欠片の軌跡⑤〜あらがう者たち

ねぎ(塩ダレ)

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第八章②「敵地潜入」

花言葉

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パーマーはイライラしながら、人気のないバルコニーでタバコに火をつけた。

目を付けた滑らかな褐色の肌を持つ踊り子を可愛がり損ねた。
表立って拒絶された訳ではない。
シルキーは暴れたり声を上げたりしなかった。
ただ、静かにそこにいたのだ。

なのに思い通りに出来なかった。

そしてそれを、皆が見ていた。
顔を向けて見ていた訳ではない。
素知らぬフリで、だが確実に興味を持って見ていた。

あいつらのいつもの行動だ。
見ているというアクションは示さないが、確実に注意深く相手の行動を観察している。
だから一見、何の抵抗もせずこちらが手を引いただけの様に見えたあの場面。
ただそこに立ち、静寂を保ったシルキーの完全なる拒絶と揺るがない強い意志を、彼らの何人かは見抜いただろう。

そしてそれを見抜ける輩は、この場において強い影響力のある者ばかりだ。
勲章の数と人脈、有り余る資金で成り上がってここにいる自分とは訳が違う。

彼らの気まぐれ一つで、人の人生など容易くひっくり返るのだ。
あの場にはそう言った化物しかいない。

そこであれをやられたのだ。
今回は面白い余興だと彼らは思っただろうが、繰り返せば彼らの機嫌を損ねる。
何故なら静かにあの場を納め、揺るがない意志を突き通したシルキーは彼らの琴線に触れただろうからだ。

彼らは騒がしいものはお好みではない。
たまにそう言った余興も楽しむが、しつこくくどいものは嫌う。
まるで悟りを持った世捨て人の様に世の中を眺め、そして気まぐれに他人を崩壊させるのだ。

神などではない。
質の悪い悪魔たちだ。

ここで騒げば、自分もその気まぐれにされかねない。

「……クソッ!」

諦めれば良いだけの話だが、あの華は格別だ。
異国のあの華は、きっとたっぷりと甘い蜜を垂らすだろう。
見ているだけでゾクゾクするのだ。

長年の勘が叫んでいる。
あれは滅多に御目にかかれない至極の逸品だと。

手に入れてその蜜を味わいたい。
思うがままに貪りたい欲求が抑えられない。

だがどうする?
もう下手にあれには近づけない。

無理を通せば己の身を滅ぼす事になるだろう。
この生活を、地位を、名誉を、財産を失いたくはない。

神と偽る傍観者達に気に入られたあの華に手を出せば、天の裁きと称して暇を持て余した悪魔たちの玩具になるだろう。
ゆっくりとじわじわ破滅に導き、転落していく様を高みから楽しそうに見下ろして、いっそひと思いに殺してくれた方がいいと言う目に合わされる。
そんな事にはなりたくないので、他の華で気を紛らわして過ごすしかない。

それでも狂おしいほど、しばらくはあの艶めかしい褐色の華を求めるだろう。
ここまで欲望を掻き立てられると、憎しみすら湧いてくる。

「……火が消えてますわよ?大佐?」

ふと、そんな声がかかる。
甘ったるい匂いの鼻につく声だ。

気づけば吸っていたタバコはとうに吸い付くし、火が消えていた。
新しいものを加え直すと、声の主はくすりと笑って火をつけてくれた。

見飽きた華だが、渇望を埋めるには手頃かもしれない。
パーマーはそう思って、火をつけてきたその華の腰に手を回し引き寄せた。

華は一瞬、顔を顰めたが、すぐに妖艶に笑った。
滾った思いのまま体のラインをなぞり、その柔らかさを楽しむ。
華は抵抗しなかった。

シルキーもこの華のように抵抗しなければ、それなりに気心を加えて可愛がってやったものを。

「どういうつもりだ?モリカ?」

「ふふふ。皆の前で大佐が酷い扱われ方をされていたので、お気の毒に思っただけ。ここでの出来事のアフターフォローをするのも、華の役目でしょう?」

「確かにな。流石は常連の華だ。」

パーマーはそう言って、モリカの体を好き放題撫で回した。
それで本来の欲求が収まる訳ではないが、代用品としては悪くない。

そうされてもモリカは抵抗しなかった。
ただ、うっすらと笑うだけ。

こいつは毒のある華だとパーマーは思った。
大方、何か要求があってそれを許しているのだ。
だがそれもあとぐされなくていい。

モリカは赤い唇を歪ませ笑った。
そして誘われるまま、パーマーは奥の部屋に入って行った。











「シルキーさん!急いで!雨降ってきてますっ!!」

「待ってよ~ユウくん~。アタシ、今日、かなり本気で踊ったから辛いのよ~っ!!」

ステージが終わった深夜近く、俺達は迎えの馬車に乗り込む為に急いでいた。

今日のステージは凄かった。
本人が本気で踊ったと言うのも納得できる、圧巻のステージだった。

客席はオールスタンディングオべーションとなり、いつまで経っても拍手が鳴り止まなくて、後のステージを少し押してしまった。
裏方もあまりの事に大騒ぎになって、とにかくお祭り騒ぎだった。

シルクは軽く100人を魅了できる踊り手というその能力を存分に発揮してみせた。
まぁ、今日の場合は100人どころじゃなかったけど。

正直、潜入調査をしているのだからそこまでやらなくていいと言いたいが、何がシルクのスイッチを入れたんだろう?
街を歩いた事もあり、一般客席は立ち見が出るほどの人だったし、ゲスト席やVIP席も今までで一番、人の入りがあった。

何だろう?観客が多かったから熱が入ったのかな??

