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第二十二話 戦慄の魔女
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朝食を済ませた俺たちは、「絶対について行きますからね!」と少し意固地気味に言ったオリビアの復調するのを待ってから、流れでついてくることになったフレディに竜化してもらい、件のダンジョン近くまで運んでもらった。
ダンジョンというのは、数世紀前に世界各地に突如現れた門内部の事だ。
数世紀前、世界各地に突如現れたこの赤く塗装された扉のない門は、中を潜った者を異空間ないし、異界へと転移させる機能があった。
「それにしても、久々のダンジョンですね!」
先頭を歩くオリビアが、喜色たっぷりにそう漏らす。
いつも自由に立ち回っているように見えるが、実のところ《饒舌の魔女》でないオリビアがここまで素の感情を出すことは少ない。
その彼女がここまでの感情を表に出しているのは、彼女が《戦慄の魔女》としてこの場にいるためだろう。
これは予想でしかないが、オリビアの幼少期の出来事を合わせて考えると、彼女の四重詠唱や無言詠唱は、レオナの言う、俺の「ちょっと増えてた」能力と同じ起源の能力である可能性が高いと、俺は推測している。
そして、その起源の能力にはある副産物があった。
俺が彼女につけた《饒舌の魔女》や《戦慄の魔女》などのあだ名は、その副産物である、彼女の今の人格を明確に区分するためのものだ。
久々のダンジョンアタックということもあり、鼻歌混じりに森を歩くうちの《戦慄の魔女》は、すこぶる機嫌が良さそうだ。
「あまり飛ばしすぎるなよ」
「わかってますって!」
《戦慄の魔女》には多数の前科があるので、先に釘を刺したが、この様子だとあまり効果はなさそうか……。
オリビアの魔力枯渇だけは気をつけておこう。
「全員、準備は良いか?」
件の門まで辿り着いた所で、各人に確認を取る。各人から返事を返ってきたことを確認すると、アメリアとフレディを先頭、ジャックさんを殿にした隊列で門を潜る。
俺たちが今回潜るのは、“アデルハイトの森”と呼ばれるダンジョンだ。遺跡や洞窟、塔などのダンジョンとは違い、この手のフィールドへと転移させられるタイプのものは、入った瞬間に戦闘になることも少なくない。悪ければ、乱戦だ。
それに対処するためにも、殿をジャックさんに頼んで前後をしっかりと固めておく必要があった。
俺たちが鳥居を潜ると、周囲の風景が目で追えない速度で流れだし、それが収まることには俺たちは森の中にいた。
後ろを振り返ると、俺たちの潜ってきた鳥居がある。
「……開幕乱戦は避けられたみたいだな」
索敵魔法を用いて周囲を警戒いたが、周りに魔物や攻撃性の高い動物の姿はなさそうだ。
「私は乱戦でも良かったですけどね」
隊列の中心で、移動の時と同じく鼻歌混じりに周囲の警戒をしているオリビアが、俺の言葉を聞いて愉しげにそう漏らす。
今のオリビアの態度をだけを見れば不真面目に見えなくもないが、《戦慄の魔女》の索敵範囲は俺のものよりも広く、彼女がその気になれば俺の索敵範囲に魔物が入る頃には、その魔物の息の根を止めることが出来る。勿論、相手が複数でもだ。
つまり何が言いたいのかと言えば、《戦慄の魔女》は緊張感がないわけではなく、質の良い緊張感を求めているだけということだ。
「右方、三十から四十五度、G-アント来ます!数はおよそ三十です」
魔物──を討伐することで手に入る魔石を求めてダンジョンを進んでいると、オリビアの索敵範囲にG-アントの群れが入ってきたようだ。
「撃っても良いですか⁉︎」
「初撃だけな。後、奴等が八十ヤードの距離に来るまでは撃つなよ。レオナ、【ヴァーティング】を頼む」
すぐにでも撃ち出しそうなオリビアを牽制しながら、レオナに強化魔法を頼む。
