❲完結❳乙女ゲームの世界に憑依しました! ~死ぬ運命の悪女はゲーム開始前から逆ハールートに突入しました~

四つ葉菫

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80.夏祭り②

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――ピィー。

――ピィー。

甲高い警笛の音が何度も喧騒をぬって聞こえてくる。

「何かの捕物でしょうか」

アンナが聞こえた方角に首を巡らす。
笛を吹きながら通りの向こうを駆け抜ける幾人もの警備隊の姿が見える。
その先頭にいる人影を見て、ドキリと心臓が跳ねた。
すっかり日が暮れて見通しが悪い上、遠くてよく見えなかったけど、あの全身黒ずくめの格好には見覚えがある。
しなやかな体つきと素早い身のこなし。
全身がばねみたいに柔軟で、音もなく駆け抜ける姿はまるで一匹の狼のよう。
彼だわ。
私は身じろぎひとつできず、目が釘付けになった。
バルタザールと仲良くなった頃、マルシェの女主人であるマリサからある日「最近、王都を賑やかしている盗賊がいるの、知ってるかい?」と話題をふられる。プレイヤーは「ゲームと何の関係が?」と、疑問に思いながらも、マリサの話を続けて聞くことになる。マリサが言うには、最近、金持ちの貴族や商人の家に『黒狼』と呼ばれる盗賊が侵入し、金目のものや金貨を盗んでいくということだった。「やられるのはみんな、評判が良くない連中ばっかだよ。身分を笠に着る貴族や、暴利を貪る商人だったりね。で、盗みに入られた次の日にゃ、被害にあった人々や貧しい人間の家のドアの前に金貨が置かれてるって話だ。決まってそうだから、犯人は同じやつだね。今どき、粋なことするやつがいるもんだよ。一部の庶民の間では、影で応援するやつがいるくらいさ」と磊落に笑うマリサ。
続けて「なんでも、姿は全身黒ずくめで、その身のこなしは常人離れしてるって話さ。で、ついたあだ名が『黒狼』。たまたま運良く目撃したやつがいたらしくてさ、そいつの話じゃ、夜中の静かな通りに音もなく現れたらと思ったら、目が合ったと思った次の瞬間にはもう遠くにいってたらしい。一瞬合った目も月夜に照らされていたせいか、金色に光ってたって話さ。風のように走り去ったことといい、本当に狼みたいだろ? そいつの話を信じるなら、その盗賊はもしかしたら人間の姿を借りた狼かもしれないね」と、冗談めかして笑っていた。
そこで『黒狼』と呼ばれる盗賊の話は終わり、プレイヤーがその話を聞かされた理由が後日明らかになるのだ。
そこまで思い出して、私は彼らが走り去った方角から、目が離せなくなる。

「どうしました? カレン様」

一点を見つめて動かなくなってしまった私にアンナが不思議そうに首を傾げてくる。

「う、ううん。なんでもないわ。行きましょう」

私はアンナを連れて、出店が並んだ通りを歩き出す。
今日はお祭りを楽しむために来たのだ。それに下手に首をつっこまないと決めたじゃない。
これより先の未来、一年後のゲームの中では、彼は元気そうに暮らしてたわ。だから、私が今助けに入らなくても大丈夫。それに夏祭りの日今日、怪我をするって決まったわけじゃないし。そう思ったところで、それまで何も考えてなかった私の頭の中に、彼の独り言が落ちてきた。

『夏祭りの日は星回りが悪いな』

バルタザール攻略中ルートでは、当然夏祭りに誰からも誘われない。ヒロインは自動的にひとりで行くことになり、その帰り道、角を曲がってきた人影とぶつかることになる。「きゃっ」と叫び声をあげて倒れるヒロインと、それと同時にいくつも重なる軽い金属音。何かが地面に落ちた音だと気づく。それが金貨だとすぐに気づき、続いてぶつかった相手をみあげる。ヒロインにぶつかった拍子で、相手の顔を覆っていた布が外れる。その顔を見て、驚きに見開かれるヒロインの目。

