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13:邂逅
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朝が来て、タイダリアスの一行はエリア・パルへ至る。
水平線の向こう、正面に見えたのは数基の巨大なクレーンだった。いくつかは戦時中に攻撃を受けたのか、倒れたまま撤去もされていないが、その向こうに見える社屋や倉庫と思しき建物は無事なようだ。
順調に船渠へ進んでゆくと、やがて作業用ライドールたちが現れる。
その中には、シルバーヴィマーセもいた。
◇
ブラックヴィマーセは、艦を船渠へ引き込むためのロープを持ったシルバーヴィマーセたちを誘導する。
オペレーターが言った。
「共同作業です。通信データを同期します」
サブモニターに映るライドールたちの情報が更新され、パイロットたちが順番に通信環境の確認を行う。
シルバーヴィマーセも情報更新が行われた。
「……ショーケウ」
ラジービは呟いた。
すると、件のシルバーヴィマーセ改め、ショーケウがブラックヴィマーセの前に降り立つ。
「神秘を演出するのは――」ショーケウの音声から加工が消えてゆく。「これでオシマイ、ですね」
やはりというべきか、少女の声だった。
彼女は続ける。
「ブラックヴィマーセ、あたしはリーユイ。どうぞよろしく」
「ラクォス・ラジービです。こちらこそ」
挨拶を交わし、作業にとりかかった。
ブラックヴィマーセとショーケウは、まずタイダリアスにロープを掛ける。
ライドールのマニピュレーターで握っても指が回りきらない太い索を、艦のボラードに結いつけると、陸側に合図を送る。
船渠に備わったウインチが動き出し、ロープが張って直線を描いた。
タイダリアスと要塞戦艦はそれに引かれて、つつがなく入渠する。
そこは屋根付きのドックだった。柱となる鉄骨には錆が目立ち、照明以外にも穴から射し込んでくる光がいくつか見えるが、艦を隠すには充分だ。
一方でカーミヤは隣のドックに自力で入ってゆく。飛空時の姿勢制御スラスターを巧みに使い、ロープでの牽引やタグボートの手助けは一切要らなかった。
艦が固定されると、ブラックヴィマーセとショーケウたちは続けて荷役作業にとりかかる。
予め艦内の資材や備品類はコンテナに収納してあったため、作業は円滑だった。
陸上の倉庫にコンテナを運びながら、ショーケウのリーユイが言う。
「多いですね。艦の中身全部出すんですか?」
「そのつもりです」ラジービは答えた。「タイダリアスの修理に、隣の戦艦を使うみたいで」
「使えるものは何でも使わなきゃ、ですもんね。今の御時世」
リーユイの言葉に、ラジービは苦笑いで返す。
すると、
「……あれ、対賊隊の……?」
ショーケウの顔が要塞戦艦へと向く。その先には、要塞戦艦のクルーが連行されてゆく様子があった。
「捕虜たちです。何か情報が得られるかも」
「……そうですね。簡単に殺せるわけないですもんね」
ショーケウはまた、コンテナを庫内に下ろす。
荷役作業は思った以上に短時間で終わった。
乗機を失ったアトギソンとファリーダが、ズワルトのモンキーモデルを動かし、カーミヤからはエメラルドラインの部隊が来てくれた。
エリア・パルとタイダリアス、カーミヤのライドールがほぼ総出で荷役に当たったのである。
大仕事を終え、ライドールのパイロットたちは続々と機体を降りて体を伸ばした。
皆は口々に互いを労い、ラジービもブラックヴィマーセの外の空気を胸いっぱいに吸い込む。
ふと、ショーケウの方を見ると、まだリーユイは乗ったままのようだった。
が、どうしたのかと思う前に、ショーケウのコクピットハッチが開く。
まず見えたのは、シンプルなデザインの、布製の短靴。そこから伸びる細い脚と、七分丈のズボンが陰から現れる。
リーユイは厚手のジャケットを翻して飛び降り、両手足で着地する。
背筋を伸ばして立ち上がった彼女は、肩上までの黒髪を揺らして微笑みかけた。
その時、
「よォこそみなさま、エリア・パルへ――」
