3 / 64
魔法のカクテル
しおりを挟む
私、九条美月は、周りの人間から見ると幸せで羨ましいと疎まれる環境で生活をしている。
私は専業主婦で、夫である九条孝介は三つ年上の三十一歳。
次期、大手電気メーカーの社長に就任予定だ。
なぜその若さで何千人もの社員がいる企業の社長になれるのか。
それは簡単な理由で、夫の父親が現在の社長だからだ。
付き合った当初は<親の敷いたレールだから。自分じゃ何も出来ていないから恥ずかしいよ>なんて謙遜したことを言っていたけれど。
今では、その親の敷いたレールを上手く利用して、何不自由ない生活を送っている。
結婚してニ年が過ぎ<そろそろ孫の顔が見たい……>なんて姑に会うたびにせがまれる。だけど<子どもができる>そんな気配は全くない。
それは既に私たちが仮面夫婦だから。
「今日から二泊三日の出張に行ってくる。ご飯はこれで食べて」
玄関先まで見送った時、唐突に孝介から言われた。
「えっ、今日から?急だね」
昨日帰ってきた時は何も言っていなかったのに。
そしてご飯代として渡されたお金が千円札一枚だった。
「忙しいんだよ。帰ってくるのも遅くなるから。三日後の夕ご飯もいらない」
三日間、朝昼晩の食事を千円で過ごせと言うの。
自分は出張という名の接待か何かで、豪遊してくるくせに。
金銭管理は孝介が全て行っている。
冷蔵庫もほとんど何も入っていない。
それは食材については、孝介が雇った家政婦さんが全て管理しているからだ。
千円でも贅沢ができるかもしれない。
けれど自分は贅沢しているクセに、思いやりが全く感じられない金額に心の中で苛立ちを覚えた。
「三日分の洋服とかは?大丈夫なの?」
二泊三日の出張であるのに、荷物が少ない。
彼は、薄めのビジネスバッグ一つしか持っていなかった。
「ああ。母さんに用意してもらってる。出張前、父さんに挨拶してから行くから。そのついでに荷物を持って行くつもり」
実家に帰らなくても、孝介の着替えはたくさんあるのに。キャリーバッグだって。
自分で準備をするのが面倒だったら、私に言ってくれれば良いのに。
わざわざ実家に寄って行くって、出張がお義父さんと一緒ならわかるけど……。
不自然な感覚を覚えながらも、追究はしなかった。
結婚する前はあんなに優しかった孝介。
結婚してから数カ月で変わってしまった。
というか、もともとこんな性格だったのかもしれない。
思い通りにいかないと怒りっぽいし、自分が一番みたいなところがあることを結婚後に知った。
「わかりました。気を付けて。行ってらっしゃい。お義父さんやお義母さんにもよろしくお伝えください」
私の声かけには全く反応なし。無言でドアを締められた。
いつまで続くんだろう、この生活。
孝介が出かけた後、洗濯をして、掃除をする。
孝介が帰ってくる時は、家政婦さんを雇っている。
「私がやるよ?専業主婦だし」
結婚当初、そう彼に伝えても
「いいよ。ずっとお世話になっている家政婦さんだから。美月がこの家に馴染めるまで、彼女にやってもらう」
言い切られてしまった。
孝介がいない時は家政婦さんも来ないから、家事全般は自分でやるしかない。やるしかない、というか、家事ができて嬉しい。
本当は料理を作るのが好きだし、洗濯や掃除も小さい頃から手伝っていたせいか、苦だと感じたことはない。
洗濯をしようと、昨日孝介が着ていたワイシャツを手にする。
あれっ?なにこのキツイ匂い。香水の匂いがする。
はぁと溜め息をつき、私はスーツのポケットに手を入れた。
「やっぱり……」
思わず口に出してしまったのは、キャバクラの名刺が出てきたからだ。
これは一度や二度ではない。
だから、ワイシャツの匂いが違った時点で予測できた。
新婚の頃も同じように名刺が出てきて……。
孝介に詰め寄ったら
「男は付き合いで行かなきゃいけない時があるんだよ。理解しろよ」
そう怒鳴られた。
今更驚かないけど、こんなに頻繁に行くんだ。
何万円もするお酒を飲んで、綺麗な女の子と楽しくお話をして、チヤホヤされて。
気分転換って言うのかな。羨ましいよ。
私だってたまには外食くらいしたい。
孝介と結婚してから、理想の妻になるべくいろんなことを制限された。
五枚ほどあったキャバクラの名刺を握りつぶし、ゴミ箱へ捨てた。
「とりあえず、洗濯して、掃除して。三日間のメニューを考えよう」
誰もいない部屋で呟く。
一通り終わらせ、冷蔵庫の中を見る。
やっぱり何も入っていない。
孝介の指示で、作り置きをしないこと、食材などもできるだけ使い切ってほしいと家政婦さんにお願いをしている。子どもの頃、食中毒にあって具合が悪くなったことがトラウマらしい。
「調味料と……。飲み物しかないや。あとお米……」
買い物に行こうと出かける準備をしていた時だった。
「誰だろう?」
私のスマートフォンが鳴った。
着信相手を見ると、姑からだった。また何か言われるのかな。
嫌な予感満載で電話に出る。
「もしもし?」
<もしもし?美月さん>
「はい」
<昨日、孝介宛てに手紙が届いたのよ。そんなに重要な手紙じゃないと思うんだけど。もしも大切な内容だったら困るから、取りに来てくれる?どうせ家にいるんでしょ>
最後の言葉にイラっとしてしまったが、今日、孝介は実家に寄ると言っていた。その時に渡せば良かったのに。
「あの。今日孝介さん、そちらに行ってないんですか?朝、着替えとか。荷物を取りに寄るって言ってたんですけど」
<来てないわよ。確か……。今日から出張でしょ?着替えなんて、なんでこっちに取りに来る必要があるのよ。あなたが用意すれば良いことじゃない。孝介のスケジュールもわかっていないの?>
出張であることには間違いがないんだ。
「すみません。わかりました。孝介さんに連絡してみます」
朝、事故とかに巻き込まれてないよね。
<結構よ。私がやっぱり連絡してみるから>
その後、ツーツーと急に電話を切られた。
「やっぱり苦手」
性格がキツイところとか、孝介、お母さんに似たのかな。
買い物、どうしよう。
ここでしばらく待機していた方が良いのかな。
孝介の実家に行くなら、スーパーとは逆方向で電車に乗らなきゃだし。
カバンを置いて、ポスっとソファーに座った時だった。
もう一度電話が鳴った。また義母だ。
「はい?」
<美月さん。孝介と連絡が取れたんだけど。今日こっちに来るなんてそんなこと言っていないって言ってたわよ。美月さん、私にウソをついたでしょ。専業主婦であるにも関わらず、美月が用意していなかったら出張先で買い揃えるって言ってたわ。可哀想に。どうしてそんなに気遣いができないの?>
えっ、何それ?全然話が違う。
言い返したいけど……。
こういうこと、何度も経験してきた。
けれど、言い返したところで私の主張は通らず、義母は孝介のことを信じるし。面倒だ。
「すみません」
<とりあえず、手紙も取りに来なくていいから。孝介が出張から帰ってくる時にこっちに寄るって言ってたわ!>
「はい」
できない嫁に苛立っているのか、先程と同じように勢いよく電話が切れた。
「はぁぁぁぁ」
深く重い溜め息が出てしまった。
なんかもう嫌。
私の人生、こんな感じで終わっちゃうの?
