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第八章②「敵地潜入」
僕の居場所
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シルクが殻に閉じこもった。
端のベッドのさらに隅に、毛布をかぶってぷるぷる震えている。
「師父怖い師父怖い師父怖い師父怖い師父怖い師父怖い師父怖い……。」
「シ、シルク??大丈夫か??ほらココアだよ??」
マダム達との通信が終わった後、やっと目を覚ましたと思ったらこの状況である。
一体何をされたらあのシルクがここまでになるのだろう……。
俺が下手な事を言ってしまった手前、申し訳無さが半端ない。
シルクはぷるぷるしながらもココアを受け取ると、ちょっとずつ飲んでいる。
下手に触ると叫んで怖がるので触れない。
シルクの見える所に腰を下ろして、とにかく落ち着くのを待っていた。
何か少し飲み食いさせて、それでも落ち着かなかったら、魔術で少し眠らそう。
「何か食べるか?食べたいものはあるか??」
「ぶどうが食べたい……。」
「葡萄??わかった、買ってくるから。」
そう言って立ち上がろうとしたら、ガシっと掴まれた。
「シルク??」
「……あ、……あ。」
その顔とあの時レオンハルドさんと話していた事を思い出し、俺は座り直した。
そう、いつもならシルクはここで「行かないで」と言ったと思う。
でも、俺がシルクがベッタリだって話をして連れて行かれたのだ。
ベタベタ主にひっついていてどうするって事を怒られたのだと思う。
だからシルクは行かないでと言いたいけど言えなくなっている。
何か、本当に悪い事したな……。
座り直した俺を見て、シルクはあからさまにほっとした顔をした。
「……俺はさ、シルクが好きだよ。」
「え?」
「今のままのシルクが好きだよ。」
「…………。」
「そりゃさ、ちょっとわがままだなって思う時もあるし、困ったなって時もあるけど、そう言うのも全部ひっくるめて、シルクが好きだよ。シルクのわがままとか困ったなって、何か憎めないんだよ。それもあってのシルクらしさっていうのかな?全部好きだよ。」
「主……。」
「俺はシルクがいてくれて嬉しい。凄く助かってる。本当だよ。」
「うん……。」
「シルク。」
「何?」
「俺を主に選んでくれて、ありがとう。」
「え……?」
「シルクがいたから乗り越えられた事が俺にはたくさんある。シルクは凄いヤツだから皆が欲しがったけど、シルクはいつも俺を選んでくれた。俺もお前の主が自分で良いのかなって凄く悩む事もあるけど、やっぱりそれでもシルクにいて欲しいよ。」
「主……。」
「他の誰かじゃ駄目なんだ。レオンハルドさんが俺の従者でも駄目だよ。俺の従者はシルクじゃなきゃ駄目なんだ。俺は頼りない未熟な主だし、自分勝手だし、お前に凄く迷惑をかけてるのはわかってるよ。」
「そんなこと無い!」
「シルク、最後まで聞いて?」
「うん……。」
「あの時、お前は俺に誓いをたててくれた。俺、あの時ちゃんと答えられなかった。だから今、答えさせて。」
「……うん。」
俺はシルクの前で姿勢を正した。
そしてまっすぐにシルクを見つめた。
「シルク、俺の従者になって下さい。俺の片腕として一緒にいて下さい。俺はシルクを何よりも信頼してる。そしてシルクはいつだってそれに答えてくれた。本当にありがとう。」
シルクは目に涙を浮かべていた。
何だかプロポーズのようなセリフになってしまったけれど、俺の言いたいことは伝わっていると思う。
「うん……俺こそありがとう……。」
シルクは赤い目でそう言って笑うと、俺の手にその手を重ねた。
その手はもう、震えていなかった。
「俺は未熟な主だ。お前もまだ未熟なところがあるのかもしれない。俺としてはシルクは完璧だけど、シルクが自分をカイナの民として未熟だと思う部分があるなら、未熟なもの同士、ゆっくり学んで進んでいけばいい。そうだろ?」
「……うん。」
「だから周りの言う事は気にするな。それが例え、お前の師匠の言葉でも。レオンハルドさんはお前を想って言ってくれてる。それは俺もわかってる。でも、必要以上に気にする必要は無い。俺達は俺達なんだ。」
俺はシルクの手を握り返し、しっかりと言葉を伝えた。
シルクはそれをまっすぐに俺の目を見て受け取っていた。
「もしお前が本当に辛いなら、俺はお前の主としてレオンハルドさんにきちんと言うつもりだ。必要以上にシルクを責めないで欲しいって。レオンハルドさんはお前の師匠としてお前に伝えたい事がある。だからそれを伝える為に手段を選ばない。お前に本気で伝えたいからだ。それはお前とレオンハルドさんとの間にある師弟の絆の事だから、本来は口を出すべきじゃない。でも、それでも必要があるなら、俺はお前の主としてそれをする。それが俺がお前の主になった俺の責務だからだ。たった一人の自分の相棒を守る為に動けない主でなんていたくない。だから、本当に辛いなら俺に言え。わかったな?」