と、声が通る。
そちらに振り向くと、ストライプのスーツを着た男が歩いてきた。彼はボディーガードと思しき、サングラスをかけた偉丈夫を従えている。
ラジービは彼の顔を知っていた。エリア・パルの知事だ。
続いて、キータサとドグダンが現れる。
「みんな、お疲れさま」キータサが言った。「しばらくの間、ここで匿ってもらえるようになったよ」
「ありがとうございます、知事」
言ったのはアトギソンだった。
知事は笑ってこう返す。
「なあに、みなさんの活躍は知っております。こうして恩を返すチャンスが来て、私どもとしても嬉しい限りですよ」
彼は扉に手を伸ばし、続けた。
「おもてなしの準備が整っています。どうぞ、服装はお気になさらず」
ラジービたちは倉庫を出て、社屋へ案内される。エントランスはガラス張りで、中の様子が見えた。
仲間たちの感嘆の声が次々に聞こえる。
エントランス全体を使った、大規模な立食パーティーの準備がなされていたのである。
扉をくぐると、豪奢に着飾った若い女性たちが、
「ようこそ、エリア・パルへ」
と声を揃えた。
会場の食事はビュッフェスタイルで、壁際のテーブルにはさまざまな料理と、食器類が並んでいる。
仲間たちはうきうきとして、足取り軽く料理の前に並んだ。
ふと、ラジービはリーユイの姿が消えているのに気づく。が、彼女はエリア・パル側の人間だ。おそらく裏で仕事が残っているのだろう。
考えていると、
「ほら遠慮しないで食べに行こうぜ」
とアトギソンが背中を押した。
取皿を手に、いただく料理を選んでいく。港町なだけあってか魚介類が多かった。
ラジービはトマトソース和えのシーフードパスタと、白身魚のフライをメインに、適当に盛ってゆく。
あらかた皿の上を埋めたところで、拍手が沸き起こった。
奥の方に目を向けると、マイクを持つ知事と――ギターを抱えたリーユイがいた。
知事が言う。
「タイダリアス、そしてカーミヤのみなさん、この度は我がエリア・パルへのご足労感謝します。お互い苦しい中ではありますが、今日はそんな現実を忘れて楽しんでください」
彼はリーユイに向けて腕を伸ばした。
「まずは彼女の音楽をご堪能いただければと。――エリア・パルの歌姫、リーユイです!」
再び拍手が起こる。ラジービも皿を置き、手を打ち合わす。
そして、リーユイの左手が弦をはじいた。
透き通った、それでいて温かみのある音色が空間に渡る。
そこにリーユイの歌声が重なって、ラジービは一気に惹き込まれた。
始めのほうこそ、フロアに戻ってきた知事の話し声がすこし障ったが、気にならなくなるのはすぐだった。
儚げで優しい旋律と、それを存分に活かす演奏、歌声。
リーユイは、ほんとうに楽しそうに歌っていた。
絶えぬ微笑みと、時折、弦を押さえる右手の指へ落ちる視線。
ラジービの目に映る彼女の所作は、その全てが美しかった。
巧みに動く手指に、胸が高鳴った。
もっと聴いていたい、ずっと聴いていたい。
そんなふうに思っていた。けれど、やがて音楽は終わった。
三度目の拍手が巻き起こる。
ラジービは自分の掌が熱くなっているのに気づいた。
夢心地のまま、食事に手をつける。
こちらも美味で、一口食べるごとに連日の戦いの疲れが癒えるような感じがした。
すると、
「ヨウ! 楽しんでるかい?」
と、シフリンが隣にやってきた。
「ええ。久しぶりに満たされた気分です」
「それはよかった」彼の笑みが明るさを増す。「リーユイってコのギターも良かったな」
「……はい。ほんとうに……。楽器の演奏って、あんなに美しいんですね。憧れますよ」
「そういえば、第六補給基地でギターの教本買ってたじゃないか?」
「買いましたけど……」
「これを機に、ギター教えてもらったらどうだ?」
唐突な提案に言葉が詰まった。
返事を考えていると、
「ラジービさんギター始めるんですか? あたし教えますよ」
と、目を輝かせるリーユイが近づいてきた。
ラジービはしどろもどろになって答える。
「や、まだ始めるかどうかは考えてなくて……ギターも無いし……」
「お貸しできますよ。あたし右利き用のギターも持ってますし」
