佐藤君のおませな冒険

円マリ子

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27. 夏休み〜倒錯の扉〜①

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 夜、何もかもが片付いて、ロッキングチェアに揺られながら少しばかりの酒を飲む。この時間が、一番安らぐ時間かもしれない。
 明日から八月、毎年この時期になると、私は少しおかしくなる。忘れ得ぬ、遠い夏休み。私の心はいつしか過去へとたゆたっていた。

 あのころの私は恋愛に疎い大学一年生だった。そんな私にも憧れの異性がいた。同じ文芸サークルの三年生、田中京子さん。高身長で背丈は私より少し低いくらい、服装はいつもシャツにズボンを合わせたスタイルだった。髪型は長い黒髪をポニーテールにしており、結び目の控えめなリボンがかわいらしかった。
 文芸サークルはあまり活発には活動しておらず、好きなときに部室に行って雑談したり本を読んだり原稿を書いたりするだけだったが、年に一回文集を必ず発行していた。私も週に何回か部室に足を運んだ。同じ作家を好きな友人ができて楽しかったのもあるが、田中さんを一目見たいというのが最大の目的だった。そのうち水曜日に必ず田中さんが来ると分かり、私も水曜日は必ず行った。
 男子高出身の私は女性との会話に苦手意識があったため、田中さんに話しかける度胸がなかった。だから、いつも同性の友人としゃべっていた。しかし、細心の注意でもって、彼女の言葉を横から聞いていた。
 田中さんは口数は多くないが、たまに発する言葉が非常に的を射たもので、教養を感じさせた。やや低めの落ち着いた声が、耳に優しく魅力的だった。第一印象とは異なり意外と気さくなところも好ましかった。
 最初は敬愛だったと思う。知的で、誰に対しても公平で、尊敬していた。しかし、時間が経つにつれ、恋慕の情が増していった。どうにかして彼女と親しくなりたいと思うものの、意気地のない私は、何も行動を起こさないまま夏休みになってしまった。
 夏休み(通っていた大学は八月と九月が夏休みだった)になると部室に顔を出す人は少なくなった。私も足が遠のいていたのだが、ふと、田中さんが一二年生のころの文集を読んでみたいと思い、ふらりと部室に立ち寄った。どうせ誰もいないだろうと思っていたのだが、驚くべきことに、田中さんが一人で読書をしていた。私は運命だと思った。これを逃しては、もう二度とチャンスはないような気がした。
「田中さん!」
「橘君、何かご用?」
 田中さんは静かに本から目を上げて私を見つめた。まともに言葉を交わしたのはこの時が初めてだった。
「あの……お友達からでいいので、私とお付き合いしてくれませんか?」
 今となっては、よくあんな勇気が出たと思う。私は実にありきたりな文言で交際を申し込んでいた。
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