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026 長期休暇の大冒険② 白狼の森

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 街を出て、草原を進んでいく。

「ウサギさん、待ってなのー!」

 まったり過ごす野兎の前に、突如としてネネイが立ちはだかる。
 満面な笑みを浮かべ、両手を伸ばしてひたすらに追い掛け回す。
 喜ぶ五歳児と、必死に逃げる野兎。
 決して相思相愛になることがない、悲しき宿命。
 その様を苦笑いで眺めながら、俺達は前に進んだ。
 そんな時――。

「はぅぁ!」

 ネネイが盛大に転んだ。
 上半身から前に向かってバタンといく。
 勢い余って、くるりくるりと前に転がった。

「大丈夫か!?」

 さすがの俺も、これには慌てて駆け寄った。
 ネネイは大の字に倒れていて、顔は天を向いている。
 転んだ拍子に、全身が泥だらけになっていた。
 顔にも大量の泥が付着している。

「だ、大丈夫なの」

 青空を眺めたまま、ネネイはニィと笑った。
 痛がって泣くかと思いきや、そんなことはない。
 むしろ転んだことに喜んでいる。楽しそうだ。

「ほら、立ち上がって」
「ありがとーなの、おとーさん!」

 俺はネネイを立たせ、服に付着した泥を払い落とした。
 それでも、白いワンピースには汚れが目立つ。
 街に戻ったら、新しい服を買ってあげよう。

「ウサギさん、待ってなのー!」
「待て、ネネイが待つんだ」

 野兎との鬼ごっこを再開しようとするネネイを止める。
 ネネイは「ふぇぇ?」と間抜け面で俺を見てきた。
 俺は口元に笑みを浮かべ、胸ポケットからハンカチを出す。
 それで、ネネイの顔に付着している泥を拭き落した。

「これでよし! さぁ、行ってこい!」
「はいなのー♪」

 ネネイはニッコリと微笑み、再び走り出した。
 今度はこけるなよー、と声援を飛ばす。

「ネネイ、ヘイストをかけてやろうか?」

 野兎を追うネネイに、マリカが声をかける。
 ヘイストとは、全体の速度を高める汎用スキルだ。
 マリカのヘイストがあれば、野兎に追いつくのも余裕だろう。
 しかし、ネネイは「大丈夫なのー!」と断った。
 自分の力だけで捕まえたいのかもしれない。

「ネネイはいつも元気だよなぁ」
「うむ、溢れんばかりの若さだ」
「そういうマリカもまだ一〇歳だろ」
「つまりネネイの倍も年寄りだ」
「やめろ、俺の年齢はネネイの約六倍だぞ」
「すまない、マスター」

 ゾンビの巣の横を通り、草原を進んでいく。
 しばらく進むと、一風変わった森が見えてきた。
 まるで白髪のように、生い茂る木の葉が真っ白の森だ。
 あと少しもふもふ感があれば、積雪と勘違いしていた。

「あれが最初のダンジョンだな?」

 念の為に確認すると、「そうだ」と返ってきた。
 それを聞いて、俺はネネイに離れないよう言う。

「分かったなの!」

 ネネイがニコニコ顔で戻ってくる。
 結局、野兎には触れることができなかった。
 その後に追いかけていたスズメにも、触れていない。
 それでも、ネネイは嬉しそうだ。

「戦闘に備えろよー」
「はいなの♪」

 俺とネネイは共に武器を出した。
 少し遅れて、マリカも武器を出す。

 マリカの武器は魔導書だ。
 見た目はボロボロの辞書である。
 何が書かれているのかは分からない。

「森についての情報は?」

 この質問には、リーネが答えた。

「適正レベルは七前後で、狼タイプのモンスターが棲息しています」

 リーネの言葉に、「白狼だな」とマリカが続く。

「ダンジョン名はモンスターからとったのか」

 この森の名前は『白狼の森』という。
 てっきり、木の葉の白さをたとえているのかと思った。
 ところがどっこい、白狼なるモンスターからとっていたのだ。

「白狼は、攻撃力が七もあれば、楽に勝てる相手だ」
「ほう。防御力はどのくらい必要なんだ?」
「防御力も七だ。それと、魔法は使ってこない」
「おお! なら楽勝じゃないか!」

 マリカの言葉を聞いて、ホッと安堵した。
 俺達四人のステータスなら、白狼は怖くない。
 とどのつまり、適度に戦える雑魚だ。
 初戦の相手に相応しいじゃないか。

「白狼はどこだー!」
「どこなのー!」

 俺は槍を肩に担いで、先頭を歩く。
 後ろにネネイが続いた。
 ネネイの左右には骸骨戦士。
 数は二体ずつで、剣と盾を装備している。
 ネネイから少し離れて、リーネとマリカが続く。
 荷物持ちの骸骨もこの列だ。

