欠片の軌跡⑤〜あらがう者たち

ねぎ(塩ダレ)

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第八章③「帰国裁判」

竜の瞳の物語

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この恋はきっと叶わない。

だって、外界の人間を愛してはいけないのだ。
悲しい別れが待っているから。

だって、気になって彼を見つめていれば、彼がどんなにモテるか知ってしまったから。

いつか谷に帰らなければならない自分と、たくさんの人に好意を寄せられる彼。
何よりも彼は自分の事を何も知らない。
想いが通じ合う訳がない。

第三別宮には勤務で来るには来るが、部隊が違うので会う事もままならないし、客として会ったのだからどれだけ彼が覚えてくれているかなんてわからない。
なのに想いはどんどん大きくなって、こちらに来ていて時間があれば彼の姿を探し、せめて近くに居たいと警護部隊の詰め所の近くで休憩をとった。

好きだと想う。
恥ずかしいくらい惹かれている。
こんな乙女みたいな思考回路が自分にあるとは思わなかった。

告白を受けた時、本当に信じられなかった。

だってそんな風には見えなかったのだ。
優しくしてくれるけれど、きっと客の一人だからサービスしてくれているのだと思っていた。
それに甘えられればそれで良かった。

でも告白を受けた時、自分がずっと彼が応えてくれるのを待っていたんだと気づいた。

他の誰かなどいらなかった。
彼が欲しかったのだ。

彼以外は欲しくなかった。
欲求を満たすのは抱いてくれる男ではなくて、彼の気持ちだけだった。
ちんこが勃つか勃たないかなんてどうでも良かった。

彼に名前を呼ばれた時、何よりも満たされた。
何度そういう雰囲気になってもしてくれなかった口づけを彼がしてくれた時、自分の気持ちが溢れて止まらなかった。

嬉しくて幸せで、苦しくて切なくて、何よりも愛しくて。


「……愛している。お前が何者でも……どんな姿になっても……。」


冷たくなった顔に手を添えて額に口付ける。
呪いのせいで、段々と血管が黒く染まり始めている。

力を持ったサークの血でさえ、呪いが浸潤してきてしまった。
それだけサークが弱まっているのだ。
なのにその顔をただ愛おしく見つめる事しかできない。

結局、夜の宝石とは何だったのだろう?

呪われてしまったサークの側に来れば何かしら起こると思ったのだが、何も起こらなかった。
ただ、瘴気の中に入ってもさほど苦しいとは思わなかったから、それが力なのかも知れない。
このまま側にいれば自分も呪われて行くと思うのだが、黒い闇はのろのろと自分にこびりつきはするが、やがて離れてしまう。
どうやら呪われにくい体質が夜の宝石にはあるようだ。

ふと、胸の中が温かい事に気づく。
呪いと瘴気の中はとても寒いのだが、胸の中が温かいのでそこまで寒いとも思わない。
ウィルはくすりと笑った。

「ヴィオール、もう、俺を守らなくていいよ。俺はサークと共に夜に還るから……。」

サークが呪いから救い出し、自分の中に宿した精霊。
一度サークに取り込まれ自分に移されたそれは、二人の絆の象徴であり、何となく二人の子供のような感覚があった。

この子は自由にしてあげよう。
精霊となってしまったからもう竜でもないけれど、こうなった以上、自分達に縛り付けて置く訳にはいかない。

「……ヴィオール、もう、自由になっていいんだよ。ここから出て、好きな所に行きなさい。」

そう呼びかけても、ヴィオールは頑なに出てこようとはしなかった。
ひしっとウィルの魂にしがみついている。

困った子だ。

中々卵から孵らなくて、竜人様が言うにはもう中で孵っているのに全然出てこようとしなくて。
何日も通って呼びかけ続けて、やっと殻を割って顔を出した時は本当に嬉しかった。

不安そうな顔で俺を見て、うるうると大きな目を潤ませていた。

一つの竜の子に特別な情をかけてはいけないのだけれど、そんな事があったからこの子は特別だった。
巣を訪ねれば、必ず会いに来てくれた。
俺が乗るために竜を呼べば、他の子を押しのけてやって来た。

個人が特定の竜と絆を持つ事は禁じられている。
だから、俺は志願していた世話役からは外されて、外界調査員として外に出る事になった。

仕方がない。
俺は魔術も魔法も使えないし、夜の宝石だ。

だから特に特定の竜と絆を持つ事はあってはならなかったんだ。
誰の宝石になるともしれない身なのに、この子の心に入り込んでしまった。
竜が好きだからこそ、距離を置くべきだったんだ。

人と竜の特別な絆が禁止されているのには訳がある。
人と竜の寿命が違いすぎるからだ。

深い絆で結ばれた場合、人が死ぬ時、竜はその悲しみに耐えられなくて死んでしまう。
本来なら何百年と生きる竜が、若くして悲しみに暮れて苦しんで死んでしまうのだ。
それを防ぐ為に特別な絆は禁じられていた。

早く離れなければ、いつか役目を果たす時にこの子が苦しむ事になってしまう。
そう思って外界調査員を受け入れたのに、結局、ヴィオールを寂しがらせ、外に出させてしまい、人に捉えられ呪いにしてしまった。

