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9話
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マーガレットが正式に罪に問われ、辺境の地へ送られてから十日が経った。
屋敷にはようやく穏やかな空気が戻りつつある、と言いたいところだが、まだ大きな問題が残っていた。
ーーーー
昼下がりの書斎には、古い時計の音だけが響いていた。
机の上には一枚の婚姻無効届け。
わたくしの正面に座るエドモント様は、相変わらず人間味を感じさせない顔をしていた。
けれど、以前のような余裕はもうそこになかった。
「この書類に、署名を」
わたくしが差し出すと、彼はしばらく黙っていたが、やがて苦笑した。
「君は本当に、最後まで冷たいな」
「冷たい? それは違いますわ。元々あなたへの興味がないだけですわ。わたくしは悪女ですし。それに冷たいと仰るならそれは旦那様の方ではありませんこと?」
わたくしは旦那様を見上げた。
「確かに、君は悪女と呼ばれていた。だからこそ、俺は君を選んだんだ。冷たいのは君の言う通り、俺の方かもしれんな」
エドモント様の目がわずかに遠くを見ている。
それは後悔が滲んでいるような視線だった。
「計算高く、冷徹で、誰かの妻にされることをも笑って受け入れる、そんな君なら、俺の隠れ蓑にぴったりだと思った」
「なるほど。わたくしが悪女であるうちは、あなたは堂々とマーガレットさんと一緒に居られたのですものね」
わたくしはゆっくりと立ち上がった。
そして書類に目を落としながら、笑いもせずその書類へのサインを求めた。
エドモント様は唇を噛みしめた。
沈黙。
その重たい空気の中で、時計がひとつ、ゴーン、と音を立てた。
「ローズ。君はいつも俺より先を読んでいるな」
「悪女の嗅覚とでも申しましょうか」
書類に署名を終えたエドモント様が、息を吐いた。
「これで本当に、終わりだな」
「ええ。あなたの見せかけの妻として、役目は、もう十分果たしました。
どうかこれからは、ご自分を見失いませんように。マーガレットさんを失っても、まだあなたにはやり直す機会がありますわ」
その言葉に、彼は初めて安堵のような微笑みを見せた。
「君は、結局俺のものには一度もならなかったな。やはり君は、悪女ではないな」
「そうですわね。悪女を演じる方がわたくし自身楽でしたし、結構好きでしたから」
「アランと一緒になるのか?」
その問いには答えず、、わたくしは、一礼だけして扉を閉めた。
ーーーー
その夜。
離れの庭で、アラン様が待っていた。
「終わりましたか」
「ええ。ついに仮初めの婚姻を卒業いたしましたわ」
彼は微笑んでいる。
あの金の瞳が、どこまでも優しくわたくしを映している。
「おめでとうございます。これで、あなたは晴れて自由だ」
「自由? それでしたら今までも充分自由でしたわ」
「いいえ、あなたは悪女という言葉を纏わされていました。でも今はそれから解き放たれた」
わたくしは思わず笑った。
彼の言葉には、あの猫の頃の優しさがそのまま残っていた。
「でしたら、今度は聖女という言葉を纏いましようか」
「それなら、是非僕も、これからはその聖女殿の隣にいさせてくれませんか?」
そんな二人の笑い声が、夜風に溶けていく。
屋敷を覆っていた重苦しい空気は、今はもうどこにもなかった。そこにはただ、清々しい空気が二人を包んでいた。
屋敷にはようやく穏やかな空気が戻りつつある、と言いたいところだが、まだ大きな問題が残っていた。
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昼下がりの書斎には、古い時計の音だけが響いていた。
机の上には一枚の婚姻無効届け。
わたくしの正面に座るエドモント様は、相変わらず人間味を感じさせない顔をしていた。
けれど、以前のような余裕はもうそこになかった。
「この書類に、署名を」
わたくしが差し出すと、彼はしばらく黙っていたが、やがて苦笑した。
「君は本当に、最後まで冷たいな」
「冷たい? それは違いますわ。元々あなたへの興味がないだけですわ。わたくしは悪女ですし。それに冷たいと仰るならそれは旦那様の方ではありませんこと?」
わたくしは旦那様を見上げた。
「確かに、君は悪女と呼ばれていた。だからこそ、俺は君を選んだんだ。冷たいのは君の言う通り、俺の方かもしれんな」
エドモント様の目がわずかに遠くを見ている。
それは後悔が滲んでいるような視線だった。
「計算高く、冷徹で、誰かの妻にされることをも笑って受け入れる、そんな君なら、俺の隠れ蓑にぴったりだと思った」
「なるほど。わたくしが悪女であるうちは、あなたは堂々とマーガレットさんと一緒に居られたのですものね」
わたくしはゆっくりと立ち上がった。
そして書類に目を落としながら、笑いもせずその書類へのサインを求めた。
エドモント様は唇を噛みしめた。
沈黙。
その重たい空気の中で、時計がひとつ、ゴーン、と音を立てた。
「ローズ。君はいつも俺より先を読んでいるな」
「悪女の嗅覚とでも申しましょうか」
書類に署名を終えたエドモント様が、息を吐いた。
「これで本当に、終わりだな」
「ええ。あなたの見せかけの妻として、役目は、もう十分果たしました。
どうかこれからは、ご自分を見失いませんように。マーガレットさんを失っても、まだあなたにはやり直す機会がありますわ」
その言葉に、彼は初めて安堵のような微笑みを見せた。
「君は、結局俺のものには一度もならなかったな。やはり君は、悪女ではないな」
「そうですわね。悪女を演じる方がわたくし自身楽でしたし、結構好きでしたから」
「アランと一緒になるのか?」
その問いには答えず、、わたくしは、一礼だけして扉を閉めた。
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その夜。
離れの庭で、アラン様が待っていた。
「終わりましたか」
「ええ。ついに仮初めの婚姻を卒業いたしましたわ」
彼は微笑んでいる。
あの金の瞳が、どこまでも優しくわたくしを映している。
「おめでとうございます。これで、あなたは晴れて自由だ」
「自由? それでしたら今までも充分自由でしたわ」
「いいえ、あなたは悪女という言葉を纏わされていました。でも今はそれから解き放たれた」
わたくしは思わず笑った。
彼の言葉には、あの猫の頃の優しさがそのまま残っていた。
「でしたら、今度は聖女という言葉を纏いましようか」
「それなら、是非僕も、これからはその聖女殿の隣にいさせてくれませんか?」
そんな二人の笑い声が、夜風に溶けていく。
屋敷を覆っていた重苦しい空気は、今はもうどこにもなかった。そこにはただ、清々しい空気が二人を包んでいた。
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