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18話
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幾度となく馬車を乗り継ぎ、山道を進み、冷たい風に身を切られながら、ようやく前線の拠点、辺境伯領のお屋敷が見えてきた。
「……ここが」
灰色の石造りのお屋敷は、戦火の影響か、ところどころ焼け跡が見て取れる。それでも威厳を保つ外観だった。
『ここにエドガー様がいらっしゃるのね……』
案内されたのは、お屋敷の奥まった静かな部屋だった。
扉が開けられた瞬間、わたくしの息は小さく止まった。
「エドガー……様」
室内は陽の届かぬ薄明かり。カーテンは静かに揺れ、乾いた薬草の香りが満ちていた。
そして、寝台の上には、包帯に覆われ、まるで人形のように静かに横たわるエドガー様のお姿。
動かない。
まぶたは閉じたまま。
呼びかけても答えてくれない気がして、胸が張り裂けそうになった。
「……っ」
その横で、わたくしの心をさらにざわつかせる光景があった。
「エドガー様、どうか……どうか目をお開けくださいませ……」
年若い令嬢が、わたくしの知らぬ女性が、白い布で彼の額の汗を優しく拭っていた。
淡い金髪に、涙をこらえてかすかに震える肩。
その姿は、まるで献身そのもののように見えた。しかし、その光景はわたくしの胸の奥に、針の先ほどの痛みを刺し込んでいった。
彼女が振り返り、はっと目を見開いた。
「……どなた、でしょうか」
「わたくしはミリアン・ウィルソン。エドガー様の妻ですわ」
堂々と名乗ったつもりだったのに、どうしてか声がわずかに震えた。
「妻……?」
彼女の顔色が変わった。
驚きと、戸惑いと、そして、ほんの僅かな悲しみの陰。
わたくしは一歩、彼に近づいた。
寝台の縁に手を置こうとした、その時。
「エドガー様のおそばには、わたくしが……ずっと……」
彼女は、ソニアと名乗ったが、何か言いかけて言葉を飲み込んだ。
彼女は辺境伯の娘だと言った。
しかも、ここ最近ずっと彼の傍に付きっきりだったと言う。
戦場で倒れた時から、目を覚まさぬこの瞬間まで。
わたくしは、微笑んだ。
心のざわめきを、そっと上品な仮面の下に隠しながら。
「ありがとう。エドガー様を看てくださって。あなたがいてくださったおかげで……わたくしはこうして彼に会うことが出来ましたわ」
そう言いながら、わたくしは彼の手を取った。
冷たくはない。
けれど、すぐに握り返してくれることは、叶わない。
胸の奥に、鋭い不安が走る。
「エドガー様……聞こえていらして? わたくし、参りましたわ。だから、どうか……」
その声は今にも震えそうだったが、必死に取り繕った。
彼のまつげが、ほんの一瞬だけ揺れたような気がした。
わたくしは、その微かな変化に縋るように瞳を細めた。
……そして横目で見た。
彼女が、痛むような、悔しげな、けれど彼を想う真摯なまなざしを向けているのを。
胸の奥が、再びざわついた。
(彼女は……どれほどの間、彼の傍にいたのかしら)
けれど同時に、わたくしはふっと笑みを深めた。
(いいわ。ならば、わたくしが、彼の妻としての姿を見せて差し上げますわ)
そう決意したところで、背後の扉がノックされる。
「奥方様。辺境伯様がお会いになりたいそうです」
何故かしら、言い知れぬ嫌な予感がわたくしに襲いかかる。
この部屋を出て、エドガー様を彼女と二人きりにしたくはない。だけど……。
わたくしは後ろ髪を引かれながらも扉に向かった。
「……ここが」
灰色の石造りのお屋敷は、戦火の影響か、ところどころ焼け跡が見て取れる。それでも威厳を保つ外観だった。
『ここにエドガー様がいらっしゃるのね……』
案内されたのは、お屋敷の奥まった静かな部屋だった。
扉が開けられた瞬間、わたくしの息は小さく止まった。
「エドガー……様」
室内は陽の届かぬ薄明かり。カーテンは静かに揺れ、乾いた薬草の香りが満ちていた。
そして、寝台の上には、包帯に覆われ、まるで人形のように静かに横たわるエドガー様のお姿。
動かない。
まぶたは閉じたまま。
呼びかけても答えてくれない気がして、胸が張り裂けそうになった。
「……っ」
その横で、わたくしの心をさらにざわつかせる光景があった。
「エドガー様、どうか……どうか目をお開けくださいませ……」
年若い令嬢が、わたくしの知らぬ女性が、白い布で彼の額の汗を優しく拭っていた。
淡い金髪に、涙をこらえてかすかに震える肩。
その姿は、まるで献身そのもののように見えた。しかし、その光景はわたくしの胸の奥に、針の先ほどの痛みを刺し込んでいった。
彼女が振り返り、はっと目を見開いた。
「……どなた、でしょうか」
「わたくしはミリアン・ウィルソン。エドガー様の妻ですわ」
堂々と名乗ったつもりだったのに、どうしてか声がわずかに震えた。
「妻……?」
彼女の顔色が変わった。
驚きと、戸惑いと、そして、ほんの僅かな悲しみの陰。
わたくしは一歩、彼に近づいた。
寝台の縁に手を置こうとした、その時。
「エドガー様のおそばには、わたくしが……ずっと……」
彼女は、ソニアと名乗ったが、何か言いかけて言葉を飲み込んだ。
彼女は辺境伯の娘だと言った。
しかも、ここ最近ずっと彼の傍に付きっきりだったと言う。
戦場で倒れた時から、目を覚まさぬこの瞬間まで。
わたくしは、微笑んだ。
心のざわめきを、そっと上品な仮面の下に隠しながら。
「ありがとう。エドガー様を看てくださって。あなたがいてくださったおかげで……わたくしはこうして彼に会うことが出来ましたわ」
そう言いながら、わたくしは彼の手を取った。
冷たくはない。
けれど、すぐに握り返してくれることは、叶わない。
胸の奥に、鋭い不安が走る。
「エドガー様……聞こえていらして? わたくし、参りましたわ。だから、どうか……」
その声は今にも震えそうだったが、必死に取り繕った。
彼のまつげが、ほんの一瞬だけ揺れたような気がした。
わたくしは、その微かな変化に縋るように瞳を細めた。
……そして横目で見た。
彼女が、痛むような、悔しげな、けれど彼を想う真摯なまなざしを向けているのを。
胸の奥が、再びざわついた。
(彼女は……どれほどの間、彼の傍にいたのかしら)
けれど同時に、わたくしはふっと笑みを深めた。
(いいわ。ならば、わたくしが、彼の妻としての姿を見せて差し上げますわ)
そう決意したところで、背後の扉がノックされる。
「奥方様。辺境伯様がお会いになりたいそうです」
何故かしら、言い知れぬ嫌な予感がわたくしに襲いかかる。
この部屋を出て、エドガー様を彼女と二人きりにしたくはない。だけど……。
わたくしは後ろ髪を引かれながらも扉に向かった。
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