「……うん。わかった。」
そこで俺は半べそのシルクの頭を撫でた。
シルクはもう、怖がって叫んだりしなかった。
内心とてもホッとした。
それにしても、う~ん、本当に何をしたらシルクをあそこまで怖がらせられるんだろう……。
カイナの民、恐るべし……。
「主。俺、大丈夫。師父のシゴキが久しぶりだったから、何かトラウマ思い出してガタガタしちゃったけど、大丈夫。」
「本当に??」
「うん。あの程度、考えてみたら大したことなかったよ。もっとヤバイ目にいっぱい合わされてたし。」
「……う?うん??」
「ありがとね、主!!元気出たっ!!何か落ち着いたらお腹空いてきちゃったよっ!!ご飯まだだよね?早く食べに行こう?!」
「………あ、うん…??」
あの程度…??
もっと酷い目??
一体何をされたんたろう??
そして今まで、どんな目に合わされてきたんだろう……??
俺はそう思ったが、あまりに怖すぎて聞けなかった。
とりあえずシルクは元気になったのだからそれでいいか……。
うん、深くは考えずにおこう……。
物凄い疑問と不安が残ったが、俺はシルクに引っ張られながら食事をしに部屋を出て行った。
マダムと通信媒体で連絡を取った次の日の早朝、レオンハルドさんとイグナスは先に王宮都市に入ると言って出発した。
俺はその日の午前はシルクと話し合い、集めた証拠の確認、協力者の確認、どういう感じで裁判を進めるつもりでいるかを話し、それを先にギル達に伝えて、向こうがどんな証拠を持ち、どういう考えか聞いて来て欲しいと頼んだ。
シルクは別行動になる事を少し迷ったみたいだが、考えた末、自分からわかったと言って、先に街を出て行った。
シルクはシルクなりに悩みながら、ただ俺にくっついて俺の言った事をするのではなく、自分がどうあるべきか考えて決めているようだった。
離れるのは嫌だと泣かれるのも困るが、こうしてすんなり離れられるのも何か複雑な気分になる。
あ~何か、パパ大好きって言っていた娘が独り立ちしていく姿を見ているみたいだ。
ほぼ同い年のしかも男のシルクにそんな事を感じる自分に苦笑してしまう。
まぁ、シルク(娘)が頑張って成長してるんだ、俺(パパ)も頑張って成長しないとな。
俺がマダムと待ち合わせているコル村についたのは、通信から2日後だった。
コル村は住宅地より畑が多くて、街に卸すたくさんの種類の野菜が植わっていた。
今は季節なのか、キャベツがたわわに実っていた。
まるまるして美味しそう。
まだマダムはついていなくて、連絡係としてコル村に駐留していたギルドの仲間に会って、旅の話と言うか船で凄い酔った話をする。
話してるうちに日も翳ってきて、どうやら今日はここで一泊する事になりそうだったので、俺は村の人に場所を借りてテントを張らせてもらった。
村は宿泊施設はなく、仲間は集会場になっている建物を借りていた。
そこに一緒に泊まらせて貰えばいいのだが、マダムも一泊する訳だし、スペースを考えて俺はテントにした。
夜になってマダムが到着し、夕飯を食べながら話をした結果、明日の朝に王宮都市に入る事になった。
「長かったな……本当。」
夜中、俺は村の鐘塔に登って王宮都市の方を眺めた。
窪んだ月が王宮とその下に広がる街と高い外壁を黒いシルエットで浮き上がらせている。
あの日。
何だかわからないうちに、あそこを出てきた。
仲間を残し、恋人を残し、訳もわからぬままあそこを出てきたのだ。
その時はまだ、訳のわからない濡れ衣が取れればすぐに戻れると思っていた。
何も知らなくて、皆がどれだけの覚悟だったかも知らなかった。
そしてそれが、どれだけ根深く危機的な状況の先端部分でしかないのかも知らなかった。
それを知ってからは、とにかく何とかしなければと思った。
だって、帰りたかったのだ。
皆のいるあの場所に、ウィルの待つあの街に。
思えば俺が東の国を捨てて飛び出した時、何でその先に中央王国を選んだのかわからない。
確かに東の国とは同盟国で、一番入りやすかった事はある。
でも、別に中央王国の王宮都市に住まなくても良かったはずだ。
魔術学校を出ていたからそれを活かして就職するには、確かに王宮都市が一番仕事があったかもしれない。
でも他の道もあったはずなのだ。
でもそれを俺は選ばなかった。
盲目的に王宮都市で魔術試験を受けて、兵士になれば当たり障りなく一生暮らしていけると思い込んでいた。
あれは何だったんだろう??
