41 / 57
第四章「独身寮編」
ブートキャンプ
しおりを挟む
「え~、皆さんがお目当てのシルクでなくて大変気に入らないのはこちらとしても非常によくわかっております。……正直言うと、私も今日は怖い人と一緒なので……嫌です……。ですが、シルクとイヴァンの休日が重なってしまいましたのでぇ~、誠に残念ながら、本日の稽古は私と隊長で行わさせて頂きます。」
俺は鍛練場の上座に立ち、そう宣言した。
俺の横では隊長が無言で皆に圧をかけている。
何でだ?
何でこうなったんだ!?
「え~普段と違う状況なので、怪我には気をつけて下さい。もし怪我をしたら私に声をかけて下さい。ある程度なら治します。それではいつも通り準備運動からぁ~。はじめ!!」
俺は半泣きになりながら、基礎トレーニングの開始の合図を出した。
「サーク、魔術本部から連絡が来ている。それからロナンド様が早くこっちに来いとお怒りの様だぞ。」
鍛練場にいると隊長がやって来てそう言った。
「あ~ヤバい。結局、砂漠行ってて向こうに殆ど居ないままこっちに戻ったからな~。」
俺は手紙を受け取りながら言った。
その場で封を切り、内容を確認する。
俺は少し顔をしかめた。
これはのらりくらりとかわすべきじゃなさそうだ。
「……隊長、悪い。明後日から3日ぐらい向こうに行く。」
「わかった。」
「それで明日、シルクに休みをやりたいんだけど?」
シルクはこっちに来てから色々手続きなどもあったので、なんだかんだちゃんと休みを取っていない。
明後日から俺が抜けるのなら、その前に一日くらいちゃんと休ませてやりたい。
「そうだな、いいだろう。」
「武術訓練はイヴァンいるし、明日は俺も手伝うし。」
「ええ?いいですよ?俺、休みとか要らないです。」
しかし当のシルクはきょとん顔だ。
俺は言い聞かせるようにシルクの目を見て言った。
「それは駄目だ。ちゃんと休める時に休め。お前、こっちに来たばっかりで、意外と疲れ貯まってると思うぞ?」
「心配性だな~主は。」
「俺、3日は居なくなるんだぞ?お前一人だぞ?」
俺がいない中、一人で別宮で働かなくてはならくなるのだ。
いくら長年一人で流れの踊り子をしていたからと言っても、ここは始めて来た異国、砂漠の国とは勝手が違う。
身内も頼れる親しい人もいないシルクにとって、それは負担になる事は目に見えている。
そんな俺にシルクは当然の事のように口を開いた。
「俺も一緒に……。」
「それも駄目。お前にはもうここで仕事が与えられてるんだ。俺がいないと駄目ってままだと、今後、俺も困る。」
「…………。」
目に見えてしゅんとするシルク。
美人だからこういう顔されると決心が揺らぐが、甘えさせる訳にもいかない。
ここで、この国で俺達が一緒にいる為には、やらなきゃいけない事、越えなきゃならない事がたくさんある。
これもその一つ。
俺は不安を取り払うよう、明るく言った。
「だから明日ゆっくり休んで3日一人で頑張ってみろ。リリ達のご飯持って帰ってくるからさ。」
「リリちゃん達のご飯!?」
それを聞いた途端、シルクの目がきらきらしだした。
全く、現金な奴だなぁ。
「やります!!頑張ります!!」
「なら、それでいいな?」
こちらの話を聞いていた隊長がそう言った。
渋っていたシルクも納得し、ならそういうことでと話がまとまりかける。
しかしそこに、物凄く申し訳なさそうなイヴァンが入ってきた。
「すみません……明日、僕も休みです。」
「ええええぇっ!?」
それは盲点だった。
イヴァンがいるからシルクを休ませてもいいと思ったのに、そのイヴァンが休みとなると話は変わってくる。
シルクの色香に引っ張られた感が否めないが、何にしろ今、この部隊にやっと武術指導が馴染んできたのだ。
ここで変に休みを作ってしまうと、うちのグータラ隊員たちにはサボり癖が蔓延しかねない。
「……ずらせないのか?」
隊長もそれはわかっているのだろう。
無表情にそう言った。
