欠片の軌跡⑤〜あらがう者たち

ねぎ(塩ダレ)

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第八章③「帰国裁判」

兵士として戦うということ

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「即死者5名、重傷者約50名の計55名、記載にならない程度の負傷者60人。合計で115名。南軍は100人と言われましたが、少し多いですね?」

ガスパーはにっこり笑った。
ミード伯爵は多少焦った様子だったが、冷静な素振りをして言った。

「南軍は100人ほどと言っただろう!!その程度、誤差の範囲だろう!!」

「そうですね、誤差といえば誤差ですね。出陣したのは歩兵70人程、騎馬隊20人程に指揮官ですから、私はてっきり100人未満と言う意味の『100人ほど』なのだと思っておりました。」

「この程度、指摘される程の事ではないと思うがね!!」

「ええそうですね。まさかわざと少ない人数に見えるように書かれている訳ではないですよね?ミード伯爵?」

「私を侮辱する気かっ!!若造がっ!!」

「いえいえ、お気を悪くしたのでしたら申し訳ございません。ですがそうしますと、正確には115対2と言う事ですね。確かに誤差かもしれませんが、たった2人で対応したとなると、たかだか15人増えただけ……とは言い難いと思われますが?いかがですか?」

「それは……っ!!」

「それから気になっていたのですが……南軍は、無傷の方が1人もいらっしゃらないんですね?出陣したのが115名だったとして、115名全員が何らかの怪我なりを負ったことになりますね。果敢にも指揮官達も兵士と一緒になって戦われたのですね。軍であり部隊に所属するものとして、とても敬意の念を持ちます。あぁ、そういえば、ミード伯爵がお会いになられた指揮官のラッド・K・ペイトン隊長はどこを負傷されていたのですか?お会いになられたのですから、お見舞いの言葉ぐらいはお掛けになられたのでしょう?」

ガスパーはゆったりと、笑顔でそう訪ねた。

その冷たさと言ったらない。
人間こうも笑いながら、造作もなく他者を血祭りに上げていけるんだなと思った。

ミード伯爵の顔は怒りで血が登りながらも、急激に血の気が引いていて、このままぶっ倒れるんじゃないかと思った。
焦りのためか怒りのためか、汗が止めどなく流れて、ハンカチで拭い続けている。

「怪我は……あ、足だ。足を怪我されていた。」

「足ですか?切り傷ですか?捻挫ですか?」

「そんな事はわからんっ!!包帯を巻いていたのだ!!」

「どちらの足に?」

「そんな事は忘れた!」

「ではどの辺りに?」

「そんな事はこの件と関係ないだろう!!議長!この者は関係ない質問をしています!!」

議長は補佐官と少し話してから答えた。

「確かに南国軍隊長の怪我の部位はそこまで重要な部分ではないかと思うが、必要な質問かね?ガスパー・ラティーマー?」

「いえ、失礼いたしました。少し熱くなってしまいました。取り下げます。」

「よろしい。怪我の部位の質問は取り下げられた。良いかなミード伯爵?」

「はい、ありがとう御座います。」

ミード伯爵は汗で冷え切った顔をしながら、苦々しくガスパーを睨んでいた。

「では質問を変えます。アズマ・サークと従者の2人が相対したのは、100人ではなく115名の完全武装した軍と言う事でよろしいですか??」

「そうだ!」

「ひとりも無傷の方がおらず、115名全員が何らかの形で負傷したと言う事でよろしいですか?」

「それは……100人ぐらいと聞いているのでわからない……。」

「おやおや、私ははじめから何度も確認させて頂きましたよね?100人前後で間違いないのかと?その度にミード伯爵は間違いないと仰られました。確かに115名でしたらギリギリ誤差の範囲かもしれませんが、それ以上の人数でしたら、100人程では済まされないかと思いますが??それとも、本当はもっと多いのに、わざと少ない人数を主張されているのですか??」

ミード伯爵は真っ青な顔をまた真っ赤にさせた。
そして怒鳴るように言った。

「記載がない思われた負傷者の数と、記載の傷者の数がかぶっているのかもしれないだろう!!」

「ええ、確かにその可能性があります。ですから先程確認させて頂いたのですよ、それで本当に良いのかと。ですがおっしゃいましたよね?ここの数値に乗らない程度の負傷者は60人ほどいると南軍王族警備第五部隊隊長のラッド・K・ペイトンからミード伯爵が間違いなく、国王と神に誓って聞いたと?確認もさせて頂きましたよね?違いましたか??」

「~~~っ!!」

ミード伯爵はもう、怒りなのか青ざめているのかわからない顔で言葉も出ず、奥歯を噛み締めている。
軽く泡を吹いているので、俺は本当にぶっ倒れるんじゃないかと思って見ていた。

「私の考えを述べさせて頂きます。私は、アズマ・サークと従者の2人が相対したのは100人よりもずっと多い数だと思っています。」

ガスパーはそう言って、議長席、両陪審員席、そして傍聴席を見た。

「根拠としましては、今、指摘した通り死傷者の数が100人を超えています。そして出陣した全ての人間が負傷するという事は考えにくいです。少なくとも指揮官は普通、戦闘には出ません。余程の事がない限り、そして勇猛果敢な指揮官でない限り、兵と共に戦ったりはしません。兵士でもその全てか何らかの負傷を追うというのは考えにくいです。この事から、私はアズマ・サークと従者の2人が相対したのは、100人以上の軍だったと推測しています。」

