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第二章「別宮編」

チェリーパイ

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明日は家に帰れると言う最後の夜、さあ寝ようと思ったところで、隊長が来た。

「明かりがついていた。」

それは理由なのか言い訳なのかわからない。

そして、いつも通り勝手に椅子に座る。
ずいっと袋を差し出される。

中に入っていたのはチェリーパイ。

「あ!パイだ!!」

くれたのが隊長だったのにも関わらず、思わず声を上げてしまった。
無表情な隊長は少し驚いた後、微かに笑った。

久しぶりの甘いものにかぶりつく。
満足げに頬張っている俺を、隊長は静かに見ていた。

「……お前、本当に旨そうに食うな。」

隊長はそう言うと、俯いた。
いつもと違うその様子に少し驚く。

「……良かった。本当に良かった……。」

「……………………。」

隊長の事はよくわからない。

でも、誰かを心配する方法が独特な事は、ちょっとだけわかった。








ここに来るとあの日の事を思い出す。

並んで座っていた外壁警備の魔術班の班長。
物理的距離も絆もあんなにも近かったのに、離れ離れになったこの場所。

今日は隣には誰もいない。

回復した俺は会議場にいた。
俺の処遇についての緊急会議が行われているのだ。
どうも俺の魔術の特異性は、流石にこのまま通常通りに扱う範疇を越えていたらしい。

まぁ、他に使う人、俺は見た事なかったからなぁ。
人前で使わない方がいいとも言われてたし。
でもそこまで変な使い方だったの??これ??
こんな騒ぎになると思っていなかったから、俺は面食らっていた。

「だ・か・ら!!何度も言っているでしょ!?この子の存在は魔術師全体にとって物凄く大きいの!あたしと一緒に魔術本部に連れて行きます!!」

上座に座っている師匠が、鼻息荒く息巻いている。
魔術本部ってアレだよな!?
この国をメインに、大魔術師と言われるような大物魔術師が集まっている場所。
というか師匠って、魔術本部に席のある魔術師だったの?!
あんな下ネタ大好きなエロ発言するのに?!
何かびっくりだ。

「だいたいここに置いておいて、誰が魔術の事を教えるの!?本部なら知識も技術も情報もある!何かあった時、この子の相談に乗ったり事態に対応出来る上位の魔術師が揃ってるの!!もう受け入れ体制も整えて来たから!!」

いや何それ??
俺、魔術本部に受け入れ体制が取られちゃう珍獣なの??
聞いてないんですが、師匠??

とはいえ、声を荒げて机を叩く師匠をらしくないな、と思って見ていた。

師匠は俺が目を覚ました後、すぐに本部に戻っていたらしい。
まぁ、師匠の立場としては当然の対応だ。
むしろ、魔術本部から話が来ているってのに、それですんなり決まらない事の方が不思議なくらいだ。

「言いたくないけど、ギル!貴方がここでどれだけ抵抗しようとも、この子の力はいずれ王宮議会にまで上がるわよ!?そうなったら、下手をするとこの子は権力大好き人間達のおもちゃにされるのよ!!」

ずいぶん話が大きくなってる。
でもあの師匠がこれだけマジで言っているのだから、自覚はなかったが、俺の特異性はそこまでのもののようだ。
だとしたら確かに下手をしていたら、権力者の格好の餌食だろうな。
新しい力っていうのは、近郊を崩して風穴を開けるにはもってこいだ。
俺を抱き込んだ貴族にとっていいカードになる。
だがカードってのは単なるカードだ。
要らなくなれば丸めて捨てるなり好きにできる。
何の後ろ盾もない、平民騎士の魔術師なら何の後ぐされもなく好き勝手に利用できるだろうから。
だから師匠は俺を守ろうとしている。
何の功績も後ろ盾もない平民の俺が、このまま宮仕えを続けるのは危険だとわかっているのだ。
俺が行きたいか行きたくないかは別として、師匠の言う通り、今は誰も文句が出せないような場所に送るのが一番安全だ。
それには魔術本部はうってつけだろうし、俺が魔術の能力を買われて騎士になった事からも筋は通る。

「この子の存在は、権力闘争なんて下らないものに巻き込まれて潰していいものじゃないの!!個人的にもこの子にそんな嫌な目に合わせる気はないの!今、手を打たなかったら、魔術師としての才能もこの子の尊厳も、めちゃくちゃになる可能性が高いのよ!?あんた、今、王宮からこの子を寄越せって言って断れる理由がちゃんとある訳?!ちゃんと筋の通った理由が?!ないでしょ?!」

本気で怒っている師匠が、どれだけ俺の事を心配し、想ってくれているのかわかる。
師弟となったとはいえ、出会って1ヶ月もしていない俺の事をそこまで考えてくれていることが何だか嬉しかった。
偶然なんだろうけど、この人を師匠に選んでよかったと俺は思う。