それに申し訳なさそうにイヴァンが答える。
「様々な調整でずらしにずらして、今日、12連勤目です……。」
12連勤……。
俺は言葉を失った。
そして隊長に冷たい視線を向ける。
「おい、隊長。どういうことだ!?」
「………………。」
「都合が悪くなると黙る癖!いい加減にやめろ!!」
俺はわざと耳元で叫んでやった。
だというのに隊長は知らん顔だ。
この野郎……。
どうしてくれようか……。
俺が隊長に苛ついている中、シルクはシルクでイヴァンに詰め寄る。
「イヴァン!何で言わなかったんだよ!早く言えよ!そういうの!!休んで良かったのに!!」
確かにそうだ。
人のいい好青年くんは、頼まれたら断れないタイプなのかもしれないが……。
いや、多分、鬼の黒騎士に命じられたら断れなかったんだろうけど、シルクの補佐をしているのだから、シルクに断って休めばよかったのだ。
「すみません……。でもシルクさんとの武術指導は楽しいですし、自分の鍛練にもなりますから……。」
「だからって休み返上でやるなよ!バカ!」
「すみません。怒らないで下さい。シルクさん。」
「だが、そんなに楽しいなら1日ずらしても大丈夫だな?」
シルクに便乗して、サラッと命じる隊長。
その場の全員が凍りつく。
この野郎……。
苛ついていた俺はさらに腹が立って、反射的に隊長の脛を蹴ってやった。
不意打ちだったし、俺程度の攻撃でも脛はさすがに少しは痛かったようだ。
ざまあみろ。
俺はギンッとにらみを効かせる。
「……おい、鬼か貴様は!?部下のスケジュール調整もテメェの仕事だろうが?!自分の管理ミスを部下に押し付けるんじゃねぇっ!!」
全く。
副隊長は全体に目をやって、休みが取れてない隊員に気を配ってスケジュール調整してくれたりするってのに。
こっちに隊長が来まくるせいでこういう酷使案件が見落とされるんだ。
自分が年中無休勤務可能なバケモノだからって、周りまで同じ様に扱うんじゃねぇ!
「わかった!!力不足だけど明日は俺がやる!!武術経験者じゃないが、外壁警備時代は兵士の毎朝トレーニングに参加してたし、俺はこの中で一番長くシルクから武術を習ってる。やるメニューだけ書き出しておいてくれ!!」
そう啖呵を切る。
俺は魔術師で武術を本格的にやった事はないが、元魔術兵だ。
きちんとした武術ではないが、兵士の泥臭いトレーニングは経験してるし、魔術本部にいる時から武術を習っている。
まだ習いはじめのひよっこな隊員たちに、一日基礎トレーニングをさせるぐらいはできるだろう。
「ありがとうございます!サークさん!」
イヴァンがホッとしたように笑った。
いつも爽やかだが、流石に12連勤はキツかったのだろう。
それでも隊長命令出されちゃ逆らえないもんな、可哀想に。
俺はぽんっと腰の辺りを軽く叩いて労った。
「……でもこれ、たいちょーさんの責任なんだよね?なら、たいちょーさんもやるべきだよね?」
しかしまとまりかけたところで、シルクが思いもよらない爆弾を投下した。
は??
いやちょっと待て、お前?!
そりゃシルクは俺と隊長の問題を知らないから仕方ないんだけど!仕方ないんだけど!!
頼む、察しろ。
俺と隊長の微妙な何かを察してくれ!!
俺は取り繕ったような声色を出した。
「やだな?シルクさん?何を仰っているのかな?隊長はお忙しいからそんな事言ったら駄目だぞ?」
「でもたいちょーさんは主より武術わかってるし。いてもらった方がいいんじゃないかな?」
なのにシルクはすっとぼけたようにそう言った。
え?
シルクさん、武術指導の事で頭がいっぱいですね?
いつもなら勘付いてニヤッとするところを、マジレスしやがった。
本来は察しの悪くないシルク。
けれど踊りや武術に関してはどうにも真面目すぎる。
そのせいで、指導者である自分とイヴァンが抜けた穴をどう埋める事が指導の質を落とさずに済むかばかりに考えが偏ってしまったようだ。
仕事を真面目にやっていくるのは良いことだ。
良いことなんだけども!!
