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しおりを挟む微かな物音と花のような甘い香りを感じて、私は薄っすらと目を開ける。
「お嬢様、目が覚めましたか?」
ドロシーがいつもはそこにない枕元の花瓶の花から手を離して、こちらを向き直るのが見えた。
「ああ、安心しました。あれからニ日間も寝ていたんですよ。今、旦那様と奥様に知らせて参ります」
返事を返す前に、ドロシーが足早に去っていく。
「――っ……!」
起き上がろうと少し体を起こしただけで、背中に激痛が走る。
それと同時に、部屋にお父様とお母様が入ってきた。
「ああ、エレン! 目が覚めたのだな! 本当に良かった!」
「全く、あなたときたら! 本当に生きた心地がしませんでしたよ」
一番最初に目が覚めた時に見た悲壮感は微塵もなく、今のふたりの表情は何故だか浮足立って見える。
お母様も私を責めてるのに、なんだか嬉しそう。
でも、娘の私が死ぬような目にあったんだもの。こうして命が助かって、喜んでるんだわ。
「……心配かけてごめんなさい」
「ああ、ああ、気にするな。エレン、お前がこうして生きていていてくれるだけで、私には何よりも代えがたい喜びだよ」
「……お父様」
「それに、喜びはそれだけじゃないんだよ」
お父様が私の手を力強く握りしめる。何故か少し高揚して目が潤んでいるように見える。
「私達男爵家にとっては、またとないほどの幸運よ」
すぐそばでお母様まで嬉しそうに涙ぐんでいる。
一体どうしたの。なにがそんなに嬉しいの?
私はふたりにつられて口の端をあげる。言葉を発する前に、お父様が答えるほうが早かった。
「エレン、喜びなさい。あのフェリシアン様が、お前を婚約者にと望んでくださった」
「え?」
その言葉を聞いた瞬間、思考が停止した。
「いやあ、一時はどうなるかと思ったが。これぞ天の恵みというものだ」
「背中に一生傷が残るとお医者様が仰った時には本当、血の気が引いたわ。貴族の娘の体に傷が残れば、行く末は年の離れた男の後妻か修道院に行くしかないもの。それがこんな良い良縁に恵まれるなんて」
「もっと爵位の高い家の令嬢がいくら望んでも叶わないくらいの縁談だ。それを私の娘が受け取れるんだ。誇らしいよ」
お父様とお母様が嬉しそうに話している横で、私の頭はまだ真っ白なまま。
――どうして一体そんなことに?
「エレンの行く末を思うと辛くてやりきれなかったが、あの方がそう仰ってくれたときはどれほどほっとしたか」
「ええ、本当に。フェリシアン様は本当に立派な殿方だわ」
「おひとりで全ての手筈を整えてくれて。その上届け出の書類まで用意してくれて。次の日に我が家を訪ねに来たと思ったら、『あとはそちらのサインを書くだけです』と面前で仰ったときには、なんて潔い方なんだと感服したよ。あんなに迅速に誠意を示してくれる方はそうそういないよ」
「ええ。ご両親を説得するのも大変だったでしょうに。あの由緒あるサンストレーム公爵家が一男爵家の令嬢を娶るなんて、誰も思わなかったでしょう。傷物の娘を躊躇なくもらってくれるフェリシアン様には本当に頭が下がる思いだわ」
「本当に有り難い……」
「ええ」
ふたりが会話を終わらせると、お父様が今度は私に向き直った。
「婚約書に両家のサインをし終わった今、お前はもう立派なフェリシアン様の婚約者だ。これからはフェリシアン様の言葉をよく聞き、御意向に添い、良き婚約者となれるよう努めなさい」
私にはまだわけがわからなかった。
「あの――」
「あなた、もう話はこのくらいにして、休ませないと。急にいっぱい言われても疲れるだけよ」
投げかけた言葉はしかし、遮られてしまった。
「ああ、すまない。つい興奮してしまってな。――エレン、今は一日も早く元気になりなさい。体に優しい粥を用意させたから、食べると良い」
そう言うと、お父様とお母様は部屋から出ていってしまった。
――なぜこんなことに?
フェリシアン様と私が婚約したって本当かしら。
しかし、いくら頭を捻っても、寝台から離れられない今、確かめようがないことだった。
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