丈夫な実績だったと思うんだけど?足りなかったか?」
「……むしろ逆だ。」
ギルは深くため息をついた。
サークの言う計画は、サムの産休の間、サークが臨時的に副隊長代理をすると言うものだ。
臨時でサークが立つとなればサムも安心する。
戻って来たときの交代も、サークは役職に興味がないので代わりの役職を寄越せとも言わずにあっさりサムに立場を返すだろう。
ギル自身、サークは少し政治をかじった方がいいと思っていたので、いい勉強になると思い承諾していた。
その為には臨時とは言え副隊長代理になれるだけの実績が必要だった。
だから王宮会議まで動かなかったのだ。
なのに、だ。
サークの残した実績は大きすぎた。
それは権力者達の危惧を買うほどに。
ギルは自分の読みも甘かったと思った。
考えてみれば規格外のこの男が残す実績が普通であるはずがない。
規模が大きすぎる。
シルクを見つけ出し、いい武術指導員を定着させ全体の実力を上げた、くらいの実績で十分だったのだ。
だが、そのシルクは演舞の使い手で、使いようによっては暗殺だってできる事を示した。
おまけに本人は、竜の血の呪いを人知れず解決に導き、国規模の危険を除外した。
どちらも表には出せない実績ではあるが、これほど大きな実績がある事を国の核心が知っている。
今や彼は、国の重鎮達にその存在を危惧されるのだ。
「……サーク。お前はやり過ぎた。ここで下手に役職に就くと、お前を快く思っていない連中への刺激になりかねん。代理は他の者にやってもらう。いいな?」
ただでさえ目をつけられたところで、副隊長代理の役職につけばさらに危機感を強めるだろう。
そうなれば政治の世界で何が起こるかなど目に見えてる。
ギルにとって、サムの産休明け交代時に揉める事など、それに比べれば何とでも対応がきく問題だった。
サムもそのくらいは覚悟しているだろう。
そう思った。
だが……。
ダーンッ!!と強く机が叩かれる。
ギルは少し驚き、顔を上げた。
目の前に、怒りを噛み殺したようなサークがいた。
「……俺がやる。」
ただ一言、そう言った。
その覚悟と気迫の籠った双眸をギルは黙って見つめた。
その覚悟が何なのか、ギルにはわかりかねたからだ。
「……お前、結構、甘く考えてるだろ?」
「そうは思わない。」
「いいや、甘く考えてる。」
「何がだ?」
「代わる時、多少揉めたって平気だ、サムだってその覚悟があるとか思ってんだろっ!?」
「……思っている。」
「だから甘いんだよ!てめえ、それでも第三別宮の隊長か!?第三別宮の双璧の片割れか!?てめえの相棒が何に苦しんでるかもわからねぇのか!?」
「…………。」
ギルにはサークが何にそこまでの怒りを感じているのかわからなかった。
だが、ここまでこの男を怒らせる理由をわかろうと思った。
「妊娠したから仕方ない?復帰するにあたって仕事を離れていたんだから揉めるのは仕方ない?サムだってそれぐらいわかってる?」
サークは自分が押さえられないのを感じていた。
酔っているせいなのか何なのかわからなかった。
「ああ!わかってるよサムは!!ずっとそういう世界であいつは一人で戦ってきたんだからな!!女の癖にって常に言われながら!必死に食らいついてきたんだよ!!たった一人で!もがいて!のたうち回って!それでも負けずに己の足で立ってきたんだ!!いつでも明るくて豪快だから!そんなことサムは気にしてないと思ってるんだろ?!お前は!?」
「………。」
「そんなあいつが!泣くほど悩んで苦しんでいたのは!!わかってるからだ!!例え仲間でも!相棒のお前でも!!そうやって仕方ない事だと!!自分が妊娠したから仕方ないだろって!!そう言うだろうってわかってたから!!だからライルさんにも話せないほど!あんなに苦しんだんだよ!!」
ギルは何も言えなかった。
サークの言った甘いというのが、どういう事なのか理解した。
「妊娠したから仕方ない、それを他でもない仲間に言われるのが怖かったんだよ、あいつは。そしてそう自分も言い聞かせて……今まで血反吐吐いて頑張ってきたものを捨てる選択しかないって、わかってたからあんなに苦しんだんだよ……。」
自分の前で机に置いた手を震わせながら俯くサークに、ギルは何を言っていいかわからなかった。
自分が全くわかっていなかった事を、サークはわかっていた。
サムが何を恐れ何に苦しんでいたか、サークだけが正確に理解していた。
「……妊娠するって悪いことなのか?違うだろ?大昔、ナグラロクが起きて世界が一度滅んで、人間だってほとんどいなくなった。でも、滅びないで今があるのは、その奇跡が積み重なった結果なんだよ。今や同性でも普通に結婚するし、俺もウィルと婚約したから言えた義理じゃないけど、同性では子供は出来ないんだよ。なのに何で妊娠したから仕方ないって言えるんだよ?サムみたいに必死に仕事してきた女性は、妊娠したからいけないのかよ?外野が何言ったってどうでもいいけどさ、仲間の俺らがそれを言ったら終わりじゃないか……。」
サークが何故そこまでの考えに至ったのか、ギルにはわからなかった。
だがサムが本当に不安に思っていたのがそれだと言うことははっきりとわかった。
ギルは立ち上がって机を回り、サークの前に立った。
「……すまん。俺が甘かった……。」
俯くサークの顔をこちらに向けようと手を伸ばしたが振り払われる。
だが、少し無理矢理に引き寄せハグをした。
「……勝手にすんな。」
「すまん。」
何でハグする必要があったのか、ギルにはわからなかった。
でもそうしなければならないと思ったし、頭よりも先に体が動いていた。
サークは受け入れはしなかったが、抵抗もしなかった。
そうしてできた沈黙の後、サークは言った。
「……俺が何とかするってサムと約束した。だから俺がやる。」
「わかった……。」
顔をあげないのでギルはサークの表情を見ることはできなかった。
微動だにしないサークを一方的に抱き締めて、ギルは自分も覚悟を決めた。
何か起こるなら出来る限りの事をするしかない。
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