俺は歯痒さに叫びそうになりながらぷるぷる震える。
そして察しの悪い方……。
隊長はそう言われ、少し考えたようだ。
元々こういう方面ではアホな程察しが悪い上、今のこいつはシルクに何か言われたらスルーできない。
「……そうだな。俺も出よう。」
その言葉に俺はガクッと俯いた。
シルクに言われたからってホイホイ受け入れんな!馬鹿野郎!!
お前は察しろっ!!
シルクは仕方なくとも、お前は察しろ!!
俺と何があったのか忘れたのか?!
戻ってきた日の会話は覚えてないのか?!
俺は頭を抱えた。
嫌だと言おうにも理由が言えない。
下手をすれば、察しの良さそうなイヴァンが無理をしかねない。
打つ手なし。
俺は内心、半泣きになりながら事の成り行きに任せるしかなかった。
「では隊長、明日はよろしくお願いいたします!」
俺が頭を抱えているうちに話はまとまる。
でもまあ、12連勤頑張ったイヴァンが清々しく笑っているので、ここは俺が我慢しよう……。
だというのに何も知らないシルクは明るく笑う。
「頑張ってね!主!大丈夫!もしも何かあったら、俺がはらわた引き裂いてやりますから!!」
「……誰の?!」
「うふふっ。」
「シルク、お前のそういうの、俺には冗談に聞こえないからやめて?」
そう、別宮では猫を被っているが、コイツは一片の慈悲も存在しない暗殺武術、演舞の完全継承者。
誰に向けた言葉かはわからないが、シルクなら何の躊躇いもなくそれができる事を俺は知っている。
そんな訳で、明日のシルクとイヴァンの休みと、俺と隊長というおかしなコンビの武術指導が決まった。
「はい、治しました~。戻って下さい~。」
俺は気だる気にそう言って、捻挫で来た隊員を鍛練に戻した。
半泣きの頭をよしよしと撫でてやる。
お互い諦め顔だ。
現在のところ、軽傷者11名、重傷者7名。
指導は二人が残したスケジュール通り順調に進んではいるのだが……。
「おい!どうした!!へばっているのか!?甘いぞ!!走らされたいのかっ!!」
隊長の罵声が響く。
めっちゃスパルタ指導だな、おい。
皆、死にそうになってんぞ?
地獄。
地獄がそこにあった。
隊長は確かに武術ができて、指示やアドレスは的確なのだが、何しろこれだ。
途中からふたりで指導するのではなく、隊長がスパルタ指導して俺が救護するという、地獄のような形になった。
むしろ俺がいなければここからリタイアできるのに、ある程度治療できるものだからそれすら出来ない。可哀想すぎる。
シルクが補佐として隊長を選ばなかったのも納得だ。
隊長が指導を始めたらそこは地獄と化す。
そうしたら誰も武術指導など受けたがらないだろう。
即座に色々な面から見て判断したシルクは、なんだかんだ指導者に向いているのだろう。
どうにかシルクの居場所を作れないかと思って考えた策だったが、様々な面から見て、良策だった。
実際、隊員たちの動きは良くなっているし、体の動きが良くなると自然と活動が活性化する。
だらだらグータラな第三別宮警護部隊だったが、ロナンド師匠の指導試合に続き、シルクの武術指導が入り、最近はだいぶ活気づいてきた。
目に見えて第三別宮警護部隊が変わってきている。
その一端を担っているシルクの存在は大きい。
このままここで武術指導者としての地位が固まれば、そこを土台に様々な可能性が広がる。
今後、俺たちがどうなるのかはまだ見えないが、しっかりとした土台ができていればなんとでもなる。
「すみません……お願いします……。」
そんな事をぼんやり考えていると、また一人、鬼の黒騎士の犠牲者がやって来た。
もう本当……。
可哀想だから、早く終わってやってくれ!!