だからこの子の宝石になるのは運命だと思った。
浅はかな考えで竜と交流を持ってしまった自分の運命だと。

なのに、それすらサークは救ってくれた。
この子を呪いから開放し、魂を精霊に変えて自分につけてくれた。

もうヴィオールが寂しがることもない。
ずっと一緒にいても、名前をつけても、誰からも何も言われないのだ。

「……困った子だ。せっかくサークが呪いから開放してくれたのに、俺と共に呪われるつもりなのか?ヴィオール?」

ヴィオールには呪われてしまう事よりも、また俺と離れる事の方が嫌らしかった。
そしてもう一人の絆の相手、サークを失うのも悲しすぎる様だった。

精霊にしたとはいえ元は竜なのだ。
深い絆を持った人間が二人も死んでしまえば、悲しみに苦しんでおそらく死んでしまう。

精霊は輪廻の中から外れてはいるが、やはり死というか消滅のようなものは存在すると本に書いてあった。
なら、この子も連れて夜に還るのがいいのかもしれない。

俺はサークの死んだように青ざめた冷たい顔に触れた。
何度も撫でて口付ける。

「ヴィオールもついてくるって。聞こえてるか?サーク??」

くすっと笑ってもサークは答えてくれない。
冷たすぎる体を強く抱きしめる。

「サークは何度も俺を救ってくれた……。なのに、俺はお前を救えない……。夜の宝石って何なんだろうな……。こんなお前を救ってもやれないなんて……。」

無力感で心臓が押しつぶされそうだった。
竜の血の呪いを消せる力があるはずなのに、この呪いですら消す事ができない。

方法がわからない。
どうやって呪いを鎮めたらいいのかわからない。
その力は持っているはずなのに……!

「ごめん……ごめんな……サーク……助ける事が出来なくて……ごめんな……。」

辛くて苦しい。
救えない自分が嫌でたまらない。
悔しくて涙が溢れた。

「でも……一人では逝かせないから……俺が……お前を夜に還すよ……新しい朝になれるように……。」

方法はわからない。
でも役目は知っている。

呪いになったものの魂を浄め、夜に還す。
新しい朝になれるように……。

ゴフッとサークが血を吐いた。
真っ黒な血だった。
呪いが全身に回っているのだ。
もう、力のある血すら全て黒くなってしまった。

その黒い血を拭ってやり、口づけた。

反応はない。
舌を入れても口腔内すら冷たくなっていた。
それを温めるように舌を絡める。

微かな息を感じる。
まだ生きている。

それが希望のような絶望のような、言い様のない感情に火をつけて、とめどなく溢れた。



「……愛している……愛してるんだ……サーク……っ!!」



悔しくて、苦しくて、愛しくて、切なくて……。

言葉にならない感情が目から溢れて零れ落ちた。
後から後から溢れて、サークの顔を濡らした。

瘴気の向こうにいるシルクも、ギルも、その他の者達も皆がそれを見ていた。
完全に死んでいるようにしか見えないサークを胸に抱いて、ウィルが涙を溢しているのを皆が見ていた。

その時。


ぱぁ……っと、何か淡い光が瞬いた。



「……えっ??」



ウィルが驚いて目を瞬かせた。
ホロリと溢れる涙がサークの頬に落ちる。

淡かった光が、やがてはっきりとした温かな輝きに変わり始めた。


「サークっ?!」


何が起きたのかわからなかった。
だが光が輝いている。
その光が呪いの闇に沈んでいたサークを段々と包んでいく。

「サーク?!サークっ!!何が起きてるんだ?!」

ウィルには全くわからなかった。
でも光がサークを包むにつれて、呪いが浄化されていくのが目に見えてわかった。

どういう事だ?!

ウィルは呆然とそれを眺めていた。
突然、胸の中からヴィオールが飛び出してきた。
それなりの大きさで実体化すると大きく吠える。

その精霊の息吹によって辺りに残っていた瘴気が消え失せる。
そしてヴィオールは二人を守るように体を丸めて包み込んだ。



「……いったい、何が……??」

誰もがぽかんとしていた。

けれどその場で一人だけ、何が起きたのか理解した者がいた。
ボーンの愛弟子の一人、アレックだ。

アレックは険しい顔をして周囲を振り返る。
戦闘能力のないものは宮廷魔術師たちが入ってきた時に避難させたのでいないが、ここには敵の兵士と冒険者の面子と、王宮関係者がまだたくさんいた。

ギリリと唇を噛む。
かなりさっきまでの事で魔力を失っている。
そもそも自分にできるかわからない。

だが、やるしかない。
俺は寡黙なるエアーデの弟子なのだから。

「姉ちゃん!魔力寄越せ!あるだけ!!」

「へっ?!」

「いいから早くっ!!じゃないと取り返しがつかなくなるぞ!!」

そう言われ、サーニャは訳がわからなかったが、弟の言う通りにした。
この子が何かに感づいてやろうとしているのだ。
間違いではないとわかっていた。
自分の残っている魔力の全てをアレックに変換して送り込む。
アレックは何か必死に祈り、魔法を発動させた。

アレックの周りが光り、そこからたくさんの蝶が舞い始める。

それは皆が今見ていた奇跡の光景を祝福する蝶の群れのようで、皆がわあっと感嘆の声を上げて、近くを飛び回る蝶達に見とれていた。

「……ふ~ん。ボーンが育てただけはあるねぇ。あのチビにゃんこ。」

「だね。とても綺麗な魔法だよ。エアーデには劣るけど。」

「綺麗ねぇ……。ボーンもそうだが、見てくれの割にエグい魔法を使うよ、アイツら本当に。」

「ああ、誰もこれが弱いとはいえ記憶消去の魔法だなんて思わないよね。やるねぇ、ちびっ子。」

マダムとグレイがそんな話をしている中、当のアレックは魔力の使い過ぎでぶっ倒れる。
それを慌てて姉のサーニャが支えた。

アレックの放った蝶は、ひらひらと法廷内を淡く飛び続けて消えていった。
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