「それもまた大層な……」
ラジービは視線でシフリンに助け舟を求めたが、彼はすでにアトギソンとバッド=リーの方へ退散していた。
困惑するラジービを見かねたのか、リーユイは吹き出す。
「まあ、今ここでゴリ押しも困りますよね」
でも、と彼女は続けた。
「しばらく滞在するんでしょう? もしその気になったら、いつでも言ってください」
「え……どうも、ご丁寧に……。ありがとう……」
ラジービの苦笑を見届けると、リーユイは微笑んで身を翻した。
一息ついて、彼は思う。
曲の感想を伝えそびれてしまったな、と。
◇
翌日、最低限の補給と整備を済ませたカーミヤは、周辺警戒のため出港する運びとなる。
タイダリアスの艦橋では、キータサがドグダンと交信していた。
「そちらの損害が軽微で助かりました」
キータサは言う。
「さっそく、要塞戦艦の生産設備が役立ちましたね」
「ええ。まったくです」と、ドグダン。「そちらの作業はどうです?」
「二機のモンキーモデルをそれぞれアトギソン中尉の乗機と、ピースキーパーに改造中です。あと、予備機も私の専用機として再塗装および調整を」
「そうですか……。しかし、仲間であるはずの対賊隊に備えて戦力増強とは……これではまるで――」
「内戦、ですね……」
二人は押し黙り、わずかに目を伏せる。
再び、メインスクリーン越しのドグダンを見てキータサは言った。
「ドグダン艦長。成り行きでこうなってしまったとはいえ、我々の味方になってくださって――ありがとうございます」
「礼には及びません。私は軍人として――いえ、人間として筋を通すまでです」
彼は微かな笑みを浮かべ、敬礼した。
「では、幸運を」
「幸運を。カーミヤ」
敬礼を返し、通信が終了する。
そしてカーミヤがドックから出てゆく。
沖合まで進んだところで舞い上がり、緑色の巨体を持つ飛空戦艦は空の彼方へと消えた。
◇
エリア・パルでの隠遁生活は、タイダリアスの者たちにとっては憩いのひとときでもあった。
クルーと住民は互いに助け合い、艦に積んでいた物資と港町の特産品を交換したり、雑談の中で情報のやり取りをしたりしていた。もちろん交わされる情報は対賊隊の流したデマに関するものも多く、全てが耳と精神衛生に良いものばかりではなかったが、それが疑いや争いを招くことはなかった。
要塞戦艦を使ったタイダリアスの修復改装工事も、同じコブナス製の軍艦ということもあって順調に進んでゆく。
カーミヤからの定期連絡は異常なしの報が続き、誰もが安らかな心持ちで日々を過ごしていた。
そんな凪の毎日の中で、ひとつの変化が起きた。
◇
ファリーダは倉庫の中で、再建された自機――ピースキーパー2を仰ぐ。
重装甲で、刺又を装備しているのは以前と変わりないが、ベース機がビンシーからズワルトのモンキーモデルになったことで、より戦闘向きに仕上がった。追加装甲もありあわせの鋼板を貼り付けただけの処置から、要塞戦艦内に残っていたゲヴェルトの予備パーツや、3Dプリンターで新たに造形した物を使用しているため、全体的なバランスも整っている。
彼女は愛機にそっと手を触れ、仰ぎ見た。
頭部ユニットの外装は前のピースキーパーから引き継いでいるため、見慣れた顔がそこにあった。
もうすこしだけ、よろしくね。
ファリーダは心の中で語りかけてから、外に出た。
倉庫の扉を開けると、遠くからギターの音色が聞こえてくる。
どこかでリーユイが演奏しているのだろう。
そう思いながら、岸壁のほうへ歩く。
すると、オリヴィンの姿を見つけた。係船柱に片足を乗せて海を眺めている。
ファリーダは、そんな彼女にどきりとしたのを自覚した。
彼女の肌は海面の光を受けてつややかに輝き、長い手足が力強く、それでいてしなやかに伸びている。
慣れ親しんだ間柄だというのに――。
どきりとした。
ファリーダが見とれていると、こちらの視線を感じてか、オリヴィンが振り向いた。
「やあ、いたんだ」
「あっ、はい……。ごめんなさい、じっと見てて……」
「いいよいいよ」オリヴィンが笑う。「別に知らない人同士じゃないんだしサ」
