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059 12月:寒さ対策
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寒さが本格化し始めた。
クラスの女子も、道行くお姉さんも、厚着に身を隠し、動物から毟り取った毛で作られた手袋をし、もふもふのマフラーを首に巻いている。見える素肌といえば顔面くらいなもので、その他の部位に関しては綺麗さっぱり隠されていた。
なんとなくだが、夏に比べて、外の景色が白色ぽく感じる。
「ざぶい……!」
僕は寒さに凍えていた。
汗にまみれた夏を彷彿させることだが、やはり僕だけが苦しんでいる。
かじかむ手、震える体、止まることなくガタガタと鳴る歯。
「師匠、寒がりすぎぃ!」
「もっともっと寒くなりますよ」
休み時間になる度、寒さから凍死を警戒する僕を見て、エマとマリが笑う。
僕は袖から出ている腕を服の中に引っ込め、胸の前で交差させ、我ながらイカれた速度でカサカサと動かして、摩擦熱で体を温めた。
「どうして皆、大丈夫なんだ?」
皆の寒さに対する耐性は異常だ。
余裕綽々で談笑しており、甲高い笑い声を教室に響かせている。
さながらアル中の如く震えているのは、見渡す限り、僕だけだ。
「この程度は余裕だよねー」
「ですね。レイさんも来年には慣れますよ」
「師匠、あれやったらいいじゃん!」
「あれって?」
「弱い魔法で体温調整するやつ! 夏に〈ブリザード〉を使って、〈クーラースプレー〉と同じ効果を演出していたでしょ!? あれの冬版! 〈ファイア〉で温かくするってのはどうよ?」
「〈ファイア〉は爆発を伴うスキルだから、調整しても危険な感じがするよ。でも、良いアイデアだと思う。一発目で自分に掛けるのは怖いから、マリで試してみてもいいかな?」
「だからなんでそういう役を私に押しつける!?」
「防寒用に何か買われてはいかがでしょうか?」
提案したのはエマだ。
僕は「具体的には!?」と血走った目を向ける。
「私達が外で身に着けているような、手袋やマフラーはいかがですか?」
「手袋とマフラーで体感温度はグッと変わるよー!」
「マリさんの仰る通りです」
「なるほど……」
僕は手袋やマフラーしたことがない。
しようと思ったこともない、と言えば嘘になる。
初めて、それらの導入を考えた時に、
「ハッ、男が手袋やマフラーなんかするかよ!」
と、クラスの男子が言っているのを耳にして、気が変わった。
たしかにその人は、手袋やマフラーをしていない。
他の男子にしたって、同じように手と首をさらけ出している。
「でも僕は男だから、そういう防寒系の小物に頼るのは……!」
女ぽいとされることを自分だけすることには抵抗がある。
僕は見栄っ張りだ。
「魔法石を応用して、部屋をカンカンに蒸してくれないかなぁ」
「出た! 師匠の変態発想!」
「夏の暑さに比べれば耐えられるが、それでも寒いんだもん」
「じゃあ、もし、〈クーラースプレー〉の冬版みたいな魔法具があったら?」
ニヤニヤしながら尋ねてくるマリに、声を大にして即答した。
「買うに決まっておるだろ!」
そして、「その手があったか!」と閃く。
文明の利器、魔法具を使えばいいのだ。
「一応、言っておくけど、私のアイデ」
「やっぱり僕って発想の天才だなぁ!」
◇
放課後、魔法具の売買を行う店にやってきた。
広々とした店内には、様々な人工の魔法具が置かれている。
「流石は魔法具……高い」
僕は1人で店内を物色する。
ユニークな商品が多いけれど、今は無視しよう。
僕が欲しいのは、〈クーラースプレー〉の冬バージョン。
つまり、〈ホットスプレー〉だ。
「あった!」
すぐに見つけることが出来た。
有りがたいことに、専用のコーナーが設けられていたのだ。
僕の様な考えの人間が多いからだろう。
「なんだこの値段はぁ!?」
有りがたくないことに、価格は通常の3倍に設定されていた。
黒色の文字で書かれた元の値段を、赤い線で打ち消し、書き直している。
さらにその上には、「需要に応えてお値段倍増!」という煽り文句も。
下に刻むならまだしも、上に刻むとはどういう神経をしているのだ。
「嫌なら買わなくていいぞー」
少し離れた受付カウンターから声が飛んでくる。
頑固そうな中年の店主が、勝ち誇ったかの様な顔で、こちらを見ていた。
「ま、坊やに買える額ではないか」
とことん煽る姿勢のようだ。
そんな下手な挑発に、僕が乗るわけ――。
「買える額ではない……だと……?」
――あった。
「子供だと馬鹿にしおって! 買うことくらいできらぁ!」
僕は懐から財布――お金の入った袋――を取り出す。
口を縛る紐を解き、素早く中を確認。どうにか買える額だ。
「ほう? 坊やが買えるのかい? そこの高級品を?」
ニヤリと意地汚く笑う店主。
「買えらぁ!」
僕は乱暴に〈ホットスプレー〉を掴み取る。
そして値段を再確認し、財布の中のお金も再確認。
大丈夫だ。買える。買えるぞ。
受付カウンターまで、大股で歩いていく。
「オヤジ、このスプレーを」
大きく振りかぶる。
そして、スプレーを置く。
……つもりだったのだが。
「よしなさい」
背後から聞こえた声が、僕の動きを止まらせた。
艶やかさのある女性の声だ。
「貴方は……!」
振り返り、声の主を確認する。
冬であるにもかかわらず、破廉恥な格好をした女性だ。
カールのかかった金色の髪に、大きな胸、そして、鋭い目つき。
「誰だっけ」
「メイリーンよ! 忘れたの!?」
「あ、そうだ! メイリーン先生だ!」
そこに居たのは、1年1組の担任ことメイリーン先生だ。
夏の至宝〈クーラースプレー〉をくれた張本人でもある。
「私の誘いを断った男が、随分と安い挑発を受けるのね?」
メイリーン先生が目の前に歩いてきた。
右手の指先を僕の喉に当て、スーッと顎に進めていく。
優しくも強引に、顎をクイッと上げさせられた。
「お金は大事に使いなさい。分かったわね?」
背筋がゾクッとする。
これが1組の面々に「イエス、ユアマジェスティ」と言わせる先生の力か、と納得する。更に、初めてメイリーン先生を見た時に、誰かが言っていた「鞭でしばかれてぇ」というセリフを思い出す。今の僕は同じ事を思っていた。いかんいかん、僕にはミストラル先生がいるのに。
メイリーン先生は、見下ろすように僕を見て、目を細める。
僕の顎や頬を、指先で優しく撫でながら、妖艶な笑みを浮かべた。
「今から少し、私に付き合ってもらえる?」
疑問形だが、僕に選択肢は用意されていなかった。
クラスの女子も、道行くお姉さんも、厚着に身を隠し、動物から毟り取った毛で作られた手袋をし、もふもふのマフラーを首に巻いている。見える素肌といえば顔面くらいなもので、その他の部位に関しては綺麗さっぱり隠されていた。
なんとなくだが、夏に比べて、外の景色が白色ぽく感じる。
「ざぶい……!」
僕は寒さに凍えていた。
汗にまみれた夏を彷彿させることだが、やはり僕だけが苦しんでいる。
かじかむ手、震える体、止まることなくガタガタと鳴る歯。
「師匠、寒がりすぎぃ!」
「もっともっと寒くなりますよ」
休み時間になる度、寒さから凍死を警戒する僕を見て、エマとマリが笑う。
僕は袖から出ている腕を服の中に引っ込め、胸の前で交差させ、我ながらイカれた速度でカサカサと動かして、摩擦熱で体を温めた。
「どうして皆、大丈夫なんだ?」
皆の寒さに対する耐性は異常だ。
余裕綽々で談笑しており、甲高い笑い声を教室に響かせている。
さながらアル中の如く震えているのは、見渡す限り、僕だけだ。
「この程度は余裕だよねー」
「ですね。レイさんも来年には慣れますよ」
「師匠、あれやったらいいじゃん!」
「あれって?」
「弱い魔法で体温調整するやつ! 夏に〈ブリザード〉を使って、〈クーラースプレー〉と同じ効果を演出していたでしょ!? あれの冬版! 〈ファイア〉で温かくするってのはどうよ?」
「〈ファイア〉は爆発を伴うスキルだから、調整しても危険な感じがするよ。でも、良いアイデアだと思う。一発目で自分に掛けるのは怖いから、マリで試してみてもいいかな?」
「だからなんでそういう役を私に押しつける!?」
「防寒用に何か買われてはいかがでしょうか?」
提案したのはエマだ。
僕は「具体的には!?」と血走った目を向ける。
「私達が外で身に着けているような、手袋やマフラーはいかがですか?」
「手袋とマフラーで体感温度はグッと変わるよー!」
「マリさんの仰る通りです」
「なるほど……」
僕は手袋やマフラーしたことがない。
しようと思ったこともない、と言えば嘘になる。
初めて、それらの導入を考えた時に、