さすがにこの地獄のような鍛錬は可哀想過ぎたので、俺は隊長に早めの終了を提案した。
怪我人の状況などを説明し、皆の心が折れて武術指導を受けなくなったら元も子もないと話すと、隊長は渋々だが案を受け入れ、今日は終了となった。
「お疲れ様でした!!」
終了の合図に答えた隊員達の声が、今日一番、嬉しそうな声だった。
ああ、やっと終わった……。
俺も今日は早く寝よう。
変に疲れきった俺は、皆と共に早々と立ち去ろうとした。
しかし何故か、隊長が俺の前に立ちはだかった。
「……何ですか?」
「ちょっと付き合え。」
「……は?」
「早めに終わらせたのだ。時間もまだあるだろう。……稽古をしよう。」
「……は?俺とですか!?」
「他に誰がいる?」
「嫌ですよ!俺は魔術師ですよ!?何で俺が隊長と武術の稽古をつけないといけないんですか!?」
「元魔術兵だろ?」
「そうですけど?!」
「以前も体術で俺と戦っただろう?」
「あのですね!以前、戦った時は私は身体強化を使っていたから、隊長とも戦えたんです!魔術も使わず体術のみで戦えるようなら、私はモンクに転職してますよ!!」
「なら身体強化は使っていい。」
「嫌ですよ!!」
「そもそもお前は何故、シルクに武術を習っているんだ?」
「……武術の気の溜め方や体内循環の方法を魔力に置き換えて、魔力の鍛練をするためです。」
「うまくいっているのか?」
「ええと~それは~。」
隊長はいつもの無表情で淡々と痛いところを突いてくる。
そう、なんだかんだ、魔力の鍛錬は上手く行っていない。
体は軽くなりかなり動けるようになったが、魔力の鍛錬という俺個人的な目的は二の足を踏んでいる状態なのだ。
そんな俺をじっと隊長が見つめる。
「……俺が思うに、お前は実戦しながらの方が伸びると思うぞ?」
「上手いこと言って戦わせようとしないで下さい。」
「なら……お前が勝ったら、お前の言うことを一つ聞こう。」
「…………。」
「何でも聞くぞ?」
ピクッとした。
何でも、だと?!
その言葉に少しイタズラ心が動かされた。
コイツには色々、散々な目に合わされてるんだ。
日頃の鬱憤もかねて、何かあり得ないことをやらせるのも面白いかもしれない……。
「……本当に?」
「ああ。」
「わかりましたっ。やりますよ!!」
好奇心というか鬱憤を晴らしたさが勝ったというか。
うっかり俺がそう返事をすると、隊長はクッと喉で笑った。
その笑みを見て今更嫌な予感がする。
「……俺が勝ったら、お前が言うことを一つ聞けよ?」
「………は?」
俺は硬直する。
何だと??
負けたら言う事を聞け、だと?!
隊長は有無を言わさず、体をほぐし始めた。
卑怯だ。
騙された……。
俺は鍛練場の上座に立ち、そう宣言した。
俺の横では隊長が無言で皆に圧をかけている。
何でだ?
何でこうなったんだ!?
「え~普段と違う状況なので、怪我には気をつけて下さい。もし怪我をしたら私に声をかけて下さい。ある程度なら治します。それではいつも通り準備運動からぁ~。はじめ!!」
俺は半泣きになりながら、基礎トレーニングの開始の合図を出した。
「サーク、魔術本部から連絡が来ている。それからロナンド様が早くこっちに来いとお怒りの様だぞ。」
鍛練場にいると隊長がやって来てそう言った。
「あ~ヤバい。結局、砂漠行ってて向こうに殆ど居ないままこっちに戻ったからな~。」
俺は手紙を受け取りながら言った。
その場で封を切り、内容を確認する。
俺は少し顔をしかめた。
これはのらりくらりとかわすべきじゃなさそうだ。
「……隊長、悪い。明後日から3日ぐらい向こうに行く。」
「わかった。」
「それで明日、シルクに休みをやりたいんだけど?」
シルクはこっちに来てから色々手続きなどもあったので、なんだかんだちゃんと休みを取っていない。
明後日から俺が抜けるのなら、その前に一日くらいちゃんと休ませてやりたい。
「そうだな、いいだろう。」
「武術訓練はイヴァンいるし、明日は俺も手伝うし。」
「ええ?いいですよ?俺、休みとか要らないです。」
しかし当のシルクはきょとん顔だ。
