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27話
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《エドガー視点》
春の光は柔らかく、屋敷の窓辺に差し込むたび、ほんの少しだけ心が軽くなる気がした。
いや、軽くなったのではない。
単に、痛みに慣れ始めただけなのだろう。
リハビリのための杖に手を添え、ゆっくりと立ち上がる。
かつて当たり前のように踏みしめていた床が、今では別世界の地面のようだ。
「……ふう」
膝が笑う。背中にも鈍い痛みが走る。
だが、立てる。数歩なら、歩ける。
それだけで、戦場から戻った直後の絶望に比べれば何と恵まれていることか。
そんな折、家令のレイモンドが静かに告げた。
「ご主人様、エルドラン公爵家ご子息のロイド様がお見えです」
「ロイド殿が? あの日、戦場から公爵家に……以来会っていない。何故、今頃彼は……通してくれ」
彼はかつて戦場で命を救った公爵家の二番目の令息。そしてミリアンの従兄弟だ。
彼が私を訪ねて来る理由とは?
嫌な予感が頭をよぎる。
ロイド殿は扉を開けると、どこか沈んだ表情で深く頭を下げた。
「エドガー卿。お加減はいかがですか」
「相変わらずだが、少しは立てるようになってきた。……それで? ロイド殿が来たということは、ただの顔見せではないのだろう」
ロイドは一瞬言葉を選ぶように口を閉ざした。
その沈黙だけで、胸がざわつく。
「……昨夜の夜会の件です」
夜会。
今の私にわざわざ報告される夜会など……。
胸が痛む。誰のことか、言われる前からわかっていた。
「叔父上に頼まれ、僕がミリアン嬢をエスコートしました」
その名前が出た瞬間、鼓動が強く打った。
わずかに握った杖の先が床を鳴らす。
「……そうか。」
「はい。しかし……問題はそこではありません」
ロイドはため息をつき、真剣な眼差しでこちらを見る。
「隣国の王子が、ミリアン嬢を気に入られました」
全身が固まった。
心臓が、大きく、痛いほど跳ねた。
彼女の名を口にされた時より、ずっと大きく。
「……王子、が」
「はい。留学時代に知り合いでしたので、僕が挨拶に伺ったのですが……ミリアン嬢を一目見るなり、興味を抱いたご様子で」
脳裏に浮かぶ。
気品ある青年王子が、社交界の中でひときわ輝く彼女へ視線を向ける光景。
似合いすぎるだろう。かつて彼女は小説の中の完璧な王子に憧れていた。
胸が、焼けるように痛む。
「エドガー卿。本当に、このままでよろしいのですか?」
ロイドの強い言葉が突き刺さる。
「……このまま、彼女が他国の王子に娶られても。それでも、遠くから見守るだけでいいのですか?」
答えられなかった。
何度も自分に言い聞かせてきた。
彼女のためには、自分などいない方がいいと。
戦で傷を負い、歩くことさえまともにできない身体では、彼女に幸せな未来を与えられないと。
だからこそ、別れたのだ。
だからこそ、あれが最善だと……
そう、思い込もうとしてきた。
だが。
(ミリアンが……誰かの隣に立つ?)
それがたとえ立派な王子であったとしても。
いや、立派だからこそ。
彼女なら当然の未来であるはずなのに。
喉が締め付けられるように苦しくなる。
ロイドは静かに言った。
「貴方が誰よりも彼女を想っていること、僕は知っています。だから……伝えないわけにはいかなかった。それに彼女だって……」
杖を握る手が震えた。
痛みのせいではない。
(どうする……エドガー。お前は……どうしたい)
初めて、自分に問いかけた。
逃げるのではなく。
彼女のためと言い訳するのでもなく。
自分は、どうしたい?
窓の外では、春のライラックが風に揺れている。
その香りがかすかに部屋へ届く。
心の奥底に閉じ込めていた想いが、かすかに震えた。
ーーーー
《ロイド視点》
僕は敢えてエドガー卿には伝えなかった。
ミリアン嬢が王子に『想い人がいる』と告げたことを。
それがせめてもの僕の恩返しのような気がしたからだ。
先の北方戦線の時に、僕は助けに来てくれたエドガー卿率いる部隊に命を救われた。
この恩は何物にも代えがたい。なら、せめて彼が愛する人と結ばれる手助けくらいはしたいと思ったからだ。
確かに王子はミリアン嬢を完全に諦めたと言ったわけではなく、もし、道が交わることがあればという含みを持たせた言い方だった。
だが、王子の性格を知っている僕は、この言葉には期待はしていないという意味が読み取れた。しかし、それをそのまま伝えてしまえばエドガー卿は自分の本心を隠したままのような気がした。
僕はここで少し焦らせた方が良い方向に向くのではと考えた。
本当に今度こそ二人が向き合ってくれればと願わずにはいられなかった。
春の光は柔らかく、屋敷の窓辺に差し込むたび、ほんの少しだけ心が軽くなる気がした。
いや、軽くなったのではない。
単に、痛みに慣れ始めただけなのだろう。
リハビリのための杖に手を添え、ゆっくりと立ち上がる。
かつて当たり前のように踏みしめていた床が、今では別世界の地面のようだ。
「……ふう」
膝が笑う。背中にも鈍い痛みが走る。
だが、立てる。数歩なら、歩ける。
それだけで、戦場から戻った直後の絶望に比べれば何と恵まれていることか。
そんな折、家令のレイモンドが静かに告げた。
「ご主人様、エルドラン公爵家ご子息のロイド様がお見えです」
「ロイド殿が? あの日、戦場から公爵家に……以来会っていない。何故、今頃彼は……通してくれ」
彼はかつて戦場で命を救った公爵家の二番目の令息。そしてミリアンの従兄弟だ。
彼が私を訪ねて来る理由とは?
