ガロンガラージュ愛像録

もつる

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チャプター4

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 アリシアたちを追う車の凶銃が、また狙ってきた。

「右に!」ルカが言う。

 アリシアはネロを右に寄せ銃撃を躱す。
 ルカが護身用のリボルバーを取り出した。
 すぐ後ろでルカの銃声と、車のスキール音がする。
 それでも敵は撃ってきた。本気で殺すつもりのようだ。
 アリシアもアシェルも、バイクの機動性を活かして連続する銃撃をことごとく避けた。
 アシェラもまた、ルカと同じように短銃身のリボルバーを取り出し、反撃を試みている。
 うち何発かはフロントに命中したが、やはり致命打にはなっていない模様だ。
 SUVが銃撃を止めてスピードを上げる。体当たりする気だ。
 アリシアとアシェルは目配せし、あえて近づき並走する。
 ぎりぎりまで引き寄せ、

「今だ!」

 一気に散開した。
 ネロとクルーザーの間を、SUVがよぎる。
 そのままSUVは揺らいでガードレールに車体を擦りつけ、不快な轟音を山中に轟かせた。
 ここでアリシアたちはスロットルを開く。
 スピードダウンした車の横をすり抜け、距離を稼ぐ。
 車から敵がまた撃ってきたものの、中たりはしなかった。

 このまま逃げ切れるか。

 そう思った次の瞬間には、車は動き出していた。

「くそ!」

 アリシアは思わず毒づく。

 排水溝か何かであれば脱輪して擱座も期待できたのに。

 短く息を吐き、彼女はアシェルとアイコンタクトを取る。
 広い道路では最高速度で勝る車側が有利なのは、彼も理解しているはず。
 二人の考えていることは同じだった。
 アシェルがウィンカーを点灯させ、脇道へ導く。
 アリシアはそれに従った。
 予想通り、道幅が狭まり車は法面とガードレールにボディの左右をぶつけて減速する。
 一気に引き離さんと、二人は速度を上げた。
 けれどこんな鬼ごっこを繰り広げていても埒が明かない。ガス欠で追いつかれるのも時間の問題だ。

 どうする?

 アリシアは眉間のしわを深める。その時、視界の先に建設途中の高架道路があることに気づいた。
 彼女はアシェルの真横に行き、訊ねた。

「あの高架道路への道は!?」
「なんだって!?」
「アタシに考えがある!」

 アシェルとアシェラは怪訝そうな顔をしたが、すぐウィンカーで誘導した。
 案の定道路はフェンスと立て看板で封鎖されている。
 アリシアはネロから降り、フェンスをどかした。

「バレてるよ!」ルカが車の方を見た。「ああもう、こっちに来る!」
「隠れるわけじゃないよ」
「じゃあ何を――」
「あいつら殺しにかかってる。こっちもそれ相応のことをやってやるだけさ」

 フェンスにバイク一台分が通れる隙間を作り、アリシアはそこにネロを滑り込ませる。レハイム兄妹のクルーザーもそれに続いた。
 十数秒後、背後から派手な破壊音がする。敵のSUVがフェンスを突き破ってきたのだ。
 前方の建築資材、後方の銃撃、アリシアとアシェルは蛇行運転めいたライディングでそれらを避け、道路を駆け上ってゆく。

 もうそろそろだ。

 道路の途切れている箇所が見えてきた。
 限界まで近づいて、

「ブレーキ!」

 アリシアは叫んだ。
 右足と右手に力を入れ、バイクを急停車させる。
 同時にハンドルを切って隅へと逃れた。
 アシェルのクルーザーも同じ軌道を描き、ネロのすぐ傍に止まる。
 車もブレーキをかけていたが、バイクのようにはいかなかった。
 敵の車は耳をつんざくスキール音を出しながら滑り、途切れた道路に前輪をはみ出させる。
 路面とシャーシがぶつかって、後輪が浮く。
 開いた窓から乗員の慌てる声がした。
 車はそのまま絶妙なバランスを保ち、高さ二~三十メートルからの落下を免れる。
 アリシアたちはバイクを降り、身動きのとれなくなった敵に向いた。
 ルカとレハイム兄妹は拳銃を構え、アリシアもルカのリュックから詠春刀を抜き放つ。

