欠片の軌跡③〜長い夢

ねぎ(塩ダレ)

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第六章「副隊長編」

今夜は恋人に戻って ☆

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「……ちょっと待って、ギル。これのどこが普通の家なわけ!?」

冗談だろ!?
シルクは馬車を降ろされ、その家の前に立って眉をひきつらせた。
立派な門の向こうには、独身寮と変わらない大きさの立派な御屋敷があった。

「……うちのは小さい方だぞ?」

「あんたん家、爵位は何!?」

「……侯爵。」

こいつ、ブチのめしたい…。
シルクは頭を抱えた。
いったい自分は今まで、この男の何を見てきたのだろう?

「ギル!てめえ!何で今まで黙ってたんだよっ!!」

「……聞かれなかった。」

「あぁ、そうですか!そうですかっ!!」

これは無理だ。
迂闊にプロポーズを受けなくて良かった。
結婚なんかできる訳がない。
愛人にだってなれるかわからないくらいだ。
正直、ここまでの差があるとは思わなかった。
形にこだわらず一緒にいるとしても、相当、難しい道になるだろう。

「……家柄は関係ないだろう。」

「ないって言える差じゃないじゃんか……。」

「昔ほど地位にうるさくはない。」

「あんた……跡継ぎの自覚ある?」

「………………。」

「都合が悪いと黙るの、本当、ムカつく。」

ギルはシルクが腹を立てているので、ひとまず抱きしめた。
肘鉄を食らったが気にしない。
本当に嫌ならばシルクは振り払える。
自分が演舞の使い手であるシルクを押さえ込める訳がないからだ。

「抱きしめたって許さない。」

「わかってる。好きなだけじゃお前の側にはいられない。だからひとまず今の俺を知ってくれ。それからどうするか、お前も一緒に考えてくれ。」

「別れるって選択肢は?」

「ない。」

はっきり言い切られ、シルクはギルの腕の中でため息をついた。
この腕を離したくはないが、思った以上に前途多難だ。
自分はどこででも生きていける自信はあったが、こういう意味合いでは正直、苦戦を強いられるだろう。

「覚悟、あんの?ギル?」

「ある。」

「そんな簡単に返事のできる問題じゃないぞ、これ?」

「俺にとって、もう地位は必要ない。お前といるためにも、アイツについていくためにも、今は足枷だとすら思う。」

そう、今は邪魔なものだ。
シルクのように、ウィリアムのように、それに縛られない身なら何も問題はない。
だが、サークと出会ったのもシルクに出会ったのも、自分がこの家に生まれ、歩んで来たからだ。
それがあったから今がある。
それがあるから、守れるものもある。

「……捨てるのは簡単だ。だが、得ることは難しい。俺がこの家に生まれてお前達に会ったのには何か意味があるのかもしれない。だから安易な道は選ばない。変わらずにその方法を探す。」

家を捨てて共に行くことは簡単だ。
だが、それは最終手段だ。
シルクもウィリアムも持っていないものを自分は持っている。
それは枷でもあるが、武器でもある。
それを使う時が来るかもしれないのなら、できるだけこのままで一緒にいる方法を探したい。

「一緒に探してくれるか?シルク?」

「……わかった。俺も腹をくくる。だから一緒にいて。ギル。」

「もちろんだ。」

ギルはそのまま口付けようとした。
だがそれはシルクに拒まれる。
するりと腕から抜け出し、ギルを睨んだ。

「ちゃんとするって言った側から、自分ん家の前で感情のまま動くな!」

前なら喜んで濃厚に応えてくれたのに、とギルは思った。
こういう時、意外とシルクはきっちりしている。
それがシルクなりの覚悟なのだろう。

だが、お預けを食らった方はたまったものではない。
燻っているものがジリジリ胸を焼く。

「なら、早く部屋に行こう。」

「は~。先が思いやられるよ……。」

シルクはがっくりしてしまった。
この男は、少し色々教育してやった方がいいかもしれない。
そんな事を考えながら、ギルに導かれ、シルクは屋敷に入って行った。













「何なの?これ?本当に……。」

「何が気に入らない?」

「部屋に風呂がついてるとか、信じらんない。ホテルじゃあるまいし……。」

シルクはずぼっと鼻までお湯に沈んだ。
それをギルが後ろから抱き上げる。

屋敷に入り、執事やメイドに目が点になるシルクをギルは自室に引き入れた。
そこでさらにシルクは固まる。
広すぎる。
シルクはそう思った。
以前、サークが借りていたセミスイートルームぐらいある。
ギルは執事に客間の用意を聞かれたが、隣のゲストルームを使うからいいと行っておいた。
そしてひとまず着替えようと行って、一緒にバスルームに連れ込む。
訳がわからないままのシルクを一緒にバスタブに押し込んだが、だんだん現実が見えて来るとシルクは不機嫌になった。
甘いムードを期待していたが、そうもいかないらしい。

