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しおりを挟む怪我を負ってから一ヶ月が経とうとしていた。
傷が塞がるまでは絶対安静と仰っていたお医者様から昨日ようやく寝台から降りて良いと許可をもらえた。
まだ背中に響くことは禁止と言われたけれど。
――コンコン。
「はい」
扉がノックされて応えを返すと、予想通りフェリシアン様が現れた。
持っていた花束を私に差し出す。
「今日はこの花を君に持って来た」
「ありがとうございます」
フェリシアン様が毎日花束を持ってきてくださるおかげで、今や私の部屋どころか、至るところに花が飾られている我が家。
寝台横の飾り棚の上には昨日と一昨日貰った花が花瓶いっぱいに飾られていた。
今日はカサブランカ。
品のある良い香りが花から起ち上がる。
大ぶりの花束に思わず――
「花に埋もれてしまいそう」
そう呟いた途端、フェリシアン様の動きがとまったような気がした。
首をあげれば、いつもと変わらない涼し気なフェリシアン様の顔が見えた。
私の勘違いだったのか、フェリシアン様は何事もなかったように椅子に座られた。
「調子はどうだろうか」
「はい。お医者様から寝台から降りて良いと言われました」
「それは良かった」
「はい。全てフェリシアン様のおかげです」
あなたが毎日来てくれるから、元気を貰えている。
「私はなにもしていない。君が頑張ったんだ」
フェリシアン様が柔らかく微笑まれたので、私も自然に笑みを返した。
そうしていつも通り何気ない会話をして、フェリシアン様が帰るころになり――。
「さて、そろそろ行かねばならない」
「あ、今日は私がお見送りします」
フェリシアン様が立ち上がられたので、私も寝台から降りようとした。
もう降りても良いと許可をもらったから、お見送りしようと思ったのだ。
けれど――。
「――あっ」
立ち上がろうとした瞬間、膝から崩折れてしまった。
「危ない」
床につく寸前で、フェリシアン様が私の腰に手を回してとめた。
「大丈夫か?」
足に力が入らないことよりも、フェリシアン様に抱きとめられたことに意識が行き、頬がかあっと熱くなる。
――初めてフェリシアン様に触れたわ。
こんなに距離を詰めたことなんてこれまでなかった。
お腹を力強く支える逞しい腕。背中に伝わるフェリシアン様の気配と香り。
耳を心地よく震わす低くも高くもない声。
「ずっと動いていなかったから、すっかり筋力が落ちてしまったんだろう」
「……すみません」
依然支えられたままの私は蚊の鳴くような声しか出せなかった。
「いや、謝ることはない。これから歩く練習をすればいい」
フェリシアン様が私を支えながら寝台に座らせてくれた。
顔をまともに見ることができない。
「明日から私と一緒に練習しよう」
「……はい」
俯いていた私に何を思ったか、フェリシアン様は私の頭を数回優しく撫でると、立ち上がった。
「それではまた明日」
扉が閉まる音で、フェリシアン様が出ていったことがわかった。
まだ顔を伏せたきりの私。
撫でられた場所にそっと手を伸ばす。
優しい手付きだった。
見舞いだけでも嬉しいのに、歩く練習を一緒にしようと言ってくれた。
人のお世話をするような立場に立ったことなんて今まで一度だってないはずなのに、自ら申し出てくれた。
――こんなに優しいひとは、きっとどこにもいない。
優しくされて嬉しいはずなのに、何故か胸は切なく締め付けられた。
想いを寄せていた五年間、これ以上ひとを好きになることはないと思っていたのに。
なのに、あなたはいとも簡単にそれを超えてしまう。
「……あなたが前よりもずっと好き――……」
自分の内だけで抑えるなんてできなくて。
小さく呟かれた声は、どこにも行けず、静かな部屋の中にいつまでも揺蕩った。
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