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学校に向かう馬車の中でアルフは緊張した様子で両手を握り締める。その姿に両親も視線を彷徨わせてどうやって緊張を解そうかと迷う。そして、意を決して愛する息子に声を掛けることにした。
「…アルフ、落ち着きなさい。」
自分の名前が聞こえ、肩を震わせて視線を上げると険しい表情をした両親がいた。
あっ…、まずい。たかが入学式の答辞ごときに緊張をしているとバレてしまっただろうか。両親は伯爵なのに、息子がこんなにポンコツでは顔が立たないから、こんなに怒っているのだろうか。
そう思うと自然と手に込める力は強くなる。なんと言い訳しようか考えていると、握り締めた手を上から優しく包まれた。
「えっ…」
手の先を辿ると、その手は母親だった。そして、反対の手には父親の手が添えられる。
両親らしくないことをされて、アルフは思わずたじろいでしまう。だって、昔よりはマシにはなっていても、両親とはあまり会話をしたことがなかったから。
「アルフ、あなたなら大丈夫ですよ。」
「ああ、アルフなら出来るさ。」
その言葉に心はじんわりと温かくなった。生まれて初めて鼓舞する言葉を貰えた。
だから、俺も嬉しくてつい気が緩んでしまった。
「ありがとう!お父様、お母様。」
満面の笑みを浮かべてお礼の言葉を述べると両親は慌てて重ねていた手を離してきた。その行為を見て、すぐにしまったと思った。
クラークソン家の恥をつくらないために言った言葉だと分かっていたのに、間に受けすぎてしまったからだ。しかも、嫌いな息子から笑顔でお父様、お母様呼びなど虫唾が走るに違いない。
その証拠に目の前の光景が物語っていた。母親は口元を隠して父親の胸に顔を埋め、父親は愛する者を抱きしめて目元を隠している。垣間見える口元は硬く閉じられており密かに震えている。
それからアルフたちは馬車の中では一言も交わさなかった。ただ、馬車から降りると両親からは一言釘刺された。
他の人には絶対に笑顔を見せないように、と。
聞いた瞬間、それほど自分の笑みは気持ち悪かったのかと思った。さすがに悲しかったが、それと同時に嫌われたい相手に笑みを浮かべれば良いのだと知った瞬間だった。
アルフは分かりましたと答えると両親と離れて新入生の集合場所へと向かった。
○
「伯爵様、奥様!先程のはどう言う意味でしょうか?!」
アルフを一旦見送り終わるとすぐさま使用人たちは駆け寄ってきた。鼻息が荒く、思わずこちらが苦笑いを浮かべてしまうほどだ。
「実は馬車の中で、アルフが満面の笑顔を浮かべて『ありがとう!お父様、お母様』と言ってくれたんだよ。」
自慢気に話すと使用人たちは高い歓声をあげる。だが、周囲にいた人達から痛い視線を浴びてすぐに押し黙る。
「それで、どんな笑顔でしたか?やはり、周囲を照らす太陽のように、いや天使のように柔らかい笑みでしょうか?」
食い入るように聞かれて夫妻は考え込む。
「あれは、何と言ったら良いのだろうか…。とても言葉で表現が出来ないな。」
そう答えると使用人たちは再び歓声を上げようとしたので慌てて唇の前に人差し指を立てる。それにハッとしたように目を見開くと、慌てて口を押さえ出す。
「それなら、アルフ様が他の方に笑顔を見せてしまわれたら大変なことになりますね。」
執事長がそう言うと夫妻は首を縦に振る。
「ああ、これ以上アルフに言い寄ってくるものを増やしたくないからな。まあ、アルフが許した相手なら仕方がないが…。」
少し寂しそうに伯爵が笑うとその手を取るように夫人は握る。そして、2人は身体を翻すと学校の中へと向かった。我が愛しの答辞の姿を目に焼き付けるために。
「…アルフ、落ち着きなさい。」
自分の名前が聞こえ、肩を震わせて視線を上げると険しい表情をした両親がいた。
あっ…、まずい。たかが入学式の答辞ごときに緊張をしているとバレてしまっただろうか。両親は伯爵なのに、息子がこんなにポンコツでは顔が立たないから、こんなに怒っているのだろうか。
そう思うと自然と手に込める力は強くなる。なんと言い訳しようか考えていると、握り締めた手を上から優しく包まれた。
「えっ…」
手の先を辿ると、その手は母親だった。そして、反対の手には父親の手が添えられる。
両親らしくないことをされて、アルフは思わずたじろいでしまう。だって、昔よりはマシにはなっていても、両親とはあまり会話をしたことがなかったから。
「アルフ、あなたなら大丈夫ですよ。」
「ああ、アルフなら出来るさ。」
その言葉に心はじんわりと温かくなった。生まれて初めて鼓舞する言葉を貰えた。
だから、俺も嬉しくてつい気が緩んでしまった。
「ありがとう!お父様、お母様。」
満面の笑みを浮かべてお礼の言葉を述べると両親は慌てて重ねていた手を離してきた。その行為を見て、すぐにしまったと思った。
クラークソン家の恥をつくらないために言った言葉だと分かっていたのに、間に受けすぎてしまったからだ。しかも、嫌いな息子から笑顔でお父様、お母様呼びなど虫唾が走るに違いない。
その証拠に目の前の光景が物語っていた。母親は口元を隠して父親の胸に顔を埋め、父親は愛する者を抱きしめて目元を隠している。垣間見える口元は硬く閉じられており密かに震えている。
それからアルフたちは馬車の中では一言も交わさなかった。ただ、馬車から降りると両親からは一言釘刺された。
他の人には絶対に笑顔を見せないように、と。
聞いた瞬間、それほど自分の笑みは気持ち悪かったのかと思った。さすがに悲しかったが、それと同時に嫌われたい相手に笑みを浮かべれば良いのだと知った瞬間だった。
アルフは分かりましたと答えると両親と離れて新入生の集合場所へと向かった。
○
「伯爵様、奥様!先程のはどう言う意味でしょうか?!」
アルフを一旦見送り終わるとすぐさま使用人たちは駆け寄ってきた。鼻息が荒く、思わずこちらが苦笑いを浮かべてしまうほどだ。
「実は馬車の中で、アルフが満面の笑顔を浮かべて『ありがとう!お父様、お母様』と言ってくれたんだよ。」
自慢気に話すと使用人たちは高い歓声をあげる。だが、周囲にいた人達から痛い視線を浴びてすぐに押し黙る。
「それで、どんな笑顔でしたか?やはり、周囲を照らす太陽のように、いや天使のように柔らかい笑みでしょうか?」
食い入るように聞かれて夫妻は考え込む。
「あれは、何と言ったら良いのだろうか…。とても言葉で表現が出来ないな。」
そう答えると使用人たちは再び歓声を上げようとしたので慌てて唇の前に人差し指を立てる。それにハッとしたように目を見開くと、慌てて口を押さえ出す。
「それなら、アルフ様が他の方に笑顔を見せてしまわれたら大変なことになりますね。」
執事長がそう言うと夫妻は首を縦に振る。
「ああ、これ以上アルフに言い寄ってくるものを増やしたくないからな。まあ、アルフが許した相手なら仕方がないが…。」
少し寂しそうに伯爵が笑うとその手を取るように夫人は握る。そして、2人は身体を翻すと学校の中へと向かった。我が愛しの答辞の姿を目に焼き付けるために。
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