『あれがあんたの1つのターニングポイントだ。』
以前、マダムに千里眼を使われた時に言われた言葉を思い出す。
それは俺が養子に行った時の話をしていた時に言われた言葉だ。
もしかしたら東の国を飛び出して中央王国に飛び込んだのも、仕事を魔術兵にしたのも、全部そういう事だったのかもしれない。
なら、今回のこの怒涛の旅もそう言うものだったのだろうか??
その前のシルクと出会った旅も、ウィルを取り返しに行った旅も、全部そういうものなのだろうか??
全ては今の自分を作る為の軌跡。
全て今の俺を作る為に必要で辿ってきた道なのならば、未来の俺を作る為に必要な軌跡が今なのだろう。
だとすると、未来の俺は何になっているのだろう??
「………なんて、考えたってわからないよなぁ……。」
自分の考えに笑ってしまった。
この旅は、本当にたくさんの事があった。
知らなかった事。
知りたくなかった事。
知るべきだった事。
知ったからには捨て置けない事。
たくさんの人にもあった。
それは初めて会う人。
久しぶりに会う人。
そして長く追いかけていた人。
本当にたくさんの人に会った。
そして会えなくなった仲間がいた。
会わなくなった事で、そのかけがえの無さを知った。
失った場所。
望んでその場所に行った訳じゃなかったはずなのに、今ではそこが俺の居場所だ。
失う訳にはいかない俺の居場所。
「今から帰るよ、そこに。皆の所に、ウィルの所に。……俺の居場所に。」
空気の冷えた空は澄んでいて、星が目が回るくらいはっきりと見えていた。
端のベッドのさらに隅に、毛布をかぶってぷるぷる震えている。
「師父怖い師父怖い師父怖い師父怖い師父怖い師父怖い師父怖い……。」
「シ、シルク??大丈夫か??ほらココアだよ??」
マダム達との通信が終わった後、やっと目を覚ましたと思ったらこの状況である。
一体何をされたらあのシルクがここまでになるのだろう……。
俺が下手な事を言ってしまった手前、申し訳無さが半端ない。
シルクはぷるぷるしながらもココアを受け取ると、ちょっとずつ飲んでいる。
下手に触ると叫んで怖がるので触れない。
シルクの見える所に腰を下ろして、とにかく落ち着くのを待っていた。
何か少し飲み食いさせて、それでも落ち着かなかったら、魔術で少し眠らそう。
「何か食べるか?食べたいものはあるか??」
「ぶどうが食べたい……。」
「葡萄??わかった、買ってくるから。」
そう言って立ち上がろうとしたら、ガシっと掴まれた。
「シルク??」
「……あ、……あ。」
その顔とあの時レオンハルドさんと話していた事を思い出し、俺は座り直した。
そう、いつもならシルクはここで「行かないで」と言ったと思う。
でも、俺がシルクがベッタリだって話をして連れて行かれたのだ。
ベタベタ主にひっついていてどうするって事を怒られたのだと思う。
だからシルクは行かないでと言いたいけど言えなくなっている。
何か、本当に悪い事したな……。
座り直した俺を見て、シルクはあからさまにほっとした顔をした。
「……俺はさ、シルクが好きだよ。」
「え?」
「今のままのシルクが好きだよ。」
「…………。」
「そりゃさ、ちょっとわがままだなって思う時もあるし、困ったなって時もあるけど、そう言うのも全部ひっくるめて、シルクが好きだよ。シルクのわがままとか困ったなって、何か憎めないんだよ。それもあってのシルクらしさっていうのかな?全部好きだよ。」
「主……。」
「俺はシルクがいてくれて嬉しい。凄く助かってる。本当だよ。」
「うん……。」
「シルク。」
「何?」
