政略結婚を命じられた王女は、唯一の護衛と禁断の恋に落ちる

むつらら

文字の大きさ
8 / 12

婚礼式

しおりを挟む
重厚な扉の向こうから、かすかに太鼓の音が聞こえてくる。
 祝祭のはじまりを告げる、荘厳で切ない響きだった。

 ウヨンは長い廊下の途中で足を止めた。胸の奥がざわついていた。
 義父が振り返り、焦った声をあげる。

「ウヨン、急ぐんだ。婚礼式が始まってしまうぞ」

 ウヨンは会場へと急いだ。

 黄金のしつらえが施された大広間には、光の粒が降るような明かりが灯っていた。

 中央では、金と紅の衣装をまとったダンサーたちが、火花のように舞う。
 背後の階段からは、シンガーが祝杯の歌を高らかに響かせる。
 トリカブト国王と王妃、重厚な衣をまとった右大臣・左大臣、そして各国の貴族たちが整然と並び、
 誰もが神聖なこの瞬間を見守っていた。

 音楽が止まり、空気が一瞬静まり返る。
 壇上に立つ役人が、朗々と声を上げた。

「皆様。トリカブト皇太子・トア様と、王女へヨン様のご登場でございます」

 再び音楽が鳴り、二人の姿がゆっくりと現れる。
 白銀の刺繍が施されたへヨンのドレスが、まるで月光のように舞台を照らす。
 その長く引く裾を、控えめに、しかし丁寧に支えているのはジェヒョンだった。

「なんとお美しい……」
「まさに理想のご夫婦ね……」

 侍女たちの声がひそやかに交わる。

 トアはへヨンの手を取り、やさしく微笑んだ。

「へヨン。これは政略結婚かもしれない。だが、君に出会えたことが——僕の人生の奇跡だ」

 ジェヒョンの指が、へヨンのドレスの裾を握る力をわずかに強める。
 彼の視線は俯いたまま、どこか遠くを見つめていた。

 へヨンはトアの言葉に一瞬だけまぶたを閉じた。
 胸の奥で、小さな痛みがじんと広がる。

「……それでも私は、あなたに恥じぬよう、王妃として尽くします」

 トアは微笑みながら、静かにうなずいた。

「ありがとう。これから僕たちには困難が待っているだろう。けれど、君となら——乗り越えていける」

「……はい」

 答えながらも、へヨンの目は、そっと後ろにいるジェヒョンを一瞥していた。

 彼のまなざしと、一瞬、触れた。
 けれど、それはすぐに切り離された。
 彼の手はドレスの裾から静かに離れ、ゆっくりと後ずさるように距離を取る。

(ジェヒョン……)

 心の中で名を呼んでも、それが声になることはなかった。
 王女として、王妃として、もう二度と口にしてはならないと、わかっていた。

 祝福の鐘が鳴り響く中、へヨンの指先が、震えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虚弱姫はコワモテ将軍の筋肉に触りたい

隙間ちほ
恋愛
◼︎無骨な英雄×病弱な筋肉フェチ姫 ◼︎辺境伯の末娘エルナは、領軍の英雄マテウスとの結婚が決まった。政略結婚――のはずが、実は姫は将軍の熱烈なファン。姫がノリノリで嫁ぐ一方、当のマテウスは「か弱い姫君に嫌われている」と思い込み、距離を取ってしまう……。 ◼︎筋肉と鼻血とすれ違いラブコメ。 ◼︎超高速展開、サクッと読めます。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

【完結】妻の日記を読んでしまった結果

たちばな立花
恋愛
政略結婚で美しい妻を貰って一年。二人の距離は縮まらない。 そんなとき、アレクトは妻の日記を読んでしまう。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

煤かぶり姫は光の貴公子の溺愛が罰ゲームだと知っている。

朝霧心惺
恋愛
「ベルティア・ローレル。僕の恋人になってくれないかい?」  煌めく猫っ毛の金髪に太陽の瞳、光の貴公子の名を欲しいがままにするエドワード・ルードバーグ公爵令息の告白。  普通の令嬢ならば、嬉しさのあまり失神してしまうかもしれない状況に、告白された令嬢、ベルティア・ローレルは無表情のままぴくりとも頬を動かさない。  何故なら———、 (罰ゲームで告白なんて、最低の極みね)  黄金の髪こそが美しいという貴族の価値観の中で、煤を被ったような漆黒の髪を持つベルティアには、『煤かぶり姫』という蔑称がある。  そして、それは罰ゲーム結果の恋人に選ばれるほどに、貴族にとっては酷い見た目であるらしい。  3年間にも及ぶ学園生活も終盤に迫ったこの日告白されたベルティア、実家は伯爵家といえども辺境であり、長年の凶作続きにより没落寸前。  もちろん、実家は公爵家に反抗できるほどの力など持ち合わせていない。  目立つ事が大嫌いでありながらも渋々受け入れた恋人生活、けれど、彼の罰ゲームはただ付き合うだけでは終わらず、加速していく溺愛、溺愛、溺愛………!!  甘すぎる苦しみが、ベルティアを苦しめる。 「どうして僕の愛を疑うんだっ!!」 (疑うも何も、そもそもこの恋人ごっこはあなたへの罰ゲームでしょ!?)

王太子は妃に二度逃げられる

たまこ
恋愛
【本編完結済 番外編準備中】  デリンラード国の王太子アーネストは、幼い頃から非常に優秀で偉大な国王になることを期待されていた。 初恋を拗らせ、七年も相手に執着していたアーネストが漸く初恋に蹴りを付けたところで……。 恋愛方面にはポンコツな王太子とそんな彼をずっと支えていた公爵令嬢がすれ違っていくお話。 ※『拗らせ王子と意地悪な婚約者』『先に求めたのは、』に出てくるアーネストのお話ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。

誓いを忘れた騎士へ ―私は誰かの花嫁になる

吉乃
恋愛
「帰ってきたら、結婚してくれる?」 ――あの日の誓いを胸に、私は待ち続けた。 最初の三年間は幸せだった。 けれど、騎士の務めに赴いた彼は、やがて音信不通となり―― 気づけば七年の歳月が流れていた。 二十七歳になった私は、もう結婚をしなければならない。 未来を選ぶ年齢。 だから、別の男性との婚姻を受け入れると決めたのに……。 結婚式を目前にした夜。 失われたはずの声が、突然私の心を打ち砕く。 「……リリアナ。迎えに来た」 七年の沈黙を破って現れた騎士。 赦せるのか、それとも拒むのか。 揺れる心が最後に選ぶのは―― かつての誓いか、それとも新しい愛か。 お知らせ ※すみません、PCの不調で更新が出来なくなってしまいました。 直り次第すぐに更新を再開しますので、少しだけお待ちいただければ幸いです。

処理中です...