「まずは銃を捨てなよ」

 アリシアは敵に歩み寄る。
 擱座した車内で狼狽している男たちは、歯牙を剥き出しにしてこちらを睨んだ。
 彼らは皆、暗い色合いの活動着にプレートキャリアを装備している。銃こそ、この街ではありふれた九ミリオートのガロンガ・コルトであるが、民間軍事会社PMCのオペレーター以外の何者にも見えない。
 詠春刀の切っ先を突きつけ、彼女はまた言う。

「銃を捨てろ。そしたら――」

 次の瞬間、背後で金属音がした。
 アリシアたちは音のほうへ振り返り、ワイヤーで繋がれた鉤爪状のアームが欄干を掴んでいるのを見た。
 下の方から摩擦音めいた音がして、何事かと思う暇も無く空中に人影が舞う。
 宙で一回転して姿勢を整え、人影が着地した。
 影は一人の男だった。黒に赤の差し色を添えたコートを着て、スラックスの下に脚絆を巻く伊達男であった。
 男が不敵に笑う。そして小銃型の道具を置いてゆっくり立ち上がった。その時コートの裾がめくれて、腰にリボルバー拳銃が吊ってあるのが見えた。
 SUVに乗る男の一人が言う。

「あんた……グルガルタだな!」

 そう呼ばれた伊達男は何も答えず、すこし笑みを曇らせる。
 別の男がグルガルタに言った。

「あんたも呼ばれて来たんだよな? 助けてくれ! 俺たちハイルダインのオペレーターなんだよ!」
「すこし黙ってくれねえか」

 グルガルタが言った。

「なんだいルガーのグルガルタさんが及び腰だな! 警察が来る心配はねえよ、署長がハイルダインの出身で、そのツテで――」
「てめえら喋りすぎだぜ」

 しかし男たちに聴いている様子はない。

「なあ頼むよ、このガキがターゲットなんだろ? 同じ傭兵のよしみで――」

 最後まで言う前に、グルガルタのリボルバーが火を噴いた。
 男の眉間に大穴が開き、死体が仰け反る。
 SUVがバランスを崩して、男たちの絶叫と共に転落していった。
 下方で衝突音が響き、グルガルタは大きなため息をつく。
 アリシアたちは改めて身構え、グルガルタを見据える。
 彼はとぼけた表情と共に肩をすくめた。

「ハイルダイン……」アリシアは眉をひそめる。「PMC、ハイルダイン・セキュリティサービスか。知ってるよ、悪党揃いのクソ――」

 言いかけて、アリシアはレハイム兄妹の前だと思い出した。

「――あんまり良くない企業だってのもね……昔はどうだったか知らないけどさ。アンタもその手先か」
「勘弁してくれ、あんなロクデナシどもと一緒にされるってのは癪だ」
「じゃあ何さ、アタシらを助けに来てくれたっていうの?」
「……嘘をつくのは好きじゃねえ」

 言いながら彼はネロと兄妹のバイクに近づき、両方の鍵を抜き取って路面に置いた。

「そう、よおくわかった」

 アリシアは詠春刀を握る手に力を込める。

「二人を狙ってる時点で、アタシにとっちゃアンタもロクデナシだ」
「勇ましいねェ……だがやめときな、お嬢さん」

 グルガルタがリボルバーを持ち上げてみせる。
 アリシアはその銃を知っていた。
 スタームルガー・スーパーレッドホーク。大型獣の狩猟にも使われる.四十五口径の重量級マグナムリボルバーだ。

 そんな代物であれだけのクイックドロウをやってのけるとは――。

 自らの肝が冷えるのを、アリシアは感じる。
 グルガルタが言った。

「ルガーのグルガルタって二つ名は伊達じゃねえ。さっきも俺の早射ちを見たろう?」
「ああ、<静止物>へのヘッドショット――見事なもんだったよ!」

 アリシアは突っ込んだ。
 瞬間、グルガルタが身を屈め、斬撃は空を斬る。
 スーパーレッドホークがアシェルを睨んだ。

「させるかァ!」

 空振りの勢いで回し蹴りを放ち、銃をはじく。
 射線をずらせたものの、グルガルタは手刀でこちらを攻撃してきた。
 アリシアはそれを喰らってぐらつく。ガードが間に合い直撃自体は免れた。
 踏ん張ったところでルカの叫び声。