「そですね……」
ファリーダは彼女の隣に立ち、並んで海を見る。
波の音と、甘いギターの旋律が続いた。
「……海っていいよネ」
オリヴィンがひとりごこちるように言った。
彼女の左手が、わずかに垂れた前髪を梳く。
その時、薬指と小指のペアリングがきらりと光った。
ファリーダは、遠慮がちに訊ねる。
「あの……失礼かもですけど……その指輪……」
「これ? 小指のは昔の彼女のなんだ」
「彼女……?」
「そう。アタシ、同性愛者でさ。長いこと一緒にいたんだけど……」
オリヴィンの目が、小指のリングに伏せられる。
「コブナスの法律じゃあ、同性婚はできないだろ? けど彼女は結婚したがってて……」
いつしかギターの音色は消えていた。
「……男と浮気したんだ。彼女。それが原因で別れた」
「そうだったんですね……ごめんなさい」
「謝らないでよ」オリヴィンは笑う。「未練が無いわけじゃないけど、今は受け入れてるしサ」
ファリーダは、ほとんど無意識的にオリヴィンの手を握った。
オリヴィンはにわかに目を丸くしたが、彼女を静かに見つめる。
「……昔の彼女さん……わたしと同じくらいの体格だったんですか?」
ファリーダは自らの薬指を、オリヴィンの小指と重ねた。
「ああ……キミくらい、小さくてかわいかった」
「……わたし……今まで男の人とはぜんぜん縁がなくって……友達はいたけど、恋愛ってなると、急に違和感があったんです」
「……そういえば、前に言ってたよね。告白されたけど断ったって」
ファリーダは頷く。
「だけど、オリヴィンさんと出会って、こうやってお話して……すこしずつ、胸が熱くなる感覚っていうのかな……ときめきを感じて、でも安心できて――」
顔を上げて、オリヴィンと目を合わせる。
「たぶん、わたしも……そうなんだと思います」
二人の間から、言葉が消えた。
ただ、見つめ合う目に潤いが増して、温かな光をたたえる。
オリヴィンが、小指のリングを抜いてファリーダの左手薬指に嵌めた。
ファリーダは微笑み、彼女の腰に両腕を回しながら仰ぎ見る。
そして、唇をかさねた。
水平線の向こう、正面に見えたのは数基の巨大なクレーンだった。いくつかは戦時中に攻撃を受けたのか、倒れたまま撤去もされていないが、その向こうに見える社屋や倉庫と思しき建物は無事なようだ。
順調に船渠へ進んでゆくと、やがて作業用ライドールたちが現れる。
その中には、シルバーヴィマーセもいた。
◇
ブラックヴィマーセは、艦を船渠へ引き込むためのロープを持ったシルバーヴィマーセたちを誘導する。
オペレーターが言った。
「共同作業です。通信データを同期します」
サブモニターに映るライドールたちの情報が更新され、パイロットたちが順番に通信環境の確認を行う。
シルバーヴィマーセも情報更新が行われた。
「……ショーケウ」
ラジービは呟いた。
すると、件のシルバーヴィマーセ改め、ショーケウがブラックヴィマーセの前に降り立つ。
「神秘を演出するのは――」ショーケウの音声から加工が消えてゆく。「これでオシマイ、ですね」
やはりというべきか、少女の声だった。
彼女は続ける。
「ブラックヴィマーセ、あたしはリーユイ。どうぞよろしく」
「ラクォス・ラジービです。こちらこそ」
挨拶を交わし、作業にとりかかった。
ブラックヴィマーセとショーケウは、まずタイダリアスにロープを掛ける。
ライドールのマニピュレーターで握っても指が回りきらない太い索を、艦のボラードに結いつけると、陸側に合図を送る。
船渠に備わったウインチが動き出し、ロープが張って直線を描いた。
タイダリアスと要塞戦艦はそれに引かれて、つつがなく入渠する。
そこは屋根付きのドックだった。柱となる鉄骨には錆が目立ち、照明以外にも穴から射し込んでくる光がいくつか見えるが、艦を隠すには充分だ。
一方でカーミヤは隣のドックに自力で入ってゆく。飛空時の姿勢制御スラスターを巧みに使い、ロープでの牽引やタグボートの手助けは一切要らなかった。
艦が固定されると、ブラックヴィマーセとショーケウたちは続けて荷役作業にとりかかる。
