上 下
50 / 56

050 自由演劇

しおりを挟む
 三日の営業日が終わり、やってきた休日。
 俺達は、街の西はずれにある劇場へ来ていた。
 二〇〇人分の椅子と、簡易な木の壇がある場所だ。
 ここでは普段、様々な劇団が演劇等を披露している。
 ただ、今日は、一風変わったイベントが行われていた。

「ワクワクするなの」
「こう見えて、私は演技派だよ!」
「私はどちらかといえば苦手です」
「リーネに賛成だ。マスターはどうだ?」
「俺も苦手だな」

 今日のイベントは、『自由演劇』と呼ばれるものだ。
 劇団の人間ではなく、一般人が演者を務める。
 俺達は今日、この自由演劇に参加することにした。
 アンズの気まぐれと、ネネイのプッシュによるものだ。

「台本はいかがされますか?」

 壇に隣接する形で立っている準備室にて。
 イベントを仕切る係員の一人が訊いてきた。

 自由演劇では、自分で書いた台本を使うことが出来る。
 もちろん、相手方が用意した定番の台本だって、使用可能だ。
 普段から演劇に興味があるわけでもない俺の答えは、決まっていた。

「予め用意してあるやつを――」
「オリジナルの台本を使います!」

 俺の言葉を、アンズが遮る。
 なんてこった、オリジナルの台本を用意していた。

「ほい、どうぞ!」
「ありがとなの、アンズお姉ちゃん!」

 アンズが全員に台本を配っていく。
 驚いたことに、きっちり人数分の台本がある。

「この台本、アンズが考えたの?」

 台本をパラパラめくりながら尋ねる。
 アンズは「そうだよ!」と笑顔で頷いた。

「大した才能だなぁ」
「このくらい朝飯前さ!」

 はっはっは、と笑うアンズ。
 それを一瞥し、俺は台本を読んだ。

 この作品、タイトルを『ザ・勇者』という。
 おそらく、適当につけたタイトルだ。
 アンズは俺と同じで、名前に拘りがない。
 ネトゲのキャラ名を『戦うシマウマ君』にするくらいだ。

 内容は『敵に捕らわれた姫を救う』というド定番の話。
 姫役はリーネで、敵役がアンズとマリカだ。
 そして、姫を助ける王子様が俺である。
 ネネイは俺の家来という設定だ。

「大雑把に把握するだけでオッケー!」

 いざとなればアドリブでどうにかしろ、ということらしい。
 まぁ、内容が内容なので、適当なアドリブは浮かびそうだ。

「何か質問とかあるかな?」

 アンズが尋ねてくる。
 特に質問は出なかった。

「では全員、台本を頭に叩き込んで!」
「はいなのー!」

 こうして、俺達は出番が来るまで台本の暗記に取り組んだ。
 それから二時間後、俺達の出番がやってきた。

『次は、この街で最も有名な男ユートの初舞台! その名も、ザ・勇者!』

 壇の方から女の声が聞こえる。
 その声に応えるように、大きな拍手が起こった。
 どうやら、客の入りは結構良いようだ。
 ここからでは、客がどの程度いるか分からない。

「よし、いくよ、マリカちゃん! リーネさん! ゴブちゃん!」
「承知した」
「分かりました」
「キェェェ!」

 まずは、敵と姫の四人が出る。
 準備室から直通の専用通路を通り、一気に壇上へ。

「ワッハッハ、リーネ姫は私達エネミーズの手に落ちた!」
「キェェェェェェ!」

 アンズとゴブちゃんの声が聞こえる。
 そこから少し遅れて「タスケテクダサーイ」とリーネの声。
 いつになく棒読みで、俺は少し笑った。
 しかし、俺もきっと大して変わりない。

「そろそろだな、ネネイ」
「はいなの、おとーさん」
「いくぞ」

 続いて、俺とネネイが壇上に向かう。

「待ちやがれ、エネミーズ!」
「待ちやがれ、なの!」

 俺とネネイは、互いに武器を持ちながら登場した。
 武器はどちらも本物だ。
 俺は愛槍『プリン』で、ネネイはスリングショット。

「でた! ユートさんだ!」
「ネネイちゃんも可愛い!」
「ユート! ユート!」
「ネネイちゃーーん!」

 観客が盛り上がる。
 それを受け、俺はチラリと客席を見た。
 驚いたことに、二〇〇席が全て埋まっている。
 それどころか、立ち見までいる始末だ。
 大繁盛じゃないか。
 嬉しい反面で、それ以上の恥ずかしさがあった。

「ありがとーなの、ありがとーなの」

 ネネイが観客席に手を振る。
 俺は慌てて「こら」と注意した。

「今は演技中だから、相手にしちゃだめだ」
「ハッ、忘れていたなの」

 ネネイは照れ笑いを浮かべ、客席に頭をペコリ。
 それを見て、観客が「コントかよ!」と突っ込んだ。
 その突っ込みに、尚更の笑いが沸き起こる。
 完全に脱線しているが、問題はない。