嫌な予感が頭をよぎる。
ロイド殿は扉を開けると、どこか沈んだ表情で深く頭を下げた。
「エドガー卿。お加減はいかがですか」
「相変わらずだが、少しは立てるようになってきた。……それで? ロイド殿が来たということは、ただの顔見せではないのだろう」
ロイドは一瞬言葉を選ぶように口を閉ざした。
その沈黙だけで、胸がざわつく。
「……昨夜の夜会の件です」
夜会。
今の私にわざわざ報告される夜会など……。
胸が痛む。誰のことか、言われる前からわかっていた。
「叔父上に頼まれ、僕がミリアン嬢をエスコートしました」
その名前が出た瞬間、鼓動が強く打った。
わずかに握った杖の先が床を鳴らす。
「……そうか。」
「はい。しかし……問題はそこではありません」
ロイドはため息をつき、真剣な眼差しでこちらを見る。
「隣国の王子が、ミリアン嬢を気に入られました」
全身が固まった。
心臓が、大きく、痛いほど跳ねた。
彼女の名を口にされた時より、ずっと大きく。
「……王子、が」
「はい。留学時代に知り合いでしたので、僕が挨拶に伺ったのですが……ミリアン嬢を一目見るなり、興味を抱いたご様子で」
脳裏に浮かぶ。
気品ある青年王子が、社交界の中でひときわ輝く彼女へ視線を向ける光景。
似合いすぎるだろう。かつて彼女は小説の中の完璧な王子に憧れていた。
胸が、焼けるように痛む。
「エドガー卿。本当に、このままでよろしいのですか?」
ロイドの強い言葉が突き刺さる。
「……このまま、彼女が他国の王子に娶られても。それでも、遠くから見守るだけでいいのですか?」
答えられなかった。
何度も自分に言い聞かせてきた。
彼女のためには、自分などいない方がいいと。
戦で傷を負い、歩くことさえまともにできない身体では、彼女に幸せな未来を与えられないと。
だからこそ、別れたのだ。
だからこそ、あれが最善だと……
そう、思い込もうとしてきた。
だが。
(ミリアンが……誰かの隣に立つ?)
それがたとえ立派な王子であったとしても。
いや、立派だからこそ。
彼女なら当然の未来であるはずなのに。
喉が締め付けられるように苦しくなる。
ロイドは静かに言った。
「貴方が誰よりも彼女を想っていること、僕は知っています。だから……伝えないわけにはいかなかった。それに彼女だって……」
杖を握る手が震えた。
痛みのせいではない。
(どうする……エドガー。お前は……どうしたい)
初めて、自分に問いかけた。
逃げるのではなく。
彼女のためと言い訳するのでもなく。
自分は、どうしたい?
窓の外では、春のライラックが風に揺れている。
その香りがかすかに部屋へ届く。
心の奥底に閉じ込めていた想いが、かすかに震えた。
ーーーー
《ロイド視点》
僕は敢えてエドガー卿には伝えなかった。
ミリアン嬢が王子に『想い人がいる』と告げたことを。
それがせめてもの僕の恩返しのような気がしたからだ。
先の北方戦線の時に、僕は助けに来てくれたエドガー卿率いる部隊に命を救われた。
この恩は何物にも代えがたい。なら、せめて彼が愛する人と結ばれる手助けくらいはしたいと思ったからだ。
確かに王子はミリアン嬢を完全に諦めたと言ったわけではなく、もし、道が交わることがあればという含みを持たせた言い方だった。
だが、王子の性格を知っている僕は、この言葉には期待はしていないという意味が読み取れた。しかし、それをそのまま伝えてしまえばエドガー卿は自分の本心を隠したままのような気がした。
僕はここで少し焦らせた方が良い方向に向くのではと考えた。
本当に今度こそ二人が向き合ってくれればと願わずにはいられなかった。
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