 次第に森が深まっていく。
 気が付くと、周囲は樹木で覆われていた。
 もはや、どこを向いても草原は見えない。
 ここから歩いて帰ろうとしたら、絶対に迷う。

「マスター、そろそろ敵が出るぞ」
「え、なんでわかるの?」
「辺りを見て、変化に気づかないか?」

 俺は周囲を窺った。
 何か気配がするわけでもない。
 ただ――。

「霧が出ているな」
「それのことを言っている」
「霧は白狼の出現を示しているのか」
「ある程度深まると一気に出てくるぞ」
「オーケー!」

 担いでいた槍を構える。
 ネネイもウエストバッグから弾丸を取り出した。

「さぁ来い、白狼……!」

 歩調を落とし、ゆっくりと進む。
 進んでいくごとに、霧は濃くなっていく。
 ついに数メートル先すらも見えなくなる。
 その時、森が大きく震えた。

「ウォォォォン!」「ウォォォォン!」
「ウォォォォン!」「ウォォォォン!」
「ウォォォォン!」「ウォォォォン!」

 あらゆる方向から、狼の雄叫びが響く。
 マリカが「白狼だ」と静かに呟いた。
 しかし、霧が邪魔で姿が見えない。
 気配はあちらこちらから感じるのに。
 それが、この上なく緊張感を高めた。

「怖いなの……」

 ネネイが怯えている。
 俺は「大丈夫さ」と微笑みかけた。
 そんな俺の手も、汗でグッショリだ。
 響き続ける狼の咆哮に戦慄を覚える。

「ネネイの守りは任せろ、マスター」
「分かった」

 ネネイの左右に、骸骨戦士がピタリと張り付く。
 俺が守るよりも、遥かに安心だ。
 俺は少し前に出て、槍を振り回す空間を確保した。

「ウォォォォン!」

 ついに、白狼が襲ってきた。
 右側から急に飛び出してくる。
 数は一体だ。
 名前の通り、全身が白い。
 真っ赤に充血した目が威圧的だ。

「うおおお!」

 すかさず迎撃する。
 その場で腰を落とし、槍を一突き。
 白狼は身体を急旋回し、回避行動にでる。
 しかし避けきれず、後ろ足に突き刺さった。

「ウォォォォン……」

 マリカが推奨した攻撃力は七。
 一方、俺の攻撃力は九である。
 この差が理由だろう、一発で白狼を仕留めた。
 明らかに穂以上の穴が空き、灰にしたのだ。

「やったぜ!」
「流石です、ユートさん」
「喜ぶのはまだ早いぞ、マスター」

 マリカの声が飛んでくる。
 俺が気を引き締める前に、次の白狼が襲ってきた。
 勢いよく駆けてきて、背後から迫ってくる。
 一瞬の油断が、探知を遅らせた。
 必死に振り返ろうとするが、間に合わない。
 振り返ったころには、白狼に噛みつかれているだろう。

「おとーさんは、ネネイが守るなの!」
「ウォォォ……」

 俺が振り返った瞬間、白狼が灰と化した。
 ネネイが後方から、スリングショットで援護したのだ。
 相変わらず、驚異的な命中精度である。

「ありがとう、ネネイ」
「えへへなの♪」
「あと二〇体だ、マスター」
「そんなにいるのかよ!」
「慣れれば居場所も分かるようになる」
「ネトゲとは違い、この世は不親切だ」

 ネトゲなら、霧で見えないなんてことはない。
 仮に霧で見えなくなったとしても、マップに表示される。
 それに、経験の有無で見え方が変わることもない。

「ウォォォォン!」
「ウォォォォン!」

 今度は二体が同時に襲ってきた。
 左右からの挟撃だ。
 どちらの狙いも俺である。

 さっきから、攻撃対象は俺ばかりだ。
 おそらく浮いた駒だからだろう。
 他のメンバーは、グループで固まっている。
 ネネイは四体の骸骨と、その後ろには他の二人と二体の骸骨。
 単独なのは、俺だけだ。

「ネネイ、片方は頼んだ!」
「任せてなの、おとーさん!」

 左から来る狼をネネイに任せ、俺は右の奴に集中する。
 精神を集中させ、「せい!」と槍を繰り出す。
 今度は的確に、白狼の顔面を捉えた。
 断末魔の叫びすら許さずに、命を刈り取る。
 一方、ネネイもきっちり仕留めた。

「ナイスだ、ネネイ」
「はいなの!」

 完璧な連携だ。
 それでも、精神的にはきついものがある。
 常に不意打ちを受けるからだ。
 濃霧を目隠しにして、どこからともなく攻めてくる。
 戦闘経験が浅いせいで、直前まで探知できない。

「はぁ……はぁ……」

 緊張状態を維持していると、一気に疲労が溜まる。
 殆ど動いていないのに、長距離を走ったような苦しさだ。

「ウォォォォン!」
「ウォォォォン!」
「ウォォォォン!」

 そんな中、次は三体が襲ってきた。
 前と左右の三方向からくる同時攻撃だ。
 先程と同じ戦い方だと、一体残る。
 仕方ない、賭けにでよう。

「オラァ!」

 俺は、槍を左から右に流した。
 刺突ではなく、薙ぎ払い攻撃だ。

 この作戦が奏功した。
 一気に正面と右の白狼を仕留める。
 左の敵には、ネネイのスリングが炸裂した。

「よっしゃ!」
「やったなの!」
「ウォォォォン!」
「えっ」

 ガッツポーズする俺の足元に、白狼が居た。
 そう、数は三体ではなく、四体だったのだ。
 一体は鳴かずに忍び寄っていた。
 白狼の真っ赤に充血した目が、俺を捉えている。

「ウォォォォォォォォォン!」
「マスター、スキルを使え!」
「ダメだ、間に合わ――」

 飛びかかってきた白狼が、俺の首に噛みついた。
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