予め艦内の資材や備品類はコンテナに収納してあったため、作業は円滑だった。
陸上の倉庫にコンテナを運びながら、ショーケウのリーユイが言う。
「多いですね。艦の中身全部出すんですか?」
「そのつもりです」ラジービは答えた。「タイダリアスの修理に、隣の戦艦を使うみたいで」
「使えるものは何でも使わなきゃ、ですもんね。今の御時世」
リーユイの言葉に、ラジービは苦笑いで返す。
すると、
「……あれ、対賊隊の……?」
ショーケウの顔が要塞戦艦へと向く。その先には、要塞戦艦のクルーが連行されてゆく様子があった。
「捕虜たちです。何か情報が得られるかも」
「……そうですね。簡単に殺せるわけないですもんね」
ショーケウはまた、コンテナを庫内に下ろす。
荷役作業は思った以上に短時間で終わった。
乗機を失ったアトギソンとファリーダが、ズワルトのモンキーモデルを動かし、カーミヤからはエメラルドラインの部隊が来てくれた。
エリア・パルとタイダリアス、カーミヤのライドールがほぼ総出で荷役に当たったのである。
大仕事を終え、ライドールのパイロットたちは続々と機体を降りて体を伸ばした。
皆は口々に互いを労い、ラジービもブラックヴィマーセの外の空気を胸いっぱいに吸い込む。
ふと、ショーケウの方を見ると、まだリーユイは乗ったままのようだった。
が、どうしたのかと思う前に、ショーケウのコクピットハッチが開く。
まず見えたのは、シンプルなデザインの、布製の短靴。そこから伸びる細い脚と、七分丈のズボンが陰から現れる。
リーユイは厚手のジャケットを翻して飛び降り、両手足で着地する。
背筋を伸ばして立ち上がった彼女は、肩上までの黒髪を揺らして微笑みかけた。
その時、
「よォこそみなさま、エリア・パルへ――」
と、声が通る。
そちらに振り向くと、ストライプのスーツを着た男が歩いてきた。彼はボディーガードと思しき、サングラスをかけた偉丈夫を従えている。
ラジービは彼の顔を知っていた。エリア・パルの知事だ。
続いて、キータサとドグダンが現れる。
「みんな、お疲れさま」キータサが言った。「しばらくの間、ここで匿ってもらえるようになったよ」
「ありがとうございます、知事」
言ったのはアトギソンだった。
知事は笑ってこう返す。
「なあに、みなさんの活躍は知っております。こうして恩を返すチャンスが来て、私どもとしても嬉しい限りですよ」
彼は扉に手を伸ばし、続けた。
「おもてなしの準備が整っています。どうぞ、服装はお気になさらず」
ラジービたちは倉庫を出て、社屋へ案内される。エントランスはガラス張りで、中の様子が見えた。
仲間たちの感嘆の声が次々に聞こえる。
エントランス全体を使った、大規模な立食パーティーの準備がなされていたのである。
扉をくぐると、豪奢に着飾った若い女性たちが、
「ようこそ、エリア・パルへ」
と声を揃えた。
会場の食事はビュッフェスタイルで、壁際のテーブルにはさまざまな料理と、食器類が並んでいる。
仲間たちはうきうきとして、足取り軽く料理の前に並んだ。
ふと、ラジービはリーユイの姿が消えているのに気づく。が、彼女はエリア・パル側の人間だ。おそらく裏で仕事が残っているのだろう。
考えていると、
「ほら遠慮しないで食べに行こうぜ」
とアトギソンが背中を押した。
取皿を手に、いただく料理を選んでいく。港町なだけあってか魚介類が多かった。
ラジービはトマトソース和えのシーフードパスタと、白身魚のフライをメインに、適当に盛ってゆく。
あらかた皿の上を埋めたところで、拍手が沸き起こった。
奥の方に目を向けると、マイクを持つ知事と――ギターを抱えたリーユイがいた。
知事が言う。
「タイダリアス、そしてカーミヤのみなさん、この度は我がエリア・パルへのご足労感謝します。お互い苦しい中ではありますが、今日はそんな現実を忘れて楽しんでください」
彼はリーユイに向けて腕を伸ばした。
「まずは彼女の音楽をご堪能いただければと。――エリア・パルの歌姫、リーユイです!」
再び拍手が起こる。ラジービも皿を置き、手を打ち合わす。