「俺を主に選んでくれて、ありがとう。」
「え……?」
「シルクがいたから乗り越えられた事が俺にはたくさんある。シルクは凄いヤツだから皆が欲しがったけど、シルクはいつも俺を選んでくれた。俺もお前の主が自分で良いのかなって凄く悩む事もあるけど、やっぱりそれでもシルクにいて欲しいよ。」
「主……。」
「他の誰かじゃ駄目なんだ。レオンハルドさんが俺の従者でも駄目だよ。俺の従者はシルクじゃなきゃ駄目なんだ。俺は頼りない未熟な主だし、自分勝手だし、お前に凄く迷惑をかけてるのはわかってるよ。」
「そんなこと無い!」
「シルク、最後まで聞いて?」
「うん……。」
「あの時、お前は俺に誓いをたててくれた。俺、あの時ちゃんと答えられなかった。だから今、答えさせて。」
「……うん。」
俺はシルクの前で姿勢を正した。
そしてまっすぐにシルクを見つめた。
「シルク、俺の従者になって下さい。俺の片腕として一緒にいて下さい。俺はシルクを何よりも信頼してる。そしてシルクはいつだってそれに答えてくれた。本当にありがとう。」
シルクは目に涙を浮かべていた。
何だかプロポーズのようなセリフになってしまったけれど、俺の言いたいことは伝わっていると思う。
「うん……俺こそありがとう……。」
シルクは赤い目でそう言って笑うと、俺の手にその手を重ねた。
その手はもう、震えていなかった。
「俺は未熟な主だ。お前もまだ未熟なところがあるのかもしれない。俺としてはシルクは完璧だけど、シルクが自分をカイナの民として未熟だと思う部分があるなら、未熟なもの同士、ゆっくり学んで進んでいけばいい。そうだろ?」
「……うん。」
「だから周りの言う事は気にするな。それが例え、お前の師匠の言葉でも。レオンハルドさんはお前を想って言ってくれてる。それは俺もわかってる。でも、必要以上に気にする必要は無い。俺達は俺達なんだ。」
俺はシルクの手を握り返し、しっかりと言葉を伝えた。
シルクはそれをまっすぐに俺の目を見て受け取っていた。
「もしお前が本当に辛いなら、俺はお前の主としてレオンハルドさんにきちんと言うつもりだ。必要以上にシルクを責めないで欲しいって。レオンハルドさんはお前の師匠としてお前に伝えたい事がある。だからそれを伝える為に手段を選ばない。お前に本気で伝えたいからだ。それはお前とレオンハルドさんとの間にある師弟の絆の事だから、本来は口を出すべきじゃない。でも、それでも必要があるなら、俺はお前の主としてそれをする。それが俺がお前の主になった俺の責務だからだ。たった一人の自分の相棒を守る為に動けない主でなんていたくない。だから、本当に辛いなら俺に言え。わかったな?」
「……うん。わかった。」
そこで俺は半べそのシルクの頭を撫でた。
シルクはもう、怖がって叫んだりしなかった。
内心とてもホッとした。
それにしても、う~ん、本当に何をしたらシルクをあそこまで怖がらせられるんだろう……。
カイナの民、恐るべし……。
「主。俺、大丈夫。師父のシゴキが久しぶりだったから、何かトラウマ思い出してガタガタしちゃったけど、大丈夫。」
「本当に??」
「うん。あの程度、考えてみたら大したことなかったよ。もっとヤバイ目にいっぱい合わされてたし。」
「……う?うん??」
「ありがとね、主!!元気出たっ!!何か落ち着いたらお腹空いてきちゃったよっ!!ご飯まだだよね?早く食べに行こう?!」
「………あ、うん…??」
あの程度…??
もっと酷い目??
一体何をされたんたろう??
そして今まで、どんな目に合わされてきたんだろう……??
