❲完結❳傷物の私は高貴な公爵子息の婚約者になりました

四つ葉菫

文字の大きさ
11 / 75

11

しおりを挟む


 怪我を負ってから一ヶ月が経とうとしていた。
 傷が塞がるまでは絶対安静と仰っていたお医者様から昨日ようやく寝台から降りて良いと許可をもらえた。
 まだ背中に響くことは禁止と言われたけれど。

――コンコン。

「はい」

 扉がノックされて応えを返すと、予想通りフェリシアン様が現れた。
 持っていた花束を私に差し出す。

「今日はこの花を君に持って来た」

「ありがとうございます」

 フェリシアン様が毎日花束を持ってきてくださるおかげで、今や私の部屋どころか、至るところに花が飾られている我が家。
 寝台横の飾り棚の上には昨日と一昨日貰った花が花瓶いっぱいに飾られていた。
 今日はカサブランカ。
 品のある良い香りが花から起ち上がる。
 大ぶりの花束に思わず――

「花に埋もれてしまいそう」

 そう呟いた途端、フェリシアン様の動きがとまったような気がした。
 首をあげれば、いつもと変わらない涼し気なフェリシアン様の顔が見えた。
 私の勘違いだったのか、フェリシアン様は何事もなかったように椅子に座られた。

「調子はどうだろうか」

「はい。お医者様から寝台から降りて良いと言われました」

「それは良かった」

「はい。全てフェリシアン様のおかげです」

 あなたが毎日来てくれるから、元気を貰えている。

「私はなにもしていない。君が頑張ったんだ」

 フェリシアン様が柔らかく微笑まれたので、私も自然に笑みを返した。




 そうしていつも通り何気ない会話をして、フェリシアン様が帰るころになり――。

「さて、そろそろ行かねばならない」

「あ、今日は私がお見送りします」

 フェリシアン様が立ち上がられたので、私も寝台から降りようとした。
 もう降りても良いと許可をもらったから、お見送りしようと思ったのだ。
 けれど――。

「――あっ」

 立ち上がろうとした瞬間、膝から崩折れてしまった。

「危ない」

 床につく寸前で、フェリシアン様が私の腰に手を回してとめた。
 
「大丈夫か?」

 足に力が入らないことよりも、フェリシアン様に抱きとめられたことに意識が行き、頬がかあっと熱くなる。

――初めてフェリシアン様に触れたわ。

 こんなに距離を詰めたことなんてこれまでなかった。
 お腹を力強く支える逞しい腕。背中に伝わるフェリシアン様の気配と香り。
 耳を心地よく震わす低くも高くもない声。

「ずっと動いていなかったから、すっかり筋力が落ちてしまったんだろう」

「……すみません」

 依然支えられたままの私は蚊の鳴くような声しか出せなかった。

「いや、謝ることはない。これから歩く練習をすればいい」

 フェリシアン様が私を支えながら寝台に座らせてくれた。
 顔をまともに見ることができない。

「明日から私と一緒に練習しよう」

「……はい」

 俯いていた私に何を思ったか、フェリシアン様は私の頭を数回優しく撫でると、立ち上がった。

「それではまた明日」

 扉が閉まる音で、フェリシアン様が出ていったことがわかった。
 まだ顔を伏せたきりの私。
 撫でられた場所にそっと手を伸ばす。
 優しい手付きだった。
 見舞いだけでも嬉しいのに、歩く練習を一緒にしようと言ってくれた。
 人のお世話をするような立場に立ったことなんて今まで一度だってないはずなのに、自ら申し出てくれた。

――こんなに優しいひとは、きっとどこにもいない。

 優しくされて嬉しいはずなのに、何故か胸は切なく締め付けられた。

 想いを寄せていた五年間、これ以上ひとを好きになることはないと思っていたのに。
 なのに、あなたはいとも簡単にそれを超えてしまう。

「……あなたが前よりもずっと好き――……」

 自分の内だけで抑えるなんてできなくて。
 小さく呟かれた声は、どこにも行けず、静かな部屋の中にいつまでも揺蕩った。


 

 
しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』

しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。 どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。 しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、 「女は馬鹿なくらいがいい」 という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。 出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない―― そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、 さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。 王太子は無能さを露呈し、 第二王子は野心のために手段を選ばない。 そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。 ならば―― 関わらないために、関わるしかない。 アヴェンタドールは王国を救うため、 政治の最前線に立つことを選ぶ。 だがそれは、権力を欲したからではない。 国を“賢く”して、 自分がいなくても回るようにするため。 有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、 ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、 静かな勝利だった。 ---

旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう

おてんば松尾
恋愛
王命により政略結婚したアイリス。 本来ならば皆に祝福され幸せの絶頂を味わっているはずなのにそうはならなかった。 初夜の場で夫の公爵であるスノウに「今日は疲れただろう。もう少し互いの事を知って、納得した上で夫婦として閨を共にするべきだ」と言われ寝室に一人残されてしまった。 翌日から夫は仕事で屋敷には帰ってこなくなり使用人たちには冷たく扱われてしまうアイリス…… (※この物語はフィクションです。実在の人物や事件とは関係ありません。)

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

真実の愛のお相手様と仲睦まじくお過ごしください

LIN
恋愛
「私には真実に愛する人がいる。私から愛されるなんて事は期待しないでほしい」冷たい声で男は言った。 伯爵家の嫡男ジェラルドと同格の伯爵家の長女マーガレットが、互いの家の共同事業のために結ばれた婚約期間を経て、晴れて行われた結婚式の夜の出来事だった。 真実の愛が尊ばれる国で、マーガレットが周囲の人を巻き込んで起こす色んな出来事。 (他サイトで載せていたものです。今はここでしか載せていません。今まで読んでくれた方で、見つけてくれた方がいましたら…ありがとうございます…) (1月14日完結です。設定変えてなかったらすみません…)

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

処理中です...