奴隷商人は紛れ込んだ皇太子に溺愛される

葉空

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奴隷商人と皇太子

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それから数ヶ月が経った。あの日からもこっそりと玲於の元に訪れては一緒に眠ってもらってはいた。その日だけ悪夢を見ず、ぐっすり眠れるのだ。



耳に風が切る音が届く。刃がついていない剣を振ると、ビリビリとした感覚が腕に伝わってくる。相手の騎士は必死な形相で剣を押してくるが、俺はまだ余裕がある。剣を弾くように腕を返すと、思いのままに剣は宙に飛ばされて地面に刺さる。

「くそ!また負けた!」

男は悔しそうに頭をかくと、剣を拾いに足を進める。そして、俺の前には次の対戦相手が来る。ここにいる騎士達は皆んな、赤い瞳をしている。どうやら、瞳の色は魔力の強さを表しているらしい。濃い赤紫色、ワインレッド、紅色、赤色の順の階級だ。

空杜とセスもワインレッドの色に精進したので、その色はベルクとブレアンの計4人となった。濃い赤紫色に関してはイーサンしか持っていない。

剣を避け、隙を見せた際に攻撃を仕掛ける。この流れをある程度行って、もう良いかなと感じたら剣を振り払う。それが模擬練習の相手として任された俺の仕事だった。

20名ほどの相手を終えると、俺は稽古を終えて部屋に戻ろうとした。でも、廊下を歩いていると誰かに付けられていると感じた。外に2人、先にある3つの扉の中にそれぞれ1人ずつ隠れている気配がする。気配を消しているつもりなのだろうが滲み出てるのでバレバレだ。

俺は中心の扉とそれを囲むようにある窓の近くに行くと、わざと気を抜いたふりをして両手を上げた。それを好機として見逃さなかった刺客は、一斉に飛びかかってくる。

短剣を前後から投げられ、左右からは剣を振り翳してくる。でも、俺の方が素早く動けるので、普通に避けられる。

真横の扉から出てきた男の腹に拳を入れ、窓を突き破ってきた2人を一度に蹴り飛ばす。壁に叩きつけられた男は鈍い声を上げて気絶する。

俺は彼らが手放した短剣を奪うと後方にいる男に向かって投げ付けた。少し怯んだ隙に刺客を倒すと、もう1人の刺客の攻撃を片手で受けながらも押し倒した。

「お前、誰だ?」

刺客は呻きながらもこちらを睨んでくる。プライドが高そうだ。

…ムカつくな。

手に力を込めると男は痛そうな声を上げる。

「誰の差し金だ?」

どうせ前皇帝の支持者の誰かだろうと思いながら問うてみても、男は何も言わない。でも、倒れた仲間には少し心配そうな視線が伺える。

「言わないなら殺すよ。」
「殺せば良い。」
「そう…」

俺は男の懐から短剣を取り出すと、すぐ近くにいた刺客に視線を向けて片手を構える。

「な"?!」
「何を驚いてる?」
「っ…!」
「ああ、俺が人を殺せない奴とでも聞いてた?」

男は図星だったようで、視線を揺らす。俺は思わず自嘲してしまう。そうだった。俺は、人を傷付けるのが怖かったはずなのに…今は誰かの血を…

「アリマ!」

短剣を握り締めた握り締められて、短剣が地面に落ちる。相手を確認するとそこには焦ったように息を乱すイーサンがいた。そして、少ししてから彼の幼馴染のベルクもやってくる。

「あ…」

ハッとしたように力を抜くと、イーサンに抱き締められる。代わりに刺客を抑えるようにベルクが手に力を込める。

「アリマ、落ち着いて。」

落ち着かせるように背中を撫でられるが、俺は自分が怖くて仕方がなかった。こんなの自分じゃない…こんなこと考えたくない。血が見たいなんて、あり得ないことなのに…

「ねぇ、俺どうしちゃったの?」

震える手でイーサンの腕を掴む。

「俺じゃない誰かがいるっ…怖い…っ…」
「アリマ!」

抱き締められそうになって思わず、振り払ってしまう。

「あっ…ごめんなさい…」
「大丈夫だ。」

そう言われても苦しくて仕方がない。なんで、こんなに落ち着かないのかが分からない程に心が騒つく。

「アリマ!」
「兄ちゃん…」

セスがこちらに走り寄って来て、そのまま彼の胸へと抱き締めてくれる。いつもなら落ち着くはずなのに、今日に限っては心の不快感が抜けない。

セスは俺の顔を確認すると顔を歪めて、自身の首に下げていたネックレスを掛けてきた。その瞬間、うるさかった鼓動は少しずつマシになっていき心は落ち着き始める。俺はセスに縋るように両手を首に回すとそのまま気を失った。

