「欠片の軌跡」②〜砂漠の踊り子

ねぎ(塩ダレ)

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第四章「独身寮編」

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今はまずいと言うときに限って、まずい状況と言うのは往々にして起こるものだ。

サークが行ってしまってから2日目。
皆の武術指導が終わって、1人、型を流していたシルクは、自分の中でカチンと何が切り替わるのを感じた。

嘘だろ?マジか!?

シルクは体を動かすのを止めた。
急いで手荷物をあさり、薬と水筒を手に取った。
よりによって、サークが居ないときにこうなるとは思っていなかった。
サークが居ないと言う不安は焦りに変わる。

焦るな、落ち着け。
大丈夫だから。

その時、ふっと、匂いが鼻をかすめた。


「………………っ!!」


足から力が抜け、ガクンと座り込んだ。
その拍子に、薬を落としてしまう。

ころころと転がる薬。

何だ!?
何だこれっ!?

シルクは口と鼻を手で覆った。


「シルク……?お前、どうしたんだ!?」


稽古をつけてもらおうとやって来たギルは、ただならぬ雰囲気のシルクを見て驚いた。
いつもより、あの香のような香りが強い。
足元に転がってきた薬を拾う。

「大丈夫か?どこか悪いのか!?」

「……たいちょーさん、来ないで!!」

「だが……。」

「たいちょーさんの匂い、今嗅ぎたくないっ!!」

「匂い?」

ギルはそう言われて、訳がわからなかった。
匂いがするのはシルクの方だ。
よくわからなかったが、とにかくシルクが変だ。
サークもいないのに、このままにする訳にはいかない。

「とにかく薬がいるんだろ?これを渡すだけだ。いいな?」

シルクは迷ったが、とにかく薬を飲むのが先だ。
飲めば治まるはずだから。
頷くと、ギルがゆっくり近づいてくる。
その匂いを意識しないではいられなかった。

何だこれ!?
こんな事、なった事ないぞ!?

そもそも切り替わってこんなに早く症状が出る訳がない。
少なくても半日くらいは、きたな~と気だるいだけだ。

ギルが目の前に屈み込む。
シルクはそれを大きく目を見開いて見ていた。
じわりと意思とは関係なく、涙が溢れた。
体からさらに力が抜け、ギルにもたれ掛かる。

駄目だ。
この匂いを嗅いじゃ駄目だ。

頭の中で警告が鳴っている。
なのに体は深く息を吸い込んだ。

「……………っ!!」

「シルク!!しっかりしろ!ほら、薬だ!!」

抱き抱えられるようにして、口に薬が入れられる。
その時、ギルの指が唇に触れ、シルクはぞくりとした。

「あ……っ。」

体の奥底がじゅんっと濡れる。
ギルの匂いに自分の体が反応していることを自覚した。
口に薬を入れたまま、熱っぽい顔をするシルクから、ギルは目を反らせた。
シルクからする香の匂いが甘いと感じる。
口から覗く八重歯が艶かしい。

「くそっ!!」

ギルは雑念を振り払って、水筒を掴み、シルクの口に水を流し込んだ。
シルクはうまく飲み込めず、口から水を溢した。
シルクの焦点の合わない火照った眼差しと、困惑したギルの視線が絡み合う。
見ていると頭がおかしくなりそうだとギルは思った。
高ぶった感情をそのまま相手にぶつければ、取り返しがつかないほど相手を傷つけることは、痛いほど知っていた。

