欠片の軌跡⑤〜あらがう者たち

ねぎ(塩ダレ)

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第八章③「帰国裁判」

アイデンティティー

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「あれは誰だ?」

「あれ程の人物が警護部隊にいるなど聞いたこともないぞ?」

「しかも第三別宮のだろう?」

「……名前を見ろ、ラティーマーの者だ。」

「だが名は知らぬぞ?ラティーマーの者で、ここまでの切れ者だと言うのに、この歳まで何の噂にもならずにいたのか?どういう事だ?!」

頭上の貴族陪審員席がざわついている。
俺はクッと笑いを堪えた。

裁判は、ガスパーの手の中で転がされていた。
おそらくここに来ていた第二王子派の面々も、貴族陪審員も有識者陪審員も、議長や補佐官、王族関係者だって、この無名の若者にここまでこの場を仕切られるとは思っていなかっただろう。

いくら代々宰相を出すラティーマー家の人間といえど、一族は広い。
その中には当たり前だが、特に名を聞かぬ人だってたくさんいる。
それはその辺の取るに足らない貴族と何ら変わらない。
だから、誰もガスパーがはじめに名乗った時には見向きもしなかった。
第三別宮警護部隊の誰かぐらいだったと思う。
その彼に今や全員が舌を巻いていた。

ガスパー・サジェス・ガスゥダールストヴィンヌイー・ラティーマーの名を、ここにいる全員が忘れはしないだろう。

……俺は長すぎて多分忘れるけど。

本当、ガスゥダールストヴィンヌイーってなんなんだよ、長すぎるんだっての。
何なんだと聞いたら、古い言葉で「政治家」とか「国家の」と言う意味らしいとさっき教えてくれた。
つまり、古参貴族にありがちな、一族の職業を表すミドルネームなのだが、いくら何でも長いだろう。
せめてシュターツマンとかスタディスタぐらいにしておいてくれ。
ガスパーも普段は「G」って訳してフルネームは名乗らないっ言うんだから、俺が覚えられない事に文句言わないで欲しい。

とは言え、颯爽と華々しく表舞台に登場したラティーマーの若き蛇蝎は、次の段階として俺がどんな人間で、訳もなく他者に危害を加える様な人物でない事を説明している。

いかに優れた魔術師で、いかに部下に慕われ副隊長代理となったかと言う話をしているのだが、嘘ではないにしろ誇張しすぎていて、はっきり言って聞いててサブイボが出る。
ガスパー本人も心にもない事を言葉にしているせいか、目が死んでる。

あ~もう~~。
裁判的に必要な過程なんだろうけどさ!
何なの?!これ?!もう恥ずかしくて死にそうだっ!!

ちらりと傍聴席に視線をやると、無表情に固まっているギルにしがみついてフードの男が肩を震わせている。
顔は見えないが、間違いなくシルクだ。
気持ちはわかるが、笑いすぎだお前。
それが主に対する態度か?!
レオンハルドさんに言いつけるからな!
ライルさんも来ているが完全に無になっている。
多分、そうしないと爆笑してしまうんだろう。

くそう、何でこんな辱めを受けなきゃならないんだ!
絶対、しばらく皆にこれでからかわれる!!
ガスパーも、そうしないといけないからって、話を盛り過ぎなんだよ!!
自分の目が死んでないと話せないぐらい、尾ひれ腹ヒレつけるなっての!!

上を見ると、ライオネル殿下が口元を押さえている。
殿下まで笑ってるっつ~の。
その後ろに控えてるイヴァンは、いつぞやの様に天井を睨んでいた。

あ~っ!こんちくしょうっ!!

マダムは真顔でそれを聞いていて、たまに小声で「へぇ知らなかったよ」「そいつはご立派で」と棒読みで呟いている。
あああぁぁ~、絶対、後々までこれで引っ張られるっ!

グレイさんに至っては、にっこにこで聞いているので物凄く怖い……。
て言うか、気に入ってもらえたのは嬉しいが、俺をいじめて泣かそうとするのはマジで止めて欲しい……。

「……私からは以上です。ではここより、アズマ・サークの人となりについて3名からの証言を頂きたく思います。」

ガスパーはそういうと、大きくため息をついた。

何でお前がぐったりしているんだ……。
ぐったりしたいのは俺の方だ……。
ガスパーは俺の顔を見ずに横に座ると聞いてもないのに言った。

「言いたいことはわかるが、顔に出すな。態度に出すな。裁判に必要な事だ。わかったな。」

「……わかったが、恨んでやる。」

「知るか。」

そう言っている内に、一人目の証言者としてロナンド師匠が入ってきた。

「………え?!嘘?!誰?!」

「お前……ロナンド様が常にあれだと思ってたのかよ……。」

そう、証言台にやってきた師匠は、いつもの派手なメイク等の女性を模した部分が一切なくなっていた。
そうじゃないかと思っていたが、結構美形だ。
残念ながら、美人というよりは美形だ。
つまりやっぱり師匠は男っぽいのだ。

