「欠片の軌跡」①〜不感症の魔術兵

ねぎ(塩ダレ)

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第二章「別宮編」

心配は時に胃に重い

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粗方方向性が決まった事で、体調を考慮して俺は会議から解放された。

後の細かな所は隊長と師匠で決めるらしい。

どう考えてもバトルになりそうだ。
あの場に残された他のメンツが気の毒だ。





俺は通常業務と言う名の雑用として、3階倉庫の片付けをしていた。
埃が凄かったので換気用の小さな窓を開ける。

何の気なしに下を見て、あれ?っと思った。
下の小さな中庭の目立たないところに人がいた。
彼は木陰に腰を下ろし、本を読んでいるようだった。

見覚えがあった。

でも名前は知らない。
いつぞやのお客様さんだ。

はじめてを手助けした事もあり、少し思い入れのある客だ。
あの後、特に追加注文もないので他の販売ルートを開拓したのかもしれない。
俺は窓枠に肘をついてぼんやりと彼を眺めた。

何か様になってるよな~本、読んでるだけなのに。
美形って卑怯だわ。
姫系男子達が放っておかないのも無理もない。
彼は、第三王子殿下とは違ったタイプの「王子様」と言った雰囲気だった。

殿下を黄金や真珠に例えるなら、彼は月明かりの下のラピスラズリの原石だ。

輝きを放っている訳じゃないけれど、静けさの中に引き付けられるような不思議な魅力がある。
殿下と違って中性的な感じでもなく、体も結構しっかりしてどちらかと言えば男性的だ。

だからと言ってな~。
絶対、タチじゃなきゃいけないって訳じゃないのにな~。

逆にタチっぽいからこそ、自分の下に力ずくでも組み敷きたいってヤツも多いし。
何気に漂う色気もあるし、絶対ネコでいけると思うんだよな~。

……エロいし。

すぐにパートナーが出来ると思っていた彼は、何となく相手のいる雰囲気じゃない。
一度ここの階段で出会った時を思い出し、環境が悪いんだろうな~と考えていた。

ふと、彼が顔を上げる。
そして俺を見た。
目があったので手を上げて挨拶してみる。
彼は静かに笑うことでそれに答えた。
何だろう、ちょっと嬉しい。

その唇が動いた。
『明日、会えるか、』と。

だから俺も音を立てずに答えた。
『昼、前の場所で、』と。

彼は頷いた。
『毎度あり、』と返すと、彼はおかしそうに吹き出したみたいに口許を押さえて微笑んだ……。



「……おい。」

「うおっ?!」

急に声をかけられ、俺は振り向いた。
びっくりした。

すぐに目を戻したが、彼はもう居なかった。
風みたいな人だな、どこか謎めいている。

「何だよ、ガスパーかよ。」

怪訝そうな顔になって俺は答えた。
声をかけられた事で、現実に引き戻されたみたいな気分になった。
しかも相手がガスパーとか、何で声をかけられたのか謎すぎる。

「……何だとは何だよ!」

「いやいやいや、むしろ何だよ?マジで?また用もないのに呼び止めたのかよ?」

「ちげえよ!窓開けてじっとしてっから!具合悪いのかと思っただけだ!!」

焦ったように赤くなり、そう言われる。
俺はきょとんとしてしまった。
ガスパーに心配されてる?俺が?何で??
不思議に思いながら首を傾げた。

「いや?サボってただけ。」

「サボってたって!堂々と言うなよ!」

「たまにはいいだろ~。俺、病み上がりだしぃ~。」

ふざけてそう言うと、事の他ガスパーはそれを真面目に捉えた。
そして言いにくそうに変にもじもじした。

「……その……、だ、大丈夫なのか?……体とか?」

どうやら本当に心配されているようだ。
初めてここに来た時は、手篭めなのか袋叩きなのかにしようとしたくせに。
何か調子狂うなぁ~。

「お前が心配するとか、普通にびっくりしてるんだけど。」

「したら悪いのかよ!!」

「ん~、だってお前、俺の事、イジメてたじゃんか。」

「そっ、それは……。」

「でも、ありがとな。」

どういう心の変わりようかは知らないが、本当に心配していたんだなというのはわかった。
ちょっと、いやかなり驚いたが、心配してもらえるというのはありがたい事だ。
思わず少し微笑んで礼を言うと、柄じゃない事をして恥ずかしかったのかガスパーはまた赤くなった。
そしてぶっきらぼうに俺に袋を差し出してきた。