俺は言い聞かせるようにシルクの目を見て言った。
「それは駄目だ。ちゃんと休める時に休め。お前、こっちに来たばっかりで、意外と疲れ貯まってると思うぞ?」
「心配性だな~主は。」
「俺、3日は居なくなるんだぞ?お前一人だぞ?」
俺がいない中、一人で別宮で働かなくてはならくなるのだ。
いくら長年一人で流れの踊り子をしていたからと言っても、ここは始めて来た異国、砂漠の国とは勝手が違う。
身内も頼れる親しい人もいないシルクにとって、それは負担になる事は目に見えている。
そんな俺にシルクは当然の事のように口を開いた。
「俺も一緒に……。」
「それも駄目。お前にはもうここで仕事が与えられてるんだ。俺がいないと駄目ってままだと、今後、俺も困る。」
「…………。」
目に見えてしゅんとするシルク。
美人だからこういう顔されると決心が揺らぐが、甘えさせる訳にもいかない。
ここで、この国で俺達が一緒にいる為には、やらなきゃいけない事、越えなきゃならない事がたくさんある。
これもその一つ。
俺は不安を取り払うよう、明るく言った。
「だから明日ゆっくり休んで3日一人で頑張ってみろ。リリ達のご飯持って帰ってくるからさ。」
「リリちゃん達のご飯!?」
それを聞いた途端、シルクの目がきらきらしだした。
全く、現金な奴だなぁ。
「やります!!頑張ります!!」
「なら、それでいいな?」
こちらの話を聞いていた隊長がそう言った。
渋っていたシルクも納得し、ならそういうことでと話がまとまりかける。
しかしそこに、物凄く申し訳なさそうなイヴァンが入ってきた。
「すみません……明日、僕も休みです。」
「ええええぇっ!?」
それは盲点だった。
イヴァンがいるからシルクを休ませてもいいと思ったのに、そのイヴァンが休みとなると話は変わってくる。
シルクの色香に引っ張られた感が否めないが、何にしろ今、この部隊にやっと武術指導が馴染んできたのだ。
ここで変に休みを作ってしまうと、うちのグータラ隊員たちにはサボり癖が蔓延しかねない。
「……ずらせないのか?」
隊長もそれはわかっているのだろう。
無表情にそう言った。
それに申し訳なさそうにイヴァンが答える。
「様々な調整でずらしにずらして、今日、12連勤目です……。」
12連勤……。
俺は言葉を失った。
そして隊長に冷たい視線を向ける。
「おい、隊長。どういうことだ!?」
「………………。」
「都合が悪くなると黙る癖!いい加減にやめろ!!」
俺はわざと耳元で叫んでやった。
だというのに隊長は知らん顔だ。
この野郎……。
どうしてくれようか……。
俺が隊長に苛ついている中、シルクはシルクでイヴァンに詰め寄る。
「イヴァン!何で言わなかったんだよ!早く言えよ!そういうの!!休んで良かったのに!!」
確かにそうだ。
人のいい好青年くんは、頼まれたら断れないタイプなのかもしれないが……。
いや、多分、鬼の黒騎士に命じられたら断れなかったんだろうけど、シルクの補佐をしているのだから、シルクに断って休めばよかったのだ。
「すみません……。でもシルクさんとの武術指導は楽しいですし、自分の鍛練にもなりますから……。」
「だからって休み返上でやるなよ!バカ!」
「すみません。怒らないで下さい。シルクさん。」
「だが、そんなに楽しいなら1日ずらしても大丈夫だな?」
シルクに便乗して、サラッと命じる隊長。
その場の全員が凍りつく。
この野郎……。
苛ついていた俺はさらに腹が立って、反射的に隊長の脛を蹴ってやった。
不意打ちだったし、俺程度の攻撃でも脛はさすがに少しは痛かったようだ。
ざまあみろ。
俺はギンッとにらみを効かせる。
「……おい、鬼か貴様は!?部下のスケジュール調整もテメェの仕事だろうが?!自分の管理ミスを部下に押し付けるんじゃねぇっ!!」
全く。
副隊長は全体に目をやって、休みが取れてない隊員に気を配ってスケジュール調整してくれたりするってのに。
こっちに隊長が来まくるせいでこういう酷使案件が見落とされるんだ。
自分が年中無休勤務可能なバケモノだからって、周りまで同じ様に扱うんじゃねぇ!