♦︎

ああ、またここだ。いつ来ても見慣れない光景に、自然と顔が歪む。

『そんな顔をするな。』
「なら、俺をここに呼ぶな。」

見上げるほど高い身長を持つ男は牙を見せるように笑う。

『くっくっ、俺にタメ口を聞くのはお前くらいだぞ?まあ、俺はお前のことが気に入ってるから許してやってるが。』

もう、突然目の前に来られてももう驚かなくはなった。

『だが、もうそれも聞けなくなるな。』
「何で?」
『この身体を乗っ取れるからだよ。』

尖った爪を胸にさされる。それを振り払うと男は楽しそうに笑う。

『お前だって感じてるだろ?俺の感情が乗り移って来ていることを。侵食はほぼ終わってる状況なのだから、あのネックレスを掛けても 1日遅らせる程度にしかならんのだがな。そうだな…お前が目覚めて、あと3日で終わるだろうな』

「…俺が死ぬってこと?」

『普通はな。だが、お前は特殊だからどうなるか分からんな。ずっと、心の中におるかもしれん。転生者なんぞ、何千年生きてる俺でも初めてのことだからな。』

親しげに肩に手を回されたので、追い払うように肘を振り下ろそうとしたがすんなりと避けられてしまう。

「俺から出ていけよ。」
『嫌だね。』
「嫌って言うことは出来るってことじゃないか。」

悪魔は失言したようで頭をかく。

『今は出来ん。』
「なら、どうしたら出来るわけ?」
『教えると思うか?』
「ああ。お前は俺の欲を叶えたいんだろ?今の俺はそれを教えて貰うことが1番だからな。」

悪魔は手を上にあげて溜め息を吐く。

『これだから人間は…。まあ、俺の目的を達していいなら出ていってもいい。』
「補うには?」
『今、外には悪魔の残骸みたいなものが残ってるだろ?ほらっ、悪魔の血が混ざった人間ども。』
「人魔のことか?」
『そうだ。それを全部よこせ。』
「無理だ。彼らを殺すわけないだろう。」

悪魔は呆れたように首を振る。

『違う。命ではなく、悪魔の力を全て寄越せと言ったんだ。』
「どういう意味?」
『俺には力がいるからな。外の奴らの力を奪ったらここの世界に用はない』
「そんなことできるの?」
『まあな。俺は原初の悪魔の血縁者だからその血を持つ奴らの力を奪うことはできる』

原初の悪魔の血縁者…それって

「魔王ってこと?」
『魔王ではないな。俺は領主だから魔王の一つ下の王という位ではある。』

…よく分からないが、つまりこいつは2番目に偉い人ということだろうか。

「ん?…力を奪うなら皆んな普通の人に戻れるのか?」
『ああ。代わりに魔力を奪い馴染む間、現実のお前は眠りにつく。この場所で彷徨う形になるな。あとは、お前から出ていったとしてもお前は目覚めないかもしれんな。体に残った力の残骸がどう影響するかわからん。』

それはそうだろう。皆んなの力を奪っておいて平気でいられるはずがない。

そんなことを聞いても俺の決心は変わらなかった。

「……別にいいよ。」
『いいのか?』
「うん」
『お前が起きる可能性も低いし、例え目覚めたとしても普通ではない存在になるが?』
「別に良いよ。俺はもとから逸脱した存在なんだから。」
『…人間はよく分からんな。』
「人魔の扱いを受けたことがあるものなら誰もが人間に戻りたいと思うよ」
『赤の他人であろうと守ろうとするのか…やはり人間は変わってる』

彼は不思議そうに首を傾げると、次には面白いものを見るような目で俺を見てくる。

『ああ、それか…』
「何?」
『お前の記憶は面白いからそれをよこせ』
「はっ…?」

記憶…?

『ああ、二つの記憶を持ってるのは珍しいし、その悲劇的な記憶は力になる』
「それは今世の記憶も奪うということ?」
『ああ、もしくれるならお前が無事にかえれるように努力を尽くそう』

前世は構わない…でも、今世の記憶は消したくないものの方が多い。

『まあギリギリまで待ってやる。どうするかは入れ替わるまでに決めておけ。それまでは悔いが残らぬよう生活することだな。』

そして、彼は俺の顔を隠すように手を置いて視界を暗闇に閉ざした。
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