「……んっ!!」

「え?何!?」

「もうすぐ昼だろ!やるよ!」

押し付けられるように渡された袋。
俺が受けとると、ガスパーはピューとばかりに慌てて去って行った。

「……変なヤツだな……??」

よくわからんが飯代が浮いた。
今度会ったら、お礼を言わなければ。
俺は袋から香るいい匂いをすうっと吸い込んだ。

せっかくもらったから昼飯にしよう。
そう思って、どこで飯を食おうかとふらふら歩いていると、がしりと肩を捕まれた。

「うわっ!!」

なんだよいきなり?!
気配もなく近づかれて俺は心底ビビって飛び上がった。
驚いて振り向くと、隊長が無表情に立っている。

「……昼は食ったか?」

「へっ!?」

「……お前は体重が軽いから、しっかり食わさないと心配だ。」

体重が軽い??
いつの事を言っているんだ??
俺はどちらかと言うと平均の中の重い方だと思う。
なのに体重が軽いって??

「いや、隊長……。あの運んで頂いた時に軽かったのは、魔術のせいで血液がかなり減っていましてですね……。そのせいで体内の水分が極端に減っていただけで……。」

「……それは買ったのか?」

はい出た、隊長お得意の聞いてない。
俺が一生懸命説明してるってのに、無視だよ無視。

「……もらったんです。」

だからといってムッと顔に出す訳にもいかないのが平隊員の悲しいところだ。
もらったのだと答えると、隊長は自分の持っている袋を見つめ、少し考え込んだ。
そして何を思ったのか、俺の抱えている袋の上にぽすっと持っていた袋を置いた。
崩れそうになるのを慌てて支える。

「はいっ!?」

「……ちゃんと食え。また倒れられたら敵わん。」

隊長はそう言うと、すたすたと去って行った。

「ええええぇ~!?」

二つ目の袋を抱え、俺は困惑する。

え?ええ??
どういう事?!訳わからんぞ?!あの人?!

とはいえ、昼飯が2個になった。
まぁ2個ぐらいは余裕かな?
まだ倒れた後の後遺症でよく食べる時期だから。

しかしそこに新たなる刺客がやってくる。

「サーク!ここにいたのか!奢ってやるから、飯にしようぜっ!!」

嬉しそうに小走りにこちらにやってくる、ライルさん。
その腕には二つの袋が見える。

マジか……。

皆の心配がありがたくて涙が出そうだ。
でももう流石に昼飯はいりません……。

「ライルさ~ん~。」

近くに来たライルさんを、若干、涙目で見つめる。
ライルさんは俺の抱えている袋を見た後、少し考え込み、

「モテ期?」

と言った。

モテ期……。
くれたのは、俺に意地悪しようとしたガラの悪いお貴族様と、何考えてるのか全くわからない、ストーカー気質の騎士様ですが??
俺、モテるなら、相手を選びたいです……。

「……どうしましょう、これ……。」

「食えるでしょ、3つ位、サークなら!!」

「3つ!?」

「何だよ~、俺のは食べない気か?」

「ええええぇ~!?」

「あはは!嘘だよ!でもせっかくの気持ちなんだし、夜まで持ちそうな物は残して、後はちゃんと食べよう!俺も手伝うから!」

「ライルさ~ん!!」

さすがはライルさん。
頼りになる。
なんて素敵な犬系男子!!

とはいえ、この時点では、まだ何とかなると俺もライルさんも思っていた……。

あの声が聞こえるまでは…。


「サークちゃ~ん!!お昼にしましょ~!!」


まさかと、青ざめて俺とライルさんは振り返る。

そこには案の定な人が、かなり大きめの袋を2つ抱えて小走りにこちらに向かってきていた……。


……………………。

別宮に異動になった時は正直、孤立するんじゃないかと思っていた。

平民だし、騎士になったとはいえ魔術師だし。
貴族社会の中で働いていけるのかなぁって……。
ちんこも勃たない体質だし。

でも俺は、どうやらとてもまわりに大切にしてもらっている。

ありがたい事だと思いながら、食べる前から胃が痛むのを感じていた……。
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