「わかった!!力不足だけど明日は俺がやる!!武術経験者じゃないが、外壁警備時代は兵士の毎朝トレーニングに参加してたし、俺はこの中で一番長くシルクから武術を習ってる。やるメニューだけ書き出しておいてくれ!!」
そう啖呵を切る。
俺は魔術師で武術を本格的にやった事はないが、元魔術兵だ。
きちんとした武術ではないが、兵士の泥臭いトレーニングは経験してるし、魔術本部にいる時から武術を習っている。
まだ習いはじめのひよっこな隊員たちに、一日基礎トレーニングをさせるぐらいはできるだろう。
「ありがとうございます!サークさん!」
イヴァンがホッとしたように笑った。
いつも爽やかだが、流石に12連勤はキツかったのだろう。
それでも隊長命令出されちゃ逆らえないもんな、可哀想に。
俺はぽんっと腰の辺りを軽く叩いて労った。
「……でもこれ、たいちょーさんの責任なんだよね?なら、たいちょーさんもやるべきだよね?」
しかしまとまりかけたところで、シルクが思いもよらない爆弾を投下した。
は??
いやちょっと待て、お前?!
そりゃシルクは俺と隊長の問題を知らないから仕方ないんだけど!仕方ないんだけど!!
頼む、察しろ。
俺と隊長の微妙な何かを察してくれ!!
俺は取り繕ったような声色を出した。
「やだな?シルクさん?何を仰っているのかな?隊長はお忙しいからそんな事言ったら駄目だぞ?」
「でもたいちょーさんは主より武術わかってるし。いてもらった方がいいんじゃないかな?」
なのにシルクはすっとぼけたようにそう言った。
え?
シルクさん、武術指導の事で頭がいっぱいですね?
いつもなら勘付いてニヤッとするところを、マジレスしやがった。
本来は察しの悪くないシルク。
けれど踊りや武術に関してはどうにも真面目すぎる。
そのせいで、指導者である自分とイヴァンが抜けた穴をどう埋める事が指導の質を落とさずに済むかばかりに考えが偏ってしまったようだ。
仕事を真面目にやっていくるのは良いことだ。
良いことなんだけども!!
俺は歯痒さに叫びそうになりながらぷるぷる震える。
そして察しの悪い方……。
隊長はそう言われ、少し考えたようだ。
元々こういう方面ではアホな程察しが悪い上、今のこいつはシルクに何か言われたらスルーできない。
「……そうだな。俺も出よう。」
その言葉に俺はガクッと俯いた。
シルクに言われたからってホイホイ受け入れんな!馬鹿野郎!!
お前は察しろっ!!
シルクは仕方なくとも、お前は察しろ!!
俺と何があったのか忘れたのか?!
戻ってきた日の会話は覚えてないのか?!
俺は頭を抱えた。
嫌だと言おうにも理由が言えない。
下手をすれば、察しの良さそうなイヴァンが無理をしかねない。
打つ手なし。
俺は内心、半泣きになりながら事の成り行きに任せるしかなかった。
「では隊長、明日はよろしくお願いいたします!」
俺が頭を抱えているうちに話はまとまる。
でもまあ、12連勤頑張ったイヴァンが清々しく笑っているので、ここは俺が我慢しよう……。
だというのに何も知らないシルクは明るく笑う。
「頑張ってね!主!大丈夫!もしも何かあったら、俺がはらわた引き裂いてやりますから!!」
「……誰の?!」
「うふふっ。」
「シルク、お前のそういうの、俺には冗談に聞こえないからやめて?」
そう、別宮では猫を被っているが、コイツは一片の慈悲も存在しない暗殺武術、演舞の完全継承者。
誰に向けた言葉かはわからないが、シルクなら何の躊躇いもなくそれができる事を俺は知っている。
そんな訳で、明日のシルクとイヴァンの休みと、俺と隊長というおかしなコンビの武術指導が決まった。
「はい、治しました~。戻って下さい~。」
俺は気だる気にそう言って、捻挫で来た隊員を鍛練に戻した。
半泣きの頭をよしよしと撫でてやる。
お互い諦め顔だ。
現在のところ、軽傷者11名、重傷者7名。
指導は二人が残したスケジュール通り順調に進んではいるのだが……。
「おい!どうした!!へばっているのか!?甘いぞ!!走らされたいのかっ!!」
隊長の罵声が響く。
めっちゃスパルタ指導だな、おい。
皆、死にそうになってんぞ?