昔みたいに自由な生活に戻りたい。
私は専業主婦で、夫である九条孝介は三つ年上の三十一歳。
次期、大手電気メーカーの社長に就任予定だ。
なぜその若さで何千人もの社員がいる企業の社長になれるのか。
それは簡単な理由で、夫の父親が現在の社長だからだ。
付き合った当初は<親の敷いたレールだから。自分じゃ何も出来ていないから恥ずかしいよ>なんて謙遜したことを言っていたけれど。
今では、その親の敷いたレールを上手く利用して、何不自由ない生活を送っている。
結婚してニ年が過ぎ<そろそろ孫の顔が見たい……>なんて姑に会うたびにせがまれる。だけど<子どもができる>そんな気配は全くない。
それは既に私たちが仮面夫婦だから。
「今日から二泊三日の出張に行ってくる。ご飯はこれで食べて」
玄関先まで見送った時、唐突に孝介から言われた。
「えっ、今日から?急だね」
昨日帰ってきた時は何も言っていなかったのに。
そしてご飯代として渡されたお金が千円札一枚だった。
「忙しいんだよ。帰ってくるのも遅くなるから。三日後の夕ご飯もいらない」
三日間、朝昼晩の食事を千円で過ごせと言うの。
自分は出張という名の接待か何かで、豪遊してくるくせに。
金銭管理は孝介が全て行っている。
冷蔵庫もほとんど何も入っていない。
それは食材については、孝介が雇った家政婦さんが全て管理しているからだ。
千円でも贅沢ができるかもしれない。
けれど自分は贅沢しているクセに、思いやりが全く感じられない金額に心の中で苛立ちを覚えた。
「三日分の洋服とかは?大丈夫なの?」
二泊三日の出張であるのに、荷物が少ない。
彼は、薄めのビジネスバッグ一つしか持っていなかった。
「ああ。母さんに用意してもらってる。出張前、父さんに挨拶してから行くから。そのついでに荷物を持って行くつもり」
実家に帰らなくても、孝介の着替えはたくさんあるのに。キャリーバッグだって。
自分で準備をするのが面倒だったら、私に言ってくれれば良いのに。
わざわざ実家に寄って行くって、出張がお義父さんと一緒ならわかるけど……。
不自然な感覚を覚えながらも、追究はしなかった。
結婚する前はあんなに優しかった孝介。
結婚してから数カ月で変わってしまった。
というか、もともとこんな性格だったのかもしれない。
思い通りにいかないと怒りっぽいし、自分が一番みたいなところがあることを結婚後に知った。
「わかりました。気を付けて。行ってらっしゃい。お義父さんやお義母さんにもよろしくお伝えください」
私の声かけには全く反応なし。無言でドアを締められた。
いつまで続くんだろう、この生活。
孝介が出かけた後、洗濯をして、掃除をする。
孝介が帰ってくる時は、家政婦さんを雇っている。
「私がやるよ?専業主婦だし」
結婚当初、そう彼に伝えても
「いいよ。ずっとお世話になっている家政婦さんだから。美月がこの家に馴染めるまで、彼女にやってもらう」
言い切られてしまった。
孝介がいない時は家政婦さんも来ないから、家事全般は自分でやるしかない。やるしかない、というか、家事ができて嬉しい。
本当は料理を作るのが好きだし、洗濯や掃除も小さい頃から手伝っていたせいか、苦だと感じたことはない。
洗濯をしようと、昨日孝介が着ていたワイシャツを手にする。
あれっ?なにこのキツイ匂い。香水の匂いがする。
はぁと溜め息をつき、私はスーツのポケットに手を入れた。
「やっぱり……」
思わず口に出してしまったのは、キャバクラの名刺が出てきたからだ。
これは一度や二度ではない。
だから、ワイシャツの匂いが違った時点で予測できた。
新婚の頃も同じように名刺が出てきて……。
孝介に詰め寄ったら
「男は付き合いで行かなきゃいけない時があるんだよ。理解しろよ」
そう怒鳴られた。
今更驚かないけど、こんなに頻繁に行くんだ。
何万円もするお酒を飲んで、綺麗な女の子と楽しくお話をして、チヤホヤされて。
気分転換って言うのかな。羨ましいよ。
私だってたまには外食くらいしたい。
孝介と結婚してから、理想の妻になるべくいろんなことを制限された。
五枚ほどあったキャバクラの名刺を握りつぶし、ゴミ箱へ捨てた。
「とりあえず、洗濯して、掃除して。三日間のメニューを考えよう」
誰もいない部屋で呟く。
一通り終わらせ、冷蔵庫の中を見る。
やっぱり何も入っていない。
孝介の指示で、作り置きをしないこと、食材などもできるだけ使い切ってほしいと家政婦さんにお願いをしている。子どもの頃、食中毒にあって具合が悪くなったことがトラウマらしい。
「調味料と……。飲み物しかないや。あとお米……」
買い物に行こうと出かける準備をしていた時だった。
「誰だろう?」
私のスマートフォンが鳴った。
着信相手を見ると、姑からだった。また何か言われるのかな。
嫌な予感満載で電話に出る。
「もしもし?」
<もしもし?美月さん>