そして、リーユイの左手が弦をはじいた。
透き通った、それでいて温かみのある音色が空間に渡る。
そこにリーユイの歌声が重なって、ラジービは一気に惹き込まれた。
始めのほうこそ、フロアに戻ってきた知事の話し声がすこし障ったが、気にならなくなるのはすぐだった。
儚げで優しい旋律と、それを存分に活かす演奏、歌声。
リーユイは、ほんとうに楽しそうに歌っていた。
絶えぬ微笑みと、時折、弦を押さえる右手の指へ落ちる視線。
ラジービの目に映る彼女の所作は、その全てが美しかった。
巧みに動く手指に、胸が高鳴った。
もっと聴いていたい、ずっと聴いていたい。
そんなふうに思っていた。けれど、やがて音楽は終わった。
三度目の拍手が巻き起こる。
ラジービは自分の掌が熱くなっているのに気づいた。
夢心地のまま、食事に手をつける。
こちらも美味で、一口食べるごとに連日の戦いの疲れが癒えるような感じがした。
すると、
「ヨウ! 楽しんでるかい?」
と、シフリンが隣にやってきた。
「ええ。久しぶりに満たされた気分です」
「それはよかった」彼の笑みが明るさを増す。「リーユイってコのギターも良かったな」
「……はい。ほんとうに……。楽器の演奏って、あんなに美しいんですね。憧れますよ」
「そういえば、第六補給基地でギターの教本買ってたじゃないか?」
「買いましたけど……」
「これを機に、ギター教えてもらったらどうだ?」
唐突な提案に言葉が詰まった。
返事を考えていると、
「ラジービさんギター始めるんですか? あたし教えますよ」
と、目を輝かせるリーユイが近づいてきた。
ラジービはしどろもどろになって答える。
「や、まだ始めるかどうかは考えてなくて……ギターも無いし……」
「お貸しできますよ。あたし右利き用のギターも持ってますし」
「それもまた大層な……」
ラジービは視線でシフリンに助け舟を求めたが、彼はすでにアトギソンとバッド=リーの方へ退散していた。
困惑するラジービを見かねたのか、リーユイは吹き出す。
「まあ、今ここでゴリ押しも困りますよね」
でも、と彼女は続けた。
「しばらく滞在するんでしょう? もしその気になったら、いつでも言ってください」
「え……どうも、ご丁寧に……。ありがとう……」
ラジービの苦笑を見届けると、リーユイは微笑んで身を翻した。
一息ついて、彼は思う。
曲の感想を伝えそびれてしまったな、と。
◇
翌日、最低限の補給と整備を済ませたカーミヤは、周辺警戒のため出港する運びとなる。
タイダリアスの艦橋では、キータサがドグダンと交信していた。
「そちらの損害が軽微で助かりました」
キータサは言う。
「さっそく、要塞戦艦の生産設備が役立ちましたね」
「ええ。まったくです」と、ドグダン。「そちらの作業はどうです?」
「二機のモンキーモデルをそれぞれアトギソン中尉の乗機と、ピースキーパーに改造中です。あと、予備機も私の専用機として再塗装および調整を」
「そうですか……。しかし、仲間であるはずの対賊隊に備えて戦力増強とは……これではまるで――」
「内戦、ですね……」
二人は押し黙り、わずかに目を伏せる。
再び、メインスクリーン越しのドグダンを見てキータサは言った。
「ドグダン艦長。成り行きでこうなってしまったとはいえ、我々の味方になってくださって――ありがとうございます」
「礼には及びません。私は軍人として――いえ、人間として筋を通すまでです」
彼は微かな笑みを浮かべ、敬礼した。
「では、幸運を」
「幸運を。カーミヤ」
敬礼を返し、通信が終了する。
そしてカーミヤがドックから出てゆく。
沖合まで進んだところで舞い上がり、緑色の巨体を持つ飛空戦艦は空の彼方へと消えた。
◇
エリア・パルでの隠遁生活は、タイダリアスの者たちにとっては憩いのひとときでもあった。
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要塞戦艦を使ったタイダリアスの修復改装工事も、同じコブナス製の軍艦ということもあって順調に進んでゆく。