地獄。
地獄がそこにあった。
隊長は確かに武術ができて、指示やアドレスは的確なのだが、何しろこれだ。
途中からふたりで指導するのではなく、隊長がスパルタ指導して俺が救護するという、地獄のような形になった。
むしろ俺がいなければここからリタイアできるのに、ある程度治療できるものだからそれすら出来ない。可哀想すぎる。
シルクが補佐として隊長を選ばなかったのも納得だ。
隊長が指導を始めたらそこは地獄と化す。
そうしたら誰も武術指導など受けたがらないだろう。
即座に色々な面から見て判断したシルクは、なんだかんだ指導者に向いているのだろう。
どうにかシルクの居場所を作れないかと思って考えた策だったが、様々な面から見て、良策だった。
実際、隊員たちの動きは良くなっているし、体の動きが良くなると自然と活動が活性化する。
だらだらグータラな第三別宮警護部隊だったが、ロナンド師匠の指導試合に続き、シルクの武術指導が入り、最近はだいぶ活気づいてきた。
目に見えて第三別宮警護部隊が変わってきている。
その一端を担っているシルクの存在は大きい。
このままここで武術指導者としての地位が固まれば、そこを土台に様々な可能性が広がる。
今後、俺たちがどうなるのかはまだ見えないが、しっかりとした土台ができていればなんとでもなる。
「すみません……お願いします……。」
そんな事をぼんやり考えていると、また一人、鬼の黒騎士の犠牲者がやって来た。
もう本当……。
可哀想だから、早く終わってやってくれ!!
さすがにこの地獄のような鍛錬は可哀想過ぎたので、俺は隊長に早めの終了を提案した。
怪我人の状況などを説明し、皆の心が折れて武術指導を受けなくなったら元も子もないと話すと、隊長は渋々だが案を受け入れ、今日は終了となった。
「お疲れ様でした!!」
終了の合図に答えた隊員達の声が、今日一番、嬉しそうな声だった。
ああ、やっと終わった……。
俺も今日は早く寝よう。
変に疲れきった俺は、皆と共に早々と立ち去ろうとした。
しかし何故か、隊長が俺の前に立ちはだかった。
「……何ですか?」
「ちょっと付き合え。」
「……は?」
「早めに終わらせたのだ。時間もまだあるだろう。……稽古をしよう。」
「……は?俺とですか!?」
「他に誰がいる?」
「嫌ですよ!俺は魔術師ですよ!?何で俺が隊長と武術の稽古をつけないといけないんですか!?」
「元魔術兵だろ?」
「そうですけど?!」
「以前も体術で俺と戦っただろう?」
「あのですね!以前、戦った時は私は身体強化を使っていたから、隊長とも戦えたんです!魔術も使わず体術のみで戦えるようなら、私はモンクに転職してますよ!!」
「なら身体強化は使っていい。」
「嫌ですよ!!」
「そもそもお前は何故、シルクに武術を習っているんだ?」
「……武術の気の溜め方や体内循環の方法を魔力に置き換えて、魔力の鍛練をするためです。」
「うまくいっているのか?」
「ええと~それは~。」
隊長はいつもの無表情で淡々と痛いところを突いてくる。
そう、なんだかんだ、魔力の鍛錬は上手く行っていない。
体は軽くなりかなり動けるようになったが、魔力の鍛錬という俺個人的な目的は二の足を踏んでいる状態なのだ。
そんな俺をじっと隊長が見つめる。
「……俺が思うに、お前は実戦しながらの方が伸びると思うぞ?」
「上手いこと言って戦わせようとしないで下さい。」
「なら……お前が勝ったら、お前の言うことを一つ聞こう。」
「…………。」
「何でも聞くぞ?」
ピクッとした。
何でも、だと?!
その言葉に少しイタズラ心が動かされた。
コイツには色々、散々な目に合わされてるんだ。
日頃の鬱憤もかねて、何かあり得ないことをやらせるのも面白いかもしれない……。
「……本当に?」
「ああ。」
「わかりましたっ。やりますよ!!」
好奇心というか鬱憤を晴らしたさが勝ったというか。
うっかり俺がそう返事をすると、隊長はクッと喉で笑った。
その笑みを見て今更嫌な予感がする。
「……俺が勝ったら、お前が言うことを一つ聞けよ?」
「………は?」
俺は硬直する。
何だと??
負けたら言う事を聞け、だと?!
隊長は有無を言わさず、体をほぐし始めた。
卑怯だ。
騙された……。
30
あなたにおすすめの小説
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる