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027 8月:久しぶりのいつメン

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 そこら中のダンジョンに出没しては甚大な被害を出していたバハムートを、僕とミストラル先生が倒してからしばらくが経った。
 僕達の活躍は瞬く間に知れ渡り、冒険者ギルドからは感謝状が贈られ、国王陛下からは「あれほどの化け物をたった2人で倒すとは、なんという、なんという」と仰天され、街を歩けば美人なお姉さん方から握手を求められる。ということにはならなかった。

「バハムートの目撃情報、すっかり聞かなくなったな」

「飽きて旅行にでも行ったんじゃねー?」

 僕達がバハムートを倒したことは、誰も知らなかった。
 ミストラル先生が、2人きりの秘密にしておきたい、と言ったからだ。
 先生は恥ずかしがり屋だから、目立つのを嫌っていた。

 バハムートと戦ったあの日以降、当初の予定通り、2日に1回のペースで、ミストラル先生とPTを組んで活動している。
 しかし、レイドダンジョンに2人で挑む、という無謀極まりない行為はあの時だけで、その後は、PT向けのD級クエストを中心にこなしていた。

 クエストのない日は、馬屋に通い、乗馬の稽古を受けている。
 稽古にかかるお金は、全額、ミストラル先生が支払ってくれた。
 バハムートから命を救ってくれたお礼、とのことだ。

「本当は夏休みを丸々使う予定でしたが、今日で終わりにしましょう」

 7月最後となるクエストの日に、ミストラル先生が言った。
 僕は最初、弱すぎて落胆させたのかと焦ったのだけれど、実際は逆だ。

「レイ君の魔力コントロール技術は、想定を大きく上回る成長によって、既に十分なものとなりました。その他の戦闘技術に関しても、たくさんの戦闘経験を積んだことにより、見違えるほど立派になっています。明日からは、馬術の稽古をしつつ、夏休みを満喫して下さい」

「ありがとうございました! ミストラル先生!」

 7月の思い出は、他にも、クラスの女子が家に来て告白されたとか、街でばったりあったアーチャー田中からマリとの関係を取り持ってほしいと頼まれたとか、それなりに色々とあったのだけれど、省略しておく。

 ◇

 8月の暑さは、7月が可愛く思えるほどだった。
 外に繰り出すと、激しい日差しが全身を殴ってくるわ、ゆらゆらと蜃気楼が漂っているわ、気の触れた人間が全裸で街を走り回っているわと、正気を保つのが難しい程の暑さだ。
 しかし、それは他人の話であって、〈クーラースプレー〉を持っている僕には、まさに他人事だった。

「なんだかすごくお久しぶりな感じがしますね、レイさん」

「おー! 師匠ー! 髪切ったー?」

「いや、切ってないよ」

 久しぶりに、エマとマリに会った。
 夏休みが始まる前から、8月1日に会おう、と決めていたのだ。
 僕はそのことをすっかり忘れていたのだけれど、暑さに苦しむお姉さん方を眺める為に家から出たところ、ちょうど2人に出くわしてしまい、

「わお! 師匠が自分から出てくるなんて珍しい!」

「約束、覚えていて下さったのですね、レイさん」

「当たり前だろ。僕は約束を忘れるような酷い男じゃない」

 ということで、今に至っている。

「師匠は相変わらず涼しそうでいいなー!」

「本当に……羨ましいです……」

「2人は相変わらず暑そうだね」

 通りを歩きながら、僕は〈ブリザード〉を詠唱する。
 消費する魔力を超スーパー極限に低く抑えて、エマを対象に発動した。

「わぁー! すごく涼しいです!」

 エマが声を弾ませた。
 その様を見て驚くマリ。

「えー!? なになに!? どういうこと!?」

「ふっふっふ。エマに〈ブリザード〉を掛けたのさ。凍らないよう、魔力を最小限に調整してね」

「いつの間にそんな猪口才ちょこざいなテクを身に着けたの!?」

「身に着けたのはたった今さ。暑そうにしているエマを見て、どうにか涼しくしてやろうと考え、閃いた」

「ありがとうございます、レイさん……!」

「上手くいったから良かったけど、下手をしていたらエマを凍らせていたよ。先にマリで実験して、安全を確かめるべきだった」

「ちょー! だからなんで私がそういう役なの!? ていうか、安全が分かったんだから、私にも掛けてよ! それ!」

「しょうがないなぁ」

 自覚があるけれど、今の僕は、上機嫌でニコニコしている。
 こういう会話をするのは久しぶりだなぁ、と心から楽しんでいた。

「うっひゃー! こりゃ涼しい! 師匠サイコー! 大好き!」

 涼しくなって大興奮のマリを無視して、エマに尋ねた。

「で、今日は何をして過ごすの?」

「レイさんがよろしければ、狩りに行きませんか?」

 昨日、ミストラル先生とクエストを受けたところだ。
 冒険者は2日に1回は休むものだから、今日は戦闘を控えたかった。
 が、久しぶりに会ってそれを言うのは、無神経にも程がある。
 ということで、僕は、「喜んで!」と元気よく答えた。

「この2週間、私とマリさんは、特訓に励んできました。
 今回、レイさんには、その成果を見て頂きたいのです」

「どういうこと? 僕は見ているだけ?」

「それでもかまいませんし、または魔法を制限して頂くとか」

「師匠が本気を出したら、私達の出番がなくなっちゃうでしょ?」

「なるほど」

 僕は督戦に務められるわけだ。
 しかし、僕だけ眺めている、というのはつまらない。

「じゃあ、僕は〈魔弾〉しか使わないでおくよ。
 〈魔弾〉の威力は武器で決まるから、問題ないでしょ?」

 〈魔弾〉とは、杖における一般的な通常攻撃だ。
 杖をブンッと振ったら、魔力の弾丸がズンッと放出される。
 飛ばすのは魔力の弾丸だが、魔法とは違うので、詠唱は必要ない。
 僕はあまり、というか、全く使わないけれど、大半の魔法使いは多用する。

「たしかに、〈魔弾〉であれば問題ありません。
 では、レイさんは〈魔弾〉オンリーでお願いします。
 流動性モンスターが出現するなど、何かあった際は魔法を使う感じで」

「了解。ところで、流動性モンスターって?」

 僕は知っていながら尋ねる。
 すると、この誘導に、エマが乗ってくれた。

「縄張りを持たない魔物のことです。例えばバハムートとか」

「そういえば、最近、バハムートの話を聞かなくなったよな!」

 僕は自慢したくて仕方がなかった。
 皆が恐れるバハムートを倒したのは僕だ、と。
 しかし、ミストラル先生との約束により、口外はできない。
 でも自慢したい。でも口外できない。でも自慢したい。できない。

 ということで、自然に気づかせる作戦を閃いた。
 誘導に誘導を重ねて、僕が倒したことに気づいてもらうわけだ。

「たしかに! バハムートの被害報告、全然聞かなくなったねー!」

 マリが反応する。

「どうしたんだろ? 誰かが倒したのかな? 倒しちゃったのかな?」

 チラッ、チラッ、チラッ、と窺う僕。

「バハムートを倒すなんて無理無理!」

「別の大陸にでも行ったのかもしれませんね」

「それよりさ、私とエマの連携、凄いんだよー!?
 師匠、私達の戦いを見たら、絶対に腰を抜かしちゃうよ!」

「うふふ、今から楽しみですね、マリさん」

 あっさりと話題が変わり、僕はガックシと肩を落とした。
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