「シルク、嫌かも知れないが、このままここにお前を置いていくことは出来ない。少しだけ我慢してくれ。」

ギルはそう言ってシルクを抱き上げた。
とにかくここはまずい。

シルクは強いが、妖艶で美しすぎる。

皆、シルクをそういった目で見ている。
もし叶うなら、自分の下で鳴かせてみたいと。
このままこの状態のシルクを置いておけば、誰かしらがその願いを叶えるだろう。

ギルは一番早く行ける、自分の仕事部屋にシルクを運んだ。
ソファーに下ろすと、シルクは肩で息をして俯いていた。

「大丈夫か?」

「多分……薬が効いてくれば……治まると思う……。」

「どこか……悪いのか…?」

「違う……。体質。」

「発作か?」

「そんな感じ……。」

ギルはそれ以上、聞いていいのか悩んだ。
だが苦しんでいる上、サークがいないのだ、出来る限りの事はしたかった。

「俺が知っていた方がいい事があったら言ってくれ。サークがいない以上、他に頼れる者がいるなら呼んでくる。」

シルクは頭を抱えた。
こんな事は初めてなのだ。
なのにサークもいない。

この部屋はギルの匂いが染み付いている。
緩やかに、その匂いが体に入り込んでくる。

ギルは既に自分が欲情しているのをわかっているだろう。
けれど、おかしな真似はしなかった。
薬を飲ませ、人の来ない所に運んでくれた。

話してもいい。
そう思えた。

「発情期なんだ……。」

「え?」

「信じられないだろ?でも、マジなんだ。」

「……………。」

「主が性欲のない特異体質なように、俺は発情期のある特異体質なんだよ……。」

それを告げても、ギルは何かしてくる感じはなかった。
黙って話を聞いてくれた。

「大丈夫なのか……?」

そしてただ、心配してくれた。
シルクは顔を覆った。

そんな風にしてくれるのに、匂いの物質は脳まで届いていて体を熱くさせる。
疼いて高まっていく自分の体が嫌だった。

「今日みたいなことは初めてなんだ。いつもは予兆があって、抑制剤飲んでれば別にいつもと変わらない。まぁちょっと普通よりセックスしたくなるけど、我慢できないような事にはならない。」

「……サークがいないからか?」

「違う。多分、たいちょーさんのせい。」

「俺の?」

「たいちょーさんの匂い嗅いだら、いきなりああなった。今も薬があんまり効かなくて辛い。」

シルクは自分の体を抱いた。
頭の中で警告が鳴っている。

この匂いを嗅いじゃ駄目だ。
この人に触れたら駄目だ。

なのに触れて欲しくてたまらない。

こんなのは嫌だ。
気持ちがないのに、体だけが異常な反応をしている。

ただ欲しいならすればいい。
きっと治まるから。

でもこの人は違う。
求めてしまったら、全てが変わってしまう。
だからこの人は駄目だ。

絶対に駄目だ。


「俺に……出来ることはあるか……。」


ギルがゆっくりと、シルクに近づいた。
涙が溢れた。
その涙を、ギルの指が拭った。


「お願い!!側に来ないで!!」


シルクはそう叫びながら、ギルを強く引き寄せ、体に顔を埋めた。
匂いが深く体に染み込んで行く。
いいえぬ安心感と、感じたことのない欲情を覚える。

「シルク……。」

「体が熱いよ……辛いよ……何で薬が効かないんだよ……。」

「わかった。だから離すんだ、シルク。」

「どっか行ってよっ!!この匂い嗅ぎたくないっ!!」

「わかった。落ち着いて、手を離すんだ……。」

シルクの腕は言葉とは裏腹に、離すまいと強くギルを抱き締めた。

「嫌だ、こんなのは嫌だ……。俺の意思じゃないのに……。」

「わかってる……シルク……落ち着くんだ……。」

ギルは迷い、そして覚悟を決めた。

そっとシルクの髪に触れる。
ぴくんっとシルクが反応した。
髪を撫で、耳に触れ、顎のラインを撫でた。

「あ……っ!!」

シルクの体が仰け反り、腕が緩む。
その隙に体を離した。
そして隣に座り、顔を撫で付け肩を抱いた。

「やだ……あっちに行ってよ……。やだよ、こんなの……。」

シルクはそう言って、ギルの胸に顔を埋め、背中に腕を回した。

「シルク、大丈夫だ。」

「何が大丈夫なんだよ……あっちに行ってよ……。」

「これは発作だ。お前のせいじゃない。お前は何も悪くない。」

「……やだよ……辛いよ……。」

「これからお前の発作を終わらせる処置の手伝いをする。これは発作を治める処置だ。……いいな?」

シルクはギルの顔を見た。
これは発作で、それに対する処置だと、自分自身に言い聞かせているようだった。

「わかった……。」

自分と同じくらい苦しみが見えたその顔を見て、シルクはただ、頷いた。

涙が止まらなかった。
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