君の傷になりたい

べーこ

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君の傷になりたい。

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 学校のプリントと手土産を持って俺は愛おしい彼女の家へと訪ねた。

 そんな愛おしい彼女の名前は地引乙女という。
 
 
 インターホンを押すたびに彼女がどんな顔をするのかと思うとゾクゾクとした感情が心臓の奥から湧いてくる。

 インターホンを押すと彼女の母親が出る。

「天城です。いつもお世話になっています。学校でもらったプリントを渡しに来ました」
「あら桜夜くんいらっしゃい。いつもありがとうね、助かっているわ。乙女なら部屋にいるわよ」

 朗らかな声と共にドアが開く。
 俺はにっこりと人好きのする笑みを浮かべ彼女の家の敷居を跨ぐ。

「お邪魔します。乙女の体調はどうでしょうか?」
「あの子は高校に入ってから体調を崩すことが多くてね。元々人見知りなところもあるし、心配なのよ。学校でやっぱり何かあったんじゃないかしら? 桜夜くんは何か知ってる? いじめられたりとかしてない?」

 彼女の母親が心配そうに僕に尋ねる。

「乙女はちょっと緊張しているみたいで、クラスでもあまり話せる人がいないみたいなんですよね……。でも僕がついているので大丈夫です! それにもしも彼女がいじめられたら絶対に僕が守って見せます」
「桜夜くんがそう言ってくれるなら心強いわ。桜夜くん来てくれているところ申し訳ないけれど今うちにお菓子ないから買ってくるわね。それまでは乙女と話してあげてちょうだい。乙女に桜夜くんみたいなこんな素敵な彼氏がいてくれてよかったわ」

 おばさんは話したことを話すと買い物へと出掛けてしまった。
 俺は軽やかな足取りで彼女の部屋へと向かう。
 彼女の部屋のドアには『おとめの部屋』と可愛らしい字体で書かれているプレートがかかっていた。

 コンコンとノックする。
 しかし返事がない。間違いなく彼女はこの部屋にいる。

「乙女、逢いにきたよ」

 もう一度ゆっくりとノックする。
 すると蚊の鳴くようと形容できるほど小さいけれど綺麗な声が聞こえた。
 
「……帰ってください。お願いします、帰ってください」

 俺は彼女に逢えるのを楽しみにしていたのに酷い対応だ。
 俺は部屋の扉を開き、強引に開ける。

「乙女逢いたかったよ」

 そう言って彼女の華奢な身体を抱きしめる。
 乙女は震え、僕から顔を逸らす。

「天城くんはいったい何をしたいんですか? 学校では私をいじめるくせに。なのにこうやって家に来て、お母さんには彼氏だって嘘ついて。お願い。私が何かをしたなら謝るから」
「乙女は何も悪いことしてないよ。何をしても可愛いね。乙女が俺のこと好きになってくれればいじめなんてすぐに止めてあげるよ」

 俺が耳元で囁くと乙女はひっと悲鳴をあげて、身体を捩らせる。

***

 彼女の母親の予想は当たっている。

 彼女は学校中の嫌われ者で現在、激しいいじめに遭っている。
 同性にも異性にも嫌われて学校では完全に孤立している状況だ。

 仕組んだのは俺だ。

 かと言って俺は乙女が嫌いでいじめを始めたわけではない。むしろ彼女が大好きで、どうしても自分のものにしたくて始めた事だった。

 俺は彼女の事がずっと好きで仲良くなろうと近づいた。
 けど、人見知りが激しく、草食動物のように警戒心が強く臆病な乙女は俺に必要以上に仲良くしようとはしなかった。

 どれだけ声をかけたり、根回ししてグループワークを一緒になっても彼女は自身のパーソナルスペースに一切俺を寄せ付けなかった。

 それどころか彼女は俺以外の違う男に恋をしていたのだ。
 しかもその恋は上手くいきそうだった。

 俺は自身の恋心を諦める事はできなかった。
 どうしても彼女の側にいる唯一は俺でありたかった。

 悩みに悩んだ俺に悪魔のような考えがよぎった。
 正攻法が駄目なら、乙女が俺を頼らざる状況を作ればいいと。
 乙女を孤立させて俺だけに依存させてしまえばいいのだという思考に至った。

 最初は周りのクラスメイトをうまく扇動して乙女を孤立させるようにして、俺が彼女を助けて依存させるはずだった。

 実際に最初はうまく行っていた。
 乙女が好きだった男はありもしない噂を鵜呑みにして乙女を捨てた。


 そして、俺は『誰にでも優しく、いじめなんかをしない天城君』の皮をかぶって彼女に近づいた。
 最初こそは警戒されたが、少しずつ乙女は俺に心を開いてくれたのだ。
 大人しくて引っ込み思案で警戒心の強かった乙女はだんだんと俺を頼るようになっていた。