俺はそう思ったが、あまりに怖すぎて聞けなかった。
とりあえずシルクは元気になったのだからそれでいいか……。
うん、深くは考えずにおこう……。
物凄い疑問と不安が残ったが、俺はシルクに引っ張られながら食事をしに部屋を出て行った。
マダムと通信媒体で連絡を取った次の日の早朝、レオンハルドさんとイグナスは先に王宮都市に入ると言って出発した。
俺はその日の午前はシルクと話し合い、集めた証拠の確認、協力者の確認、どういう感じで裁判を進めるつもりでいるかを話し、それを先にギル達に伝えて、向こうがどんな証拠を持ち、どういう考えか聞いて来て欲しいと頼んだ。
シルクは別行動になる事を少し迷ったみたいだが、考えた末、自分からわかったと言って、先に街を出て行った。
シルクはシルクなりに悩みながら、ただ俺にくっついて俺の言った事をするのではなく、自分がどうあるべきか考えて決めているようだった。
離れるのは嫌だと泣かれるのも困るが、こうしてすんなり離れられるのも何か複雑な気分になる。
あ~何か、パパ大好きって言っていた娘が独り立ちしていく姿を見ているみたいだ。
ほぼ同い年のしかも男のシルクにそんな事を感じる自分に苦笑してしまう。
まぁ、シルク(娘)が頑張って成長してるんだ、俺(パパ)も頑張って成長しないとな。
俺がマダムと待ち合わせているコル村についたのは、通信から2日後だった。
コル村は住宅地より畑が多くて、街に卸すたくさんの種類の野菜が植わっていた。
今は季節なのか、キャベツがたわわに実っていた。
まるまるして美味しそう。
まだマダムはついていなくて、連絡係としてコル村に駐留していたギルドの仲間に会って、旅の話と言うか船で凄い酔った話をする。
話してるうちに日も翳ってきて、どうやら今日はここで一泊する事になりそうだったので、俺は村の人に場所を借りてテントを張らせてもらった。
村は宿泊施設はなく、仲間は集会場になっている建物を借りていた。
そこに一緒に泊まらせて貰えばいいのだが、マダムも一泊する訳だし、スペースを考えて俺はテントにした。
夜になってマダムが到着し、夕飯を食べながら話をした結果、明日の朝に王宮都市に入る事になった。
「長かったな……本当。」
夜中、俺は村の鐘塔に登って王宮都市の方を眺めた。
窪んだ月が王宮とその下に広がる街と高い外壁を黒いシルエットで浮き上がらせている。
あの日。
何だかわからないうちに、あそこを出てきた。
仲間を残し、恋人を残し、訳もわからぬままあそこを出てきたのだ。
その時はまだ、訳のわからない濡れ衣が取れればすぐに戻れると思っていた。
何も知らなくて、皆がどれだけの覚悟だったかも知らなかった。
そしてそれが、どれだけ根深く危機的な状況の先端部分でしかないのかも知らなかった。
それを知ってからは、とにかく何とかしなければと思った。
だって、帰りたかったのだ。
皆のいるあの場所に、ウィルの待つあの街に。
思えば俺が東の国を捨てて飛び出した時、何でその先に中央王国を選んだのかわからない。
確かに東の国とは同盟国で、一番入りやすかった事はある。
でも、別に中央王国の王宮都市に住まなくても良かったはずだ。
魔術学校を出ていたからそれを活かして就職するには、確かに王宮都市が一番仕事があったかもしれない。
でも他の道もあったはずなのだ。
でもそれを俺は選ばなかった。
盲目的に王宮都市で魔術試験を受けて、兵士になれば当たり障りなく一生暮らしていけると思い込んでいた。
あれは何だったんだろう??
『あれがあんたの1つのターニングポイントだ。』
以前、マダムに千里眼を使われた時に言われた言葉を思い出す。
それは俺が養子に行った時の話をしていた時に言われた言葉だ。
もしかしたら東の国を飛び出して中央王国に飛び込んだのも、仕事を魔術兵にしたのも、全部そういう事だったのかもしれない。
なら、今回のこの怒涛の旅もそう言うものだったのだろうか??
その前のシルクと出会った旅も、ウィルを取り返しに行った旅も、全部そういうものなのだろうか??
全ては今の自分を作る為の軌跡。
全て今の俺を作る為に必要で辿ってきた道なのならば、未来の俺を作る為に必要な軌跡が今なのだろう。
だとすると、未来の俺は何になっているのだろう??
「………なんて、考えたってわからないよなぁ……。」
自分の考えに笑ってしまった。
この旅は、本当にたくさんの事があった。
知らなかった事。
知りたくなかった事。
知るべきだった事。
知ったからには捨て置けない事。
たくさんの人にもあった。
それは初めて会う人。
久しぶりに会う人。
そして長く追いかけていた人。
本当にたくさんの人に会った。
そして会えなくなった仲間がいた。
会わなくなった事で、そのかけがえの無さを知った。
失った場所。
望んでその場所に行った訳じゃなかったはずなのに、今ではそこが俺の居場所だ。
失う訳にはいかない俺の居場所。
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