「タスケテ、ユートサマ」
「待っていろ、リーネ姫。お前、いや、あなたの命は俺がタスケマス!」

 リーネも酷いが、俺も酷いものだ。

「ユートさん、噛み噛みじゃねぇかよぉ!」

 客に突っ込まれる。
 恥ずかしさから、首筋が僅かに紅潮した。

「そうはさせないよ! マリカ、ゴブ、やっておしまい!」

 アンズが鞭を取り出し、地面をペチンと激しく叩く。
 マリカは「分かりました」と答え、骸骨戦士を召喚した。
 数は一〇体で、剣と盾をきっちり装備している。

「行きなさい」

 マリカが命令すると、骸骨戦士が突っ込んできた。

「ネネイ、本気で倒すぞ」

 俺が小さな声で言う。
 ネネイは「はいなの」と頷いた。
 台本によると、ここはガチバトルだ。
 つまり、全力で骸骨戦士を倒す場面。

「おりゃあ!」

 俺は槍をブンブンと振り回し、骸骨戦士に攻撃した。
 しかし、その攻撃は盾でガードされる。
 すかさず、別の骸骨戦士が襲ってきた。

「おとーさ、あっ、ユート様は、倒させないなの!」

 ネネイが援護射撃を行う。
 いつも通りの命中率で、二体の骸骨を葬った。

「うおおおお!」
「ネネイちゃんやるぅ!」
「お上手!」
「というか、本格的な戦闘だな!」
「気合が入ってるぞ、この演劇!」

 観客は大盛り上がり。
 その反応を見て、アンズも満足気だ。

「オラオラァ! 百連刺突ダァ!」

 俺は凄まじい刺突のラッシュを放った。
 わざわざ中二臭い名前を付けたのは、アンズの指示だ。
 台本に『適当にカッコイイ技名を叫ぶ』と書いてある。

「……」

 骸骨は適当にガードした後、あっさりと被弾して死んだ。
 おそらく、わざと当たるようにマリカが命じているのだろう。

「これで、最後なの!」

 激しい戦闘の末、一〇体の骸骨戦士が死滅した。
 それと同時に、客の盛り上がりが最高潮に達する。

「アンズ様、すみません、私の力では……」

 マリカがアンズに頭を下げる。
 かなりの演技派だ。本当に悔しそう。
 アンズは「よいよい」と笑顔で答えた。

「ゴブ、あいつらを倒しておしまい!」
「キェェェ!」

 アンズの命を受け、ゴブちゃんが突っ込んできた。
 武器は何も持っていない。

「ネネイ、あいつの相手は任せたぞ」
「はいなの」

 ネネイは武器をしまい、ゴブちゃんに向かって走った。
 ゴブちゃんとネネイ、両者が壇の中央に立つ。
 そして――。

「じゃんけん、ポンなの!」
「キェッ!」
「あっち向いて、ホイなの!」
「キェッ!」

 なぜかあっち向いてホイを始めだした。

「おいおい! なんだそりゃぁ!」
「わははははは、子供の対決じゃねぇかぁ!」
「さっきの激しいアクションからのギャップやべーぞぉ!」

 客達は大うけだ。
 腹を抱えて、転げまわっている。
 ウケすぎだろと思いつつ、俺も笑っていた。

「ホイなの!」
「キェッ!」

 何度目かの勝負で、ネネイが勝利する。
 負けたゴブちゃんは、その場にバタッと倒れた。

「きぃぃぃ! こうなったら私が直接倒さないといけないわね!」

 アンズが優しくリーネを後ろに押す。
 リーネはわざとらしく尻餅をついた。
 その後で、「キャァ」と棒読みの声を出す。
 おそらく、飛ばされる時に言うべきセリフだ。
 明らかにタイミングがズレているけど、気にしない。

「かかってこい、ユート!」
「臨むところだ!」

 俺達は互いに武器を構えた。
 それと同時に、ネネイがそっと後退する。

「リーネ姫は、俺が助ける!」
「そんなセリフは、台本にない!」
「そのセリフこそ、台本になかっただろ!」
「うるさい! 言ってみたかったのだ!」

 アホみたいな掛け合いをしながら、俺達が近づく。
 コメディなのか、本格アクションなのか、もはや不明だ。
 だが、観客は例外なく楽しんでいるので、気にはしない。

「せえい!」

 まずは俺が槍を突き出す。
 アンズの顔から、僅かに右側へ放つ。
 アンズは顔をサッとそらし、それを巧みに回避する。
 なのに――。

「ああん!」

 なぜか、アンズのスーツが大きく破れた。
 しかも、部位は胸元だ。
 ものの見事に、下着があらわになる。

「ウオオオオ!」
「たまんねぇ!」
「おおおおお!」
「すげぇぇぇ!」

 観客の中でも、野郎共は大興奮だ。
 なんだ、このサービスショットは……。

「あっはぁん!」
「うっふぅん!」
「ひゃぁーん!」

 その後も、攻撃を繰り出す度に、アンズの服が破れた。
 あっという間に、スーツが上から隅までボロボロだ。
 そして、アンズは鞭をしまい、床に膝をついた。

「な、なんでもするので、命だけは……!」
「なんでも?」
「はい、何でも致します。ですので、命だけは……・!」

 アンズが俺を見てくる。縋るような上目遣いだ。
 あわよくばポロリがありそうな雰囲気が漂っている。
 そのせいで、観客の野郎共が静まり返っていた。
 唾をゴクリと飲み込み、俺の返事待ちだ。