 そして後もう少しというところまできていた。

 しかし、ある1人が口を滑らせて俺がいじめを仕組んだ犯人だと乙女にバラしてしまったのだ。

 それを知った乙女は俺から距離を置くようになった。
 そしてすぐに決別を告げられる。

「天城くんなんて大嫌い! 私がクラスのみんなにいじめられて味方のふりして楽しかったの⁉︎ 泣いてる私を見て愉快だなって嘲笑ってたの⁉︎ もう私に2度と近づかないで!」

 普段声を荒げない乙女が大声を出して、俺の体を突き飛ばした。
 明確な拒絶だった。

 それからは悲惨だった。俺がいくら弁解しても乙女は聞く耳を持たないし、交換した連絡先やSNSは全てブロックされた。

 でも乙女を諦めきれなかった俺は次の手段に出る。
 徹底的に乙女をいじめる事にした。
 乙女の心を破壊して社会不適合者にして俺にしか頼れない状況を作ればいい。もしくはいじめを止める代わりに俺と付き合って欲しいと交換条件を出すこともできる。

 最悪、いじめを乗り越えても乙女の記憶には永遠に天城桜夜という男の影が付き纏う。
 
 好かれないならばせめて彼女の傷跡になりたいと俺は考えたのだ。
 


***

「ねえ乙女、ちゃんと人の話聞いてるの? 下向いたままじゃわからないよ」

 俺がそういうと乙女はビクッとする。
 完全に肉食動物を恐れる草食動物のようだった。
 そういえばビクビクとしたり、警戒心が強いところや小柄な体格も相まってうさぎみたいだなと思う。

「天城くんは私の事が好きだと言ったけどそれは違うと思います」

 乙女はようやく喋り始める。最初は辿々しい喋りだったが段々と力強い響きへと変わる。
 俺は乙女を抱きしめたまま彼女のベッドに腰をかける。

「あっ、天城くんは私の事が好きとか愛しているとかいうけれどその感情はただの支配欲で愛じゃない」
「そっかあ。乙女はそう思うんだね。で、言いたいのはそれだけ?」

 俺が僅かに声を低めると、乙女はビクッと身体を跳ねさせる。


 彼女には俺のどうにもならない重くてどろりとした想いはきっと一生理解できないのだろう。

「乙女が思っているほど愛って綺麗なものじゃないよ。愛っていうのはもっとドロドロとしていてエゴに満ちたものだ。乙女は、何が何でも手に入れてそばに置いておきたいものってある? どんな汚い手段に頼ってでも繋ぎ止めておきたいものってある?」

 すると彼女は困惑したように首を横に振る。そして「そんな気持ちになんかなった事ない」とぼそりとつぶやいた。


「俺にとって君がそれなんだ。だから俺は君を手に入れるためなら、手放さないためならどんな手段でも使うよ。君に嫌われていてもだ。だから君のご家族とも仲良くさせてもらっている。ちょっと鈍いけどとっても乙女の事大切にしている優しい両親だね。こんな俺の事を信頼している」


 そういうと乙女は尚更項垂れてしまう。
 俺は既に彼女の両親の信頼を勝ち取っているのだ。彼女の両親は俺が乙女の彼氏だと完全に信じきっている。
 乙女が否定しても照れ隠しとしか思っていないのだ。

「ねえ乙女、俺のものになるって言えばそれだけで地獄のようないじめは終わるんだ。ものを隠される事はないし、暴言や暴力もない。変な噂を流される事も無くなる。友達も戻ってくるよ。それにこのいじめを逃げ切っても無駄だよ。地獄の果てまで君の事追いかけるから」

 俺は乙女に言い聞かせるようにゆっくりと一言一句に想いを込めて伝える。

 そして乙女を抱き寄せて頭を撫でる。
 少しだけ傷んだ髪の毛の触り心地が俺は好きなのだ。

 その度に乙女はビクッと身体を震わせる。そんな臆病な様子がウサギみたいで可愛い。
 
 乙女は震えながらも俺の手をぎゅっと握る。

「わ、私は天城くんのものになります……。こ、これからよろしくお願いします」

 乙女は震える声で僕に告げた。
 いまだに僕が怖いのか目を合わさずに早口で抑揚のない返事だった。

 彼女の目に溜まった透明な雫は見ないフリをした。
 

 
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