カーミヤからの定期連絡は異常なしの報が続き、誰もが安らかな心持ちで日々を過ごしていた。
そんな凪の毎日の中で、ひとつの変化が起きた。
◇
ファリーダは倉庫の中で、再建された自機――ピースキーパー2を仰ぐ。
重装甲で、刺又を装備しているのは以前と変わりないが、ベース機がビンシーからズワルトのモンキーモデルになったことで、より戦闘向きに仕上がった。追加装甲もありあわせの鋼板を貼り付けただけの処置から、要塞戦艦内に残っていたゲヴェルトの予備パーツや、3Dプリンターで新たに造形した物を使用しているため、全体的なバランスも整っている。
彼女は愛機にそっと手を触れ、仰ぎ見た。
頭部ユニットの外装は前のピースキーパーから引き継いでいるため、見慣れた顔がそこにあった。
もうすこしだけ、よろしくね。
ファリーダは心の中で語りかけてから、外に出た。
倉庫の扉を開けると、遠くからギターの音色が聞こえてくる。
どこかでリーユイが演奏しているのだろう。
そう思いながら、岸壁のほうへ歩く。
すると、オリヴィンの姿を見つけた。係船柱に片足を乗せて海を眺めている。
ファリーダは、そんな彼女にどきりとしたのを自覚した。
彼女の肌は海面の光を受けてつややかに輝き、長い手足が力強く、それでいてしなやかに伸びている。
慣れ親しんだ間柄だというのに――。
どきりとした。
ファリーダが見とれていると、こちらの視線を感じてか、オリヴィンが振り向いた。
「やあ、いたんだ」
「あっ、はい……。ごめんなさい、じっと見てて……」
「いいよいいよ」オリヴィンが笑う。「別に知らない人同士じゃないんだしサ」
「そですね……」
ファリーダは彼女の隣に立ち、並んで海を見る。
波の音と、甘いギターの旋律が続いた。
「……海っていいよネ」
オリヴィンがひとりごこちるように言った。
彼女の左手が、わずかに垂れた前髪を梳く。
その時、薬指と小指のペアリングがきらりと光った。
ファリーダは、遠慮がちに訊ねる。
「あの……失礼かもですけど……その指輪……」
「これ? 小指のは昔の彼女のなんだ」
「彼女……?」
「そう。アタシ、同性愛者でさ。長いこと一緒にいたんだけど……」
オリヴィンの目が、小指のリングに伏せられる。
「コブナスの法律じゃあ、同性婚はできないだろ? けど彼女は結婚したがってて……」
いつしかギターの音色は消えていた。
「……男と浮気したんだ。彼女。それが原因で別れた」
「そうだったんですね……ごめんなさい」
「謝らないでよ」オリヴィンは笑う。「未練が無いわけじゃないけど、今は受け入れてるしサ」
ファリーダは、ほとんど無意識的にオリヴィンの手を握った。
オリヴィンはにわかに目を丸くしたが、彼女を静かに見つめる。
「……昔の彼女さん……わたしと同じくらいの体格だったんですか?」
ファリーダは自らの薬指を、オリヴィンの小指と重ねた。
「ああ……キミくらい、小さくてかわいかった」
「……わたし……今まで男の人とはぜんぜん縁がなくって……友達はいたけど、恋愛ってなると、急に違和感があったんです」
「……そういえば、前に言ってたよね。告白されたけど断ったって」
ファリーダは頷く。
「だけど、オリヴィンさんと出会って、こうやってお話して……すこしずつ、胸が熱くなる感覚っていうのかな……ときめきを感じて、でも安心できて――」
顔を上げて、オリヴィンと目を合わせる。
「たぶん、わたしも……そうなんだと思います」
二人の間から、言葉が消えた。
ただ、見つめ合う目に潤いが増して、温かな光をたたえる。
オリヴィンが、小指のリングを抜いてファリーダの左手薬指に嵌めた。
ファリーダは微笑み、彼女の腰に両腕を回しながら仰ぎ見る。
そして、唇をかさねた。
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そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
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