「そうだな――」

 俺はゆっくりと口を開く。
 その最中で、どう答えようか考えていた。

 そう、この展開は台本になかったのだ。
 台本では、アンズを倒して終了である。
 その後に、なんでもするので云々なんて話はない。
 これは、アンズのアドリブなのだ。

「ザコに興味はない、失せろ」

 俺は悩んだ末に、野郎共の期待を裏切った。
 観客連中が何を期待していたかは、訊かなくても分かる。
 分かっていて、なお、裏切ったのだ。

「台本を書きなおせー!」
「やり直しだー!」
「そこは失せろじゃないだろー!」

 観客たちが、笑いながら野次を飛ばしてくる。
 むふふな展開にしてやれなくて悪かったな、と俺は苦笑い。

「さぁ、リーネ姫、もう大丈夫ですよ」
「アリガトウゴザイマス、ユートサマ」

 俺はリーネの手を取り、ゆっくりと立たせた。
 そして、壇の中央でバンザイする。
 その左右には、ネネイとリーネも居た。
 もちろん、二人も同じようにバンザイをしている。

『こうして、世界は平和になったのであった。おしまい』

 どこからともなくナレーションが入り、演劇が終了する。
 ストーリーは不明だが、結果は大成功だ。

「お疲れ様なの」
「おつつー!」

 演劇が終わった後、街をぶらついた。
 歩きながら、皆で演劇のことを振り返る。
 反省点というか、感想を互いに言い合った。

「アンズお姉ちゃんの台本、大好評だったなの」
「凄かったです、アンズさん」
「マスターとの一騎打ちが一番良かった」

 アンズは「えっへん」とドヤ顔で胸を張った。
 着ているのは、新品の綺麗なスーツである。
 劇で使った仕込み有りのボロスーツは、捨てたらしい。

「私が驚いたのは、ユート君が演技派だったことだね!」
「おとーさんの演技、上手だったなの!」
「流石です、ユートさん」

 俺は「そうか?」と照れ笑い。
 個人的には、あまり上手く出来た気はしなかった。

「俺より、マリカの方が上手だったと思う」
「たしかに! マリカちゃんは表情も凄かった!」

 これにはゴブちゃんも「キェェェ」と賛成する。
 マリカは「運が良かった」とやや恥ずかしそう。
 運が良かったってなんだよ、と俺はは突っ込んだ。

「なんにせよ、今日は良い息抜きになったぜ」
「ですね、新鮮な経験で楽しかったです」
「ありがとなの、アンズお姉ちゃん!」
「こちらこそ、付き合ってくれてありがとうね!」

 俺は視線を空に向けた。
 澄んだ青色から、茜色に変わってきている。

「酒場に行って夕食を済ませるか」
「承知した」
「演技をして、お腹がペコペコなの!」

 ということで、酒場へ向かう。
 その道すがら、俺は冒険者カードを取り出した。
 裏面に記載されているランキングを確認する。

 資金力ランキングは、三一〇〇位台に後退していた。
 俺達がこうやって休んでいる間も、経済は動いているのだ。
 ランキングを見る度、もっと頑張らねばと焦燥感に駆られる。

「今日くらい、ランキングのことを忘れてもいいじゃない!」

 そんな俺に、アンズが言う。
 俺は「そうだな」と笑い、カードを懐にしまおうとした。

「――!」

 その時、とんでもない衝撃が襲ってきた。
 身体の内側から来る、絶望的なまでの激痛だ。
 それにより、手からカードが滑り落ちる。

「ぐっ、うぐっ……がはっ!」
「ユート君!?」
「おとーさん!?」
「マスター、どうした!?」
「ユートさん! ユートさん!」
「キェェェェェェェ!」

 皆の声が聞こえてくる。
 しかし、今の俺に応える余裕はない。
 気が付くと、俺は膝から崩落していた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

灰かぶりの王子様

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:39

Kが意識不明の重体らしい

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:15

創造スキル【クラフト】で何でも作成!~ご都合主義の異世界村作り~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:281

監禁エンドはさすがに嫌なのでヤンデレな神々から逃げます

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

サンタさんたち準備中

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

『ハレルヤ・ボイス』

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:7

竹林の家

ホラー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

処理中です...