師匠の言う事は筋が通っていた。
しかもそれ以上の案なんてここにはなかった。
その場にいる全員、もうそれで決まりと思っていた。

……ただ一人を除いて。

俺はその人を見ていた。
どうしてそうなのかはわからない。
だが、諦めていない事だけはわかっていた。

師匠の説得にそれまで重苦しい沈黙を続けてきた隊長が、ゆっくりと口を開く。

「……ロナンド様、仰る事はご最もです。そして私も、サークを権力者達のおもちゃにさせる気はありません。」

「だったら!!」

「ロナンド様、貴方はサークの魔術師としての力を正確に把握しています。ですが私も、サークの騎士としての才能を理解し、高く評価しています。私は魔術の修練を邪魔したい訳ではない。魔術の修練も彼の騎士として伸ばすべき才能の1つです。未熟な彼は十分に学ぶ必要があります。」

「なら、素直に魔術本部にサークちゃん寄越しなさいよ!」

「それはできません。彼はライオネル殿下が決めた騎士です。その責務の責任はこの私が任されています。サークはまだ、魔術師としての基礎が甘いと聞いています。だとしたら魔術本部に所属させるには時期尚早かと。それは騎士としての基礎も同じです。ここで両方の基礎を固めてから所属させるべきだと考えます。」

「そんな悠長な事を言ってる場合じゃないでしょ!?さっきも言ったけど!この子の能力が王宮に知れ渡り、王宮から召喚状が来た時、それを断れる筋の通った理由を持ってる訳?!ないわよね?!ライオネル殿下が騎士にしたからってだけで、王宮の召喚状は断れないわよ?!」

堂々巡りでまた、師匠がヒートアップしてきた。
興奮しているオカマは……失礼、興奮している師匠は手に負える感じじゃない。
下手をすると無理矢理魔術でこの場を吹き飛ばして、俺を掻っ攫うんじゃないかとすら思えた。

というか、師匠の言っている事はとても筋が通っている。
そしてそれが可能な状況でもある。

なのにどうして隊長は拒むんだ??
何にそんなに拘っているんだ??

俺としては、外壁警備から引っペがされたんだ。
今更どこに飛ばされても何て事はない。
それなりのお給料がもらえるなら、別に構わない。
できれば家から通えて、性欲研究も続けられる楽で暇なところがいいけれど……。
ただ今の問題は、それどころではない感じなのだが……。


「サークっ!!」


膠着状態の中、会議場を一蹴する声が響いた。
皆、驚きで言葉を忘れる。

俺は声の主を見つめた。
その人も真っ直ぐに俺を見ていた。

隊長は言った。



「……お前に問いたい。お前は今後、どう生きるつもりだ?」

「!!」



その深い深い黒い瞳が、静かに、だが揺るがない強さで俺を見ている。

ああ、そうか……。

俺は少し笑ってしまった。
隊長が何に拘り、ここまで話を拒んできたか、理解できたからだ。

忘れていた。

俺は……。

俺はどうしたいのか……。
どう生きたいのか……。


「魔術師として学びその道を極めるか?それとも騎士として戦い続けるか?」


俺は目を伏せた。

何なんだよ、この人……。
たった一回戦っただけなのに、俺が思っている以上に俺を知ってる……。

しゃくだなと思ったが、小気味いい。

俺はゆっくりと目を開き、ニッと笑う。
そして意思の強い黒い双眸を見返した。



「……俺は元魔術兵です。知っているでしょ?」



挑発的にその目を睨む。
隊長も小さく笑って目を伏せた。

何か凄く気分が良かった。

「サークちゃんっ!!」

他の人は何だかわかっていないが、師匠はわかったらしい。
凄く責めるような、小さな子を叱るような顔で俺を見ている。

「ごめん、師匠。でも自分の生きざまに嘘はつけないよ。」

ちょっとしゅんとしながらも、自分の生き様は曲げられないと訴える。
怒ったような、困惑したような、でも知っていたような、そんな顔で師匠は俺を見ていた。

「……全くもう!!」

「ごめんなさい。」

「こっちに来ちゃえば簡単なのに!!手を焼かせないで!!」

ぷりぷり怒ってはいるが、俺を否定しない。
かと言って見捨てる訳でもない。
本当に良い人を師匠にしたな、俺。
俺は師匠に深く感謝した。

周りはまだ、状況が飲み込めずに困惑している。

しかし全てわかっている隊長が閉じていた両目を開いた。
そして重い視線で俺を見据えた。

「サーク、この状況となった今、それは簡単な道ではない。覚悟はあるか?」

「……甘く見ないで下さい。私は、5年ぶりに貴方に一撃入れた男ですよ。」

隊長の視線に挑発で返した。
隊長は少し俯いて、クッと笑う。
ちょっとしてやったりな気がして俺も気分が良かった。
そして続けた。

「ただ、ロナンド様の言ってる事は最もです。もし、私から提案させて頂けるのでしたら、私の所属は魔術本部とここと兼任扱いとし、どちらに私がいてもおかしくない形にして頂けたらと思います。そしてしばらくはここで魔術と騎士、両方の基礎訓練を行い、その後、本魔術部で学ばせて頂けたらと思います。」
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