欠片の軌跡⑤〜あらがう者たち

ねぎ(塩ダレ)

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第八章③「帰国裁判」

数え歌

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ガスパーは凛としてそこに立っていた。
いつもの着崩して斜に構えた感じではなく、1本筋の通ったピリリとした佇まいでそこに立ち、きつくはあるが母親譲りの整った顔には気品がある。

「まず、いくつか確認させて頂きたく思います。ミード伯爵、構いませんでしょうか?」

「か、構わぬ…。」

だが、その目は確かにラティーマーを象徴する蛇の眼光が備わっていた。

先程までの余裕はどうしたのか、その双眸で見据えられたミード伯爵は、ギクシャクとして答える。

彼らから見れば、多少出来たとしてもぱっと出の若造に過ぎない。
ラティーマーの人間だからと言って誰でも彼でも恐れる必要はないのだ。

それに、死傷者の数に嘘はない。
たとえ正当な理由であれ、これは言い逃れができる事ではない事実なのだ。
だから恐れる事は何もないはずなのだ。
けれどその目に捉えられれば、誰でも底知れぬ何かを感じずにはいられなかった。

「アズマ・サークと相対したのは南軍王族警備第五部隊と聞きましたが、何人体制でしょうか?」

「正確な数値は知らぬ、他国の軍の情報だからな。国家機密だろう。ただ、出陣したのは歩兵70人程、騎馬隊20人程、指揮官等で約100人ぐらいだったと聞いている。」

「歩兵、騎馬、指揮官含め、全100人程の軍だったと言う事ですね?」

「そう聞いている。」

「確実にその人数に間違いはないですか?」

「間違いなどない!それは南軍から渡された資料にも乗っている!!」

「確認しました。ありがとうございます。南の国からの資料にも、確かに歩兵70人程、騎馬隊20人程、指揮官等で約100人とあります。よって我々が交戦した南軍の数は約100人で間違いないと言う事になります。」

ガスパーは手元の資料をやけに念入りに確認していた。
それに釣られて、その資料を見る者もいて、紙をめくる音が響いた。

「軍の構成人数に加え、先程ミード伯爵は南軍の死傷者の数をお話になりましたので、こちらも当時の構成人数をお話させて頂きます。」

ガスパーは切り替えるようにかおを上げた。
なんでもない流れのようだが、ガスパーの仕掛けはもう動き出している。

「我々は友好訪問で南の国に出向いておりましたので、普段は歩兵の者も基本、馬に騎乗しておりました。ライオネル第三王子の警護としまして、警護部隊からは50人体制で望みました。他、ロイヤルガードとしてソードとシールド、殿下の身の回りの世話をするメイド等が8名、殿下の馬車や荷馬車を引く御者が3名、その他馬係、食事担当者等が含め、非戦闘員が20人強の計約80名程の一団でした。その裏付けとして、隊員等の友好訪問特別手当、また馬借用申請や友好訪問の経費費用の資料があります。詳しくはお手持ちの資料をご覧ください。」

ここでも何人かが資料を確認したのか、パラパラと紙をめくる音がする。

「先程も申しました通り、我々は非戦闘員20人強を含む、80名程の一団でした。それに対し、全員が武装戦闘員の南軍、100人と向かい合いました。ちなみに警護部隊の装備は、各自の帯剣、弓兵のボーガンが10機、矢100本、予備の剣10本、非戦闘員の護身用に非殺傷型の小型拳銃5丁、殺傷型の中型拳銃3丁、となっております。アーマーは友好訪問の雰囲気を壊しかねませんので、軽重装兵10人のみで、他は基本的には部隊の制服でした。装備に関しましても持ち出し申請書を資料としてつけてあります。ご覧ください。」

先程より多い人数が資料をめくった音がした。
ガスパーの話には、いちいち裏付けになる資料が存在している。
その為、これを切り崩すには帳簿の確認や裏帳簿を探さなければならず、すぐにとはいかないだろう。

「我々は、この装備でライオネル殿下と非戦闘員20人強を抱え、完全武装した100人の軍に待ち伏せを受けました。」

おお、と小さな呟きが法廷に響いた。
ここまでの説明を受け、これだけでも警護部隊が不利である事はわかる。

「この状況下で我々は100人の軍に対し2名で対応しました。2名です。」

ガスパーは打ち合わせ通り、100対2であった事を強調した。

「鉢合わせた時点では待ち伏せがこの軍だけなのか、ここを切り抜けてもこの先に他の軍が待ち構えているのかわからなかった為、必要最低限の人数で対応せざる終えませんでした。それを買って出たのが、副隊長代理のアズマ・サークでした。彼は魔術本部にも席を置く魔術師ですので、足止めをするだけならば大人数を相手にする事が可能でした。しかし流石にそれでは命が危ないとの事で、彼の従者であり武術指導員であるシルク・イシュケが共に残りました。状況的に仕方がなかったとはいえ、100人の完全武装した軍に対し、魔術師と武術士の2名だけで対応したのです。」