レオナが小さく頷き、強化魔法の詠唱を始めた。
「朝に話したあれを使うので、感触を試してみてください」
そう言って、三人に【ロニゲスメイシュ】を掛ける。今回は俺がこっちに残るので、ジャックさんにも前に出てもらうつもりだった。
「来ました、撃ちます!」
一体が体長二メートルを越えるG-アントの群れを見て、目を輝かせているオリビアが、楕円形の光球体を二十ほど放つ。
あれは、【旋律の光球体】とは違い、無属性だが貫通力に特化した《戦慄の魔女》が好んで使う魔法の一つ、【戦慄の光球体】だ。
「おっと、思ったより速度出るね!」
オリビアが初撃を放つと同時に三人が駆け出し、初めて【ロニゲスメイシュ】を掛けられたアメリアが少し体勢を崩しそうになる。
彼らがG-アントの群れに接敵する頃には、オリビアの【戦慄の光球体】が的確にG-アントの頭を貫き、その数を十体ほどにまで減らしていた。
G-アントに接敵した三人は、両手斧を片手で軽々と振り回しながらG-アントを仕留めていく。フレディなんかは空いた片手を使い、手近にいたG-アントの頭を力技で引きちぎっていた。
この様子なら、問題なさそうだな。レオナの強化魔法もあるし、万が一もないだろう。
アメリアが最後の一体に止めをさしたところで、三人に合流する。
「リグニング」
三人に合流したところで浄化をかけた。これで三人についた返り血が落ちるわけではないが、気休め程度にはなるだろう。
三人が魔石を回収してくれていたので、そのまま探索を続ける。
「中々大物が来ませんねぇ…」
ダンジョンに来てから早二時間、オリビアが少し億劫そうにそう漏らす。
あれから何度か戦闘になったものの、出てくるのはG-アントやG-キャタピラーばかりだ。彼ら自身もG型種、巨大化の変異種であり決して弱いわけではないが、今のメンバーで相手取るには少し物足りなさがある。
なので、オリビアがそう漏らすのも無理はなかった。
「仕方ないだろ。ここはあくまでも連携を確認するために来たんだから」
「それは、まぁ、そうなんですけど……」
「次はカルレランに行くんだ。そこなら嫌と言うほど戦えるさ」
適当な所で一度昼食がてら休憩を取り、そのままダンジョンを後にすることにする。
「いました!キマイラです」
帰り道、オリビアが花の咲いたような笑みを浮かべてそう叫ぶ。オリビアが叫んでからすぐに俺の索敵にもキマイラの反応があった。
位置は、後方四十度、上空か……。
「一回、落としてくる」
俺同様、戦いに飢えている《戦慄の魔女》が動く前に自身に【ロニゲスメイシュ】を掛け、足元に魔力を固めた足場を作りながらキマイラの待つ空へと駆ける。
「あっ、ブラウンさんズルいです!」
俺の意図に気づいたオリビアが、慌てて体長三メートルを超える不死鳥を象った魔法である【アトラフェニクス】と風属性の【旋律の光球体】を放ち、【アトラフェニクス】に【旋律の光球体】を当てて誘爆させつつ、その力を利用して【アトラフェニクス】を加速させてくるが、それよりも今の俺の速度の方が早い。
血の気の多い俺たちの姿に気づいて一瞬怯んだキマイラを眼前に捉えたところで、俺の横を高速で火属性の吐息が通りすぎ、キマイラに直撃した。
「っと!」
少し変な動きをしてしまったが、焦げた臭いを引き連れて落下するキマイラを追いかけ、その首を【四次元空間】から取り出した【アクワグラシェリア】で斬り落とす。
斬り落とした直後に後ろを振り返ると竜化したジャックさんの姿があったので、さっきの吐息は彼のものと見て間違いないだろう。
「ブラウンさん、ズルいですよ!」
魔石を回収して皆の元に戻るなり、頬を膨らませたオリビアが怒り出したので、軽く頭を撫でて宥める。
「ジャックさん、吐息撃つなら、先に言ってください」
「言う暇もなかったじゃないか。それに、この方が後腐れなかっただろ」
「それは、そうですけど…」
正論過ぎて返す言葉もない。
その後も小さな戦闘はあったものの、キマイラ以上の個体が出てくることはなく、無事に帰路に就く。
竜人の里の入り口まで着くと、そこには門番の竜と口論になっている、見知った顔の少女の姿があった。
ダンジョンというのは、数世紀前に世界各地に突如現れた門内部の事だ。
数世紀前、世界各地に突如現れたこの赤く塗装された扉のない門は、中を潜った者を異空間ないし、異界へと転移させる機能があった。
「それにしても、久々のダンジョンですね!」
先頭を歩くオリビアが、喜色たっぷりにそう漏らす。
いつも自由に立ち回っているように見えるが、実のところ《饒舌の魔女》でないオリビアがここまで素の感情を出すことは少ない。
その彼女がここまでの感情を表に出しているのは、彼女が《戦慄の魔女》としてこの場にいるためだろう。
これは予想でしかないが、オリビアの幼少期の出来事を合わせて考えると、彼女の四重詠唱や無言詠唱は、レオナの言う、俺の「ちょっと増えてた」能力と同じ起源の能力である可能性が高いと、俺は推測している。
そして、その起源の能力にはある副産物があった。
俺が彼女につけた《饒舌の魔女》や《戦慄の魔女》などのあだ名は、その副産物である、彼女の今の人格を明確に区分するためのものだ。
久々のダンジョンアタックということもあり、鼻歌混じりに森を歩くうちの《戦慄の魔女》は、すこぶる機嫌が良さそうだ。
「あまり飛ばしすぎるなよ」
「わかってますって!」
《戦慄の魔女》には多数の前科があるので、先に釘を刺したが、この様子だとあまり効果はなさそうか……。
オリビアの魔力枯渇だけは気をつけておこう。
「全員、準備は良いか?」
件の門まで辿り着いた所で、各人に確認を取る。各人から返事を返ってきたことを確認すると、アメリアとフレディを先頭、ジャックさんを殿にした隊列で門を潜る。
俺たちが今回潜るのは、“アデルハイトの森”と呼ばれるダンジョンだ。遺跡や洞窟、塔などのダンジョンとは違い、この手のフィールドへと転移させられるタイプのものは、入った瞬間に戦闘になることも少なくない。悪ければ、乱戦だ。
それに対処するためにも、殿をジャックさんに頼んで前後をしっかりと固めておく必要があった。
俺たちが鳥居を潜ると、周囲の風景が目で追えない速度で流れだし、それが収まることには俺たちは森の中にいた。
後ろを振り返ると、俺たちの潜ってきた鳥居がある。
「……開幕乱戦は避けられたみたいだな」
索敵魔法を用いて周囲を警戒いたが、周りに魔物や攻撃性の高い動物の姿はなさそうだ。
「私は乱戦でも良かったですけどね」
隊列の中心で、移動の時と同じく鼻歌混じりに周囲の警戒をしているオリビアが、俺の言葉を聞いて愉しげにそう漏らす。
今のオリビアの態度をだけを見れば不真面目に見えなくもないが、《戦慄の魔女》の索敵範囲は俺のものよりも広く、彼女がその気になれば俺の索敵範囲に魔物が入る頃には、その魔物の息の根を止めることが出来る。勿論、相手が複数でもだ。
つまり何が言いたいのかと言えば、《戦慄の魔女》は緊張感がないわけではなく、質の良い緊張感を求めているだけということだ。
「右方、三十から四十五度、G-アント来ます!数はおよそ三十です」
魔物──を討伐することで手に入る魔石を求めてダンジョンを進んでいると、オリビアの索敵範囲にG-アントの群れが入ってきたようだ。
「撃っても良いですか⁉︎」
「初撃だけな。後、奴等が八十ヤードの距離に来るまでは撃つなよ。レオナ、【ヴァーティング】を頼む」
すぐにでも撃ち出しそうなオリビアを牽制しながら、レオナに強化魔法を頼む。
レオナが小さく頷き、強化魔法の詠唱を始めた。
「朝に話したあれを使うので、感触を試してみてください」
そう言って、三人に【ロニゲスメイシュ】を掛ける。今回は俺がこっちに残るので、ジャックさんにも前に出てもらうつもりだった。
「来ました、撃ちます!」
