❲完結❳傷物の私は高貴な公爵子息の婚約者になりました

四つ葉菫

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 日の光が反射して、きらきら輝く噴水の水が眩しい。
 今、私達は噴水広場のベンチに座っている。
 これまで何度かエレン嬢を街に案内した私。初めて見る光景や私が語って聞かせる街の知識に触れるたび、隣で瞳を輝かせるエレン嬢を連れ立って歩くのは楽しかった。
 そしてそんな彼女を見るたび、もっと外の世界を見せてあげたいと思う。

 一度だけ、一番始めに訪れたあの高級店通りに再び行ったことはあったけれど、やはりエレン嬢が何かを欲しがる素振りをみせることはなかった。これまでの女性は頼まずとも進んでほしいものに手を伸ばしてきたというのに。私が女性に何かあげたいと思ったのは初めてのことなのに、その肝心の女性が何も欲しがらないとは皮肉としかいいようがない。

「ウェディングドレスは決まった?」

 街を散策した日は、休憩できる場所を見つけてはひととき休むことにしている。たまに見晴らしの良い場所の時もある。そんな風にエレン嬢と他愛もない会話をしながら一緒に過ごす時間はとても心地良い。

「はい」

 ウェディングドレスを頼んだのは、王都でも人気の仕立屋だ。扱う材質から服の意匠、仕立てまで、全てが一流の店である。一年待ちなことを知っていたため、エレン嬢と婚約した直後には既にウェディングドレスの注文はしていた。先のことを考えると、ウェディングドレスは外せない項目であることはわかっていたからだ。
 べールやドレスに施す刺繍の量によっては、一年前からウェディングドレスを作るケースもある。例では王族がそうである。
 エレン嬢の場合もそうしても良かったのだが、エレン嬢はまだ十五歳。体が成長期なことを考えれば、仕立てはぎりぎりまで待ったほうが良いと思い、半年前にしてもらった。
 仕立て屋もそれはわかっているだろうから、これからちょくちょく採寸を合わせにエレン嬢のもとに訪れることだろう。

「何から何までありがとうございます」

「いや。本当は付き添ってあげたかったんだが、そこまで時間がとれなくてすまない」

 エレン嬢は一からドレスを仕立てるのは初めてかもしれない。慣れない彼女のために、本当は側についていてやりたかったのだが、あいにく仕事が忙しくできなかった。そのかわり、仕立て屋には親身になってアドバイスしてほしいと口添えしておいた。その甲斐あってか、無事、エレン嬢が満足いくようなウェディングドレスの意匠になったようだ。
 頬を染める彼女の様子にそれが伝わってくる。

「いいえ! もう充分過ぎるほど良くしてもらっています」

「それに」と彼女は続ける。

「初めてあんなに綺麗な刺繍やレースをいっぱい見ることができて、夢のようでした」

 夢心地にそう呟く彼女の言葉にふと襟元のレースが目に入った。

「『レース』で思ったんだが、その襟元のレース、以前君に買ってあげたものに似ているな」

 以前彼女と訪れた手芸屋で、それとよく似たレースを買った覚えがある。

「……はい。そうです。フェリシアン様に買ってもらったものです……」

 エレン嬢の声が何故か弱弱しくなっていく。

「自分で付けたのか?」

「はい……」

「……この刺繍も?」    

「はい……」

「どうしてそんなことを?」

 顔を俯かせる彼女。しばらく口を閉ざしていたけれど、私の視線に負けたのか、小さく口を開いた。
 
「……私、ドレスを四着しかもっていないから……」

 まるで恥ずかしいことを告白するかのように、しょげる彼女。

「……少しでも違うドレスに見せれたらと思ったんです……。それで……」

 女性のドレスなどあまり気にしたことはなかった。それでも、エレン嬢が何度も同じドレスを着ていたことは知っていた。
 高級店に行っても、何もほしがらない彼女。
 今のドレスで充分満足なのだろうと、彼女のその言動から勝手に思い込んでいた。 
 だがそうではなかった。

――年頃の令嬢ならば、お洒落をしたい気持ちは人並みにあるだろうに。

 何故そのことに気づかなかったのだろう。
 女性の気持ちに疎いことに、これ程後悔したことはない。

「綺麗な仕上がりだ。よくできている」

 この少女を喜ばせてあげたいという気持ちから自然に言葉が出ていた。
 彼女がはっとしたように顔をあげた。

「これだけ上手なら、刺繍も好きなのも頷ける」

『少しでも違うドレスにしたかった』と言う彼女。
 それなのに、もっと裕福な令嬢と同じようには、私にドレスをねだらないのだな。
 それが何故か胸を衝く。

「……本当ですか?」
  
「ああ」

 不安一色だった彼女の顔に微笑みが浮かんでいく。
 その笑みがいつもより愛しく思えるのは何故だろう。
 この少女の純心な心が、美しい心根が、私を惹きつける。
 
 これは『愛しい』という感情だけでは収まらないような気がするのに、この感情の正体が私にはまだわからなかった。


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