❲完結❳傷物の私は高貴な公爵子息の婚約者になりました

四つ葉菫

文字の大きさ
6 / 75

しおりを挟む


 微かな物音と花のような甘い香りを感じて、私は薄っすらと目を開ける。

「お嬢様、目が覚めましたか?」

 ドロシーがいつもはそこにない枕元の花瓶の花から手を離して、こちらを向き直るのが見えた。

「ああ、安心しました。あれからニ日間も寝ていたんですよ。今、旦那様と奥様に知らせて参ります」

 返事を返す前に、ドロシーが足早に去っていく。

「――っ……!」

 起き上がろうと少し体を起こしただけで、背中に激痛が走る。
 それと同時に、部屋にお父様とお母様が入ってきた。

「ああ、エレン! 目が覚めたのだな! 本当に良かった!」

「全く、あなたときたら! 本当に生きた心地がしませんでしたよ」

 一番最初に目が覚めた時に見た悲壮感は微塵もなく、今のふたりの表情は何故だか浮足立って見える。
 お母様も私を責めてるのに、なんだか嬉しそう。
 でも、娘の私が死ぬような目にあったんだもの。こうして命が助かって、喜んでるんだわ。

「……心配かけてごめんなさい」

「ああ、ああ、気にするな。エレン、お前がこうして生きていていてくれるだけで、私には何よりも代えがたい喜びだよ」

「……お父様」

「それに、喜びはそれだけじゃないんだよ」

 お父様が私の手を力強く握りしめる。何故か少し高揚して目が潤んでいるように見える。

「私達男爵家にとっては、またとないほどの幸運よ」

 すぐそばでお母様まで嬉しそうに涙ぐんでいる。
 一体どうしたの。なにがそんなに嬉しいの?
 私はふたりにつられて口の端をあげる。言葉を発する前に、お父様が答えるほうが早かった。

「エレン、喜びなさい。あのフェリシアン様が、お前を婚約者にと望んでくださった」

「え?」

 その言葉を聞いた瞬間、思考が停止した。

「いやあ、一時はどうなるかと思ったが。これぞ天の恵みというものだ」

「背中に一生傷が残るとお医者様が仰った時には本当、血の気が引いたわ。貴族の娘の体に傷が残れば、行く末は年の離れた男の後妻か修道院に行くしかないもの。それがこんな良い良縁に恵まれるなんて」

「もっと爵位の高い家の令嬢がいくら望んでも叶わないくらいの縁談だ。それを私の娘が受け取れるんだ。誇らしいよ」
 
 お父様とお母様が嬉しそうに話している横で、私の頭はまだ真っ白なまま。 

――どうして一体そんなことに? 

「エレンの行く末を思うと辛くてやりきれなかったが、あの方がそう仰ってくれたときはどれほどほっとしたか」

「ええ、本当に。フェリシアン様は本当に立派な殿方だわ」

「おひとりで全ての手筈を整えてくれて。その上届け出の書類まで用意してくれて。次の日に我が家を訪ねに来たと思ったら、『あとはそちらのサインを書くだけです』と面前で仰ったときには、なんて潔い方なんだと感服したよ。あんなに迅速に誠意を示してくれる方はそうそういないよ」
 
「ええ。ご両親を説得するのも大変だったでしょうに。あの由緒あるサンストレーム公爵家が一男爵家の令嬢を娶るなんて、誰も思わなかったでしょう。傷物の娘を躊躇なくもらってくれるフェリシアン様には本当に頭が下がる思いだわ」
 
「本当に有り難い……」

「ええ」
 
 ふたりが会話を終わらせると、お父様が今度は私に向き直った。   

「婚約書に両家のサインをし終わった今、お前はもう立派なフェリシアン様の婚約者だ。これからはフェリシアン様の言葉をよく聞き、御意向に添い、良き婚約者となれるよう努めなさい」

 私にはまだわけがわからなかった。

「あの――」

「あなた、もう話はこのくらいにして、休ませないと。急にいっぱい言われても疲れるだけよ」

 投げかけた言葉はしかし、遮られてしまった。

「ああ、すまない。つい興奮してしまってな。――エレン、今は一日も早く元気になりなさい。体に優しい粥を用意させたから、食べると良い」

 そう言うと、お父様とお母様は部屋から出ていってしまった。
 
――なぜこんなことに?
 フェリシアン様と私が婚約したって本当かしら。

 しかし、いくら頭を捻っても、寝台から離れられない今、確かめようがないことだった。

しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました

春夜夢
恋愛
私はずっと「誰にも注目されない地味令嬢」だった。 名門とはいえ没落しかけの伯爵家の次女。 姉は美貌と才覚に恵まれ、私はただの飾り物のような存在。 ――そんな私に突然、王宮から「婚約命令」が下った。 相手は、王の右腕にして恐れられる冷酷宰相・ルシアス=ディエンツ公爵。 40を目前にしながら独身を貫き、感情を一切表に出さない男。 (……なぜ私が?) けれど、その婚約は国を揺るがす「ある計画」の始まりだった。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

【本編完結】王子の寝た子を起こしたら、夢見る少女では居られなくなりました!

こさか りね
恋愛
私、フェアリエル・クリーヴランドは、ひょんな事から前世を思い出した。 そして、気付いたのだ。婚約者が私の事を良く思っていないという事に・・・。 婚約者の態度は前世を思い出した私には、とても耐え難いものだった。 ・・・だったら、婚約解消すれば良くない? それに、前世の私の夢は『のんびりと田舎暮らしがしたい!』と常々思っていたのだ。 結婚しないで済むのなら、それに越したことはない。 「ウィルフォード様、覚悟する事ね!婚約やめます。って言わせてみせるわ!!」 これは、婚約解消をする為に奮闘する少女と、本当は好きなのに、好きと気付いていない王子との攻防戦だ。 そして、覚醒した王子によって、嫌でも成長しなくてはいけなくなるヒロインのコメディ要素強めな恋愛サクセスストーリーが始まる。 ※序盤は恋愛要素が少なめです。王子が覚醒してからになりますので、気長にお読みいただければ嬉しいです。 ※本編完結しました。 ※後日談を更新中です。

処理中です...