控室に戻っても、ひっきりなしに人が訪ねてきたり、贈り物が届いたり、しまいには支配人が来て今日の客入りと踊りについてお褒めの言葉を頂いた。
そんなこんなで帰る準備が遅くなってしまったのだ。

俺は往復して貢物を送迎の馬車に積み込み、ぐったりしているシルキーを急かした。
雨が振り始めていたので、俺は傘を差し掛け馬車に導く。

「シルキーさんっ!!」

途中で慌てた様子のドアマンが駆け寄ってきた。
何だろうと思うと、シルキーに小さいが品のいい花束を差し出す。

「今、これをお渡しするように頼まれてっ!!」

「ありがとう。誰から?」

「それが……匿名をご希望でして……。」

ドアマンは口を濁した。
多分、送り主を知っていたのだろう。
そんな雰囲気だった。

シルキーはその言葉に少し考えていたようだった。
確かにあのステージの後に匿名と言うのもおかしな話だ。
普通はお近づきになりたくて、贈ってくるものだから。

「……わかったわ。雨の中ありがとう。」

シルキーはドアマンににっこり笑った。
そして雨の中、カジノの建物を見上げる。

シルキーは花束を見つめた。
ガーベラの花束だった。

「頑張れ、か。口で言えば良いのに。」

シルキーはそう言って馬車に乗り込んだ。
俺はよくわからないまま後に続いた。

「誰からなんだ?それ?」

乗り込んで音消しをしてから、俺はシルクに聞いた。
シルクは何だかんだ大事そうにその花束を持っていたからだ。

「ゴードンさん。」

「え?!」

「今日、フってきた。だからだと思う。」

「はっ?!………あ~、あの時か。」

俺はシルクが今日、こっそりゲストラウンジに言った事を思い出した。
そんな事をしてたのか……。

「今日、その衣装で本気で踊ったのって、そのせいか??」

「うん。気持ちは嬉しかったけど応えられないものだから、せめてね。」

シルクはそう言って、花束の匂いを嗅いだ。
恋の思い出は綺麗ままでって所かな?
何だろう?俺にはそう言う駆け引きというか、そういうものはわからない。

「さっきの頑張れってのは??」

俺が頭に疑問符をたくさん浮かべながら聞くと、シルクは呆れたようにため息をついた。

「主ってさ~、本当、恋愛偏差値低いよね~。」

「うるさいな~!俺は生まれつき性欲がないんだよっ!そういう感覚を持って生まれなかったんだから仕方ないだろ?!」

「ウィルとは恋愛してるのに~。」

「色々奇跡が起きてんだよ、そこは。」

「ふ~ん。」

「で?頑張れってのは何だよ??」

「花言葉。俺もそこまで詳しくはないけど、ガーベラは確か応援したい時とかに贈るんだよ。」

「花言葉……。」

「主も少しは覚えた方が良いよ?変なうんちくばっかりじゃなくてさ。」

「変なうんちくって言うなっ!!学術的な話だ!!ウィルは喜んで聞いてくれるぞっ?!」

「そういう点も奇跡的にウィルと主ってマッチしてるんだよね~。俺、主の事愛してるけど、そんな話ばっかりだったら飽きちゃうもん。」

「ならギルはどんな話をするんだよ?」

「ギルはね~。えへへ~。ああ見えて、たまにロマンチックな事、囁いてくれるんだ~。後、口下手だから話すより聞き役に徹してくれて、俺の話をいつも聞いてくれるの~。黙ってるけどちゃんと聞いててくれて、必要な事は言ってくれるし、後々、あの時こう言ってたなってちゃんと覚えててくれるの~。」

シルクはにこにこ笑ってそう言うと、少し照れたように口元を花束で隠した。
何だかんだ、馬が合ってるのは俺とウィルだけじゃなくて、ギルとシルクもだと思う。

「ギルも花言葉とか疎くて、花はバラならいいだろってところがあるけど、ちょっと教えたら違う花とかもくれるようになったし、そう言うの大事だよ?」

「へ~、さいですか~。」

「真面目に聞いてっ!!ウィルはそう言うのも詳しいよっ!!だから!花言葉を意識して渡したら、絶対、意味わかるから!!結婚するんでしょ?!だったら!愛してますとかごめんなさいとか!基本的なのだけでも覚えときなって!!」

全く興味はなかったが、ウィルが詳しいと言われて少し興味が出た。
確かにちょっと口では言い難い事とか、ごめんなさいとか、ちょっとした事が花を渡して伝わるならいいかもしれない。

「……ちなみに、愛してますって何??」

俺が少し顔を赤らめながら聞くと、恋愛マスターのシルク先生はニヤリと笑った。

こうして馬車の中、恋愛感覚初級の俺はシルクの花言葉講座を受けたのだった。
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