高飛車な侯爵令嬢と不器用な騎士団長

ヴァンドール

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39話(エピローグ)

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 《二十年後》

 春の夜風は柔らかく、王都の舞踏会場には無数の灯りが揺れていた。

 今日は、わたくしたちの娘、マーガレットのデビュタント。
 美しく、立派に成長した娘の晴れ姿を見守りながら、わたくしは穏やかに微笑んでいた。

 娘は今夜のために念入りな支度に余念がない。

「お父様、今夜のダンス、お父様と踊るのとても楽しみです!」

 ドレスの裾をつまんで駆け寄る娘に、エドガー様は穏やかに目を細めた。
 しかし、わたくしはそっと娘の肩に手を置く。

「マーガレット。お父様は、わたくし以外とは踊りませんのよ。貴女はマークと踊りなさい」

「ええー……お兄様ですかぁ? 普通はみなさんこういう時は父親ではなくて?」

「我が家は違うの! お父様はわたくし以外のお相手はなさらないのよ。覚えておきなさい」

「それはお母様が勝手に決めてらっしゃるだけでは? まったく、お父様のこととなるとお心が狭いのだから。本当に大人気ないわ」

 不満をたっぷり含んだ声で娘は唇を尖らせる。
 そんな様子を見て、わたくしとエドガー様は思わず視線を交わした。

「贅沢を言うな、マーガレット。お前の兄は立派な青年だぞ。
 それに私もお前と一緒に練習してきたが、舞踏会で踊るのは初めてなんだ。
 せっかくの娘の晴れ舞台を台無しにするわけにはいかぬ」

 そこへ、颯爽と歩いてきたのは息子のマーク。
 背筋がよく伸び、礼儀正しく、どこか昔のエドガー様を思わせる面影がある。

「ほら、マーク、貴方がお相手を務めるよ。妹を放っておくわけにはいかないですものね」

 マークは自信たっぷりの顔つきで言う。

「……もう、仕方ないな。
 マーガレット、今宵は兄のこの僕が、お前の晴れの舞台、華麗に舞わせて見せるよ。任せておけ」

「本当に、お兄様たっら、その自信、どこから来るのかしらね」

 ぶつぶつ言いながらも、娘は兄の腕を取った。
 次の瞬間、音楽が変わり、若者たちが一斉にフロアへと出てゆく。

 その光景を眺めながら、わたくしは胸の奥が温かく満ちていくのを感じた。
 家族で過ごしたこの月日、笑って、泣いて、支え合って、積み重ねてきた日々。

「……幸せだな、ミリアン」

 隣でエドガー様が囁く。
 白い手袋越しでも分かる、変わらぬ優しい体温。

「そうですわね。子供たちを見ているだけで胸がいっぱいになりますわ」

「二人とも、君に似て芯が強い。……いや、ほんの少し、照れ屋なところは私に似たかな」

「まあ、自覚がおありでしたの?」

 くすっと笑うと、エドガー様も肩を揺らして笑った。

 やがて若者たちのデビュタントの曲が終わり、司会者が声を上げる。

『ここからは大人の舞踏でございます、どうぞ、皆様お楽しみください』

 人々が道を開き、自然と中心が生まれた。
 エドガー様はわたくしへ手を差し出す。

「……踊っていただけますか、ミリアン」

「もちろんですわ」

 音楽が流れ、スカートが揺れ、世界が静かに回り始める。

「ミリアン」

「はい、エドガー様」

 その声は、少し震えていた。

「長いこと待たせてしまいました。やっとです。二十年の時を経て、ようやく……あの時、貴女が出した課題を達成できました」

 胸がきゅっと締めつけられる。
 忘れるはずがない。

 《舞踏会で、わたくしを堂々とエスコートなさって輝かせて見せてください》

 あの日の挑むような自分。
 あの日の、少し不器用で、でも真っすぐだった彼。

「……ええ。たしかに達成なさいましたわ。堂々と、それも誇り高く」

 その陰に血の滲むような努力があったことをわたくしは知っている。
 あの日、医師から『もう二度歩くことは難しい』そう告げられた絶望の日から今日まで。
 思い出すだけでも涙が溢れ出そうになる。
 なのに貴方は何でもなかったようにわたくしに微笑みを向けてくれる。

「貴女が隣にいてくれたから頑張れた。いつも、いつだってそうでした」

 言葉が溶け合い、視線が結ばれ、
 わたくしたちは静かに踊り続けた。

 子供たちの笑い声、友の祝福、温かな光。
 すべてが祝福のように降りそそぐ。

 わたくしは、心から思った。

 わたくしの人生は、この人とともにあって本当に良かったと。

ーーーー

曲が終わり、最後の回転がゆるやかにほどける。
 けれど、手は離れない。離したくない。

「ミリアン。これからも、私と一緒に歩いてくれますか?」

「もちろんですわ。だってわたくしたちには……まだ、幸せの続きがありますもの」

 わたくしたちの視線の先には、こちらへ駆け寄ろうとする娘と、止めようと慌てる息子。
 楽しげに笑う客人たち。
 そして、この二十年で築いたわたくしたちの居場所。

 エドガー様は小さく息をのみ、次いで穏やかに微笑んだ。

「ならば、その続きを、これからも一緒に」

 照明が柔らかく降り注ぎ、音楽が再び流れ始める。
 ダンスホールは賑やかなのに、わたくしたちの世界だけが静かに止まっているようだった。

 未来はまだ見えない。
 けれど、不安も恐れもない。

 なぜなら……

 わたくしが進む道には、いつだって貴方がいてくれるから。

 わたくしたちはこれからも歩き続ける。
 
  だって、わたくしたちの物語はこれからも続いていくのだから。


                    完

           (番外編全三話に続く)

        
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