「はい」
<昨日、孝介宛てに手紙が届いたのよ。そんなに重要な手紙じゃないと思うんだけど。もしも大切な内容だったら困るから、取りに来てくれる?どうせ家にいるんでしょ>
最後の言葉にイラっとしてしまったが、今日、孝介は実家に寄ると言っていた。その時に渡せば良かったのに。
「あの。今日孝介さん、そちらに行ってないんですか?朝、着替えとか。荷物を取りに寄るって言ってたんですけど」
<来てないわよ。確か……。今日から出張でしょ?着替えなんて、なんでこっちに取りに来る必要があるのよ。あなたが用意すれば良いことじゃない。孝介のスケジュールもわかっていないの?>
出張であることには間違いがないんだ。
「すみません。わかりました。孝介さんに連絡してみます」
朝、事故とかに巻き込まれてないよね。
<結構よ。私がやっぱり連絡してみるから>
その後、ツーツーと急に電話を切られた。
「やっぱり苦手」
性格がキツイところとか、孝介、お母さんに似たのかな。
買い物、どうしよう。
ここでしばらく待機していた方が良いのかな。
孝介の実家に行くなら、スーパーとは逆方向で電車に乗らなきゃだし。
カバンを置いて、ポスっとソファーに座った時だった。
もう一度電話が鳴った。また義母だ。
「はい?」
<美月さん。孝介と連絡が取れたんだけど。今日こっちに来るなんてそんなこと言っていないって言ってたわよ。美月さん、私にウソをついたでしょ。専業主婦であるにも関わらず、美月が用意していなかったら出張先で買い揃えるって言ってたわ。可哀想に。どうしてそんなに気遣いができないの?>
えっ、何それ?全然話が違う。
言い返したいけど……。
こういうこと、何度も経験してきた。
けれど、言い返したところで私の主張は通らず、義母は孝介のことを信じるし。面倒だ。
「すみません」
<とりあえず、手紙も取りに来なくていいから。孝介が出張から帰ってくる時にこっちに寄るって言ってたわ!>
「はい」
できない嫁に苛立っているのか、先程と同じように勢いよく電話が切れた。
「はぁぁぁぁ」
深く重い溜め息が出てしまった。
なんかもう嫌。
私の人生、こんな感じで終わっちゃうの?
昔みたいに自由な生活に戻りたい。
11
あなたにおすすめの小説
【完結】あなたに恋愛指南します
夏目若葉
恋愛
大手商社の受付で働く舞花(まいか)は、訪問客として週に一度必ず現れる和久井(わくい)という男性に恋心を寄せるようになった。
お近づきになりたいが、どうすればいいかわからない。
少しずつ距離が縮まっていくふたり。しかし和久井には忘れられない女性がいるような気配があって、それも気になり……
純真女子の片想いストーリー
一途で素直な女 × 本気の恋を知らない男
ムズキュンです♪
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
お見合いから本気の恋をしてもいいですか
濘-NEI-
恋愛
元カレと破局して半年が経った頃、母から勧められたお見合いを受けることにした涼葉を待っていたのは、あの日出逢った彼でした。
高橋涼葉、28歳。
元カレとは彼の転勤を機に破局。
恋が苦手な涼葉は人恋しさから出逢いを求めてバーに来たものの、人生で初めてのナンパはやっぱり怖くて逃げ出したくなる。そんな危機から救ってくれたのはうっとりするようなイケメンだった。 優しい彼と意気投合して飲み直すことになったけれど、名前も知らない彼に惹かれてしまう気がするのにブレーキはかけられない。
フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛
春咲さゆ
恋愛
26歳OLの木崎茉莉は人生のどん底にいた。上手くいかないことに慣れ、心を凍らせることで自分を守る毎日に絶望した茉莉は、雨の夜に思わず人生の終わりを願ってしまう。そんな茉莉に手を差し伸べたかっこいい彼。茉莉は、なぜか無償の愛のような優しさをくれる不思議な男性に少しずつ救われ、前を向いていく。けれど、疑ってしまうほど親切な彼には、親切であり続ける理由があって……。雨の夜の出会いがもたらした、優しくも切ない物語。
逃げる太陽【完結】
須木 水夏
恋愛
黒田 陽日が、その人に出会ったのはまだ6歳の時だった。
近所にある湖の畔で、銀色の長い髪の男の人と出会い、ゆっくりと恋に落ちた。
湖へ近づいてはいけない、竜神に攫われてしまうよ。
そんな中、陽日に同い年の婚約者ができてしまう。
✩°。⋆☆。.:*・゜
つたない文章です。
『身代わりの月』の姉、陽日のお話です。
⭐️現代日本ぽいですが、似て非なるものになってます。
⭐️16歳で成人します。
⭐️古い伝承や言い伝えは、割と信じられている世界の設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる