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28話
《ミリアン視点》
夜会から一夜が明けても、胸のざわつきは消えなかった。
朝の光が差し込む応接室。
ソファに腰掛け、手にしたカップの中の紅茶はとうに冷めている。
(わたくし……どうして、あんなに心が揺れたのかしら)
隣国の王子は穏やかで、礼儀正しく、誰が見ても魅力的な方だった。
それでも、やはり心が浮かれなかったのは……
(わたくしはどこかで気づいてはいた。そう、心は揺れ動くのにその心が浮かれないのは……)
王子には素直な気持ちを伝えられた。それでも、彼は『いつか心が晴れた時、もし道が交わることがあれば……』そう言葉を残していかれた。
王子の優しさが心に沁みた。
そこへノックの音がした。
「ミリアン」
父が入ってきた。
どこか辛そうな表情で、しかし優しくわたくしを見つめる。
「……お父様?」
「昨夜のことが……気になっておるのか」
はっと息を飲んだ。
図星だったから。
「い、いえ……ただ少し考え事を」
「その少しが、随分と深そうに見えるのだ」
父はわたくしの隣に腰を下ろすと、そっと手を重ねてきた。
その温もりに、心がわずかにほぐれる。
「ミリアン、お前が傷ついていることは分かっておる。だがな」
父が何か言いかけた時、執事が慌てて顔を出した。
「侯爵様、ロイド様がお見えです」
「ロイドが?」
父の眉がわずかに動いた。
「私の書斎に通してくれ」
《父侯爵(ミリアンの父)視点》
ロイドは部屋に入るなり、深々と頭を下げた。
「叔父上……昨夜の夜会のこと、申し訳ありません。僕は余計なことをしたかもしれません」
「余計なこと、とは?」
彼はすまなそうな表情で口を開いた。
「……エドガー卿の元へ伺いました。そして、ミリアン嬢が隣国の王子に気に入られたことを、お伝えしました」
私は目を細め、しかし怒りはしなかった。
ロイドの真剣な眼差しが、訴えたいことを物語っていたからだ。
「そうか。それで……エドガー卿は何と?」
ロイドは静かに息を吸い、語り始めた。
「……叔父上、彼はまだ……ミリアン嬢のことを深く想っています」
私の胸が、軋んだ。
「戦地から戻った直後とは別人のようでした。杖は必要ですが、自力で立ち、一歩踏み出せるようになっていました。家令によるとお医者様も驚くほどの……血の滲むような努力を重ねているようです」
「……そうか」
私はじっと耳を傾けた。
ロイドは続ける。
「昨夜の話をした時……エドガー卿は、本気で迷っておられました。彼があれほど動揺した姿を、僕は初めて見ました」
私は大きく息をついた。
エドガー卿が、迷っている。
その言葉は予想外だったが、どこか腑に落ちる気もした。
あれほど真摯にミリアンを見つめていた男だ。
決して薄情などではない。
だからこそ。
(あの時の別れが……どれほど苦しかったか、おそらく本人が……)
ロイドは言葉を繋いだ。
「叔父上……ミリアン嬢も、エドガー卿も。二人とも、まだ互いを想い合っています。
確かに王子は期限こそ切らなかったがいつかという言葉をミリアン嬢に残しました。でも彼女の心は既に……」
「ロイド」
私は静かに声をかけた。
「責めはせん。むしろ、お前が話してくれて良かった」
「叔父上……」
「だが、これは私の判断だけで決められることではない。ミリアン自身がどうしたいのか……それを確かめねばなるまい」
私の視線は、隣の部屋で思い悩んでいる娘へ向かった。
(ミリアン……お前の幸せを願わぬ者など、この世に一人もおらんのだよ)
静かに胸の中で呟く。
エドガー卿も、そして私自身も。
私は、迷っていた。あの日エドガー卿が送って来た一枚の手紙。
ミリアンのために、他に想い人が出来たと、嘘をついたと記されたあの手紙を今こそミリアンに見せるべきかを。
夜会から一夜が明けても、胸のざわつきは消えなかった。
朝の光が差し込む応接室。
ソファに腰掛け、手にしたカップの中の紅茶はとうに冷めている。
(わたくし……どうして、あんなに心が揺れたのかしら)
隣国の王子は穏やかで、礼儀正しく、誰が見ても魅力的な方だった。
それでも、やはり心が浮かれなかったのは……
(わたくしはどこかで気づいてはいた。そう、心は揺れ動くのにその心が浮かれないのは……)
王子には素直な気持ちを伝えられた。それでも、彼は『いつか心が晴れた時、もし道が交わることがあれば……』そう言葉を残していかれた。
王子の優しさが心に沁みた。
そこへノックの音がした。
「ミリアン」
父が入ってきた。
どこか辛そうな表情で、しかし優しくわたくしを見つめる。
「……お父様?」
「昨夜のことが……気になっておるのか」
はっと息を飲んだ。
図星だったから。
「い、いえ……ただ少し考え事を」
「その少しが、随分と深そうに見えるのだ」
父はわたくしの隣に腰を下ろすと、そっと手を重ねてきた。
その温もりに、心がわずかにほぐれる。
「ミリアン、お前が傷ついていることは分かっておる。だがな」
父が何か言いかけた時、執事が慌てて顔を出した。
「侯爵様、ロイド様がお見えです」
「ロイドが?」
父の眉がわずかに動いた。
「私の書斎に通してくれ」
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ロイドは部屋に入るなり、深々と頭を下げた。
「叔父上……昨夜の夜会のこと、申し訳ありません。僕は余計なことをしたかもしれません」
「余計なこと、とは?」
彼はすまなそうな表情で口を開いた。
「……エドガー卿の元へ伺いました。そして、ミリアン嬢が隣国の王子に気に入られたことを、お伝えしました」
私は目を細め、しかし怒りはしなかった。
ロイドの真剣な眼差しが、訴えたいことを物語っていたからだ。
「そうか。それで……エドガー卿は何と?」
ロイドは静かに息を吸い、語り始めた。
「……叔父上、彼はまだ……ミリアン嬢のことを深く想っています」
私の胸が、軋んだ。
「戦地から戻った直後とは別人のようでした。杖は必要ですが、自力で立ち、一歩踏み出せるようになっていました。家令によるとお医者様も驚くほどの……血の滲むような努力を重ねているようです」
「……そうか」
私はじっと耳を傾けた。
ロイドは続ける。
「昨夜の話をした時……エドガー卿は、本気で迷っておられました。彼があれほど動揺した姿を、僕は初めて見ました」
私は大きく息をついた。
エドガー卿が、迷っている。
その言葉は予想外だったが、どこか腑に落ちる気もした。
あれほど真摯にミリアンを見つめていた男だ。
決して薄情などではない。
だからこそ。
(あの時の別れが……どれほど苦しかったか、おそらく本人が……)
ロイドは言葉を繋いだ。
「叔父上……ミリアン嬢も、エドガー卿も。二人とも、まだ互いを想い合っています。
確かに王子は期限こそ切らなかったがいつかという言葉をミリアン嬢に残しました。でも彼女の心は既に……」
「ロイド」
私は静かに声をかけた。
「責めはせん。むしろ、お前が話してくれて良かった」
「叔父上……」
「だが、これは私の判断だけで決められることではない。ミリアン自身がどうしたいのか……それを確かめねばなるまい」
私の視線は、隣の部屋で思い悩んでいる娘へ向かった。
(ミリアン……お前の幸せを願わぬ者など、この世に一人もおらんのだよ)
静かに胸の中で呟く。
エドガー卿も、そして私自身も。
私は、迷っていた。あの日エドガー卿が送って来た一枚の手紙。
ミリアンのために、他に想い人が出来たと、嘘をついたと記されたあの手紙を今こそミリアンに見せるべきかを。
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