政略結婚を命じられた王女は、唯一の護衛と禁断の恋に落ちる

むつらら

文字の大きさ
7 / 12

婚礼前夜

しおりを挟む
月が静かに夜空を照らしていた。

 ジェヒョンは、穏やかな歌を口ずさみながら、王宮の石畳を歩いていた。胸の奥で何かが疼く。だがそれを言葉にすれば、すべてが壊れてしまいそうで、声にはできなかった。

 屋敷へ戻ると、玄関前にはユナが立っていた。

「ジェヒョン様、お帰りでしたか。ヘヨン様は、お部屋に戻られております。どうぞお入りくださいませ。」

「ありがとうございます。」

 ジェヒョンは、静かにヘヨンの部屋の扉を叩いた。

「ヘヨン様、ジェヒョンです。お入りしてもよろしいでしょうか。」

「どうぞ。」

 室内に入ると、ヘヨンは窓辺に佇み、遠くを見つめていた。

「この部屋の向かい側にある屋敷が、私の部屋だそうです。」

 ヘヨンは振り返り、ふっと微笑む。

「当然のことだけど、カルミヤ王国の時と違って、あなたと過ごせる時間が減ってしまうのね。」

「この地に私も来られただけでも、不幸中の幸いでございました。それに皇太子であるトア様は、本当にお優しい方でございます。ヘヨン様のことも、きっと幸せにしてくださるでしょう。」

「……そうね。でも王妃様は、私たちのことを良く思っていないようだった。大丈夫かしら?」

「王妃様は非常に厳しい方との噂でございます。特にトア様へのご愛情が深いゆえに、今後もヘヨン様へのご当たりが強くなるやもしれません。お気をつけくださいませ。」

「明日から王妃による皇太子妃教育も始まるそうだわ。私、異国の地でやっていけるのかしら…」

「大丈夫でございます。ヘヨン様はこれまで、カルミヤ王国の王女としてのご教育をしっかりと受けてこられました。どうかご自身をお信じくださいませ。」

 しばしの沈黙が流れたあと、ヘヨンがぽつりと呟いた。

「ジェヒョン、婚礼式前に最後のお願いを聞いてくれる?」

「何でございましょう?」

「……私を抱きしめて。」

 ジェヒョンの表情が固まる。

「何をおっしゃるのですか。明日からあなた様は、トア様の妻になられるお方です。」

「だからよ。明日からは、あの方の妻として生きていかなくちゃいけない。だから、今日だけは、本当に愛してる人と一緒にいたいの。お願い…こんなこと、今日しか言えないから…」

 ジェヒョンは苦しそうに目を閉じる。そして、ゆっくりとヘヨンを抱きしめた。小さな体が、震えていた。

「ジェヒョン……愛しているわ。あなたのことを。この世で一番。」

 だが、ジェヒョンは何も言わなかった。ただその腕に力を込め、沈黙を貫いた。

「……あなたは、やはり何も言ってくれないのね。」

 ヘヨンが呟く。その声には、切なさと諦めが混ざっていた。

 ジェヒョンは、俯いたまま苦しげに唇を噛む。だが、次の瞬間――

 そっと顔を上げ、ヘヨンを見つめ、何も言わぬまま、その唇にそっと口づけを落とした。

 驚くヘヨン。だが彼女は、目を閉じ、受け入れた。

 2人は、静かに夜を迎えた。誰にも知られることのない、たった一夜の真実。

 ――この時の私たちは、気付いてはいなかった。
 あんなことが起きるということを。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい

隙間ちほ
恋愛
◼︎無骨な英雄×病弱な筋肉フェチ姫 ◼︎辺境伯の末娘エルナは、領軍の英雄マテウスとの結婚が決まった。政略結婚――のはずが、実は姫は将軍の熱烈なファン。姫がノリノリで嫁ぐ一方、当のマテウスは「か弱い姫君に嫌われている」と思い込み、距離を取ってしまう……。 ◼︎筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。 ◼︎超高速展開、サクッと読めます。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】妻の日記を読んでしまった結果

たちばな立花
恋愛
政略結婚で美しい妻を貰って一年。二人の距離は縮まらない。 そんなとき、アレクトは妻の日記を読んでしまう。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

煤かぶり姫は光の貴公子の溺愛が罰ゲームだと知っている。

朝霧心惺
恋愛
「ベルティア・ローレル。僕の恋人になってくれないかい?」  煌めく猫っ毛の金髪に太陽の瞳、光の貴公子の名を欲しいがままにするエドワード・ルードバーグ公爵令息の告白。  普通の令嬢ならば、嬉しさのあまり失神してしまうかもしれない状況に、告白された令嬢、ベルティア・ローレルは無表情のままぴくりとも頬を動かさない。  何故なら———、 (罰ゲームで告白なんて、最低の極みね)  黄金の髪こそが美しいという貴族の価値観の中で、煤を被ったような漆黒の髪を持つベルティアには、『煤かぶり姫』という蔑称がある。  そして、それは罰ゲーム結果の恋人に選ばれるほどに、貴族にとっては酷い見た目であるらしい。  3年間にも及ぶ学園生活も終盤に迫ったこの日告白されたベルティア、実家は伯爵家といえども辺境であり、長年の凶作続きにより没落寸前。  もちろん、実家は公爵家に反抗できるほどの力など持ち合わせていない。  目立つ事が大嫌いでありながらも渋々受け入れた恋人生活、けれど、彼の罰ゲームはただ付き合うだけでは終わらず、加速していく溺愛、溺愛、溺愛………!!  甘すぎる苦しみが、ベルティアを苦しめる。 「どうして僕の愛を疑うんだっ!!」 (疑うも何も、そもそもこの恋人ごっこはあなたへの罰ゲームでしょ!?)

王太子は妃に二度逃げられる

たまこ
恋愛
【本編完結済 番外編準備中】  デリンラード国の王太子アーネストは、幼い頃から非常に優秀で偉大な国王になることを期待されていた。 初恋を拗らせ、七年も相手に執着していたアーネストが漸く初恋に蹴りを付けたところで……。 恋愛方面にはポンコツな王太子とそんな彼をずっと支えていた公爵令嬢がすれ違っていくお話。 ※『拗らせ王子と意地悪な婚約者』『先に求めたのは、』に出てくるアーネストのお話ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

誓いを忘れた騎士へ ―私は誰かの花嫁になる

吉乃
恋愛
「帰ってきたら、結婚してくれる?」 ――あの日の誓いを胸に、私は待ち続けた。 最初の三年間は幸せだった。 けれど、騎士の務めに赴いた彼は、やがて音信不通となり―― 気づけば七年の歳月が流れていた。 二十七歳になった私は、もう結婚をしなければならない。 未来を選ぶ年齢。 だから、別の男性との婚姻を受け入れると決めたのに……。 結婚式を目前にした夜。 失われたはずの声が、突然私の心を打ち砕く。 「……リリアナ。迎えに来た」 七年の沈黙を破って現れた騎士。 赦せるのか、それとも拒むのか。 揺れる心が最後に選ぶのは―― かつての誓いか、それとも新しい愛か。 お知らせ ※すみません、PCの不調で更新が出来なくなってしまいました。 直り次第すぐに更新を再開しますので、少しだけお待ちいただければ幸いです。

処理中です...