一体が体長二メートルを越えるG-アントの群れを見て、目を輝かせているオリビアが、楕円形の光球体を二十ほど放つ。
あれは、【旋律の光球体】とは違い、無属性だが貫通力に特化した《戦慄の魔女》が好んで使う魔法の一つ、【戦慄の光球体】だ。
「おっと、思ったより速度出るね!」
オリビアが初撃を放つと同時に三人が駆け出し、初めて【ロニゲスメイシュ】を掛けられたアメリアが少し体勢を崩しそうになる。
彼らがG-アントの群れに接敵する頃には、オリビアの【戦慄の光球体】が的確にG-アントの頭を貫き、その数を十体ほどにまで減らしていた。
G-アントに接敵した三人は、両手斧を片手で軽々と振り回しながらG-アントを仕留めていく。フレディなんかは空いた片手を使い、手近にいたG-アントの頭を力技で引きちぎっていた。
この様子なら、問題なさそうだな。レオナの強化魔法もあるし、万が一もないだろう。
アメリアが最後の一体に止めをさしたところで、三人に合流する。
「リグニング」
三人に合流したところで浄化をかけた。これで三人についた返り血が落ちるわけではないが、気休め程度にはなるだろう。
三人が魔石を回収してくれていたので、そのまま探索を続ける。
「中々大物が来ませんねぇ…」
ダンジョンに来てから早二時間、オリビアが少し億劫そうにそう漏らす。
あれから何度か戦闘になったものの、出てくるのはG-アントやG-キャタピラーばかりだ。彼ら自身もG型種、巨大化の変異種であり決して弱いわけではないが、今のメンバーで相手取るには少し物足りなさがある。
なので、オリビアがそう漏らすのも無理はなかった。
「仕方ないだろ。ここはあくまでも連携を確認するために来たんだから」
「それは、まぁ、そうなんですけど……」
「次はカルレランに行くんだ。そこなら嫌と言うほど戦えるさ」
適当な所で一度昼食がてら休憩を取り、そのままダンジョンを後にすることにする。
「いました!キマイラです」
帰り道、オリビアが花の咲いたような笑みを浮かべてそう叫ぶ。オリビアが叫んでからすぐに俺の索敵にもキマイラの反応があった。
位置は、後方四十度、上空か……。
「一回、落としてくる」
俺同様、戦いに飢えている《戦慄の魔女》が動く前に自身に【ロニゲスメイシュ】を掛け、足元に魔力を固めた足場を作りながらキマイラの待つ空へと駆ける。
「あっ、ブラウンさんズルいです!」
俺の意図に気づいたオリビアが、慌てて体長三メートルを超える不死鳥を象った魔法である【アトラフェニクス】と風属性の【旋律の光球体】を放ち、【アトラフェニクス】に【旋律の光球体】を当てて誘爆させつつ、その力を利用して【アトラフェニクス】を加速させてくるが、それよりも今の俺の速度の方が早い。
血の気の多い俺たちの姿に気づいて一瞬怯んだキマイラを眼前に捉えたところで、俺の横を高速で火属性の吐息が通りすぎ、キマイラに直撃した。
「っと!」
少し変な動きをしてしまったが、焦げた臭いを引き連れて落下するキマイラを追いかけ、その首を【四次元空間】から取り出した【アクワグラシェリア】で斬り落とす。
斬り落とした直後に後ろを振り返ると竜化したジャックさんの姿があったので、さっきの吐息は彼のものと見て間違いないだろう。
「ブラウンさん、ズルいですよ!」
魔石を回収して皆の元に戻るなり、頬を膨らませたオリビアが怒り出したので、軽く頭を撫でて宥める。
「ジャックさん、吐息撃つなら、先に言ってください」
「言う暇もなかったじゃないか。それに、この方が後腐れなかっただろ」
「それは、そうですけど…」
正論過ぎて返す言葉もない。
その後も小さな戦闘はあったものの、キマイラ以上の個体が出てくることはなく、無事に帰路に就く。
竜人の里の入り口まで着くと、そこには門番の竜と口論になっている、見知った顔の少女の姿があった。
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