『バルタザール……?』

その時、鋭い警笛が近くで鳴って――。
同じように驚いた顔のバルタザールが、その音にはっとして、ヒロインの腕を掴む。

『今は逃げるのが先だ。来い』

バルタザールに腕を取られつつ、一緒に走るヒロイン。そうして、落ち着ける場所に行き着くと、バルタザールはヒロインの腕を離し、逆にヒロインは「どういうことなの!?」とバルタザールに詰め寄る。逃げてる間にヒロインはバルタザールの黒ずくめの格好、地面にばらまかれた金貨、マリサからの話から答えを導き出し、「あなたが『黒狼』なの?」と真剣な表情で問いただす。そしてバルタザールは「ああ」と素直に認めるのだ。「どうしてこんなことするの!?」と叫ぶも、無言を貫き答えようとしないバルタザール。
話したくないなら、無理に話さなくて良い。でも、もうこんな危険なことしないでと、懇願するヒロイン。でも、バルタザールがヒロインの願いを聞くことはなく――。そのまま盗賊稼業を続けるのだ。バルタザールが狙うのは、領民を虐げている貴族や、荒稼ぎをする商人に限られていた。そしてそこから奪った金を全て貧しい人々や恵まれない人々に分け与えていたのだ。彼は義賊だった。
そうしてヒロインの心配をよそにバルタザールが盗賊活動を続けていたある日、ヒロインの不安が的中してしまう。とうとうバルタザールが警備隊に捕まってしまうのだ。
ショックで倒れこみそうになるヒロインだったけど、すぐにバルタザールを救うための行動を始める。
お茶会仲間であり友達のジュリアとヴェロニカに声をかけ、またマルシェの女主人のマリサにも協力してもらい、貴族と庶民の一万人の署名を集めて、裁判所に直談判するのだ。
バルタザールがやったことは、弱い者を助けるため。決して私心からやったことではなく、むしろ加害者なのは庶民を虐める彼らであると。
ヒロインのその強い行動と民草の声に、王家も耳を傾け、事件の再調査を命じるのだ。結果、バルタザールの家からは彼が最低限の生活しか送ってなかったことが知られ、盗みに入った邸宅にも捜査が入ると、横領などの犯罪の証拠が出てくるのだ。これによって、バルタザールは半年間という異例の短さの禁固刑で釈放されるのだ。 
バルタザールは釈放された日に、刑罰の短さの理由が、大勢のひとが動いてくれたこと、ヒロインの働きと想いによるものだと知らされ、驚く。
命を落とすかもしれない場所に自ら進んで飛び込んでいくバルタザールの行いからもわかるとおり、彼は自分の命を軽んじていたし、実際いつ死んでも惜しくない命だと自分自身で思っていた。
けれど、そんな自分のために動いてくれるひとの存在を知り、初めて自分の命を大事にしようという心が芽生えるのだ。
そして同時に自分をそこまで思ってくれるヒロインの思いの強さと、それを原動力にして行動する力に、ヒロインへの見る目が変わる。
バルタザールは釈放されたその足でヒロインに会いに行く。その日は偶然にも卒業式と同じ日で、バルタザールはもう危険なことはしないとヒロインに誓い告白するのだ。そうして、無事バルタザールルートは終了する。
そんなバルタザールルートの途中で、夏祭りの夜、ヒロインの腕を離す前、バルタザールが星回りの言葉をぽつりと口にした。その時はただ運が悪い意味にしかとらなかったけど、よく考えたら過去にも夏祭りの日は運が悪かったってことよね?
まだ背中の傷がないことからも、もしかしたら今日がその日なんじゃない?
一旦その言葉が思い浮かぶと頭から離れなくなる。
でもだからって、どうすればいいの?
彼が死ぬことはないのよね。だったら、このまま放っておいてもいいはず。
だけど――。
私は無意識のうちに、歩く足を止めていた。

「カレン様?」

アンナが訝しんで、振り返る。
アンナの声も、周りの喧騒もどこか遠くに聴こえる。
代わりに私の頭のなかには、バルタザールとの記憶が蘇る。
ゴロツキから助けてくれた彼。子供たちと遊んでいた彼。馬車が来ないから家まで送ることを申し込んでくれた彼。自分は雨に濡れてでも私を濡れないようにしてくれた彼。
そんなひとを本当に放っておくの?
このまま祭りを楽しんで、帰ったあと、布団の中で、彼が痛みで苦しんでいることを知りながら、カレンあなた、平気で寝られるの?
彼が怪我することを知ってたのに、そのまま祭りを楽しんだこと、後悔するんじゃないの?
そうなったら、私は一生今日のことを心の片隅で、負い目に感じながら生きるだろう。バルタザールに対してじゃない。自分に対してだ。見て見ぬ振りをした、卑怯になってしまった自分を許せない。
それに攻略対象者が告白するに至る経緯には、必ずイベントが関わってきたけど、これはバルタザールのイベントじゃない!! 今はゲームの過去の部分で、バルタザールのイベントは彼が逮捕されてから釈放されるまでの期間のみ。ということで、今私が関わってもイベントは別にあるわ。
ゲームのイベントに関わりさえしなければ、彼に告白されるなんてことはおきないはずよ!

「カレンさ――」

「アンナ!」

再び声をかけてきたアンナに向かって、勢いよく頭をあげる。

「アンナ、お願いがあるの」

「へ? なんですか」 
 
急に真剣な表情になった私にアンナがぽかんとする。
私は急いで、耳打ちする。
私のお願いを聞いたアンナの目が飛び出た。

「い、いやですよ!」

ぶんぶんと首をふる。

「お願い! 別に本気でしろなんて言ってないわ。ただ叫ぶだけよ」

「それでも、なんでそんなことを!?」

「理由は聞かないで! 時間がないの」

「えぇ!」

なおも嫌そうに渋るアンナ。私は顔の前で、バンと手を合わせた。

「お父様とお兄様にアンナの給料あげてもらうように頼むから!」

「…………」

効果があったらしい。

「それじゃあ、頼むわね!!」

私は警備隊が走り去った方角に向かって、勢いよく駆け出した。



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