「逃げて!」

 兄妹の足音がバイクに向かう。
 案の定グルガルタは兄妹を狙った。
 銃声が響く。
 .38スペシャル弾の轟き――ルカの銃撃だった。
 弾を胴に喰らったグルガルタはわずかに身を折る。
 アリシアは左右の詠春刀を横に薙いだ。
 グルガルタは横薙ぎを転がって避け、撃つ。
 銃弾はアシェルの目の前を掠め、剥き出しの鉄骨に中たって砕けた。
 二人の足が止まる。
 グルガルタが笑みを浮かべ、もう一発撃とうとした。
 が、アリシアは斬撃を繰り出して阻止する。
 ルガーで斬撃をガードさせ、鍔迫り合いの形で拮抗した。
 詠春刀とスーパーレッドホーク、両者の金属が音を立てて押し合う。
 その中でアリシアは言った。

「アンタが着てるの……防弾コートか」
「防弾仕様はベストのほうさ」

 と、グルガルタは笑う。
 そして一気に身を突き出してきた。
 アリシアはやや遅れて飛び退く。転倒は免れた。
 グルガルタが続けて銃把での打撃を繰り出す。
 アリシアは左の詠春刀の護拳で防御した。
 右の詠春刀を突き出したが、紙一重で避けられる。
 その流れでグルガルタが死角に回り込み、銃を突きつけてきた。
 半ば焦り気味に、アリシアは払いのける。
 ここに隙ができた。
 足払いを受けて、アリシアは地に伏せる。
 グルガルタがまたレハイム兄妹を狙い、

「させない!」

 とルカが発砲した。
 しかし弾はグルガルタに避けられ、彼の銃撃を許す。
 兄妹は資材の陰に逃げ込み、三発の銃弾をしのいだ。
 体勢を立て直したアリシアは斬りかかる。
 グルガルタのルガーが真っ直ぐこちらに向き、火を噴いた。
 瞬間、彼女は身を屈めて弾丸を躱し、グルガルタの懐に突っ込む。
 彼の表情に焦りが見えた。さっきの一発で弾切れのはずだ。
 アリシアは相手の胴に刃を突き立てようとする。
 が、グルガルタは刺突を受け流してルガーを手放した。
 しまった、と思う暇も無く、グルガルタの手がアリシアの腕を掴み、一瞬のうちに地面に叩きつけられた。
 アスファルトの衝撃がアリシアの背中から全身を襲う。
 外の音が遠くに感じて、思考が途切れる。
 グルガルタが肩とジャケットの前身頃を掴んだ。
 アリシアは宙に引っ張られ、また投げられる。
 そして衝突した。
 投げつけられた先には、ルカがいたのだ。二人はもろとも地面に突っ伏して、唸る。
 レハイム兄妹の銃声が聞こえた。
 けれどグルガルタは身を翻し、弾を避けると同時にスーパーレッドホークを拾う。
 流れるような動作とスピードローダーで再装填し、銃撃を返す。
 銃弾は兄妹の手から銃をはたき落とし、抗う手段を潰した。
 アリシアは起き上がろうとして、咳き込む。思った以上にダメージは大きいようだ。ルカも朦朧としていて、小さくうめくばかりだった。
 グルガルタが立ち上がり、姿勢を正しながら言う。

「おとなしく寝ときなよ」

 彼はアシェルを狙い、更に懐から二挺目――短銃身仕様のスーパーレッドホークを取り出す。
 短銃身のほうはこちらに照準が合わさった。
 もはや打つ手無し。
 そう思えたが、アリシアのすぐ近くに、ルカの銃が転がっていた。
 アリシアは声を絞り出す。

「まだだ……」
「いいや、オシマイさ」

 グルガルタが言った。

「あんたがその銃で俺を撃つまでにどれだけの手順が要る? 拾い、構え、狙い、引き金を引く。ずいぶんかかるじゃねえか」
「だからなにさ……」
「こっちは引き金を引くだけ……。間に合いっこねえ」

 グルガルタがレハイム兄妹を見据える。

「依頼人はどちらか一人が犠牲になるのをご所望だ。さあどうする?」
「ふざけないで!」アシェラが怒鳴った。「どっちもお断りだよ!」
「強気なのはいいがネ、お嬢さん。もうあんたらは<詰み>なのさ」