シルクはとにかく、何もかも気に入らないようだ。
ツンツンする恋人を、宥めるように後ろから抱き締める。

「……なら、今日はホテルに泊まっていると思ってくれ。それでいいか?」

「俺にとっての豪華なホテルが、ギルにとって日常だと思うとムカつく。」

ギルが思っている以上にお互いの隔たりは簡単には埋まらなそうだ。
困り果ててため息をついた。

「これぐらいでため息ついてたら、越えられないからね?」

「わかってる。でも今夜はもういいだろ?そろそろ恋人に戻ってくれないか?」

「俺は恋人以外の男と一緒に風呂に入ってるつもりはないけど?そっちこそやる気あんの??」

思わぬ発言にギルは目を瞬たかせた。
後ろから見るシルクの耳が赤い。
俯いているうなじが酷く色っぽかった。
抱き締めている腕をゆっくり体に這わす。
シルクがぴくりと反応して、顔だけ振り返った。
そのまま口付けを交わす。
顔を離すと、うっとりとした表情でシルクが言った。

「遅い……待ってたのに……。」

そう言って体をひねり腕を絡ませてくる。
自分から唇を重ね、舌を入れてきた。
あれだけ不機嫌に文句を言っていたのに。
少し笑ってしまった。

「すまん、湯に浸かっているせいでお前が発情しないから、タイミングを掴めなかった。」

発情しないからってどんな理由だよ、とシルクは思った。
お互いの発する匂いはやはり体臭の一種なようで、風呂に入ると薄まってしまう。
何度か体を重ねているうちに、そういうこともわかってきた。
シルクは誘うようにギルの首筋を撫でた。

「ねぇ、もう上がろ?ギルの匂い嗅ぎたい……。」

「嗅いだら発情するだろ?いいのか?」

「……はじめて来た彼氏の家で乱れちゃう恋人は嫌い?」

「いや?大歓迎だ……。」

ギルはクッと笑うと、シルクに深く口付けた。
縺れ合うようにキスを続けながら湯槽から上がる。
体を拭くのが面倒で、とりあえずお互いバスローブを羽織った。
ギルはそのまま水を滴らせながら、シルクを抱き上げ、ベッドに放り投げる。
そして水気が取れていないままのしかかった。

「……まだ発情してないのに、ギルにガッツかれるのって、なんか新鮮……。」

「嫌か?」

「ううん……発情関係なく激しく求められてて嬉しい……。」

「俺はいつも、発情関係なくお前を求めてるんだがな……。」

「あ……でも匂いしてきた……気持ちいい……。」

シルクはとろんとした顔で、ギルのバスローブを引っ張って、その胸に顔を埋めた。
湯から上がったばかりの体からは汗が滲んでいて、シルクはそれを舌で舐めた。
ベッドからも微かにギルの匂いがする。
シーツは変えてあっても、染み付いた匂いまでは消せない。
その中に深く沈み込む。

「あ……いい……いつもよりまったりクる……。気持ちいい……。」

ゆっくり匂いに包まれて行く感じは、ジリジリ高ぶらされているようで心地よかった。
ギルはそんなシルクの口を吸った。
淡く発情に向かう体に、それはとても気持ち良かった。

「あ…っ!ギルっ…凄くいい………っ!」

「お前もいい匂いがしてきた……。」

「あっ!ギルっ……クるっ………っ!」

「いいぞ、発情して……。」

「……んん…ぁ……あっ!あああぁっ!!」

シルクはギルにしがみつきながら、激しく体に火がつき濡れていくのを感じた。
一気に淫らな顔つきになるシルクを、ギルはじっくり見つめていた。
何度見てもそれは妖艶で美しく、自分を滾らせた。
髪を撫で、体をまさぐり、深く口付ける。

「あっ!ギルっ!……キス…駄目…っ!!」

こうなってしまえば、ダメと言おうが何だろうが、何もかもが気持ちいい。
体を這うギルの指先の熱が、どんどん自分を高ぶらせ、追い詰めていく。
ホテルみたいなギルの部屋のベッドで、シルクはされるがまま、欲情に溺れていった。
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