婚約者の隣にいるのは初恋の人でした

四つ葉菫

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 私は呆然と目を瞬く。
 レヒーナ様はその後「幼い頃の約束、覚えているだろうか? 迎えに行くと君に言った」と仰った。
 なぜそのことを知っているのだろう。
 胸に秘めて誰にも言ったことがないふたりだけの約束なのに。
 あの時の彼の眼差しと、目の前の彼女の眼差しが重なり、私の口から自然にその名がこぼれていた。

「ロレンシオ……?」

「そう、私だ。あの時の約束を果たしに来たよ」

 レヒーナ様が嬉しそうに破顔した。
 
「でも、あなたは……レヒーナ様……女性……」

 今の状況に混乱して、顔立ちと着ているドレスとの間に視線を何度も彷徨わせる。
 ロレンシオは女性だった……?
 いえ、そんなはずないわ。王子妃教育で、確かにロレンシオと言う名の王子がいることを学んだもの。
 目の前のレヒーナ様とロレンシオが同一人物だと未だ信じきれない私の顔の前に、何かが差し出された。
 ポケットから出されたもの。
 それは一枚の栞だった。
 その紙片のうえで、紫の小さな花と、五枚の花弁の白い花が寄り添うように押し花にされている。
 いつだったか屋敷に訪れたロレンシオの使いだと言う方に、手紙の代わりに託したもの。
 ――では、本当にこの方が――。

「スミレと、ジャスミンだね」

 ロレンシオが手の平の栞を見て、柔らかく笑った。

「これ、私達だろう?」

 そう。紫の花はロレンシオの瞳の色に例えられたスミレ。白い花は私と同じ名前のジャスミンの花。
 ロレンシオと別れたばかりの頃、幼かった私は花を自分達になぞらえて、押し花にすることを思いついたのだ。
 子供の手のものだから、拙く、たったふたつの花があるだけの無骨なもの。でも、その分、純心な想いが込められていた。
 これを見るたび、その時の気持ちを思い出して、暖かい気持ちになったものだ。
 イグナシオ殿下の婚約者になってからは、寂しい気持ちに変わってしまったけど。けれども捨てるには、何も疑わずに未来を信じていた過去の自分が哀れで、できなかった。

「もう踏ん切りをつけなくちゃって。いい機会だと思ったの。だから、あなたに、それを、渡したのに」

 一緒になる夢を手放すから、あなたもどうか手放してという意味合いだったのに。
 涙がこみ上げ、半ばしゃくりあげるように言えば、ロレンシオが優しく言葉を紡ぐ。

「私はそうはとらなかった。このスミレとジャスミンの花のようにいつも側にいたいという君の気持ちが伝わってきた。それについ最近までずっと使っていたとシーグルドから聞いた。なら尚更、ずっと願っていたんだとわかるよ」

 何もかも優しく包む眼差しに、胸が熱くなった。
 聞きたいことがいっぱいあった。
 伝えたいこともいっぱいあった。
 どれを言おうか順繰りに冷静に考えたいのに、感情が先走る。

「便りのひとつもくれなかったのはどうしてなの?」  
 
 顔がくしゃりと歪む。
 いけない。これでは癇癪を起こした子供みたい。でも、初めての激しい感情の波にどうすることもできなかった。
 ロレンシオはけれど、呆れた様子もなく、答えてくれた。

「手紙のやり取りをすれば、そればかりに気を取られ、勉学が疎かになりそうだったから」

「気を取られる?」
 
 首を傾げれば、ロレンシオは少し躊躇ったあと顔を赤くしながら言った。

「手紙は無事についただろうか。君からの手紙はいつ届くのだろう。次は何を書こう。きっと何回も書き直してしまう。そして、君の手紙を何回も読み直し、君に思いを馳せるだろう。そんなふうにうつつを抜かすなら、君を一秒だって早く迎えに行くために、机にかじりついたほうがいいって思ったんだ。ごめん。不安にさせたよね」

 
 目先の利益にとらわれる愚かな人間になりたくなかった。そちらを重んじて、本来の、君を迎えにいくという目標を疎かになるのが怖かったんだと、ロレンシオが胸の内を打ち明けて、項垂れる。
 けれどすぐに顔をあげた。

「でも、そのおかげで、君をこうして迎えにくることができた。あの時の言葉の通り、ずっと立派になって、自信をつけて、君に会いにきたよ」

 ロレンシオが私に向かって、手を差し出す。

「あの時と気持ちが変わらなければ、この手をとってほしい。そしたら、君を私の国に連れて行く」  

 眼の前に差し出された手をじっと見つめる。
 私はその手を――。



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