「だからと言って!!死者!重傷者を出した事には変わりない!!」

その声にガスパーは第二王子派に目を向けた。
ミード伯爵が完全に使い物にならなくなった為、原告席に座っていたフレッチャー公爵が叫んだ。

「わかっているのか!?5人もの死者が出ておるのだ!!無残に切り刻まれ出血死した者、魔術生物に弾き飛ばされ圧死したもの、崖から転落死したもの、炎で焼かれた火傷がもとで死んだ者!皆無残な死に方をした!!重傷者の多くは火傷だ!アズマ・サークが火を使ったせいだ!!治ったとしても一生傷が残る!!また腕を失ったものや、腱を斬られて歩けなくなった者だっている!!穴に落ちて失明した者、打ち所が悪くて麻痺が残ったもの、一生残るような傷や障害を与えた者が50人もいるのだぞ!!多少人数が増えたところで!!その罪の重さが消えるとでも?!」

具体的な死因や怪我の状況を出され、法廷内はしんと静まり返った。
報道関係者のペンの音も止まる。

俺は傍聴席に目をやった。
誰もが俯き視線を落としている。
ギルがフードを被ったシルクの頭を抱き寄せ、聞こえないようにするかの様に胸に押し付け、耳を塞いでいた。

わかってるさ。
たとえ何人が相手であっても、殺しは殺しだ。

俺もシルクも、あの時人を死なせた。
一生残る傷や障害を負わせた。
仕方がなかったと言える事じゃない。
ただ、背負うしかない事実だ。


「兵士が人を殺めた事を責められるなら!!どうやって戦えばいいっ!!」


静まり返った法廷内に、凛とした声が響いた。

ガスパーだった。
この場でたった一人背筋を伸ばし、何からも目を背けずにそこに立っていた。

「確かに人を殺めた罪は消えない。だがそれを背負うのは本人だ!!他人が責め立てていい事ではない!!兵士は守る為に戦う事を仕事とする者だ!!だから皆、相手を殺める危険と自分が死ぬ危険を背負って仕事をしている!!それなのに!守る為に戦った兵士個人にその罪を着せるのは間違っている!!仕事として戦闘を行い、自らの命を危険に晒して!守るという職務を全うしたのに!それによって何人殺したと罪に問われるなら!!兵士は皆!戦う事はできない!!だから軍であり部隊が存在するのだ!!個人ではなく軍の、部隊の責任とするために!もっと言うのであれば!!それは国の責任である!!軍規則法にそれははっきり書かれている!!戦闘による責任は部隊であり軍の責任であり、それに命令を下した国の責任である!!故に兵個人にその責を問う事を禁ずると!!」

誰もが黙ってその言葉を聞いていた。
確かに死者を出した事は罪に問われる事だ。
だがそれを法廷で個人の罪として問われるなら、兵士は誰も戦わないだろう。
人を殺めたその重さは、誰に言われるでもなく個人が背負っている。
それを法でも裁かれ罪に問われるなら、誰も戦う事はできないのだ。

「確かに死者を出した事は避けられるなら避けるべき事態だった。だがそれを持ち出して、個人を責めるフレッチャー公爵は間違っています!!」

軍法を持ち出され、フレッチャー公爵は顔を顰めて黙った。
ガスパーは続けた。

「この会場は、傍聴席100人、原告、罪人席が各4人ずつ、議長席3人、陪審員席各5人となっています。原告側の言っている115人とほぼ同じぐらいの数です。この数の訓練され完全武装した南国軍が、アズマ・サークとその従者のたった2人で対応した数と言う事です。」

その場にいたものは周りを見、それがどういう事か実感的に理解した。

「だがアズマ・サークはただの兵ではない。魔術師だ。この数でも殺そうと思えば殺せたはずだ。」

フレッチャー公爵が苦し紛れにそう言った。
ガスパーはそれを冷たく一瞥する。

「ええ、そうでしょう。アズマ・サークは魔術本部にすら席を置く程の魔術師です。この程度の人数を殺す事はおそらく可能でしょう。」

「ならばその残忍性を裁く事は間違っていると?」

「殺す事は可能だと言ったまでです。私は魔術師ではないので詳しい事はわかりませんが、結界で囲んで爆破するなり毒を流すなり空気を抜くなりすればおそらく簡単に殺せるのでしょう。むしろ全員殺す事は容易いんですよ、おそらく彼には。だがそれをしなかった。死者が5名である事、それこそが彼ができる限り相手を殺さぬ方法で足止めを試みた証拠です。この人数を相手に死者を出さない方法を取った証拠こそが、5名の死者なのです。」

俺は黙って目を閉じた。
死者を出した事に言い訳はない。
生涯残る傷や障害を負わせた事を言い逃れしようとは思わない。
この場で俺は何ももう、言う必要はなかった。
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