十番目の愛

夜宮 咲

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鏡月 六花はゲームの神様(5)

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あの一件後、

何事もなかったかのようにあのコメントに触れる者はいなくなり、

僕はいつも通りの日々を取り戻した。

ゲームの世界に入り浸る僕だったが、

現実はそう上手くいかない。

現実ではまた違う出来事が起きていた。


「旦那様からの伝言です。そろそろ学校へ通う準備をしなさい、とのことです」


僕の部屋には珍しく黒田が訪ねに来ていた。

使用人の中でもとくに接点がない。

一日中お父様に付きっきりで使用人というよりはお父様の秘書という認識に変わっている。


「…お父様は、僕が学校へ行かない理由を知っているのか?」

「理由、ですか……私は何も聞いておりませんが」

「なんで急に学校へ行けなんて言うんだ?今まで何も言ってこなかったのに」

「六花様が通われている学校の理事長から連絡がありまして、これ以上欠席し続ければ進級はおろか、退学してもらうかたちになるとおっしゃっていました。
旦那様は、六花様がちゃんと勉学に励むことを望んでいるのです」

「退学……」


正直、学校へは行きたくない。

でもこのままだと退学になる。

僕が通っている学校はお父様が手続きをして、

多額の寄付金も納めている。

ここまでしてもらっておいて退学になれば、お父様に恥をかかせてしまう。

つまり、僕は切り捨てられる……。


「少し、考えさせてくれ」

「わかりました……あぁ、念のため申し上げますが」


黒田はドアの手前で止まり僕に背を向けたまま言った。


「くれぐれも旦那様に恥をかかせないように、慎重にお考えくださいね」


そう言って静かに僕の部屋から出て行った。

一瞬だったが、彼は冷酷で僕を敵視しているような目をしていた。

僕の返答次第で僕に対するお父様の態度が変わってしまう。

どうすればいいんだ。

僕自身の気持ちを優先するのか、

お父様の要望に応えるのか。



「失礼します」


再びノック音が鳴る。

今度は切島が部屋に入って来る。


「…なに」

「空気の入れ換えをと思いまして…」

「別にいい、頼んでいない」

「ですが、ずっと部屋に篭っていらっしゃいますから」

「はっ…僕を馬鹿にしているのか?」

「いいえっ、馬鹿にしてなどいません…」


こいつの言葉はどうしてこうも僕をイラつかせるのだろうか。

部屋に篭っていようが僕の勝手だろう?

いちいち僕に構うな。


「あの、窓を開けても…」

「だから!頼んでないって言ってるだろう!?二度も言わせるな!!」


黒くてドロドロした何か、

怒り、

ストレス。

抑えきれないものが全部出てくる。


「何なんだよ!!僕の部屋に入ってくるし、パソコンは勝手に見るし、イライラするんだよ!!僕には僕の世界観があるんだ!!僕の世界に入ってくるな!!僕が作った世界を壊すな!!」


狭い一室で僕の大声だけが響く。

目の前に立つ切島は呆然としながら僕の怒涛を聞いている。

僕の口は止まらなかった。


「お前は僕のことを引きこもりのろくでなしと思っているんだろう?
僕はな、ゲームの世界で神様と呼ばれているんだ!みんな口を揃えて神様、神様、神様……僕は崇められる存在なんだよ!!すごいだろう?僕は神様なんだ!!頂点に立っているんだよ!!」


全てを吐き切った。

僕の中に溜まっていたものが何もかも全部。

興奮で息が切れる。



「……あなたが、神様?」


今まで僕が怒涛の勢いで吐き出したものをただ黙って聞いていた切島が口を開いた。


「あぁ、そうだ!僕は神様なんだよ!」

「………あなたみたいな方が簡単に神様だと名乗らないでください」

「はぁ?」


切島の顔を見る。

目の前に立つ彼女の顔はいつも僕が見る表情をしていなかった。

そこに笑顔や優しさなどはなく、

冷たい目が僕を見つめる。


「やっぱり窓は開けましょうか。今日はとてもいい天気ですよ」

「おい、どういう意味だよ!?僕が神様じゃないって言うのか!?」

「えぇ、そうです」


切島はパソコンが置いてある場所のカーテンと窓を開ける。

外でふいている風が部屋の中に入ってくる。


「ゲームの世界で僕を支持する奴は沢山いるんだぞ。僕はゲームの神様なんだ。何も知らないくせに、お前はこれを否定するのか?」

「やっぱり今日はいい天気ですね~」

「おい、聞いているのか?」

「風も心地よいですし、空気の入れ換えにはぴったりですね」

「いい加減にしろよ!!」


僕に背を向けたまま外を眺めている切島に近づき肩を強く引いた。


「……神様は二人もいらない」

「は?」

「崇拝すべき神様は一人だけでいいんです」

「さっきから何を言っているんだ?」

「あの方こそが神様であり、崇拝すべき唯一のお方……だから、あなたはいりません」

「は……」


気づいた時には手遅れだった。

僕の背は外を向いていた。

切島の手が僕の胸を押す。

その瞬間、

僕の身は後ろに倒れていった。

なんだかスローモーションのように遅く感じた。

怖いはずなのに、

焦りを感じるはずなのに、

なぜこんなに心地よく感じるのだろう。

切島の顔がどんどん遠くなっていく。

切島が僕に何か言っている。



「さようなら」



口の動きとかすかに聞こえた声でしか分からないが、

たぶんそう言った。


あぁ、本当だ。

風が気持ちいい。

なぜこんなに心地よいのだろう。

このまま目を閉じたらぐっすり眠れそうな、そんな心地よさ。

そうだ、お父様に学校のことを伝えないといけないんだった。

でも、しばらくは伝えられなさそうだな。


僕は眠るようにゆっくりと目を閉じた。

風の心地よさを感じながら僕の身は地へ落ちていった。


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