 グルガルタの言葉で、彼女は口をつぐんだ。
 その場にいる誰もが、ルガーのグルガルタの優位を崩せる状態ではなかった。


  ◇


 アシェルは腹を括った。
 すると不思議なことに、こわばっていた全身の筋肉から力が抜け、すこし肩が降りる。
 彼は言った。

「……僕を殺れ」
「お兄ちゃん――!」
「クライアントが誰なのか知らないけど、どうせストーカー野郎だろう?」
「ダメ……ダメだよ、そんなの絶対間違ってる!」
「いやあ間違ってはいねえさ」グルガルタが言った。「先に生まれたヤツから死ぬ。この世の理さ」
「理なんかどうだっていい! お兄ちゃんを殺すならあたしも一緒に殺して!」
「お嬢さん、きみを殺せば兄貴は生き残るぜ」
「ならそれでいい!」
「ダメだ!」

 アシェルは妹を抱きしめる。

「これでいいんだ……」
「……よくないよ……」

 アシェラが彼を抱きしめ返そうとした時、グルガルタが言う。

「野暮を承知で言うがね、時間稼ぎのつもりならよしなよ」
「……ああ、そうだな……」

 アシェルはそう言って妹からわずかに離れると、アリシアのほうを見た。

「あきらめないで……アシェルさん……」

 アリシアが言った。彼女は歯を食いしばり、ルカの銃に手を伸ばそうとする。
 その時グルガルタが短銃身の撃鉄を起こした。
 アリシアの手が止まる。

「……ありがとう。でもそこまでしてくれなくていいんだ」

 アシェルはそう言って、グルガルタに目だけを向ける。

「僕の命と引き換えだ。妹や、彼女たちは助けてやってくれ」
「もちろん」グルガルタが頷く。「俺の仕事じゃねえ」
「それからあとひとつ、最期にすこしだけ……妹との時間をくれないか」
「……かまわんぜ」

 グルガルタが答えると、アシェルはアシェラと向き合った。
 二人はわずかな間、互いを見つめる。
 そして、キスをした。

「え……?」

 アリシアの、惑いを伴う声が聞こえる。

「さあ……」アシェルは妹を退かせ、グルガルタを睨めつける。「ひと思いにやってくれ」

 だが、グルガルタが撃つことはなかった。
 先ほどまでの不敵な笑みが消え、渋い表情をしている。
 やがて銃を下ろした。

「……すぐに確かめてえことができた。一旦、保留だ」

 彼はスーパーレッドホークをホルスターに納めると、置きっぱなしだった小銃型の道具を拾った。

「あばよ!」

 ルガーのグルガルタは欄干から飛び去った。
 姿が消えたすこし後、何かの射出音と、金属が柱脚に突き立つ音、風切り音が続く。
 戦場となった高架道路の空気が、急速に熱を失っていった。


  ◇


 アリシアとルカのところへ、レハイム兄妹が駆けつける。

「大丈夫ですか?」
「アタシはなんとか……それより――」

 と、ルカのほうを見る。ルカはアシェラに介抱され、どうにか起き上がっていた。
 アリシアも自らの足で立ち上がり、直後ふらつく。
 アシェルが咄嗟に支えようとしてくれたが、持ちこたえた。

「運転は……もうちょっと回復待ってもらいたいかも……」
「待ちますよ。でも……」

 兄妹はこちらとルカを見て、こう言った。

「まず病院に行きましょう。二人とも」

 かくして、アリシアとルカは病院へ行き治療を受ける。医師にはバイクを運転中、野生動物が飛び出してきて転倒したのだと説明した。
 医師曰く、アリシアもルカも、ジャケットの下に着ていたプロテクターベストのお蔭で深刻な傷は見当たらないとのことだ。アリシアにはいくつかの打撲と、わずかな裂傷が見られるばかり。ルカはさらに軽傷で、二人に処方してもらった薬もさほど大層なものではなかった。

「ありがとうございました」

 礼と共に、アリシアたちは病院を後にする。
 だが、帰路のアリシアの胸中には、ある一つの疑惑が渦巻いていた。
 ハイルダインの傭兵たちの発言、アシェルとアシェラを悩ませるストーカー、父マナセとの揉め事、兄妹の関係……。

 ただの考えすぎであってほしいが。

 彼女はそんな思いを秘めながら、テシルの所へ戻った。
 裏にバイクを停め、ヘルメットを脱いだあたりでテシルがにこやかな顔と共に現れる。

「やあおかえり。楽しかったか……」

 アリシアたちの曇った表情を見て察したのか、彼女からも笑みが消える。

「……何があったんだい?」

 その言葉に四人は顔を見合わせ、起こった事を話した。
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