「ハッ、男が手袋やマフラーなんかするかよ!」
と、クラスの男子が言っているのを耳にして、気が変わった。
たしかにその人は、手袋やマフラーをしていない。
他の男子にしたって、同じように手と首をさらけ出している。
「でも僕は男だから、そういう防寒系の小物に頼るのは……!」
女ぽいとされることを自分だけすることには抵抗がある。
僕は見栄っ張りだ。
「魔法石を応用して、部屋をカンカンに蒸してくれないかなぁ」
「出た! 師匠の変態発想!」
「夏の暑さに比べれば耐えられるが、それでも寒いんだもん」
「じゃあ、もし、〈クーラースプレー〉の冬版みたいな魔法具があったら?」
ニヤニヤしながら尋ねてくるマリに、声を大にして即答した。
「買うに決まっておるだろ!」
そして、「その手があったか!」と閃く。
文明の利器、魔法具を使えばいいのだ。
「一応、言っておくけど、私のアイデ」
「やっぱり僕って発想の天才だなぁ!」
◇
放課後、魔法具の売買を行う店にやってきた。
広々とした店内には、様々な人工の魔法具が置かれている。
「流石は魔法具……高い」
僕は1人で店内を物色する。
ユニークな商品が多いけれど、今は無視しよう。
僕が欲しいのは、〈クーラースプレー〉の冬バージョン。
つまり、〈ホットスプレー〉だ。
「あった!」
すぐに見つけることが出来た。
有りがたいことに、専用のコーナーが設けられていたのだ。
僕の様な考えの人間が多いからだろう。
「なんだこの値段はぁ!?」
有りがたくないことに、価格は通常の3倍に設定されていた。
黒色の文字で書かれた元の値段を、赤い線で打ち消し、書き直している。
さらにその上には、「需要に応えてお値段倍増!」という煽り文句も。
下に刻むならまだしも、上に刻むとはどういう神経をしているのだ。
「嫌なら買わなくていいぞー」
少し離れた受付カウンターから声が飛んでくる。
頑固そうな中年の店主が、勝ち誇ったかの様な顔で、こちらを見ていた。
「ま、坊やに買える額ではないか」
とことん煽る姿勢のようだ。
そんな下手な挑発に、僕が乗るわけ――。
「買える額ではない……だと……?」
――あった。
「子供だと馬鹿にしおって! 買うことくらいできらぁ!」
僕は懐から財布――お金の入った袋――を取り出す。
口を縛る紐を解き、素早く中を確認。どうにか買える額だ。
「ほう? 坊やが買えるのかい? そこの高級品を?」
ニヤリと意地汚く笑う店主。
「買えらぁ!」
僕は乱暴に〈ホットスプレー〉を掴み取る。
そして値段を再確認し、財布の中のお金も再確認。
大丈夫だ。買える。買えるぞ。
受付カウンターまで、大股で歩いていく。
「オヤジ、このスプレーを」
大きく振りかぶる。
そして、スプレーを置く。
……つもりだったのだが。
「よしなさい」
背後から聞こえた声が、僕の動きを止まらせた。
艶やかさのある女性の声だ。
「貴方は……!」
振り返り、声の主を確認する。
冬であるにもかかわらず、破廉恥な格好をした女性だ。
カールのかかった金色の髪に、大きな胸、そして、鋭い目つき。
「誰だっけ」
「メイリーンよ! 忘れたの!?」
「あ、そうだ! メイリーン先生だ!」
そこに居たのは、1年1組の担任ことメイリーン先生だ。
夏の至宝〈クーラースプレー〉をくれた張本人でもある。
「私の誘いを断った男が、随分と安い挑発を受けるのね?」
メイリーン先生が目の前に歩いてきた。
右手の指先を僕の喉に当て、スーッと顎に進めていく。
優しくも強引に、顎をクイッと上げさせられた。
「お金は大事に使いなさい。分かったわね?」
背筋がゾクッとする。
これが1組の面々に「イエス、ユアマジェスティ」と言わせる先生の力か、と納得する。更に、初めてメイリーン先生を見た時に、誰かが言っていた「鞭でしばかれてぇ」というセリフを思い出す。今の僕は同じ事を思っていた。いかんいかん、僕にはミストラル先生がいるのに。
メイリーン先生は、見下ろすように僕を見て、目を細める。
僕の顎や頬を、指先で優しく撫でながら、妖艶な笑みを浮かべた。
「今から少し、私に付き合ってもらえる?」
疑問形だが、僕に選択肢は用意されていなかった。
応援ありがとうございます!
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