「師匠のアイデンティティが……。」

俺にノーメイクの顔を見られたからか、師匠はちょっと淋しげに笑った。

何か気に入らなかった。
師匠は確かに体つきも顔も男っぽいが、心はほぼ女性なのだ。
似合ってようが似合っていまいが、そんな事は関係ない。

それを公の場だからといって捻じ曲げられた事が、物凄く腹立たしく思えた。
怒った顔をする俺に、師匠はいいんだと言うように小さく首を振ってみせる。

「アズマ・サークの師を努めます、宮廷魔術師総括前任者、ロジナンド・メイベル・ローランドです。私が彼を宮廷魔術師総括の後継者にしましたのは……。」

師匠はいつもの高い声でも女性的な口調でもなく話した。
内容も至って真面目で、とても淡々と俺が弟子としていかに真面目で努力家で、その才能や人柄から魔術師総括の後継者に選んだと話していた。

内容はやっぱり盛られていると思ったが、そんな事はどうでもいい。
師匠のアイデンティティが潰されてるのが本当に嫌だった。

「~~、彼は言いました。自分がこういう状況なので魔術本部で宮廷魔術師達を守って欲しいと。目から鱗が落ちる思いでした。いわれのない罪で自分の身が危険であるにも関わらず、自分の身の安全よりも、宮廷魔術師達の地位や生活を心配したのです。私はアズマ・サークを宮廷魔術師総括に選んだ事を誇りに思います。彼は宮廷魔術師組織の基礎を築き、その社会的地位を明確にしたフレデリカ・アーバン・ラウィーニア様に並ぶ人格者だと思います。私からは以上です。」

師匠が話し終えると、議長が誰か質問があるかと訪ねる。
俺はそこで手を上げた。

普通はこれは相手側、第二王子派に向けられているもの、もしくは弁論人のガスパーが話を広げるために使うものだ。
だから罪人扱いの俺が手を上げた事に、第二王子派も議長もびっくりしていた。

ガスパーがぎょっとした顔で俺の裾を引っ張ったが、申し訳ないが無視した。

「アズマ・サーク、証言者に何か言いたい事が?」

「はい、議長。お許し頂けますでしょうか?」

師匠も何がなんだかわからなくて、困惑した顔で俺を見ている。
議長は補佐官と話し合うと、俺に言った。

「許可します。」

その言葉に、ガスパーが眉を潜めた。

ゴメンな、ガスパー。
でもこのままにして置くのは、腹の虫が治まらないんだよ。

「ありがとうございます。」

俺は立ち上がった。
そしてまっすぐに師匠を見つめた。

「メイベル師匠!!」

俺ははっきりとそう告げた。
師匠もガスパーも、俺が師匠を名前なのか名字なのかわからない愛称の「ロナンド」と呼んでいるのを知っている人間は全員、ぽかんとしていた。

「メイベル師匠、まず、私がいない間、宮廷魔術師総括を臨時で引き受けて下さり、ありがとうございます!」

俺はあえて繰り返した。
ミドルネーム、いや、セカンドネームと言った方がいい「メイベル」は主に女性を表す名前だ。
だから師匠を知らない人間はそれを誇張する俺を奇妙に思っただろう。
だが師匠を知っている人間には、俺が何を言いたいのかわかったと思う。

「いいんですよ、サーク……。」

師匠にもそれはちゃんと届いたようだ。
ちょっと涙ぐみながら、そう答えてくれた。

「お忙しい中、宮廷魔術師総括を肩代わりして頂いた上、この様な場にまでお越し下さり、本当にありがとうございます!私は、メイベル師匠の弟子になれた事を誇りに思います!ありがとうございました!以上です!」

俺はビシッと言いきった。
何とも言えない間が法廷に落ちた。

「……アズマ・サーク?それで終わりなのか?」

「はい、以上です。」

だって、俺が言いたかった事は言い終わっている。
だから終わりだ。
議長は困惑して補佐官と話すと、咳払いをして言った。

「アズマ・サーク、師匠を慕う気持ちはわかるが、本件と関わりのない発言は控えるように。」

「はい、申し訳ございませんでした。」

「座りなさい。」

俺は座った。
ガスパーは目を閉じてしまっていて、せっかくここまで流れを掴んでいたのに申し訳ないなと思った。

「……ごめん。我慢ができなかった。」

「いい。お前はそういう奴だ。」

「ごめん。」

「いい。確かに裁判的にはちょっとまずいことしてくれたと思うけどよ……。俺はお前の……そういう所、嫌いじゃない。」

目を開いたガスパーは、口元を押さえてモゴモゴそう言った。
顔が少し赤い。
何だよ、そういう言い方、俺も困るんだけど……。
なんか釣られて、俺もちょっと赤くなった。

「ふふふ、2人とも、今が裁判中なの忘れてないかい??」

グレイさんがそう言って、面白そうに笑った。
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