言葉にならないため息が法廷内を包んだ。
流石に部の悪くなったミード伯爵が慌てて叫ぶ。

「しかし!南軍に攻撃の意志があったとは言えぬだろうっ?!軍はただ一団を足止めして南部王宮に連れ戻そうとしただけなのでは?!」

「何の為に?」

「それは……っ!」

「招待客であるライオネル第三王子が帰国を伝え、中央王国に帰ろうとしているのを何故軍を出して足止めして王宮に連れ戻そうと?」

「それは……何か事情が……。」

「招待しておきながら、帰るとなったら軍を用いて連れ戻そうとするというのは、友好国に対して非礼には当たらないと?」

ガスパーが鋭い眼でミード伯爵を見た。
今にも口を開かんとする蛇の目は、小物を震え上がらせるには十分だった。

それに、友好訪問で招いた国賓を帰らせないように軍を用いたとするならば大問題なのだ。
しかもその相手が王の息子である第三王子なのだから、その意味は言わずと知れる。

傍聴席では報道関係者がひっきりなしにペンを走らせる音がしている。
むしろ第二王子派からしたら、その方が分が悪い。
ミード伯爵は叫んだ。

「だっ!第一!待ち伏せを受けたと言っているのはそなた達だけだ!我々はアズマ・サークが非礼を働き!それを止めるために軍が出たと聞いている!!」

「しかし、それを裏付ける証言も証拠もありません。王宮内を荒らされたという証拠となる損害費用に関する書類がない以上、裏付けのあるお話ではないかと思います。」

「貴様っ!!黙っていれば頭に乗りおってっ!!」

とうとう、ミード伯爵は感情的になってガスパーに掴みかかろうと原告席を飛び出してきた。
ガスパーは眉一つ動かさずそれを見ていた。
ミード伯爵はガスパーに届くよりも早く、法定人に取り押さえられる。
法廷は騒然とした。

「静粛にっ!!ミード伯爵!そなたもそのような振る舞いは法廷規則に反している!!ここは審議の場であるっ!!国王陛下もお越しになられているこの場で!何と恥さらしなっ!!退場を命ずるっ!!」

「そんなっ!!感情的になった事はお詫びします!!退場だけはっ!!」

貴族議員にとって、審議の場から退場を言い渡されるのは品位を欠く恥とされる。
しかも国王の前である。
一族の名誉に傷がつくに同じだった。

「議長。」

ガスパーが声を発した。
皆がそれに顔を向ける。

「私からもミード伯爵の退場はお避け頂きたく思います。」

ミード伯爵の顔があからさまにホッとした。
あ~あ、蛇の牙から逃れるチャンスだったのにな~と俺は思った。

ガスパーはミード伯爵に温情をかけたんじゃない。
この場から逃したくないだけだ。
その牙で引き裂くために。

「理由を聞こう。ガスパー・ラティーマー。」

「はい。ミード伯爵はこの軍の被害についての担当をされているのだと思います。故に一番詳しいかと思います。ですからまだ質問が残っている現段階で退場をされますと、私も困ります。」

「なるほど……。わかった。ミード伯爵、ひとまず退場は取り下げる。しかし同じ事を2度も国王陛下にお見せする事がないように。わかったな。」

「温情、痛み入ります。国王陛下、大変、申し訳ございませんでした。」

これも変だよな。
礼もお詫びもガスパーに言うべきなのに。
だから嫌いなんだよ、貴族って。
だがガスパー本人は何とも感じていないようだった。

「質問を続けさせて頂いても?」

何事もなかったように冷徹にそう言って、蛇の目を隠す眼鏡をクイッと持ち上げた。

うわ~、何か様になるな~。
だんだん見慣れてきた新生ガスパーを、俺はちょっとかっこいいなと思った。

しかも眼鏡エロいし。
なんかこいつも女神信仰じゃないけど、今後、奉りあげられそうだな。

俺は呑気にそんな事を考えていた。

「構わないな?ミード伯爵?」

「……はい。」

「では。我々がどのような状況で、南軍の100人の軍に遭遇し、それをアズマ・サークとその従者の2名で対応したかはわかって頂けたと思います。ここからは南軍の死傷者についてお伺い致します。」

ミード伯爵は第二王子派側に戻り、資料を手に取った。
向こうにもこれは南軍から提出された証拠となる資料が存在する話なので、とても強気な顔をしている。

「聞きたまえ。」

「はい。どのような状況だったかはさておき、アズマ・サークと交戦したのは100人の軍に間違いありませんね?」

「ああ、資料にもある通りだ。」

ミード伯爵はニヤリと笑った。
死傷者の数は変えようがない。
南軍からの資料もある。
何を聞かれても平気だと思っているのだ。

「資料とミード伯爵のお話から、アズマ・サークとの交戦により、南軍側の被害は即死者5名、重傷者約50名と言うことで間違いないですね?」

「その通りだ。」

「先程、ここの数値に乗らない軽度の負傷者は60人以上いると仰っていましたが、それはどこからお聞きになったのですか??」

「これらの南軍の資料を届けに来た、南軍王族警備第五部隊隊長、ラッド・K・ペイトンからだ。私が直接受け取った。間違いない。」

「間違いないんですね?」

「ああ、間違いない。神と国王陛下に誓って間違いない。」

それを言われて、ガスパーはニヤッと笑った。
その牙が、その隙間からちらりと見えた瞬間だった。


「おかしいですね?即死者5名、重傷者約50名と資料にあり、神と国王陛下に誓って間違いなく、ここの数値に乗らない軽度の負傷者は60人以上いる……。出陣したのは歩兵70人程、騎馬隊20人程、指揮官等で約100人ぐらいだったと資料にもあり、間違いないと言われましたよね?……計算が合いません。これはどう言う事でしょうか??」


調子に乗っていたミード伯爵の目が見開かれた。
何となく話を聞いていた面々もその矛盾に気づく。

だがこんなのは序の口だ。
こんな数値の差はどうとでもいい訳がきく。
ガスパーがこの程度の事を武器にする訳じゃない。

これはほんの取っ掛かりに過ぎないのだ。
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